でも元気です…映画『Mrノボカイン』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
日本公開日:2025年6月20日
監督:ダン・バーク、ロバート・オルセン
性描写 恋愛描写
みすたーのぼかいん
『Mr.ノボカイン』物語 簡単紹介
『Mr.ノボカイン』感想(ネタバレなし)
痛くない痛い映画
「どこが痛みますか?」
こういう質問をされるのは、病院の診療ではおなじみです。それは「痛み」が何かの不健康のシグナルになっているからです。どこかが痛むということは何かの健康上の不調が起きているに違いないと推測できます。
パソコンやスマホに例えるなら、エラーメッセージ(通知)が表示されるようなものですね。そうやって考えると、ヒトの身体ってよくできています。まあ、ちょっと痛みだけだと漠然としすぎて、専門知識がないとわかりづらいので、もう少し具体的な伝え方をしてほしかったですけど…。
では、もし痛みを感じなかったら…? よく「痛みを感じない人=強い」という短絡的な認識をされやすいですが、上記の基本を踏まえれば、痛みを感じないというのは健康上の不調が起きていることに気づかないという状態ですので、かなりの弱点です。とても困ったことになります。
今回紹介する映画はまさに「痛みを感じない」ということがあれこれと大変なんだという切実さが伝わる一作です。
それが本作『Mr.ノボカイン』。
本作は何よりも主人公の特性が重要で、主人公は生まれつき痛みを感じません。殴られようが、切られようが、焼かれようが、痛くない。痛みとは無縁の人生です。もちろん痛くはないというだけで、身体にダメージは負っていますし、不死身ではないのですが…。
そんな主人公が命懸けの大事件に巻き込まれながら自分の真価を試すことになるジャンル・ミックス映画です。ロマンス、コメディ、サスペンス、アクションなど、いろいろなジャンルが盛りだくさんで、テンポよく駆け抜けていきます。
原題は「Novocaine」で、これは「プロカイン」という局所麻酔薬の一種であり、よく歯の治療とかで部分的に痛みを無くすために利用されます。アメリカでは「Novocaine」は商品名で使われているそうです。ちなみに、正確な発音はどちらかと言えば「ノバケイン」なのですが、邦題は『Mr.ノボカイン』になっていますけど、これはダブルミーニングでもあるので、とりあえず頭の片隅に入れておく程度で…。
この『Mr.ノボカイン』を監督するのは、“ダン・バーク”と“ロバート・オルセン”のコンビです。『Body』(2015年)、『Stake Land II』(2016年)などを手がけ、2019年の『ヴィランズ』は日本では配信スルーで、あとは2022年に『Significant Other』を監督していました。『Mr.ノボカイン』は“ダン・バーク”&“ロバート・オルセン”の日本で初の本格的な劇場公開作となります。
『Mr.ノボカイン』で主演するのは、“ジャック・クエイド”。『コンパニオン』ではクズな男を演じ、ドラマ『ザ・ボーイズ』では頑張っているけどダメ男を演じ、なんかいつも体を張っている印象ですけど、今回もそう変わりません。でも今作はちょっと報われる…かな?
共演は、『プレデター ザ・プレイ』の“アンバー・ミッドサンダー”、MCU『スパイダーマン』シリーズでおなじみの“ジェイコブ・バタロン”、『スマイル2』の“レイ・ニコルソン”、『アップグレード』の“ベティ・ガブリエル”など。
ゴア描写というほどではないにせよ、痛々しい描写が多いので(でも主人公は全く痛そうにしていないというチグハグな感じですが)、苦手な人はときどき目をつぶってください。痛くない…痛くない…と念じながら鑑賞すると、映像にも慣れるかも?
『Mr.ノボカイン』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 控えめな性行為の描写があります。殺人や暴力が描かれます。 |
『Mr.ノボカイン』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
朝、ネイサン(ネイト)・カインは起床し、スーツを着込み、車で出勤。いたって真面目な銀行員でした。サンディエゴの信用組合でアシスタントマネージャーをしており、上司にも従順です。
人生にとくに楽しみはなく、無気力に過ごしてきましたが、同僚のシェリーという女性と出会い、喜びが生まれます。
しかし、ネイサンはあまり女性と話したことがないので、どう会話すればいいのかもわからず、あたふたするばかり。
ある日、シェリーに後ろから不意に話しかけられ、驚いて熱湯を片手にかけてしまいます。火傷しますが、ネイサンは痛みに声をあげることもなく、シェリーに集中していました。そして外で一緒に食事をする機会を得ます。
その食事の席で、シェリーはネイサンにチェリーパイをひとくちあげようとしますが、ネイサンはやけに拒絶します。その仕草を不自然に感じてシェリーが問うと、ネイサンは自分は先天性無痛無汗症(CIPA)であると告白します。それを聞いたシェリーは「スーパーヒーローだね」と最初は感想を述べますが、日常生活で多くの困難があると知り、同情します。
そしてシェリーはチェリーパイを食べてみたらと促し、ネイサンは自分の舌を噛まないようにおそるおそる口にします。その美味しさに驚嘆の声をあげ、表情を明るくするネイサンでした。
家に帰って、オンラインゲームの友人に励まされ、もっとシェリーにアプローチしてみようかと考えます。
意を決してバーにデートに行くことにし、そこで互いの境遇を打ち明けながらシェリーと楽しく過ごします。
そのとき、ある男が陽気に話しかけてきます。その軽口な男は「ノボカイン」とネイサンを呼んできます。実は彼は中学時代にイジメをしてきた奴らでした。その事情を知ったシェリーはその男を上手く騙して激辛のホットソースを一杯飲ませ、ネイサンの代わりに復讐をしてみせます。むせこむ男を後にして、2人は大興奮で去ります。気分爽快です。
その後はネイサンの家で2人は体を重ねます。ネイサンの身体にはびっしりタトゥーがあり、自分の人生を物語っていました。ネイサンは初めて心を打ち明けられる相手に触れ合うことができました。
朝、シェリーは去っていたものの、ネイサンは有頂天で出勤。もうこれまでの自分とは違います。自信がつきました。この痛みを感じない身体も別にネガティブに捉えることもない…あの彼女はそんな自分を愛してくれている…。
ところがその高揚感は一瞬で消え失せます。ネイサンの職場の銀行に、突然、サンタの衣装をまとった武装した強盗団が襲撃してきたのです。客も職員もその場で従うしかなく、それでも強盗犯は容赦なくネイサンの上司を撃ち殺しました。
しかも、あのシェリーまで誘拐されてしまい…。
痛くはないという演技

ここから『Mr.ノボカイン』のネタバレありの感想本文です。
『Mr.ノボカイン』は、コンセプトは単純明快。主人公ネイサンは痛みを感じません。それ以外はただの平均以下の男です。特別なサバイバルスキルもありませんし、そもそも特技すらない平凡さ。
作中でも言及されますが、「痛みを感じない」というのはまるで何かしらのスーパーパワーのような超人性を思わせますが、実際のところはそんなことも全くなし。
それどころか不死身ではないのに痛みを感じないせいで、死に近づいていることを実感できない…。かなり危なっかしい状態になります。
そういう「これ、死んじゃわない? 大丈夫?」と観てるこっちのほうがハラハラするシチュエーションが連発する中、このネイサンの奮闘を応援していくのが本作の醍醐味となっていました。
本領発揮となるのが強盗をカーチェイスで追いかけた矢先の、厨房での格闘シーン。格闘といってもネイサンは『ジョン・ウィック』みたいな体術は使えませんから、防戦一方になっていくばかり。しかし、激熱のフライヤーに片手を突っ込んで中に沈んだ銃を取り出すという常人にはマネできない技で一発逆転してみせます。
そして今度はタトゥーの店で大男相手に激闘。ここでも圧倒的な腕力差に対し、ガラス片を両手の拳にめり込ませることでの殺傷力の増量で、相手をぶちのめまします。
こんな感じで、平凡な人間でも「痛みを感じない」という特性を持ち味にして、一瞬だけアクション映画の主人公ばりの必殺技が繰り出せる。疑似的なアクション・ヒーローになれるわけです。その瞬間的な逆転に特化したアクション・シーンとして本作は独自性をだしていました。
同時に、強盗犯の家に忍び込むパートではやけに古典的な罠がいくつも待ち構えていて(逆にあれは仕掛けるほうも大変だろう…)、それに対する反応、そして拷問シーンでの嘘演技といい、全力でギャグになっていく振り切りの良さも印象的。
演じた“ジャック・クエイド”も大変だったようで、というのも本来は役者というのは「痛くないものでも本気で痛そうにみえる演技をする」というのが仕事です。それができて上手い役者と言えますし、それができるように演技のトレーニングをします。しかし、今作の場合は、「痛そうな目に遭っても痛くはないという演技をする」という真逆のことをしないといけなくなり、かなり混乱したとインタビューでも語っていました。一歩間違えれば単に演技が下手な俳優に見えかねないですから。
私なんかはよく混乱せずに演じられるなと感心してしまいます。痛くはないけど、衝撃は受けるし、力は入れないといけないし…。そういう状態から「痛くない」だけ演技で表現するの至難の業じゃないですか?
例えば、壁に頭をぶつける演技をするときも、実際にそれくらいなら本当に壁に頭をぶつけることもできますが、私なら思わず「イテっ」って言ってしまいそうになる…。ぶつかって反動を受けるけど痛くはないという心境がわからないのは、未経験だからしょうがないのかもしれません。それを演技でリアルに表現しなければいけない俳優の努力に拍手です。
障害を乗り越える心理的闘い
そんな特殊な設定の上で成り立っている『Mr.ノボカイン』ですが、作中でも触れられますが、これは完全なファンタジーなものではなく、本当にこういう身体障害を持つ人が実在するんですね。
それは「先天性無痛無汗症」(CIPA)と呼ばれています。
遺伝子変異によって引き起こされ、痛覚受容の発達と機能に欠陥が生じます。研究によれば1億2500万人に1人程度の割合で発生する極めて稀な状態で、治療法はありません。生まれつきなので生存にも深刻なほど不利で、幼児期に亡くなる人も多く、大人になるまで無事に成長できても多数の生活上の困難をともないます。
というわけで、本作は超人能力を面白おかしく描いたエンターテインメントという方向に振り切ってはおらず、ちゃんとこの実在の当事者も踏まえた身体障害の経験としての物語にもなっています。
主人公のネイサンはもう成人しており、自分の身体の状態をよく理解しています。痛みを感じないことをどう受け止め、どうやって自分の健康を脅かさないように過ごしていくか。
そのノウハウとは別に、問題になってくるのがネイサンの心理面です。というのも、ネイサンは自分自身の努力だけでこの身体障害に向き合っており、他人の助けをほとんど受けずに、社会にそれとなく混じって生きています。趣味はせいぜい外にでなくていいオンラインゲームくらいです。これが無難だからこれでいいだろうという感覚…。
こういう生活実態をともなう心理というのは、先天性無痛無汗症の人に限らず、多くの身体障害者が抱きやすいことだと思います。
そのネイサンが「他者と交流する」という一歩を踏み出そうとする。それが本作の始まりです。
当初は「男が女と出会って性経験を得て自信をつける」というステレオタイプな道のりを進んでいましたが、そのベタな展開は途中で破綻します。シェリーも強盗については知っていて半分程度は加担していました。シェリーを助ける理由は失います。
しかし、ネイサンはなおも最後の強盗と対峙します。殻に閉じこもっていたネイサンがそこまでやるのは人生が開けたからで、これは誰のためでもない自分のための覚悟でした。障害を乗り越える心理的闘いでもあって…。
ラストでは自らパイを食べる行動が描かれるとおり、ネイサン・カインは新しい自分になれたようです。恐怖を乗り越えて楽しさを味わえた自分に。まさにタイトルのとおり、新しい(ノヴァ)カインというわけですね。
そんな感じで、エンターテインメント作として観てもいいですが、自分の障害への劣等感を克服して自信を持つストーリーとしてもなかなかにひと味楽しめる映画だったと思います。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)2025 PARAMOUNT PICTURES. ミスターノボカイン
以上、『Mr.ノボカイン』の感想でした。
Novocaine (2025) [Japanese Review] 『Mr.ノボカイン』考察・評価レビュー
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