どのグレン・パウエルがお好き?…映画『ヒットマン』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2024年9月13日
監督:リチャード・リンクレイター
DV-家庭内暴力-描写 性描写 恋愛描写
ひっとまん
『ヒットマン』物語 簡単紹介
『ヒットマン』感想(ネタバレなし)
グレン・パウエルお買い得パック
雇われた殺し屋、とくに裏社会のプロフェッショナルとして仕事する殺し屋のことを俗に「ヒットマン」と呼びます。
このヒットマンは映画でも大人気で、ずばり「ヒットマン」とシンプルにタイトルにつけられた映画もいくつもあります。
1972年には『Hit Man』というアメリカの映画があり、こちらはブラックスプロイテーション。1991年には『The Hitman』(邦題は『ザ・ヒットマン/危険な標的』)という“チャック・ノリス”主演の映画があり、2007年には同名のゲームを実写映画化した『ヒットマン』もありました。
それ以外にもタイトルに「ヒットマン」の言葉が一部含んでいる映画まで含めると、それはもうたくさん挙げられます。『ヒットマンズ・ボディガード』などシリーズ化している映画も最近も見られましたし…。
ヒットマン、多すぎだよ…と思っている、そこの皆さん。ごめんなさい。また、ヒットマンの名がつく映画が増えます。
それが今回の紹介する映画、本作『ヒットマン』です。
どうやって他と区別するんだという心配なら、こう覚えてください。「グレン・パウエルのヒットマン」と。これで一目瞭然、この映画の90%を説明できています。
本作は確かに題名どおりヒットマンが主役なのですが、あくまでおとり捜査でヒットマンのふりをしている男が主人公です。
一応、”スキップ・ホランズワース”というジャーナリストが「テキサス・マンスリー」誌に掲載した記事が基になっていて、実話が下地になっています。
ただ、実話といっても主人公の設定くらいしかインスピレーションを与えておらず、映画の大半はフィクションで、本作はロマコメ(ラブコメ)となっています。
ヒットマンが主題の映画だからといって、アクション満載のエンターテインメントではないです。というかアクションはほぼ皆無です。こんなヒットマン映画は今までにないんじゃないかな。頑張って見かけだけはヒットマンになろうとする男の一部始終をお楽しみください。
この偽ヒットマンを演じるのが、”グレン・パウエル”。今や最も絶好調な若手ナイスガイ白人俳優であり、『恋するプリテンダー』や『ツイスターズ』と続いてきましたが、今作も魅力を振りまいてくれます。
『ヒットマン』は映画5本分くらいの”グレン・パウエル”が拝めるので、お買い得パックです。”グレン・パウエル”ぎゅうぎゅう詰めでこの適度なボリューム。今晩のちょっとした一品に加えるも良し。おひとついかがですか(スーパーの宣伝風)。
本作『ヒットマン』を監督するのは、インディペンデント映画界から自立し続けている“リチャード・リンクレイター”。『ビフォア』シリーズや『6才のボクが、大人になるまで。』で賞レースに上り詰めましたが、近年は『30年後の同窓会』(2017年)、『バーナデット ママは行方不明』(2019年)と、有名俳優を起用しつつ、小粒な作品に舞い戻っています。また、2022年には『アポロ10号 1/2: 宇宙時代のアドベンチャー』というアニメーション映画も監督し、新境地も開拓中。
“リチャード・リンクレイター”監督は『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』(2016年)でまだあまり有名ではなかった”グレン・パウエル”をキャスティングしていたのですが(2006年の『ファーストフード・ネイション』にもでている)、すっかりハリウッドで成功をおさめた”グレン・パウエル”の里帰りになってますね。
ちなみに“リチャード・リンクレイター”監督が”スキップ・ホランズワース”の原作を映画化するのは初めてではなく、2011年の『バーニー/みんなが愛した殺人者』もありましたし、顔なじみです。
”グレン・パウエル”と並ぶ今作のヒロインは、『6アンダーグラウンド』や『モービウス』などに出演してきた、プエルトリコとグアテマラにルーツがある“アドリア・アルホナ”。
他には、ドラマ『ウォーキング・デッド』の“オースティン・アメリオ”、『グッド・ボーイズ』の“レッタ”、『Bad Romance』の“サンジェイ・ラオ”、『Bolt from the Blue』の“エヴァン・ホルツマン”など。
本作はロマコメですけど、ジャンル批評や男らしさ批評にもなっていたり、案外と語り口の多彩な映画です。観る人によっていろいろな視点で楽しめると思います。
”グレン・パウエル”の『ヒットマン』をどうぞよろしくお願いします。
『ヒットマン』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :気軽なエンタメ |
友人 | :俳優ファン同士でも |
恋人 | :異性ロマンス主軸 |
キッズ | :大人向けジャンルです |
『ヒットマン』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
ニューオーリンズ大学で心理学と哲学を教えているゲイリー・ジョンソン。講義も饒舌で話が弾みます。思想家のフリードリヒ・ニーチェの言葉を挙げ、その言葉の意味を学生に問います。
帰宅すれば、閑静な住宅地で穏やかな生活が待っています。独り暮らしで、2匹の猫とまったりするだけ。でも幸せでした。趣味もあるし、別のちょっとした仕事もあるのです。
その仕事とは、ニューオーリンズ警察の捜査に協力すること。そうは言っても機械関係のサポートです。警察のクローデットとフィルは顔見知りです。
ある日、おとり捜査の現場でいつものように手伝っていると、問題行動で停職処分となった警官のジャスパーの代わりをすることになります。そのジャスパーの仕事というのが、ヒットマンのふりをして殺しを依頼する相手に会うことでした。殺し屋を演じて殺人依頼の自白と金銭の証拠を掴まないといけないのです。
いきなりの頼まれ事でしたが、今すぐやってくれと言われて、断る暇もないです。素人だし、命の危険もあるのではと最初はビクビクしていました。
しかし、いざやってみると意外にも自分に向いていることに気づきます。他人を分析し、理想の殺し屋になるのはなかなかに知的で面白いです。
最初の依頼者はいかつい男。「何年やってる?」といきなり言われるも「お前の知ったことじゃない」とキツイ言葉で言い返してみせます。ゲイリーの迫真の演技で対面した相手は自分を本物の殺し屋だと思ってくれたようで、疑う隙を一切与えません。こちらが堂々としていれば相手もどんどん喋ってくれます。こうして逮捕に必要な言葉を引き出すことに成功しました。最初のなりきりはあまりにも完璧に上手くいきました。
この成功でしばらくこのヒットマンになりきる仕事が続きます。古今東西いろいろなヒットマンが作品で描かれてきました。素材はいくらでもあります。
その相手が求める殺し屋像というのもあるのです。発話からメイクまでなりきるためのスキルは何でも磨いていきました。容姿も話し方も変えて、殺しを依頼する相手の前に立ちます。入念にリサーチしたおかげで全て順調でした。
次は家庭内暴力をしてくる夫を殺してもらいたいと依頼する既婚女性のマディソン・マスターズが相手です。写真とプロフィールをチェックしながら、この女性が望む殺し屋は何だろうかと思案します。
こうしてロンという男として落ち合います。パイを食べながら、他愛もないお喋りから始めます。お互いに笑みもこぼれます。良い空気です。しかし、マディソンがその夫に心底苦しんでいると知り、これまでになく同情してしまいます。それどころか助けてあげたいという気持ちになり、これは惹かれているのかと考えます。
結局、最終的に殺しの依頼を断り、人生を健全に再スタートするように背中を押します。
そしてこれが自分を決定的に変えてしまうことに…。
ヒットマンの超自我で遊ぶ
ここから『ヒットマン』のネタバレありの感想本文です。
『ヒットマン』は「男らしさ」批評として皮肉たっぷりで面白かったです。
そもそも「ヒットマン」という表象は、何かと男らしさを投影しやすい存在でした。その職業が人目に晒せない裏側のものゆえに、主流の華々しい男らしさとは違い、どこか疎外された男らしさを象徴することもありました。例えば、ストイック(禁欲的、無感情、退廃的、倒錯的など)。しかし、『007』など主流映画での大ヒット作も登場し、いつの間にか王道の男らしさを堂々と掲げたヒットマンも現れました。
そんな中で、ヒットマンの男らしさ表象といまだに最もかけ離れているのが、本作の主人公であるゲイリーのような男性です。
ゲイリーはアカデミックなオタクの典型。大学に勤めるも権威とは程遠く、学生にもちょっと小馬鹿にされています。哲学や心理学という学問も男らしくないとみなされる定番でしょうか。裕福さに関心はなく、ダサい服で安い車を運転し、野鳥観察などの趣味に興じるだけで満足しています。独身で、猫を飼っているベタな生活ですが、前妻アリシアとも平穏に友人関係を続け、女性への執着心もありません。
そんな部外者となっているゲイリーだからこそ、客観的にヒットマンの男らしさを解析し、”なりきり”を楽しめます。
あるときは、野蛮でガサツな荒くれ者。あるときは、愛国心溢れる銃大好き白人が好きそうな男。あるときは、黒人ギャングに通用する粗雑な男。あるときは、ゲーム好き少年の中二病心をくすぐる誇張された暗殺者。あるときは、『ノーカントリー』みたいなサイコパス。あるときは、スーツ姿のビジネスマン風。
そのたびに”グレン・パウエル”演じるゲイリーがノリノリでロールプレイングしているのが最高ですね。変装を自力でやっていて、メイクも自分でするし、一般の動画サイトも参考にするし、絶妙にプロフェッショナルから外れて独り趣味人を維持しているのがまた笑えてきます。
つまり、このヒットマンになりきることに「これが俺の仕事なんだ!」みたいな独占欲がなく、「まあ、ちょっと趣味の延長で…」という感じであり、言ってみれば子どもっぽい変身ごっこ遊びなんですね。
同時に男らしさというのは本質ではなく、社会や個人の需要に左右されるという側面も浮き彫りにしてくれます。ゲイリーの学問分野である哲学や心理学がしっかり活かされている批評性なのも気が利いています。
キャンセルが嫌だ? じゃあ殺しますね
『ヒットマン』の流れを変えるのがマディソンとの出会い。このマディソンは、これまたベタなハリウッド作にいそうな薄幸の美女キャラクターになっているのですが、そのマディソンゆえなのか、彼女の需要に答えようとすると、ゲイリーもベタなハリウッドのスター俳優を思わせる佇まいになります。
ヒットマンの男の傍には女がいて、関係性がサスペンスを生む。これも1942年の『拳銃貸します』など古いヒットマン作品からの定番の流れ。
後半ではマディソンが元夫のレイを殺してしまい、ゲイリーも自身の正体を明かして、警察を騙すという2人の一世一代の大芝居をします。近くで盗聴している警察を欺くために家で2人でオーバーリアクションで大喧嘩してみせるくだりの勢いだけのテンションがなんとも…。
『恋するプリテンダー』の感想でも書きましたが、恋愛関係は「共犯」という衝動的契約で強固になるというアレですね。
その共犯は、あの元偽ヒットマンのギャスパーの殺害というオチで決定的になります。ギャスパーはゲイリーとは真逆、言わばトキシック・マスキュリニティ。ミソジニストであり、問題行動で職場処分されても「キャンセルカルチャーだ!」と文句タラタラで反省しない、そんなどうしようもない奴です。元夫のレイもそうですが、殺されるのは有害な男らしさの塊な人間だけ。
本作はこうしてレイやギャスパーを殺すのですけども、それがゲイリーやマディソンの破滅に繋がりません。ヒットマン作品は、倫理に反する殺人という行為の罪悪感が本人を追い込み、破滅的な結末が待っているのがおなじみです。しかし、この『ヒットマン』は一切そうなりません。
結末はゲイリーとマディソンが結ばれ、子どもにも恵まれ、犬まで飼っていて、ハッピーエンドそのもの。暗さはゼロ。道徳観の曖昧さをものともせず、やけに清々しく振り切ってめでたしめでたしです。
この着地は、アメリカン・ニューシネマ(ニュー・ハリウッド)初期を象徴する破滅的な男女カップルを描いた『俺たちに明日はない』を2020年代の現代版にしたような、そんな違いがくっきり現れていました。もう今は破滅なんてしなくていいのです。
ゲイリーの視点でみれば、男らしさで己を汚すことなく、理想的な家庭を得るオタク男の物語でもありました。「男とは本質的に男らしいので、これは変えようがない!」というどこぞの男性権利主張者が叫んでいそうな戯言をあっさりと否定するこういう映画が今の時代に登場するのはある意味必然か…。
「グレン・パウエルのヒットマン」はそんなカビの生えた男臭い妄念をこの世から抹殺して、次の時代を描いてくれましたね。
これからは「“キャンセルカルチャーだ”と叫ぶ男を私と殺めてステキな家庭を築きませんか?」がプロポーズの定型になるのです。なるかな?
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)2023 ALL THE HITS, LLC ALL RIGHTS RESERVED
以上、『ヒットマン』の感想でした。
Hit Man (2023) [Japanese Review] 『ヒットマン』考察・評価レビュー
#グレンパウエル #潜入捜査 #殺し屋