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『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』感想(ネタバレ)…不確実性は怖いけど面白くもある

リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習

あなたの不確実性は?…『リハーサル -ネイサンのやりすぎ予行演習-』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Rehearsal
製作国:アメリカ(2022年~)
シーズン1:U-NEXTで配信(日本)
シーズン2:2025年にU-NEXTで配信(日本)
原案:ネイサン・フィールダー
セクハラ描写 人種差別描写 性描写 恋愛描写
リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習

りはーさる ねいさんのやりすぎよこうえんしゅう
リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習

『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』簡単紹介

コメディアンで俳優のネイサン・フィールダーは、ある考えを確かめるべく大胆な企画を実行する。それは事前に準備万端で挑めば人は人生で最も重要な瞬間を心置きなく迎えることができるのかということだった。そのため、いろいろな人のシチュエーションに合わせてリハーサル環境を用意し、独自に検証を繰り返していく。その結果は誰にも予測できない。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』の感想です。

『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』感想(ネタバレなし)

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トロッコ問題よりリハーサルしようよ!

なんか日本のネットでは「トロッコ問題」が流行っているらしいですね。

あの「2つに分岐した線路上の片方に5人いて、もう一方に1人いて、トロッコがどちらかを通れば人は死んでしまうが、さあ、どっちを走らせるか」みたいなやつ…。

こんな粗雑な仮定上の問いかけで倫理観を議論できた気分に浸っているなんて、『ダークナイト』に感動した中二病の昔の私くらいだと思っていたのだけど、どうやら世の中にはそういう人がいっぱいいたようだ…。

トロッコ問題の何が批判されるのかは詳細は専門家に任せますが、あの「究極の二者択一を強要する」ということだけに意地悪に特化した問いかけは、現実とは大きくかけ離れています。なぜなら現実には「不確実性」というものが存在するからです。

「A」と「B」だけしか結末がないと思ったら、「C」や「D」といった予想外の結果が生じたり、全く想定していなかった第3者が介入してきたり…。世の中は常に何が起きるかわかりません。不確実性に溢れています。

例えば、考えてみてください。「今日1日、完全に事前に思い描いていたとおりに過ごせたな」ということがどれだけあるのか? 不確実性に全部対処できたことがありますか?

今回紹介する作品は、そんな不確実性と奇抜な方法で向き合うヘンテコな試みをやってみており、トロッコ問題なんかよりも何百倍も面白いですよ。

それが本作『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』

本作は通常のフィクションのドラマシリーズとかではなく、う~ん、なんて言えばいいのだろうか…ドキュメンタリー風なコメディ番組といった感じです。リアリティ番組を装った突飛な社会実験とも評せるかもしれません。

本作のメインクリエイターは“ネイサン・フィールダー”というコメディアン兼俳優の人で、カナダ出身です。2013年から『ネイサン・フォー・ユー(Nathan for You)』という番組を手がけて話題になりました。これは“ネイサン・フィールダー”自身が出演し、経営難に苦しむ企業を支援するコンサルタントという役に徹しており、本当に経営面で困っている人に、既存のマーケティングや経営コンサルタントの手法をパロディ化した戦略を提案して反応をみる…という、ずいぶんと大胆かつ奇抜な内容になっています。

例えば、人気低迷するふれあい動物園を盛り上げようと、ヤギを救出する豚の映像を撮って(ほぼヤラセ)ネットにあげる…とか。「スターバックス」を限りなくパクったコーヒー店をオープンさせる…とか。やることはかなり大掛かりです。

緩い台本が用意されていたものの、セリフの多くは即興で、対面する企業も実在して、これがコメディだとは知らされずに出演しており、なかなかに怒られそうな企画です。

“ネイサン・フィールダー”はコメディアンといってもうるさい笑いのとりかたはしない人で、むしろ社交的にぎこちなく気まずさのあるコミュニケーションで他者に接し、そこが妙なギャップとして笑いを生むのが毎回の定番となっています。

その“ネイサン・フィールダー”の次なる番組がこの『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』なのですが、本作は何をするかというと、まずやっぱり“ネイサン・フィールダー”自身が出演して、将来の予定していることで不安を抱えている人を探します。で、その人のためにその将来の予定をシミュレーションした大掛かりなリハーサル環境を用意します。そこで納得いくまで予行練習してもらいます。こうして事前に準備万端で挑めば人は人生で最も重要な瞬間を心置きなく迎えることができるのか…を検証するのです。

「なんじゃそりゃ」という感じなんですけど、本当にそんな感じの内容です。めちゃくちゃスケールがでかく(制作に数年かかるのも納得)、「え? こんなこともするの?」とびっくりします。

おそらく誰しも「明日この予定があるけど大丈夫かな? 脳内で何度も想像して予行練習してみたけど…」みたいな経験があると思うのですが、ホントにやっちゃいました!ってことです。

リハーサルで何が起きるのか? そして本番では何が起きるのか? そもそもリハーサルには意味はあるのか?

冗談みたいな企画ですが、“ネイサン・フィールダー”は妥協なく本気で、その過程に人間の不完全さのおかしさとか、同時に尊さとか、いろいろなものが浮き上がってきて、人生の教訓をさりげなく与えてくれるような…不思議な味わいがある作品となっています。

『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』はシーズン1・シーズン2ともに全6話で、わりと見やすいです。「HBO」作品なので、日本では「U-NEXT」で独占配信されています。

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『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』を観る前のQ&A

✔『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』の見どころ
★大掛かりすぎるリハーサルと、そこでふともたらされる人生の示唆。
★とくに不安症体質の人は共感しやすい心理。
✔『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』の欠点
☆不謹慎な一線を微妙に進むこともあるので、一部は人を選ぶ。

鑑賞の案内チェック

基本 一部に人種差別的な発言があり、性的な話題もやや混じります。
キッズ 2.0
そもそも低年齢の子どもには趣旨がわかりにくい作品です。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』感想/考察(ネタバレあり)

ここから『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』のネタバレありの感想本文です。

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不安症の視点からの共感

『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』は観た人それぞれの人生経験に応じた感想をとても刺激しやすい作品だと思います。

私は本作を初めて観たとき「ああ、この感覚、すごくわかる…」と共感できたのは、自分の不安症の性質との重なりでした。実際、本作は自閉スペクトラム当事者のコミュニティからもアツく評価を受けており、何かしらのニューロダイバーシティにおける感覚的共有がしやすいのでしょう。

LGBTQコミュニティからも本作が(別にクィアなトピックが表立ってないわりに)人気なのは、そういう日常の不安を経験しやすいからだと思います。

私はとくに初めて行く場所などはとにかく不安が強いので、できる限り下調べをしようとしますし、そうしないと落ち着きません。紙などに必要以上にメモをして、「こういうときはこうで…」と対処も整理しておきます。現場に行っても内心は焦ります。行き当たりばったりで旅行するなど到底無理で、それができる人がいるなんてちょっと自分では理解できないです。

初めての他人と話すときはもっと大変です。なにせ場所と違って想定不可能ですからね。だから他者と対峙するのは苦手です。

なのでこの『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』の「リハーサルする」というのは、まさに「これをやって見たかった」という究極形態と言えるかもしれません。実際はこの超ミニスケールのことを頭の中でやっているだけにすぎないですから。

そしてリハーサルをやってもやっても次から次へと新たな不安が生じてくる…という感覚もまた何度も経験したことがあるもので、ほんと、どうしたらいいんでしょうかね。

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シーズン1:親も子も理解できない

『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』のシーズン1、その第1話は、トリビア好きの50歳のコール・スキートが依頼者で「トリビア仲間のトリシアに修士号を持っていると嘘をついたことを告白したい」というものでした。なんでもそのトリシアは激しく怒るかもしれない…とコールは不安な様子…。

正直、別にリハーサルしようが、結局はトリシアの出方しだいであり、リハーサルで許してくれる確率が上がる保証はどこにもありません。要はコールが不安を克服し、告白を実行する勇気が持てるか…それだけです。これは一方の納得の問題なのです。

バーを再現し、会話のフローチャートも作って、トリシア役の俳優と何度も会話を重ね、いざ本番。ここで本番だからこその感情の生々しさという不確実性が立ちはだかります。

あと、コールの件ではクイズの答えを事前にこっそり吹き込んで教えていたり、次の弟との相続問題の確執に悩む「パニッシャー」好きなパトリックの件では相手俳優の祖父の死まで偽装して感情を再現させていたり、さすがにヤラセにしても相手に失礼では…という倫理的問題が浮上し…。

そしてシーズン1のメインとなるアンジェラの件です。理想的な暮らし込みの母親体験をしたいというリハーサルを実現するべく、とんでもないスケールを敢行。もうほとんどアンジェラに振り回されているだけです…。なんか凄い癖のある人だよね…(恋人候補でやってくるやたらキリスト的啓示にこだわるロビンも癖強すぎだったけど)。

“ネイサン・フィールダー”もわざとなのか、あえて物議を醸す難題に果敢に首を突っ込み、それが不確実すぎて、もう「どうなる?」と目が離せません。こうなると不確実性を弄んでいるのか、弄ばれているのか…。

明らかに陰謀論思考の自論クリスチャンなアンジェラに対し、子どもをユダヤ教で教えることを試しだすくだりの、何とも言えない間の抜けた感じ(でもこういう事態はアメリカならよくある話で…)。ユダヤ教の家庭教師ミリアムがイスラエル支持を推奨するというオチも含めて、政治的ネタを切り取るセンスが実に“ネイサン・フィールダー”らしい…。

でも“ネイサン・フィールダー”が信用できるのは、本作は一歩間違えると安易に笑いさえとれればいいと冷笑に陥って終わりかねないのですけど、ちゃんとそれは意識的に回避して、リハーサルの中で真面目に特定の難題に向き合っていることだと思います。リハーサルに参加する人を小馬鹿にするだけなら本当に嫌な奴でしかないですからね。

最終的にアンジェラは離脱し(飽きたんだろうな…)、38歳バツイチの子どもを持った経験のないネイサンが「子を育てる」という親の奥深さをリハーサルしながら、どれだけ没頭しても他人を完全に理解できない謎に悶々とし続けることになります。

そんな中、最大の倫理的葛藤が予期せぬかたちで飛び込んでくる…。それは「子を育てる」リハーサルでは子役を年齢ごとに起用し、子どもを労働させるゆえに法的な問題をクリアするため、特定の時間だけ演技してもらって、次にまた別の子に…とローテーションしていたわけですが…。なんとそのうちのひとりの子である「6歳のアダム」を演じた子役のレミーがシーンが終わってもネイサンを「パパ」と呼ぶようになり、どうやら演技と現実が混乱しているらしくて…。

シングルマザーのもとで育ったレミーには不適切な演技の仕事だったのか…と深刻に悩むネイサン。演技で現実を助けるつもりのはずが、こんな副作用に直面するとは…。でもこういう感覚って大人の俳優でもたまに陥ると言いますし、ある種のメソッド演技の問題点を証明しているのかもしれないですね。

性善説で成り立っているこの企画。感情まで台本に書けないし、その再現が極めて難しい中、現実と虚構の構図の上にさらに別の虚構を織り交ぜて、ネイサンは愚直にそこから真実を見抜こうとします。不真面目に真面目、そこがユニーク。

不確実性…恐ろしいけど面白い…困ったものです。

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シーズン2:言いたいことは何でも言って。空の上でも

シーズン1は友人や家族問題にカメラを向けましたが、『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』のシーズン2は、いきなり数百倍のスケールに飛びあがりました。おいおい…正気か!?って感じです。

今回のシーズン2でやることは、早い話が政策提言のロビー活動です。ガチでやろうとしてきます。それも主題は今まで大惨事が起きてきた航空事故

“ネイサン・フィールダー”は、大型旅客機事故はコックピット内の機長と副操縦士の意思疎通に問題があるのではないかと仮説をたてます。機長と副操縦士は表向きは対等と言っていますが、年齢や性別、そして何よりもキャリアの力関係のダイナミクスがあり、遠慮が生じてしまい、その結果、緊急時に適切な行動がとれないのでは…と。もし機長と副操縦士が良好な関係を事前に築いていればフライト中の危機の際に致命的な摩擦を減らせるはずだ…と。

それにしても国家運輸安全委員会だったジョン・ゴリアという人が、以前に副操縦士が意見を言えるようにロールプレイを奨めたことがあるもアメリカ連邦航空局(FAA)に見向きもされなかった過去があるとか…すごくリサーチしている…。

かつてないほどにロジカルな説明に…「あれ? 今シーズン、すごく真面目じゃないか…」とこっちまで圧倒される…。

しかし、当然、フィールダー・メソッドが発動。航空事故調査局もびっくり仰天な素っ頓狂な証明手順を踏んでいきます。

フライトシミュレーターならぬ空港職場シミュレーター…航空業界内の人間関係シミュレーターをやっちゃうとは…。

まず空港とコクピットのセットを用意するのはほんの序の口。実際の副操縦士の人たちに参加してもらい、本当に機長との会話が搭乗前から無いのが普通だということが判明し、仮説の手ごたえがでてきます。

コックピット内の機長と副操縦士の関係を、恋愛に例えて分析しようとするなど、今回もネイサンの恋愛コンプレックスが滲んでいました。あの複数のマッチングアプリで出禁をくらった(トランスジェンダー差別をしていたことを口走る)セクハラ無自覚常習のジェフ機長は極端なダメ事例ですけど、こういう会話機能不全と言うのはどの職場・職種にも起きえますよね。

『カナダディアン・アイドル』で審査を務めた経験から、副操縦士に本当にスター審査をしてもらって、悲しませずに不合格を伝えるスキルを身に着けている人は探すとか、『ネイサン・フォー・ユー』シーズン3第2話が「Paramount+」の配信から消えた経験から(理由はドイツ支部が反ユダヤ主義とみなしたためらしい)、企業(自分よりはるかに立場の強い人)との対話を諦める屈辱感とか、ネイサンは常に自己内面化した劣等感を素直に手がかりにするのが毎回面白いな…。

『ハドソン川の奇跡』として映画にもなったハドソン川不時着を成功させたあのチェズレイ・“サリー”・サレンバーガー機長はあの事故時にコックピット内で副操縦士に意見を求めていた…なんて「へぇ!」っていう目のつけどころです。でもその後のサリーの人生追体験は爆笑モノなのですが…(“クリント・イーストウッド”もここまでやれとは言わなかった)。“エヴァネッセンス”の「Bring Me to Life」はズルいだろう…。

人柄が良くて好印象のオーラがあると太鼓判を押されたマラディでも機長には尻込みするし、それでも結局は持って生まれた才なのかという結論を切り捨て、リハーサルで磨けるはずだと意地でも貫くこのネイサン魂。

そして演技こそ本心を引き出す秘訣であるとの提案にこぎつける…。こじつけでも私はここまでやったらじゅうぶんだと思いますよ。

そんな中、航空小委員会のコーエン議員とのコネを作るため、本作が自閉症コミュニティから真面目に好評であるとの記事を見つけ、それを足がかりにするある意味での卑怯さがまた何とも…。

ちなみにあそこで登場する「CARD」という自閉症センターの“ドリーン・グランピーシェ”博士なる人物…実は自閉症は完治できると謳い、ワクチンが自閉症の原因であると主張する物議を醸す人なんですよね(たぶんネイサンはわざとそんな人を番組の対象にしているんだと思うけど)。

ちゃんと「マスキング」(自閉スペクトラム当事者が偏見を避けるために感情を隠すこと)を引用しながら、パイロットもマスキングしていると繋げるのはでも上手いなと思いました。

それに航空業界のパイロットたちは常にFAAに適格か審査されるので、自身のメンタルヘルスの問題を明かさず、専門のセラピーやメンタルケアからも足を遠ざけているって、やっぱり深刻な問題ですよね。

こうして機長と副操縦士が互いに「聞く耳を持つ」役と「率直」役を演じたら上手くいく(はず)というベストプラクティスを提示。

これだけでもシーズン2は終わっていいのですが、なんとネイサンは航空操縦士免許を取得し、自分が機長になって大型ジャンボ機を150人近い乗客役の俳優を乗せて空を飛ぶ!

経験の浅さは北米トップクラス。この凄まじい緊張感。固唾を飲んで見守るリハーサル。『ミッション・インポッシブル』だ…。2025年は“トム・クルーズ”より“ネイサン・フィールダー”のほうが凄いよ…。

成功したことの安堵と興奮で仮説なんてどうでもよくなってきますよね。

ネイサンは「CARD」での目の画像で感情を読み取る自閉症簡易診断テストでも間違えまくり、FAAのパイロット申請では「不安はよく感じるけど不安障害なのか?」と精神疾患の欄で悩みます。医師に診察してもらってfMRIで脳検査も受けた様子が映されますが、作中では診断結果を聞かなかったような演出になっていました。

今もパイロットは自分のメンタルに向き合えずに飛んでいる。その現実をありのままに本作で示したかたちです。この後味含めて本作、お見事な離陸と着地でした。

やっぱりメンタルヘルス…大切ですよ。

『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』
シネマンドレイクの個人的評価
10.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

作品ポスター・画像 (C)HBO

以上、『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』の感想でした。

The Rehearsal (2022) [Japanese Review] 『リハーサル ネイサンのやりすぎ予行演習』考察・評価レビュー
#育児 #キリスト教 #ユダヤ教 #ユダヤ差別