それは儲からない疲れる正義…映画『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2024年)
日本公開日:2025年4月11日
監督:リュ・スンワン
イジメ描写
べてらん きょうあくはんざいそうさはん
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』物語 簡単紹介
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』感想(ネタバレなし)
正義はまだ頑張っている
「正義」という概念への冷笑・矮小化が止まらない昨今です。
「行き過ぎた正義」なんて言葉で匙加減の問題に置き換えようとしたり、「正義の暴走」という言い換えで原因と向き合わなかったり、「正義と正義の戦い」などと表現して戦争に対して中立ぶったり…。
なんでしょうね。たぶん漠然と「正義」を批評した気分になるほうが、主題の複雑な背景に取り組むよりもはるかに簡単でラクで、何よりも今の時代はバズるから好まれるのですかね。ある意味、政治的なことを避けたがる手癖が、非政治的な「“正義”批評」を助長しやすいのかもしれません。
本来、「正義」というのは多数決や雰囲気で左右されるものではなく、人権に根付いた概念のはず。人権を脅かすならそれは「不正義」です。そしてとても複雑な政治的な概念です。だから「正義」を批評するなら歴史・政治・社会…いろいろなことを学ばないといけないし、「正義」を実践するなら覚悟も体制も必須です。
ところが世の中そう理想どおりではなくて、やっぱり正義も人手不足なんですよ。圧倒的に担い手が足りない。すると正義を完遂できない。正義が不正義に蝕まれ、占拠される。そして責任を負わされるのは正義のほうであり、正義への不信感が高まっていく。そうなれば正義から人は離れ、なおさら人手が足りない…。悪循環です。
今回紹介する韓国映画は、そんな世でも底辺で踏ん張りぬいている正義に携わる者たちの作品です。
それが本作『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』。
本作は2015年の“リュ・スンワン”監督作の『ベテラン』の続編です。「ベテラン2」です。邦題が無個性的というか、これ、3作目が作られたらどうするつもりなんだろう…。
“リュ・スンワン”監督作の『ベテラン』と言えば、2000年の『ダイ・バッド 死ぬか、もしくは悪(ワル)になるか』で長編映画監督デビューした“リュ・スンワン”監督が、作品を重ねて確実に作家性を確立していき、2013年の『ベルリンファイル』でグルーバルな舞台も乗りこなし、キャリア最大のヒットを叩き出した記念すべき一作でした。
あらためて“リュ・スンワン”監督というフィルムメーカーの韓国エンタメ業界の功績を実感させられますね。今、韓国コンテンツが世界のエンターテインメントで存在感を発揮できているのは、この“リュ・スンワン”監督のおかげなのではないでしょうか。韓国らしいクリエイティブを持ち味はそのままに世界的なエンタメに構築し直す職人技ですよ。
で、その“リュ・スンワン”監督の『ベテラン』ですが、ジャンルとしてはシンプルな警察エンタメ・アクション作でありながら、中身が詰まりに詰まった映画でした。あれほど大ヒットしたので続編が企画されるのは納得ですが、結構後になってしまいましたね。
それでも『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』はいつもどおりの“リュ・スンワン”監督作です。むしろ『モガディシュ 脱出までの14日間』(2021年)や『密輸 1970』(2023年)を経験して、“リュ・スンワン”監督の熟練度がさらに上がったことが本作にも活かされています。


2作目となる『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』でも、主演はやはりこの人、“ファン・ジョンミン”です。『ソウルの春』ではあれな役でしたが、苦労人な善人の役も似合いますね。
その“ファン・ジョンミン”と今回で肩を並べるのは、ドラマ『D.P. 脱走兵追跡官』や『となりのMr.パーフェクト』の“チョン・ヘイン”。狙いどおりなキャスティングという感じかな。
人手不足も安月給もなんのそので奮闘する正義を眺められる『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』。そっちがそこまで頑張っているなら、私も今日も頑張って働くか…。
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』を観る前のQ&A
A:前作をとくに観ておかないと物語が理解できないということはありません。一部のシーンで前作の出来事に言及されます。
鑑賞の案内チェック
基本 | 学校での苛烈なイジメの描写があります。また、性暴力事件を話題にするわずかな描写があります。 |
キッズ | 暴力描写があります。 |
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
着飾った中年女性たちが意気揚々とエレベーターである建物の秘密の場所に向かいます。そこは違法な賭博場で、今日も大金が行き来していました。
しかし、ついさっき通された女性のひとりの上着には小型マイクが仕掛けられており、近くの路上に止めてあるバンの中で、刑事のソ・ドチョルら凶悪犯罪捜査班がその映像を見つめながら待機していました。
潜入女性は上階の特別な賭け場に案内されます。ここの管理者は潜入を見抜いていました。すぐさま一斉に逃げ出すも、警察も突入。手当たり次第に逮捕していきます。
ドチョルも室外機のある枠に飛びついてしがみつき、ビルの外壁まで犯罪者を追いかけ、屋上に追いつめます。そして隙をつき、ボン・ユンジュ刑事のキックがきまって手錠をかけることができました。
これが凶悪犯罪捜査班の日常です。司法の場に突き出すために、苦労しながら今日も悪人を捕まえます。
別の場所。夜、人知れずユン教授がビルの屋上で拘束されていました。教え子の女子学生に性的暴行したものの開き直ってキャリアを昇進させ、孤立した被害者は自殺したばかりでした。怯えるユン教授の罪を読み上げるのは、目の前に立つ黒づくめの人物。感情のない声は静かに殺意をむけ…。
韓国では、とある連続殺人事件が世間の注目を集めていました。普通なら大衆は恐怖するものですが、今回の連続殺人事件に対する反応は少し違います。殺されているのは、司法で適切に裁かれなかった悪人だからです。そもそも起訴されなかったり、刑が軽かったりして、世に放置されている悪人たち。正体不明の犯人はその悪人を殺してまわっているようでした。
不条理な司法制度に不満を抱えていた世論は、この犯人のことを善と悪を裁く伝説の生き物になぞらえて「ヘチ」と呼び、もてはやすようになります。とくに「正義部長」を名乗る元記者の人気配信者がその支持を熱狂的に煽っていました。
しかし、警察上層部は警察の落ち度になるのでこれを連続殺人だとみなしたくなく、対応が後手になっていました。
そんな中、ドチョルとも因縁のあるチョン・ソグが出所します。彼は些細なトラブルで女性を突き倒して死なせ、遺族は心中しましたが、全く反省せず、そしてろくに刑を下されませんでした。
明らかにチョン・ソグはあのヘチの次の標的になりえます。そこで警察は身辺警護することになり、ドチョルの凶悪犯罪捜査班にその嫌な役が命じられました。
渋々警護していると、怒れる庶民が押しかけて猛抗議する中で、新人刑事パク・ソヌがナイフをもった現場に乱入した配信者を見事な体技で制圧してみせました。以前から三角絞めで首を締めて悪人を倒し、その姿が動画でバズって「UFC警察」のあだ名がつけられていたソヌ。
凶悪犯罪捜査班はそのソヌを褒め、仲間に迎え入れますが…。
普通の公務員の普通の正義

ここから『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』のネタバレありの感想本文です。
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』は相変わらずアクションとコメディと社会風刺のバランスがちょうどいい感じで、手軽に楽しめました。
現在の韓国映画界では警察エンタメ・アクションものとしては『犯罪都市』シリーズがぶっちぎりで勢いがありますけども、あちらはスーパーパワーでごり押しするスタイルじゃないですか。
それに対してこの『ベテラン』シリーズは、普通の公務員としての刑事です(まあ、ちょっとあのチームの戦闘力の平均値が高すぎるけれども)。
だからこそ今回の「正義を問う」というテーマに説得力が増しています。
今作では、いわゆる「私刑」が大衆に支持され、世間がその実行者であるヴィジランテに熱狂してしまう社会現象が主題です。こういうのは程度の差はあれ、日本を含め世界のどこでも起きています。とくに現代はネットが世論を構築します。本作でも配信者がその扇動に中心的な役割を担っています。
こうした現象の背景には社会の不正義への怒りがあるわけですが、だからといって「私刑」が正義になるわけではありません。
これは正義ではなくただの「報復」です。
しかも、そうした正義の皮を被ったモラルパニックが巻き起こると、たいていはその内部でもっと醜悪な不正義が蔓延ります。それこそあの詐欺を働く配信者だったり…。
そして今回のヘチの正体であるパク・ソヌも純粋な熱血漢なので根は良い奴だ…とはいきません。最後はとくに何の罪も犯していないのにあの配信者のせいで世間に敵視されるハメになったトゥイを手にかけようとしますし…。
このトゥイの一件はまさに外国人差別を前提としており、こうした報復的な私刑で真っ先に冤罪の被害に遭うのは社会的に弱い立場の者であるという事実を本作はしっかり捉えていて良かったです。
日本でも「外国人犯罪から日本を守れ!」と煽りまくるネット論者(日本人による犯罪は見て見ぬふりをする)がいっぱいいますからね…。
そんな正義もどきに対し、ドチョルの凶悪犯罪捜査班は正義を示しますが、完璧な正義ではありません。どうしたってやれることには限度があります。警察組織も腐敗しているのでその下で働く自分たちの無力さを痛感することもある…。
でも、ドチョルは正義に献身的です。本物の正義はおカネも稼げないし、名声も手に入らない…それでも陰ながら地道にやり抜くのが正義なんだということ。ラストのあのくたびれた家庭での姿(息子ウジンとの関係も含め)にさりげなく込められていたと思います。
「良い殺人」と「悪い殺人」はないという二項対立をきっぱり否定する姿勢といい、『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』の正義に対する真面目さはこの作品の信頼性になっていました。
ここで映画自体が「いや~、正義ってもうダサいですよ」みたいな正義冷笑に陥っちゃうと、途端にあの陳腐な配信者と同列になってしまいますから、その失敗は犯さないというのはとても大切ですし…(そして一部の映画はその失敗を犯しがち…)。
俺にはチーム(アクション)がある
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』のエンタメ部分としては、アクションはもう“リュ・スンワン”監督のプロダクションには慣れたものです。
このシリーズはそこまで爆発満載のド派手さはないのですが、ちゃんとそれなしでも見どころはキープしてくれるのが嬉しいところ。
まず序盤の大捕り物。ここですでにチームで戦う強さをみせており、ラストに繋がるように構成されています。チーム戦がこの凶悪犯罪捜査班の正義ですからね。
そして配信者がヘチと会うと宣言し、公共の場でのヘチ追跡が開幕。ここのパルクールもさすがの見せ方でした。ソヌとの階段落下といい、アクション・サービスが豊富です。ここでは独断行動が印象づけられ、ソヌがチーム戦に馴染まない時点でもう凶悪犯罪捜査班の正義とは違う存在であることを示唆させます。
さらにソチの正体候補としてミン・ガンフンが浮上し、薬物中毒者の溜まり場からの雨の中の乱戦。ここも良かったですね。チーム戦とソヌの独断行動が入り乱れるという、正義と不正義のすれ違いが、こうもアクションの組み立て方で提示できるとは…。
ラスト・バトルは正義を貫くようにチームが集結してあのカタルシスが戻ってきます。
こうやって整理すると、本作のアクション・シーンはちゃんとテーマに合わせて構成が練られているのがわかります。アクションがテーマを物語るというのは良いアクション映画の証拠です。
2作目ながらも変な拡大はせずに起承転結でしっかり締めていて良質だったのですが、最後の最後で続きを匂わせるみたいなことはしなくてよかったかなとは思いましたけどね。あれがあるせいで、せっかくの単体としての映画の完成度が少し下がっている感じもあるし…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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以上、『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』の感想でした。
I, the Executioner (2024) [Japanese Review] 『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』考察・評価レビュー
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