感想は2000作品以上! 検索はメニューからどうぞ。

『アネット Annette』感想(ネタバレ)…レオス・カラックス映画はあらすじを語れない

アネット

レオス・カラックス映画はあらすじを語れない(だから歌うのです)…映画『アネット』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Annette
製作国:フランス・ドイツ・ベルギー・日本・メキシコ(2020年)
日本公開日:2022年4月1日
監督:レオス・カラックス
性描写

アネット

あねっと
アネット

『アネット』あらすじ

スタンダップ・コメディアンのヘンリーは絶妙な独自のユーモアを持つパフォーマンスで観衆を巧みに魅了し、調子づいていた。さらに国際的に有名なオペラ歌手のアンと恋に落ち、愛を深める。そしてアネットという娘も生まれる。順風満帆な道のりを歩んでいると思われた矢先、考えていなかったところで躓き、人生は狂い始める。ヘンリーにとってミステリアスで非凡な才能をもったアネットだけが心の拠り所だった…。

『アネット』感想(ネタバレなし)

スポンサーリンク

レオス・カラックス監督またまた再登場

映画監督には毎年どころか年に何本も映画を製作する多作な人もいます。一方で、数年に1本どころか10年くらいの間隔でしか映画を手がけない寡作な人もいて、同じ映画監督という職業でもこんなに違うものなのかと思います。

その寡作な有名監督のひとりが“レオス・カラックス”です。

“レオス・カラックス”はフランスの映画監督。批評家として若い時に活躍していましたが、1983年に『ボーイ・ミーツ・ガール』で長編映画監督デビューしました。このとき、23歳。当時はフランス映画界の新時代の若手として注目され、さらに1986年に『汚れた血』、1991年に『ポンヌフの恋人』を作り、この3作品は3部作ということになっています。

“レオス・カラックス”監督はキャリア初期から作家性が際立っており、ジャン=リュック・ゴダールを意識したヌーヴェルヴァーグへのオマージュがふんだんに盛り込まれています。さすが批評家だっただけあって映画愛が精密かつ冷静に凝縮している感じ。非常にこだわりが強く完璧主義的なクリエイティブなので、1作ごとに時間をかけて作っています。

その“レオス・カラックス”監督の4作目『ポーラX』は3作目から8年後の1999年に公開。引退するなんて話もあった中での本作の出現でしたが、当時は珍しいCGを活用したりと、この映画では実験的挑戦作という佇まいは一層濃くなりました。

次の映画はいつになるのか、そもそも作るんだろうか…。マニアな映画ファンがヤキモキして13年が経過…。2012年、『ホーリー・モーターズ』で“レオス・カラックス”監督は久しぶりとなる長編映画復帰を果たしました(2007年にオムニバス映画『TOKYO!』の一部を監督している)。

こうなってくるともうファンは鍛えられています。次の映画も10年後くらいかな、と。そしてだいたいそのとおりになりました。9年後の2021年、カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品された最新作。それが本作『アネット』です。

カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した本作『アネット』。“レオス・カラックス”監督は寡作すぎるゆえに次がどんな内容の作品でくるのか蓋を開けてみないと誰もわからないというドキドキ感があると思うのですけど、この『アネット』も相変わらずの作家性全開でした。

最初に言っておくと「最高に面白かった!」「何を見せられていたのか…」という2つの反応でハッキリ二分されるタイプの映画です。“レオス・カラックス”監督作はだいたいそういうものです。前衛的でアーティスティックな個性が終始フル発揮されていますから。でも個人的な感想を言えば、私はこの『アネット』、“レオス・カラックス”監督のフィルモグラフィーの中では比較的観やすい部類なんじゃないかなと思ったりも…。少なくとも本作が初の“レオス・カラックス”監督作品という初心者でも大丈夫です(合う合わないはあるけど)。

映画自体はミュージカルになっており、日本の宣伝だと「ダークファンタジー・ロック・オペラ」と書いてあってさっぱり意味わからん状態ですけど、物語の軸はわりとシンプル。芸術と商業主義が交差するエンターテインメントの業界で出会った男女の愛に始まり、それがしだいに崩落していく姿を描くという、人生破滅モノといった様相です。『ラ・ラ・ランド』を連想するかもしれませんが、それよりもはるかに痛烈で悲惨で醜態を包み隠さず表現する、そんな粗暴な人間性が露呈している。ロマンチックな甘いムードではなく、嵐の中で身も心もボロボロになるような…。

俳優陣は、主人公の男女カップルを演じるのが、“アダム・ドライバー”“マリオン・コティヤール”。とくに“アダム・ドライバー”の存在が異彩を放っており、ほぼ彼のワンマンショーみたいなものです。“アダム・ドライバー”の名演(というか変人演技)がずっと見られますよ。今作では製作にも名を連ねており、みなぎってます(みなぎりすぎだけど)。

また、日本人の俳優もちょこっとだけ登場しており、“水原希子”、“福島リラ”、“古舘寛治”、“山川真里果”など、探してみてください。このあたりは日本好きな“レオス・カラックス”監督らしい配置なのかな。

『アネット』の凄まじい映像と演技と音楽の物量を思う存分に楽しむなら映画館が一番。なにせ“レオス・カラックス”監督の次作が今度もまた10年後とかになるかもしれないですからね。早々観れるものじゃないですし、今観ておいて損はありません。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:俳優ファンは必見
友人 3.5:変わった映画好きと
恋人 3.0:恋愛気分ではない
キッズ 3.0:やや子どもには難しい
↓ここからネタバレが含まれます↓

『アネット』感想(ネタバレあり)

スポンサーリンク

あらすじ(前半):美女と野人

とあるレコーディング・ブース。今まさに楽器が準備され、収録が始まろうとしていました。そして合図で開始。演奏が始まり、何事もなくそのまま進むのかと思えば、なぜかその場の人物の何人かがその現場を離れてしまい、歌いながら建物の外へ

ひとしきり歌い終わった後、その集団の中央にいた男女のうち、男はバイクで颯爽と夜の街に消え、女はバンに乗り込み、こちらもどこかへ行ってしまいました。

ヘンリー・マックヘンリーは絶好調のスタンドアップ・コメディアン。仰々しく入場し、観客が大勢詰めかけているステージでパフォーマンスを始めます。ボソボソと喋っているかと思えば、陽気に歌い出し、観客も交えての掛け声で、その場を一心同体の空気へと変えます。と思えば、突然の銃声がして場内は騒然。ヘンリーは撃たれたように倒れますが、手をひょいっとあげて、これもパフォーマンスだと示し、場をさらに過熱させます。過激で、下品で、挑戦的…それがヘンリーのスタイルでした。

そのヘンリーは、国際的にも有名なオペラ歌手であるアンと出会い、そこに運命的なものを感じます。周りに多くのカメラマンがいるのも気にせず、フラッシュを浴びながら、2人は愛を実感しました。

こうして世間の注目を集めるセレブ・カップルが誕生。2人は愛を深め、体を交わり、静かに時間を共有します。しかし、世の中にとって2人は常にゴシップのまと。アンの妊娠のニュースも瞬く間に報道され、世界を駆け巡ります。

アンは無事に出産しました。生まれた子の名前を「アネット」とし、ヘンリーとアンはこの新しい命とともに家族を築く未来が待っていることを確信していました。

ところがそうもいっていられない空気が侵蝕してきます。アンはヘンリーが多くの女性に虐待を告発されるという悪夢を見て、それが現実のものになる不安を感じます。そして自分が殺されるのではないかという強迫観念さえも芽生え始め、心落ち着くことはなくなり…。

一方のヘンリーはアンだけが成功し、自分のコメディアンとしてのキャリアは不調になりつつあることに自暴自棄となり、それはパフォーマンスにさえも悪影響を与え始めます。ステージのヘンリーはプロとしてのパフォーマンスというよりは醜態を晒しているだけになり、観客はブーイングし、彼を「病気だ」と罵ります。

ヘンリーとアンの2人のキャリアには誰から見てもハッキリと明暗が浮き出ていました。

そんな中、2人はプライベート・クルーズで移動。そこで嵐が襲い、アンは海に沈んでしまいます。ヘンリーは酔っているだけで何も助けられません。残されたのは幼い娘のアネットだけ。

ヘンリーはますます行き詰まってしまい、やがてアネットを利用するという奇策にでることにします。これが想像以上の世界的大注目を集め、「Baby Annette」は次世代のスターとして持て囃されますが…。

スポンサーリンク

笑い死なせる男は破滅する

『アネット』という映画はあらすじで説明するのがとても難しい作品です。起きていること自体を淡々と文字で説明はできますけど、そうしてもこの映画の独創性が全然わからない。本作は実際は冒頭数秒から何かとんでもないことが起きているという違和感をガツンと観客にぶっこむのですから。

冒頭は収録スタジオからの怒涛のミュージカル展開。ここで“レオス・カラックス”監督本人があまりにも平然と登場し(うっかりメイキング映像を流してしまったのかなというくらいに臆面もなく顔出ししている)、すでにこの映画のフィクションとリアルの体裁を破壊してしまっています。観客としては「何が始まるんです?!」というワクワクドキドキなのですが。

で、次のシーンで始まるのが主人公のヘンリーのコメディ・パフォーマンス。これがとにかく強烈で「“アダム・ドライバー”、凄いな…!」と圧巻なのですけど…。あれはどこまでが台本なのだろう…。さすがに多少の演出のうえで成り立っていると思いますけど、だいぶ“アダム・ドライバー”の演技力頼みで成立していると思うし…。ともあれあの「laugh, laugh, laugh… clap, clap, clap…」と続いていく異様なボルテージのヒートアップは言葉にできない感覚。確かにこういうコメディアンだったら一部でカルト的に支持されるカリスマ性を発揮しそうだという説得力もある。私なんかあのパフォーマンスをあと1時間見ていたかったですよ。

『アネット』はこの“アダム・ドライバー”演じるヘンリーという男の物語です。“アダム・ドライバー”はこれまでも『パターソン』(2016年)、『マリッジ・ストーリー』(2019年)と夫婦モノに関わってきていますが、年々その役柄がダメな男として凶悪になっている気がする…。『最後の決闘裁判』『ハウス・オブ・グッチ』もそうでしたが、今の“アダム・ドライバー”はトキシックどころではない限りなくサイコパスに近づいているマスキュリニティを体現する男を演じることに関しては大得意の男優になっていますね。

この『アネット』は男の崩壊モノとして奈落に突き進みます。最初の時点でどこか冷笑的で不謹慎な俺がカッコいいという自己陶酔に浸っている存在感がムンムンしていたのですが、ひとたび妻の成功に嫉妬しだすと破滅コースまっしぐら。あの船での嵐の強制泥酔ダンスシーンは、ポスターでは情熱的なシーンに見えなくもないけど実際はすごく暴力性を帯びたシーンであり、ある種のDV(ドメスティックバイオレンス)的な暗示でもあると思うのですが、本作はこういうマスキュリニティによる加害を独創的すぎるビジュアルで表現しています。そこが何よりも寓話的です。大人のための大人が読む怖い御伽噺ですね。

スポンサーリンク

I am a good father

“レオス・カラックス”監督は私もこの監督の作家性を分析できるほどに映画知識に堪能ではないのですけど、この『アネット』を観ていても思ったのですが、とても吸収力があるというか、自己批判的な作りをするのが上手いクリエイターなんだな、と。独り善がりの作家性に酔うタイプではない、むしろそういう映像作家を批判することができる。批評家的な監督と言った感じでしょうか。

『アネット』だってかなり視覚映像でアレンジしているけどその物語の主軸には、今まさに世界で問題視されている「トキシック・マスキュリニティ」への批判の眼差しがあるわけです。女性たちの告発のシーンといい、そうやって根底が揺らいでいく男性特権のアーティストの崩壊を、本作はじっと見つめている。

全世界的な問題ですけど、フランスの映画界だって女性差別のあれこれで自省と改革を迫られていますからね。今はヌーヴェルヴァーグ万歳!とか素直に言っている場合じゃないのです。

同時に現代的なエンターテイメント・ショーへの批判視点も二段重ねで挿入してきます。妻とキャリアを失ったヘンリーはあろうことか娘のアネットを表舞台に立たせ、その幼い歌唱がたちまちバイラル・ヒットしていく。今のグローバリゼーション化したエンターテイメントのムーブメントがどれほど表層的なものなのか。その裏で私腹を肥やすのはやはり既存の特権者ではないか。

その物語の鍵を握るアネットを人形に演じさせるという、ちょっとホラー風味すらある演出がまた怖く、ここはダークファンタジーというよりは普通にホラーなんだと思います。

その人形の娘の告発で収監となったヘンリー。面会にアネットが現れるシーンで、初めて生身の人間のアネットが登場し、そこで父と娘の初めての歌の掛け合いが巻き起こる。反省するのは遅すぎた…そんな男のどうしようもない肉体だけを残して…。この後味も“レオス・カラックス”監督作品としてはかなり突き放した結末で、虚実の曖昧さといい、良い塩梅でした。

『アネット』は“レオス・カラックス”監督の英語映画デビューとなったのですが、フランスの映画文化の継承を飛び越え、今やしっかり世界に刺さるテーマを斬新な自己流で描けるようになっていることを証明してみせました。次はほんと、いつになるのかな…。

『アネット』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 71% Audience 76%
IMDb
6.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)2020 CG Cinema International / Theo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinema / UGC Images / DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Televisions belge) / Piano

以上、『アネット』の感想でした。

Annette (2020) [Japanese Review] 『アネット』考察・評価レビュー