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『ワン・バトル・アフター・アナザー』感想(ネタバレ)…極左おじさん応援映画

ワン・バトル・アフター・アナザー

そして娘に受け継がれる社会正義の魂…映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:One Battle After Another
製作国:アメリカ(2025年)
日本公開日:2025年10月3日
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
人種差別描写 性描写 恋愛描写
ワン・バトル・アフター・アナザー

わんばとるあふたーあなざー
『ワン・バトル・アフター・アナザー』のポスター

『ワン・バトル・アフター・アナザー』物語 簡単紹介

弱者を迫害する政治権力に闘いを挑んだ革命活動家だった過去があるボブは、今は理由があって引退し、平凡で冴えない日々を過ごしていた。そんな彼の大切なひとり娘のウィラが、因縁のある無慈悲な軍人のロックジョーの異常な執着心のターゲットとなってしまう。窮地に陥った娘を守るためにボブは鈍った体を起こし、よろよろと行動に出るが…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『ワン・バトル・アフター・アナザー』の感想です。

『ワン・バトル・アフター・アナザー』感想(ネタバレなし)

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PTAの戦いは新たなフェーズに

2025年もいよいよ映画界の賞レースの顔ぶれが出始める時期に突入しましたが、さっそく早々に筆頭候補が現れてしまったようで…。今年の米アカデミー賞の最多ノミネートは確実…いや、作品賞受賞の最有力は間違いなしか…。

それが本作『ワン・バトル・アフター・アナザー』

無論、「PTA」こと“ポール・トーマス・アンダーソン”監督の最新作ともなれば、シネフィルたちは美味しそうな骨付き肉を目の前にだされて涎を垂らす犬のようになってしまうもの(まあ、“ポール・トーマス・アンダーソン”監督はヴィーガンですけどね)。

今作『ワン・バトル・アフター・アナザー』は、あの世間的には“ポール・トーマス・アンダーソン”監督の最大の傑作と評される『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を更新する大傑作だとえらく絶賛されまくっており、ちょっとしたお祭り状態です。

確かに本作は“ポール・トーマス・アンダーソン”監督のフィルモグラフィーを俯瞰すると象徴的な一作だと思います。まず何と言ってもあの“トマス・ピンチョン”の小説を原作としているからです。

“トマス・ピンチョン”はアメリカのポストモダン小説家として非常に高く評価されているひとりであり、とくに1973年の『重力の虹』はカルト的な熱狂で支持されています。ただし、その癖ゆえにものすごく映像化が難しいとされてきた作家でもありました。

その“トマス・ピンチョン”の1990年の小説『ヴァインランド(Vineland)』は、『重力の虹』ほどの賞賛は集めなかったのですが、それでも夢中になった人はいて、“ポール・トーマス・アンダーソン”監督もそのひとりでした。“トマス・ピンチョン”の別の作品は『インヒアレント・ヴァイス』として2014年に映画化していましたが、この『ヴァインランド』もずっと映画化をしたかったようで、その夢が2025年に実現しました。

と言っても、あくまでインスピレーションの元にしているという体裁で、かなり大幅に“ポール・トーマス・アンダーソン”監督流に脚色しています(どう変わったのかは後半の感想で詳しく)。

内容としては現代を舞台に、かつて極左の革命活動に身を投じていた男を主人公にしており、引退後に白人至上主義者に愛娘が絡まれる事件に巻き込まれ、もう冴えない鈍った自分を奮い立たせる…そんな感じです。

シリアスなポリティカル・スリラーとかではなく、政治と家族モノを合わせた風刺コメディですね。緊迫感のあるシーンもありますけど、笑えるところは散々笑わせてくるノリ。自虐的なスタイルが濃いです。

これも後半の感想で述べますけども『ワン・バトル・アフター・アナザー』は“ポール・トーマス・アンダーソン”監督がさらに一皮むけた一作になったのではないかな、と。“ポール・トーマス・アンダーソン”監督作を全然観ていない人とか、あまりファンじゃない人でも、今回はエンターテインメントとしてとても馴染みやすい映画だと思います。

主演は、まだ引退はしていないハリウッド・スターの栄光を背負う“レオナルド・ディカプリオ”。昔の彼を知らない本当に若い映画ファンからすれば、今のキャリアだけみると「なんか変なオジサンを演じるのが上手い俳優」という印象にしかなってない気もする…。

そしてその隣に並ぶのがなんとこれが映画では本格的デビューとなる“チェイス・インフィニティ”。ドラマシリーズでは『推定無罪』で印象的に活躍していましたが、PTAバフでキャリアが一気に大躍進を遂げたでしょうね。

共演は、“ショーン・ペン”“ベニチオ・デル・トロ”といったPTA作品のおなじみの顔もいれば、『サウザンド・アンド・ワン』“テヤナ・テイラー”『マスター 見えない敵』“レジーナ・ホール”といった新規参加者も増えて、なんだかんだで一番多様なキャスティングの映画になってます。

160分超えの大作ですが、『ワン・バトル・アフター・アナザー』は怒涛の如く突き進んでいくので、トイレ休憩は各自の任意のタイミングで良し!

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『ワン・バトル・アフター・アナザー』を観る前のQ&A

✔『ワン・バトル・アフター・アナザー』の見どころ
★干からびた社会正義を齧るだけのダメおじさんの奮闘。
★若者へと受け継がれる社会正義の物語。
✔『ワン・バトル・アフター・アナザー』の欠点
☆映画時間がやや長いので注意。

鑑賞の案内チェック

基本
キッズ 2.0
性的な描写があります。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ワン・バトル・アフター・アナザー』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤)

アメリカとメキシコの国境。極左革命グループ「フレンチ75(French 75)」のメンバーたちは密かに終結し、拘留中の移民を脱獄させる計画の直前の話し合いを進めていました。

その中には、ペルフィディアパットもおり、夜、暗闇に紛れて高い壁のある施設のセキュリティを突破。武装しながら手はずどおりに場を制圧します。パットは爆破の専門家なので草むらで準備を整えて待機。移民たちが続々と出てきます。

一方、ペルフィディアはたまたまそこで無防備に座って寝ていた指揮官のスティーブン・J・ロックジョーを見つけ、銃で脅しつけます。ロックジョーは動じることなく、ペルフィディアを見上げて眺めます。彼は場違いにも興奮していました。ペルフィディアはそんな彼を罵倒し、両手を拘束させ、フェンスの外に追い出します。

グループは見事にやり遂げ、歓声をあげながら退散します。パットはペルフィディアとキスし、2人は恋人となりました

政治家の事務所、銀行、電力網といったターゲットを襲撃し続け、活動はヒートアップ。2人の愛も燃え上がります。

そんな中、ロックジョーはあれ以来ペルフィディアに執着し、こっそり彼女を監視し、眺めては性的興奮を楽しんでいました。けれども彼女の傍にはパットがいます。それだけが目障りです。

ある日、ロックジョーは破壊工作を仕掛けていたペルフィディアに近づき、モーテルで性行為をするなら見逃すと要求し、解放します。こうして2人は誰も知らないところで体を重ねるのでした。

ペルフィディアは妊娠しました。当然ながらパットはロックジョーとの関係を知りません。ペルフィディアはお腹が大きくなっても活動をやめません。女児のシャーリーンを出産し、パットは家族の平穏さを欲しますが、ペルフィディアは活動にのめり込み、口論のすえ、やがてパットと子を捨ててしまいます。

ところがペルフィディアは銀行強盗のカーチェイスの失敗で捕まった後、ロックジョーは団体の情報と引き換えに、彼女が刑務所行きを免れるよう手配すると持ち掛けます。彼女は承諾しました。

ロックジョーは団体のメンバーを追い詰め、容赦なく殺し、昇進しました。

パットとシャーリーンはボブウィラとして名を変えて隠れて暮らすことを余儀なくされ、しかし、ペルフィディアはロックジョーの掌の上にいるのが嫌になり、パートナーと娘を置いて逃亡してしまいます

そして16年後…。

この『ワン・バトル・アフター・アナザー』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2025/10/06に更新されています。
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原作と現在を比べると

ここから『ワン・バトル・アフター・アナザー』のネタバレありの感想本文です。

つい以前の監督作『リコリス・ピザ』(2021年)でもそうでしたが、“ポール・トーマス・アンダーソン”監督は自分の好きな時代とテーマを選り好みして作品を作るので、どうしたってノスタルジー強めな作風になりやすかったです。

そんな“ポール・トーマス・アンダーソン”も4人の子を持つ50代の父親。妻は有色人種ルーツの“マーヤ・ルドルフ”でもあります。「パパってさ、自分は保守的じゃないって言うけどさ、パパの作る映画って、なんか古くない?」とか娘に言われて気にしていたんじゃないか…だからこんな映画を作ったのではないか…そう勘繰りたくなるほど、今作は「パパも頑張れるよ! 子どもたちよ、見ててくれ!」と言わんばかりの一作だった気がします。

まず“トマス・ピンチョン”の原作小説『ヴァインランド』について簡単に整理すると、こちらは1980年代が舞台で、1960年代の過去と接続します。“リチャード・ニクソン”と“ロナルド・レーガン”政権によってアメリカが保守的に大きく傾いた社会情勢を反映しており、実際、70年代はとくに「Weather Underground」のような極左暴力組織が活発でした。小説では1960年代に架空の大学がアメリカ合衆国から分離独立し、ヒッピーと麻薬を吸う人々のための「ロックンロール人民共和国」を築いた…というかなり荒唐無稽な設定で風刺をしてもいます。

対するこの『ワン・バトル・アフター・アナザー』は現代に置き換えており、具体的な政権は名指しされずとも(まあ、“ドナルド・トランプ”政権なのは自明ですが)、非常に排外主義が蔓延しているのがみてとれます。聖域都市「バクタン・クロス」という架空の地域以外は、反移民・反LGBTQなどが蔓延しているのでしょう。作中で登場する極右の白人至上主義団体の名も「クリスマス・アドベンチャラーズ・クラブ」とバカげたものになっており、原作の風刺センスを感じさせます。

全体をみれば、本作は他の尖った作品と比べると、政治風刺が表層的すぎるところは否めないとも思います。オチも、マイルドでお行儀がよいです。

そもそも現代の2020年代は1970年代と比べると極左暴力活動がほぼ無いです。せいぜい美術館の名画にペンキをぶちまける程度が「過激」のレベルです。しかし、トランプ政権を始め、右派の勢力は「ANTIFA」をテロリスト指定にしたがったり(実際にそういう団体があるわけではない)、「vs極左」を印象付けようと必死です。

なのでそういう現在との不一致も合わせると、『ワン・バトル・アフター・アナザー』は空振りしているところもあるでしょう。

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未来の正義を応援する大人になろう

しかし、『ワン・バトル・アフター・アナザー』は父、そして母から娘への社会正義の継承という家族ストーリーを主軸にすることで、解釈の射程を広げ、「これからはあなたなりの正義を追及してくれ」と若者を鼓舞する後味の良さを残しています。「こういう正義であるべき」ではなく、その答えを若者に託すあたりは身をわきまえていました。

その前に徹底して「父」のポジションの男を自虐するのが本作の味です。これに5割以上は熱意を注いでいましたね。

原作者の“トマス・ピンチョン”はパラノイアな主人公を得意とするのですが、今作は“レオナルド・ディカプリオ”が演じているためか、ダメおじさん感が色濃く、元極左のおじさんの没落っぷりが愉快に描かれます。

10代の娘のウィラの友達がノンバイナリーだけど「they/them」など代名詞文化についていけていない姿とかもあるあるですが、きっとリアルでも極左おじさんの大好物であろう『アルジェの戦い』を家で眺めて自堕落に生活しているあの姿の痛々しさが苦笑するしかない…。

で、そのボブが娘の危機に立ち上がり、映画みたいなカッコいい極左おじさんになろうと頑張るのですけど全部上手くいかないという…。今作でも往年の名作のオマージュは多いですが、だいたいがボブの情けなさをいじるネタ扱いですからね。映画好きでも映画みたいにはいかないんだ…うん…。

そのボブをさらに惨めな印象にするかのごとく、“ベニチオ・デル・トロ”演じるセンセイ(セルジオ・セント・カルロス)はめちゃくちゃカッコいい極左おじさんを体現しています。チェ・ゲバラみたいです(“ベニチオ・デル・トロ”は『チェ』でゲバラを演じたことがあるけど)。

終始、「私の好きな極左活動を全部詰め込みました!」という熱量と、「おじさんギャグは忘れません!」という精神が、マッシュアップしまくっている映画でしたね。

一方のウィラ。終盤のスミスが追跡する中でのブラインドサミットを活用しての出し抜きからの待ち伏せ銃撃の緊迫感。ここを際立たせるためにボブがひたすら自虐でのたうち回っていたらならそれでいいか…。

もともと社会正義を心に根付かせていたウィラが、暴力の恐ろしさをその身で味わって、この経験を胸に、次は自分でどんな正義を選ぶのか。大人にできるのは正義を冷笑することではなく、応援することです。

“ポール・トーマス・アンダーソン”監督も自分の映画センスで今の若者を応援したかったのでしょう。

未来の正義を後押しする大人になりたくなる一作でした。

『ワン・バトル・アフター・アナザー』
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
?(匂わせ/一瞬)

作品ポスター・画像 (C)2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED. ワンバトルアフターアナザー

以上、『ワン・バトル・アフター・アナザー』の感想でした。

One Battle After Another (2025) [Japanese Review] 『ワン・バトル・アフター・アナザー』考察・評価レビュー
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