マット・デイモンのフランス観光(本当は観光ではないけど)…映画『スティルウォーター』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本公開日:2022年1月14日
監督:トム・マッカーシー
スティルウォーター
すてぃるうぉーたー
『スティルウォーター』あらすじ
『スティルウォーター』感想(ネタバレなし)
マット・デイモン、今度は何をする?
ハリウッドの俳優は著名であればあるほど何らかの慈善活動をしていることが多いです。別にこれは「良い人アピール」をしたいわけではなく、富と名声を持っているのでその責任を果たすという、社会的立場を意識しての行動だと思います。あまり日本の俳優はそういう役割に注目が集まることはなく、億万長者の芸能人でもなんてことはない庶民風の顔で佇んでいたりしますが、アメリカなんかだとそんな態度はすぐに非難のマトになるんでしょうね。
今、ハリウッドで最も活躍している白人男優のひとりである“マット・デイモン”もたくさんの慈善活動をしていることで有名です。『オーシャンズ』シリーズや『ジェイソン・ボーン』シリーズで稼いだおカネは何に使われているのか。
例えば、“マット・デイモン”は「Not on Our Watch」という非政府組織を立ち上げ、人道支援を実施。「Feeding America」という食料の炊き出しなどを行う組織の宣伝も担っています。さらに「Water.org」という安全な水を入手できない世界の地域に水を届ける活動も展開。『オデッセイ』で火星にひとり取り残されて水や食料の大切さを訴えていたのも、この慈善活動に関係があったのか…(たぶん違う)。
政治的には民主党の支持者としても知られており、政治批判も積極的に行ってきました。
“マット・デイモン”が唯一ボロがでるのは女性差別のトピックですかね。最近は旧友の“ベン・アフレック”と一緒に『最後の決闘裁判』の脚本を手がけたりもして、その弱点をカバーしようと必死な感じですけど。
その“マット・デイモン”ですが、自分が白人でわりと典型的なアメリカの白人男性イメージに合致することを活かそうとしてなのか、保守的な白人の役をあえて演じ、その姿を忖度抜きで映し出すということにもよく手を出しています。『ダウンサイズ』とか『サバービコン 仮面を被った街』とか『フォードvsフェラーリ』とかですね。
そんな“マット・デイモン”がまたも保守的な白人像をその身で演じてその実態を自己批評していくような映画が登場しました。それが本作『スティルウォーター』です。
タイトルに「ウォーター」とついていますけど別に水に関する映画ではありません。これはオクラホマ州にある「スティルウォーター」という都市の名です。オクラホマ州立大学があることもあって学校関係者がたくさん住んでいる街なんだそうです。地名の由来はそこに流れがあまりなく水が静止しているように見える川があったというインディアンの話に関係しているみたいです。
本作『スティルウォーター』の主人公は、石油会社に勤める白人男性。石油掘削の現場で作業する人のことを「ラフネック(ruffneck)」と呼ぶそうですが、まさに本作の主人公はそれです。
物語はこの主人公がフランスに向かうところから始まります。オクラホマ州のスティルウォーターという地域は全然物語の舞台になりません。そのフランス来訪の目的は殺人の罪で収監されている娘の無実を立証するため。このあらすじだけだと、なんだか“リーアム・ニーソン”の映画みたいに娘を陥れた奴らに一発ぶちこむような父親を主軸にしたサスペンスアクションが始まりそうですが、そういうジャンルではありません。『スティルウォーター』はあくまでドラマ重視。保守的な地域出身の主人公が海外という今度は自分が余所者になってしまう世界で保守的な空気の息苦しさを感じつつ、事態を打開しようとするというストーリーです。
監督は、2015年に『スポットライト 世紀のスクープ』でアカデミー作品賞に輝いた“トム・マッカーシー”。最近は『プーと大人になった僕』や『くるみ割り人形と秘密の王国』の脚本を手がけたり、『名探偵ティミー』の監督をしたりとファミリー作品で活躍していましたが、また社会派映画に戻ってきました。なんでも本作『スティルウォーター』は“トム・マッカーシー”監督の構想10年の渾身の一作なんだそうです。
脚本も気合いが入っており、『神の日曜日』の“マーカス・ヒンチー”、『ディーパンの闘い』の“トーマス・ビデゲイン”と“ノエ・ドゥブレ”など、複数の脚本家と共同でシナリオを制作。
俳優陣は、主人公を演じる“マット・デイモン”の他に、『リトル・ミス・サンシャイン』『ゾンビランド:ダブルタップ』の“アビゲイル・ブレスリン”、『ハウス・オブ・グッチ』の“カミーユ・コッタン”など。
単純に事件を解決するミステリーサスペンス要素を売りにしているわけでもない、ちょっと映画の訴求ポイントが変わっている作品なので日本の客層にピンと来ない部分もあると思いますが、政治や社会の背景をゆっくり整理していくと面白さが見えてくるのではないでしょうか。
ちなみに同性パートナーを持つ女性が登場するのでレズビアン表象があるタイプの作品ですが、その点はそこまでクローズアップはされません。
オススメ度のチェック
ひとり | :社会派の作品が見たいなら |
友人 | :政治要素を語り合えるなら |
恋人 | :ロマンス描写は薄い |
キッズ | :大人のドラマです |
『スティルウォーター』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):娘のために
竜巻によって破壊された家の残骸を片付けているのはビル・ベイカー。近くには我が家を失って茫然と座り込む人がおり、ビルはそんな人を見つめることしかできません。
ビルは通常は石油掘削の仕事に就いており、オクラホマ州のスティルウォーターを中心に日々汗を流していました。しかし、今回この仕事から一時的に離れることにします。その理由はフランスにありました。
実はビルの娘のアリソンはマルセイユに1年間留学していたのですが、ガールフレンドを殺害したという罪で逮捕されていたのです。父として娘の無実を信じるビルはじっとしていられません。単身でフランスに向かうことにします。
空港の売店で「Stillwater」と書かれたネックレスを目にするビル。それはアリソンがここを発つときにビルがあげたものです。思い出を胸にいざ飛行機へ。
フランスに到着後。ホテルにチェックイン。自分の部屋で落ち着きます。けれども隣の部屋がうるさく、文句を言いに行きますが、英語が通じず文句も伝わりませんでした。
翌日、娘と面会。ハグし、「元気?」「お前は?」と久しぶりの会話。アリソンは弁護士に渡してほしいと1通の手紙をビルに預けます。
ホテルに戻ると、隣の部屋のドアの前に女の子がひとりいました。自己紹介するとその子は「マヤ」という名のようで、打ち解けます。
次の日、ビルはその弁護士のもとへ。しかし、その手紙では証拠としては役に立たず、裁判は再開されないという残念な話を聞くだけでした。
部屋に帰ると、ドアをノックする音。隣の女性です。娘について感謝を述べるフランス人女性のヴィルジニー。英語を話せるようです。どうせならと手紙を訳してもらいます。どうやらある教授が犯人について心当たりのある人を知っているらしいです。
また娘と面会。ビルはアリソンに嘘をつき、裁判の再開に関する請願を期待できると言います。興奮気味に笑顔を見せるアリソン。「私は殺していない」「わかっている」…2人は抱き合います。
ビルは大学に向かい、手紙で言及された教授を訪ねます。そして手がかりに繋がる電話番号を入手。ヴィルジニーのもとへ行き、通訳してもらって落ち合う約束をとりつけます。ヴィルジニーの運転で出かけ、その手がかりを知るであろう若い女性と対面。しかし、話したくないと少女は言い、立ち去ってしまいました。
またもアリソンと面会し、アキムという疑わしい男の写真を見せます。アリソンはこいつだと指で指し示します。それはあの少女と会った店にいた男でした。
アキムを探して回るビル。ところが不審者扱いされ、夜にバイク集団に囲まれて暴力を振るわれます。そこでアキムを目にしましたが警察には伝えませんでした。
アリソンと面会すると彼女は激怒。再審はなしだと本当のことを伝えると怒りをぶちまけてきます。「奴はどこかへ消え去ったのよ! パパはいつだって嘘しか言わない。信じた自分が憎たらしい!」
失敗によって娘との関係性さえも見失いますが、ビルは諦めません…。
英語を話せるか?
『スティルウォーター』は“トム・マッカーシー”監督の『スポットライト 世紀のスクープ』とは全然タイプの違う作品です。群像劇ではなく、完全にひとりのキャラクターの視点と立場を主軸にした映画になっています。
本作の主人公のビルは白人の労働者階級であり、言ってしまえばドナルド・トランプを支持しているような、そういう保守的な政治思想を持っているであろう男です。こういう人たちは基本はアメリカこそ理想と信じ、そもそもアメリカ国外のことをよく知らないと言われています。
そんなビルはアメリカの外に飛び出す、しかも、娘の無実を立証するためというかなりハードルの高そうなことをしようとします。普通であればもっと専門チームを率いないとダメそうですが、ビルは単身です。このあたりに彼の世間知らずでアメリカ第一主義的な考えがみてとれます。
けれどもすぐに現実を思い知らされます。フランスではビルは「外国人」なのです。そのうえ典型的なアメリカ白人男性に見える容姿なのでそれはもう揶揄われます。言葉も通じず、「英語ができるか?」と聞くだけで笑われるし、ここではアメリカ第一主義など紙屑にもなりません。
そしてフランスという社会のさまざまな側面を垣間見ることになります。フランスと言ってもオシャレな観光地の側面ばかりではありません。格差社会があり、労働者階級の人たちもいて、多様な人種がそれぞれの不満を抱えながら暮らしています。ビルはアメリカを出ることで初めてグローバルとかダイバーシティの意味を実感するわけです。今まではリベラルが語る白人をないがしろにする思想に思えていたそれらは案外ともっと複雑なものだということを。
結局、娘のアリソンのことを思ってとった行動は空回りし、娘に怒鳴られて、時間は4カ月を経過。ビルはフランスに残り、外国人労働者として建設現場で働いています。地元と同じような職種でも立ち位置は全然違う。
『スティルウォーター』はこの保守的なアメリカ白人男性の変容を描くことに徹しているという、かなり一風変わった作品でした。
保守的な白人に変化は訪れるのか
そういう明確な意図があることもあって『スティルウォーター』における主人公以外のキャラクターはそこまで掘り下げられません。まさしく主人公のためのお膳立てとしてそこに配置されているので、少し扱いが雑ではないかと感想を抱くのも無理はないと思います。
例えば、ヴィルジニーとマヤの親子も語りがいありそうな存在感ですが、基本的にはひたすらに主人公である白人男性を支えるサポート係です。マヤのポジションとかは、さすがにちょっと可哀想というか、あの年齢の子に対して残酷すぎる経験のようにも…。
アキムという終盤に地下に拘束されてしまう男についても、その扱いは散漫なままで終わってしまうので、あいつの人生はどうなってしまうんだろう…とそっちが気になるとどうしようもないですね。
とくにビルの娘のアリソンの事件。アリソンの口から語られる話がラストにありますが、それ以外の詳細は全く描写もないので、観客にはちんぷんかんぷんです。実はこの事件、おそらくモデルにしている実話があって、それがアマンダ・ノックスの逮捕事件です。アメリカ出身のアマンダ・ノックス(当時20歳)は2007年に交換留学生の仲間であるひとりを殺害した罪でイタリアで逮捕。4年も刑務所で過ごし、最終的には最高裁判所で無罪を勝ち取りました。この一連の事件はかなり情報が錯綜し、捜査もずさんで、メディアも好き勝手に書き立てたこともあって、大騒ぎになりました。この事件の全容と経緯について知りたいなら、Netflixで配信されているドキュメンタリー『アマンダ・ノックス』を鑑賞するといいと思います。
まあ、こういう主人公以外の設定の粗さに関しては『スティルウォーター』自体が保守的なアメリカ白人男性の変容を描くことだけを追及しているので、目的外なんでしょうね。
つまり、『スティルウォーター』は主人公と同じような立ち位置にあるアメリカの白人男性に観てほしいと、おそらく“トム・マッカーシー”監督も“マット・デイモン”も考えているんだと思います。どうせ自分なんか哀れな白人なんだと考えている、そんな白人に。保守的な白人と言っても、その実情はいろいろで、変わろうと思えばそのきっかけを与えられれば変わっていけるのだということ。
本作のラストのビルの言葉といい、本作には保守的な白人層への目配せを強く感じます。わりと自己憐憫が濃かった『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』とは真逆の立場の映画なのかなと思います。
保守的な白人の自省映画としてはよく練って編み出したのだろうと思うのですが、実際に本当にこれを見て、白人の意識が変わるのかというと疑問ですけどね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 74% Audience 72%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 Focus Features, LLC.
以上、『スティルウォーター』の感想でした。
Stillwater (2021) [Japanese Review] 『スティルウォーター』考察・評価レビュー