法律の不備が家族を引き裂く…映画『ブルー・バイユー』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本公開日:2022年2月11日
監督:ジャスティン・チョン
恋愛描写
ブルー・バイユー
ぶるーばいゆー
『ブルー・バイユー』あらすじ
『ブルー・バイユー』感想(ネタバレなし)
法律の不備が家族を引き裂く
今や家族のかたちは多様化し、血縁を重視しない価値観が浸透しつつありますが、それでも現代では血縁が親子関係を定めることが主軸です。なので血縁とは異なる親子関係は「養子縁組」という言い方がなされます。
そして「血縁」以外にも関わってくるのが「国籍」です。場合によっては国籍の異なる養親と養子の間で養子縁組が生じることもあり、これは「国際養子縁組」と呼ばれています。
例えば、戦争や育児放棄などのせいで孤児になり、やむを得ず海外の「親になりたい人」のもとへ子どもが送られるというケース。国際結婚に伴う連れ子などのケースも考えられるでしょう。そのパターンはいろいろです。
そんな国際養子縁組であろうとも親子は親子なのですが、ときに法律のせいで思わぬトラブルが発生することがあります。それこそ悲劇的な結末を招くような事態も…。
そのひとつがアメリカの「Child Citizenship Act of 2000」という、2000年10月30日に当時のビル・クリントン大統領によって署名された法律です。この法律はその名のとおり、アメリカ国内の児童に関する市民権の扱いを定めています。この法律によってアメリカにて国際養子縁組となった子どもにも自動的に市民権が付与されるはずでした。
ところがこの法律に落とし穴があったのです。詳細は省きますが、簡単に言うと1983年2月27日以前に生まれた国際養子縁組の子には自動的に米国市民権を付与されないことになってしまっていました。問題は当事者がそれを熟知していなかったことです。要するにてっきり市民権が与えられたと思い込んでアメリカで子ども時代からずっと育って大人になった人が、ある日いきなり「きみ、アメリカ人じゃないよ、市民権ないですよ」と突きつけられるのです。
そうなったらどうなるのか。当然裁判でも起こさない限り、国外退去処分になってしまいます。物心ついたときからアメリカの地で育ち、英語を話し、そこで友人を作り、家族を持っていても…です。唐突に見知らぬ「書類上は故郷とされている国」に送還され、そこで生きろと言われるのです。想像してください。恐怖ですよ。
今回紹介する映画はそんな事態に直面した人々の体験を基にして、とある家族の人生を描いた作品です。
それが本作『ブルー・バイユー』。
タイトルの「バイユー」はなんとなく「by you」を一瞬連想しますけど、これは「バイユー(Bayou)」という地名のことで、ルイジアナ州ニューオーリンズを中心にテキサス州ヒューストンからアラバマ州モービルまでの広い一帯をそう呼ぶそうです(「バイユー・カントリー」とも言う)。そもそもバイユーというのはゆっくりと流れる小川を意味するそうですね。
また、本作のタイトルは「ブルー・バイユー」という曲にも由来しており、ロイ・オービソンが1963年に発表した楽曲で、リンダ・ロンシュタットによって1977年にカバーもされ、ゴールドディスクに輝くなど親しまれました。この歌もバイユー・カントリーの地域を故郷とする人がその懐かしの地を歌ったものになっています。
映画の『ブルー・バイユー』はこの地で暮らしていた韓国系アメリカ人の男性が主人公です。彼は国際養子縁組の子だったのですが、ある日、突然自分には市民権がないことが発覚し、妻や幼い娘と離れ離れになりそうになるという危機に直面。その姿を生々しく描いた物語です。
監督は、韓国系アメリカ人の“ジャスティン・チョン”。彼は「Boys Generally Asian」というK-POPをパロディにして「歌えもしない、踊れもしない、韓国語も話せない」という自分のその身をギャグにしたパフォーマンスを披露したりもしているのですが、俳優としても活動しており、『トワイライト』シリーズが有名な出演作でしょうかね。そして監督業でも才能を発揮。『Gook』(2017年)、『Ms. Purple』(2019年)などを監督・脚本してきました。
その“ジャスティン・チョン”監督の次なる一作である『ブルー・バイユー』はキャリアをまた一段階ステップアップした感じになったのではないでしょうか。
“ジャスティン・チョン”自身も主演する他、妻の役で共演しているのは、『トゥームレイダー ファースト・ミッション』『アースクエイクバード』の“アリシア・ヴィキャンデル”。
さらに『レディ・オア・ノット』の“マーク・オブライエン”、『真夜中のピアニスト』の“リン・ダン・ファン”、『ナイト・ハウス』の“ヴォンディ・カーティス=ホール”、『ロード・オブ・カオス』の“エモリー・コーエン”など。
日本も家族の在り方が無慈悲な法律で規定されてしまい、そのせいで困っている人たちが今もたくさんいます。『ブルー・バイユー』も他人事ではないでしょう。
オススメ度のチェック
ひとり | :現実の問題にも目を向けて |
友人 | :題材に関心がある者同士で |
恋人 | :家族の悲痛を描くドラマだけど |
キッズ | :社会問題を知るためにも |
『ブルー・バイユー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):アメリカで家族と生きたいだけ
アントニオは自己アピールに必死でした。仕事が手に入れば生活が今より良くなるはずです。隣には幼い女の子が自分にべったりと張り付いています。
「これは私の娘で…」
相手は「ルブラン? 西洋人の名前じゃないか?」とアジア系の顔つきであるアントニオのファミリーネームを疑問視してきますが、アントニオは「養子です」と説明。
「出身は?」「バトンルージュの近郊です」「国のことだ」「韓国です」
そんなやりとりをしつつ、もうすぐ子どもが産まれるので仕事が必要だとアントニオは頼みますが、雇用主はアントニオの犯罪歴を気にします。確かにアントニオには過去にちょっとした犯罪歴がありましたが何年も前のことでした。結局、「力になれない」と言われてしまいます。
アントニオはすぐさま娘のジェシーを背中に抱えて走り、病院へ大慌てでダッシュ。そこでは妻であるキャシーがエコー検査を受けており、「女の子です」と医者に言わます。
その後、書類のラストネームを書く欄でペンが止まるアントニオ。そうこうしているうちにジェシーは商品が落ちてこない自販機に文句を言ってました。するとパーカーという女性が助けてくれます。
妻と家に帰宅。翌朝、ベッドのキャシーにキスをして、妊婦ゆえに動けない妻に代わり、アントニオがジェシーを学校に送ると約束。ただ、ジェシーは自分の好きなように被り物で準備万端。そんな娘のありのままを受け止めつつ、アントニオはヘルメットを渡し、バイクの後ろに乗せてかっとばします。
そしてアントニオの職場であるタトゥーの店へ。タトゥーを彫るアントニオですが、娘にもやらせて客をからかったり、汚い言葉が飛び交う職場ですが、ジェシーも楽しそうです。
生活は決してラクではありません。将来も見えません。でも娘の前では辛い顔を見せられない…。
ある日、家族3人で買い物をしていると、キャシーと口論になってしまいます。そこに2人の警官がやってきます。警官のひとりであるエースは実はジェシーの実の父親。そんな中、もうひとりの警官であるデニーは差別的な悪態をつき、うんざりしたアントニオが背を向けて離れようとしたとき、デニーがアントニオを後ろから押さえ込もうとし、アントニオは抵抗。警棒でガンガンに叩かれ、アントニオはパトカーで連行されてしまいます。
勾留後、なんとか解放され、再会できるもさらなるトラブルが…。
法的な手続きに則って帰化していないことが判明し、韓国へ強制送還する可能性が浮上したのです。2人も子どももいるし、彼はアメリカ人だとキャシーは力説しますが、30年以上前の書類不備を覆すには裁判をしなくてはならず、そのためには大金がいる…。
ジェシーと会話し、「どこにもいかない」と言うアントニオでしたが、解決策が掴めません。とにかくカネを稼ぐしかないので、必死に街中でタトゥーをしたい人を見つけようとします。するとあの病院で出会ったパーカーという女性がこちらを心配したのか、タトゥーをしたいと申し出てくれます。そのパーカーは頭のウィッグを外し、自身が末期の病で余命がそうないことを示します。
そんな善意に支えられつつ、アントニオはこれまでどおりの妻と娘との生活を維持しようと懸命に奮闘しますが、現実は非情で…。
アメリカの自由は冷たい
『ブルー・バイユー』は特定の人物を題材にはしていません。“ジャスティン・チョン”監督がリサーチする中で出会った多くの国際養子縁組の韓国系アメリカ人の経験を元にしていることは監督本人も説明していますし、なおかつ“ジャスティン・チョン”が主演として演じた時にフィットしやすいキャラクター像を作っていったのだと思われます。ちなみに本作はとある国際養子縁組の韓国の人に「自分の人生を勝手に題材にされた」と訴えられ、ボイコット騒動まで起きました。
韓国は1953年から2010年までで総計16万人余りの国際養子を世界に送り出していて、とくに1970年頃からその数が一気に急増し、1985年頃には年間8000人を超える勢いでピークに達していました。その当初の背景には朝鮮戦争がありました。しかし、1980年代は『タクシー運転手 約束は海を越えて』などの感想でも散々に説明したように韓国国内の政治情勢が非常に弾圧的で厳しいものになったこともあり、そうした政治的迫害から逃れるためにアメリカに渡った韓国人の子も大勢いました。
1988年ソウルオリンピック以降に韓国は養子の問題を認識するようになり、政治的なコントロールが進みます。
ともあれ、こうした韓国の養子の歴史もあってアメリカの「Child Citizenship Act of 2000」の法律の隙間にハマり、市民権を与えられずにアメリカの地で育ってしまった作中のアントニオのような人間がかなりたくさんいたということですね。
アントニオはすっかり今や悪名高い「アメリカ合衆国移民・関税執行局(ICE)」の監視下になってしまい、なんとかおカネを稼ごうと必死になります。でもこういうアジア系で、なおかつ市民権がないとなれば働き口なんて見つかるわけもなく…。
こうして強制送還となったときは表向きは裁判で闘えるというアメリカ的な民主主義を提示してはいるものの、実際はそんなことできるわけもなく、本当に当事者には無力で、なすすべもなく従うしかなくなるというのはドラマ『リトル・アメリカ』でも描かれていました。これがアメリカの「自由」の実情だということをまざまざと見せつけられますね。
強制的に引き離そうとする社会
『ブルー・バイユー』は家族ドラマであり、あの3人(後で赤ん坊が生まれるので4人)の懸命に生きる姿に心打たれます。
アントニオを演じる“ジャスティン・チョン”のあの特段の才能があるわけではないけど真面目で必死な感じは伝わってくるという佇まいもいいですし、そこにあのジェシーという無邪気な娘が加わることでの、なんとも言えない愛らしい父娘のやりとりも微笑ましいです。生活は豊かではなくても、そこに間違いなく幸せはあります。
一方で妻であるキャシーは立場が複雑です。最初は妊婦ゆえにあまり積極的に関与できないのですが、それでもアントニオがよくわからない法律のせいで奪われてしまうという事態に憤慨。同時にアントニオが養母を隠していたことにも受け入れがたい苦しみを感じます。父方の家族の支援を得られないというのは、キャシーとしてはどうしても自分(とその親家族)に負担がかかってしまうことになりますから、その怒りも当然です。
作中ではアントニオが養母と再会して向き合うというシーンもありますが、この母が怠慢だったと単純に攻めるわけにもいかないことは留意が必要だと思います。1993年にハーグ国際私法会議で「国際養子縁組に関する子の保護及び協力に関する条約」が制定されるまで、国際養子縁組に関する諸々の問題の整理はなかなかされていませんでした。一種の各家族に丸投げしている状態であり、そうした社会的支援の不備が今回の悲劇の根本にあることは忘れないようにしたいものです。
本作は全体的に後半に行けば行くほどにウェットでエモーショナルな演出が高まっていくのですが(ダイナミックなバイク水中自殺とか)、ラストの空港での「一緒なの? お別れなの?」というハラハラを少し観客に与えてからの、父と娘との壮絶な引き離しで最後は見せるという場面。やりようによってはちょっとくどすぎるのですけど、ここで露骨な感動的BGMとかを流さないでいるので、まだなんとか観れますね(邦画だったらここで大失敗な演出をしそうではある)。
今、アメリカでは例の「Child Citizenship Act of 2000」を改善した2021年版の法律を始動させようと関係者が動いているのですが、実現はまだ道が見えていません。そもそも移民の人権に対する現状が今でさえも酷いですからね…。
日本も法律で引き離される家族がおり、これらの問題に多くの国民は無関心で、政治家の主要議論テーマにすらなっていません。
『ブルー・バイユー』を鑑賞して「泣けました」と感想を述べるだけではない、もっと踏み込んだ姿勢を私たちも実行したいものです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 74% Audience 93%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 Focus Features, LLC. ブルーバイユー
以上、『ブルー・バイユー』の感想でした。
Blue Bayou (2022) [Japanese Review] 『ブルー・バイユー』考察・評価レビュー