でも本心は見せない…映画『秘顔 ひがん』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2024年)
日本公開日:2025年6月20日
監督:キム・デウ
性描写 恋愛描写
ひがん
『秘顔』物語 簡単紹介
『秘顔』感想(ネタバレなし)
隠れているけどリメイクです
リメイクというのは堂々と掲げて行われるものだと思いがちですが、何の宣伝もされずに「実はリメイクだった」というタイプの作品も結構あります。
あまり有名ではないもののアイディアが面白い作品なんかがそういう「隠れリメイク」の対象になりやすい感じかな。わざわざ「リメイクです!」と銘打つ意味がないと、少なくとも配給側が判断しているのか、ネタバレを回避するためなのか、そのあたりの事情は個々で違うのだろうけど…。
今回紹介する韓国映画も日本の宣伝ではほぼ明示していないのですが、実はリメイクです。
それが本作『秘顔 ひがん』。
本作はあからさまに韓国を舞台にした純然たる韓国映画の佇まいをしていますけども、実は2011年のコロンビア・スペイン合作の『ヒドゥン・フェイス』が原作になっているリメイク作です。元の映画である『ヒドゥン・フェイス』は“アンドレス・バイス”というコロンビアのクリエイターが企画・監督・脚本したもので、ヒッチコック・オマージュのロマンティック・スリラーとして高く評価されていました。“アンドレス・バイス”はコロンビアの映像界隈ではもう有名で、最近だとドラマ『グリゼルダ』を手がけていました。
この『ヒドゥン・フェイス』が国際リメイクされるのは初めてではなく、2013年にインド(『Murder 3 』)で、2017年にトルコ(『The Other Side』)で、2019年にメキシコ(『Perdida』)で、すでに3度もリメイクをされています。
今回は韓国がそのリメイクに手をつけたわけですが、単に舞台を韓国にしただけでなく、他のリメイクと比べるとかなり大胆なアレンジを施しているのが特徴です。
ひとつがエロティック・スリラーになっていること。本作『秘顔 ひがん』は日本のレーティングでも「R18+」になっていることからわかるように、完全にフルヌードのシーンがハッキリあります。
監督はもともと脚本家として活躍し、『恋の罠』(2006年)で長編映画監督デビューを果たし、『春香秘伝 The Servant』(2010年)、『情愛中毒』(2014年)と、基本的にエロティックな表現ゆえに「R18+」になるような映画を作り続けてきた“キム・デウ”。なので今回のアダルト全開なタッチもこの“キム・デウ”監督にとっては十八番ですし、「キム・デウ監督と言えば!」ということで、その点を期待して観に行く人がいるのも頷けます。
ただ、今回の『秘顔 ひがん』では“キム・デウ”は脚本をやっておらず、2013年に『恋愛の温度』で監督でも脚本でも手腕を発揮した“ノ・ドク”が手がけています。この女性クリエイターに任せているのが、今作『秘顔 ひがん』の完成度の秘訣だったのではないかなと思います(詳しくは後半の感想で)。
さらにまだ特徴があって、これは明かしたほうが絶対に興味を持つ人が増えるので書いちゃいますけど、本作はサフィックなクィア映画でもあります。
つまり、あの“パク・チャヌク”監督の『お嬢さん』と同じ方向性と思ってもらってよいです。
あとはネタバレ厳禁ということで(リメイクなのでプロットの大本は一緒だけど)、実際にその目で確認して…。
本国の韓国ではそのレーティングにもかかわらず観客動員数100万人突破の快挙を達成したそうで、まあ、でも今はレーティングとかヒットの障害にならない世相ではありますよね。
『秘顔 ひがん』で主役を演じるのは、“キム・デウ”監督とは『情愛中毒』でタッグを組んだ“ソン・スンホン”、そして同じく『春香秘伝 The Servant』と『情愛中毒』に続いて3度目の顔合わせとなった“チョ・ヨジョン”。
そこに加え、映画『コンジアム』や『死を告げる女』、ドラマ『財閥×刑事』や『ユミの細胞たち』など多彩に活動してきた“パク・ジヒョン”が重要な役どころで存在感を発揮しています。
メインの登場人物はほぼこの3人だけで、シンプルな人間関係です。
家で『秘顔 ひがん』を楽しむ際は、室内にある鏡をじっくり見つめてから視聴してみてください。
『秘顔』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | あああ |
『秘顔』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
ノートパソコンに映るひとりの女のビデオメッセージ。それをじっと見つめるひとりの男。オーケストラの指揮者のソンジンにとっては理解できない状態でした。自身のオーケストラのチェリストでもある婚約者スヨンが、「あなたと過ごせて幸せだった」という映像メッセージだけを残して失踪したのです。その映像内では、ソンジンが手を振る姿はまるでごく普通の振る舞いのようで、なぜ急にこんなことになってしまったのか、心情は読めません。溜息をつくしかできないソンジンです。
しかし、オーケストラを止めるわけにはいきません。ソンジンはあくまで雇われている指揮者ですが、責任はあります。スヨンの代わりはいないと考えていましたが、公演のために代理のチェリストが要ると言われ、このオーケストラを財政的に支えているスヨンの母親はソンジンに新しいチェリストを雇うように主張されます。
スヨンの母はもともと軽薄な行動が多かった娘のスヨンを快く思っていなかったようで、今回の失踪もあまり深刻に受け止めていません。
強引に押されるかたちで、ソンジンは代理のチェリスト候補であるミジュという若い女性と部屋で対面することになります。2人きりです。ミジュはスヨンと同じ先生から指導を受けていたらしく、腕前は近いと言えます。振る舞いはスヨンとまるで違い、地味で礼儀正しいですが、演奏のセンスは確かにあるようです。
演奏音声を聴きつつ、ミジュに妙に惹かれていくソンジン。オーケストラに加えることになり、指揮をしながらミジュの加わった音色に満足します。
こうして2人はプライベートでも親密になります。店で一緒に焼き肉を食べていると、急に土砂降りが…。ずぶ濡れになりつつ、車に退避し、そのままの流れでソンジンの家に招きます。
ワインを飲んでいましたが、ソンジンは自分からキスしてしまいます。その後、鏡の前でソンジンはミジュを後ろから抱きしめ、熱く唇を重ね、体をまさぐります。
ミジュも身を預け、2人は寝室のベッドに倒れ込み、欲望のままに求め合います。
鏡には2人のその姿がありのままに映り…。
冷蔵庫じゃなくて家の中の男(放置)

ここから『秘顔』のネタバレありの感想本文です。
『秘顔 ひがん』の感想、ネタバレをせずに語ろうとするとやけに表面をなぞるだけのふわふわした文章になりやすいですし、それはそれでこの内容をいたずらにいじって弄んでいるような嫌な感触になりかねないので、ここからは普通にネタバレします。
本作は監禁モノです。あのソンジンの新居には本棚の奥に秘密の扉があって、奥にかなり広い隠し空間が存在し、部屋のあちこちにある鏡がマジックミラー構造で、隠し空間側からだけ向こうを眺めることができます。本来の部屋の音は聞こえて、隠し部屋の音は聞こえない防音設備など、だいぶご都合的な作りではあるのですが…。
その隠し空間にスヨンは意図せず監禁され、ソンジンとミジュの交わりも見ていた…という屈辱の不倫モノみたいな味わいです。
しかし、それ自体は原作とほぼ同じですが、スヨンとミジュの関係がこの韓国版の決定的なオリジナリティにして、さらに物語の構造の意味合いすらも変えていきます。
スヨンとミジュは実は幼馴染であり、あの家でもともと音楽を一緒に学び、そしてこっそり隠し部屋で性的な関係を楽しむような同性愛カップルでした。今回の黒幕はミジュであり、ソンジンとの結婚生活に専念すると決めたスヨンに裏切られたと感じたミジュの、用意周到な心理的かつ身体的な復讐です。
ミジュがソンジンが好きで…という異性愛前提の「女2人による男の奪い合い」というありきたりな流れにしなかったのが、まずは効果的でした。
今作のソンジンは本当に蚊帳の外で、男の無能っぷりが際立っています。普段は音の仕事をしているのに、家での隠された音に気付かないという演出も皮肉です。ソンジンを突き放し続けることに徹するプロットの思い切りの良さね…。
これは2人の女の物語。男は仕掛けるための演出上の道具でしかありません。これはプロットにおけるジェンダーの役割の逆転であり、「冷蔵庫の中の女」のような韓国映画界隈ではまだみられる「プロットのために消費される女性キャラクター」を意識的に男性へとすり替えるテクニックでした。
家からは出ていかずに楽しむ権利
それでもこれだけだと今度はレズビアン表象の安直なステレオタイプに陥りかねないのですが、本作『秘顔 ひがん』はかなりこれも意識的に回避してみせる上手さを披露していたと思います。
確かに「スヨンとミジュが恋愛関係にあった」という事実が「秘密」としてプロットのトリックに利用されているのですが、その事実は前半で明かされ、衝撃のオチとしての印象はできる限り弱められている感じです。
それよりもここで強調されるのは、スヨンとミジュがなぜすれ違ったのかということで、その背景にあるのはいまだに同性結婚できない韓国の保守的な社会です。とくにスヨンは裕福な家庭で、この上流階級の世界では同性愛を受け入れてもらえず、ゆえに異性愛規範に従う道を選んだことが察せられます。
安定した社会特権を優先したスヨンは一見すると酷い人間に思えますが、これもこういう社会で生きるクィアな当事者にとってのひとつのサバイバル手段です。
それに対するミジュ。ミジュは本作にてどこまで狙いどおりだったのか、よくわからないのですが(ソンジンがあまりにチョロいから成功しているんじゃないだろうか)、最も“持たざる者”であるマイノリティとして、精一杯の復讐に挑戦しています。
こうして対峙する(文字どおりの鏡越しに対峙する)ことになった2人の女のマイノリティですが、現実味のあるマイノリティ同士のやるせない亀裂を描きつつ、最後のオチでさらに本作はもうワンランクの上質に踏みだしていました。本作のオチは「スヨンとミジュが恋愛関係にあった」ことではなく、ここにあったのです。あのエンディングは本当に良かったですね。
あのキンクな結末は、クローゼットならぬ隠し空間に存在することしかできないマイノリティという意味で切なさもありつつ、「私たちは私たちで楽しむ権利があるし、それを誰にも邪魔させはしない」という反逆の精神も示しているようで…。
「所有したい」という欲の現れというだけでない、これもひとつのプロテストかな。
原作の映画だとやり返されるという悲劇で終わるのですが、女同士の愛を悲劇にはしない(そのうえ見世物にもしない)という確固たる作り手の姿勢も感じます。
『お嬢さん』は日本の朝鮮統治という植民地主義を土台にしたプロットなので「ここではない別の場所に逃げる」という方向で良かったのですが、『秘顔 ひがん』は一貫して「家」が舞台。「女たちが家から出ていくのではなく、“男”という特権を飼いならして、この家で主導権を得る」という結末は、非常にこの映画だからできるパワフルさがありました。
乾麵にはレズビアン・パワーが宿っている
あともうひとつ言いたいのは『秘顔 ひがん』の隠し主人公はあの家だということです。あの家の構造も、そういう「社会における女性(とくにクィア女性)の立場」を考えると、巧みに暗示させる仕掛けになっていたなとも思います。
当初のソンジンとミジュの交わりは鏡越しに丸見えで、観客にもハッキリみせられるのですが、スヨンとミジュの交わりはみせません。当然それはレズビアンのヌード表象を「男の眼差し」では描かないということかもしれませんけど、あの家の構造自体が「見せはしないぞ」と宣言するかのようで、なんだかやけに家自体が頼もしいです。
もう私にはあの家がホラーとかではなく、クィア・フレンドリーにしか見えない…。クィアな隠し部屋がある家ってちょっと憧れるなぁ…。
『パラサイト 半地下の家族』でも、社会の暗黙の格差構造を家の構成でみせていくという技が駆使され、韓国映画のお家芸みたいになっていますが、ちゃんとクィア表象でもできるんですね。
個人的にはあの家になんだかんだで適応し、使いこなしている“チョ・ヨジョン”演じるスヨンのキャラクターがかなり大好きになりました。あの「どんなに酷い目に遭おうとも絶対に生きてやるぞ」というファイティング・スピリット…。見習いたいな…。
乾麵にはレズビアン・パワーが宿っているんだ…。私もバリバリと乾麺を食べて生き永らえられる人間になりたい…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
作品ポスター・画像 (C)2024 STUDIO&NEW, SOLAIRE PARTNERS LLC. All Rights Reserved.
以上、『秘顔』の感想でした。
Hidden Face (2024) [Japanese Review] 『秘顔』考察・評価レビュー
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