あなたもね?…映画『ホランド』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
日本では劇場未公開:2025年にAmazonで配信
監督:ミミ・ケイヴ
DV-家庭内暴力-描写 人種差別描写 性描写
ほらんど
『ホランド』物語 簡単紹介
『ホランド』感想(ネタバレなし)
オランダではありません
ヨーロッパに「オランダ」という国がありますが、英語では「Netherland」(正確には「the Netherlands」)と言います。私が英語を学び始めたばかりの頃は「じゃあ、なんで日本では“オランダ”って言うんだよ!」と盛大に頭の中でツッコミたくなったものです。
「Netherland」はオランダ語に由来するのですが、「Holland」という俗称もあって、日本語の「オランダ」はこっちの用語に基づいています。
「Holland」という用語はオランダにあったホラント州という地域名に由来しています。しかし、現在はオランダ政府は2020年からこの「Holland」という言葉を国名として使用しないように呼びかけているんですね。でも日本政府側は「オランダ」のままでいくようですが…。私としては全然「ネーデルラント」や「ネザーランズ」に変更してくれて構わないですけどもね(英語とも一致して覚えやすいし)。
今回紹介する映画のタイトルはその名もずばり『ホランド』。原題も「Holland」。
しかし、タイトルに反してオランダが舞台ではありませんし、オランダ映画でもないです。オランダのような景観が広がって、オランダ伝統の服装の住人が住んでいる、やけにオランダに偏愛しているアメリカのとある町を舞台しています。
実はこの映画の舞台になっている地域は実在しており、ミシガン州にある「ホランド」という町です。オランダのカルヴァン主義分離派の人々が入植して設立した町という歴史があり、だからオランダっぽさがあちこちにあり、現在もオランダをテーマにしたお祭りも開催しています。また、その歴史ゆえに宗教が密着した地域性も持ち合わせています。
ではこの映画『ホランド』はそんな地元愛に溢れる作品なのかというと…う~ん…。まあ、ジャンルがジャンルなのでね…。
ネタバレにならないように詳細は伏せてはおきますが、本作はサスペンス・スリラーです。なにせ監督はあの『フレッシュ』で鮮烈な長編監督デビューを飾った“ミミ・ケイヴ”ですから。『フレッシュ』を観た人ならなんとなく想像できるんじゃないでしょうか。この監督が得意とするスリルを…。
主人公はこの町に暮らすひとりの中年女性。夫と仲睦まじく暮らし、反抗期に差し掛かってきた息子に手を焼いていましたが、夫がある秘密を隠しているのではないかと疑い始め…というあたりから、どんどんサスペンスが取り返しのつかないスリルへと変わっていきます。
『ホランド』で主人公を演じるのは、大ベテランの“ニコール・キッドマン”で、製作にも名を連ねています。最近の“ニコール・キッドマン”はクリエイティブ面で製作に主体的に関わっているのもあってか、勢いがあっていいですね。ちなみに“ニコール・キッドマン”はオーストラリア人の両親の間に生まれ、ハワイ出身で、全然オランダは関係ありません。
共演は、ドラマ『メディア王 華麗なる一族』でおなじみで、『デッドプール&ウルヴァリン』でも出演していた“マシュー・マクファディン”。相変わらず普通すぎて逆に胡散臭い平凡白人男性を演じさせたら右に出るものはいないですよ。
また、『ウェアウルフ・バイ・ナイト』や『カサンドロ リング上のドラァグクイーン』などの“ガエル・ガルシア・ベルナル”も重要な役で出演しています。
さらに主役夫婦の子どもの役で起用されているのは、“ジュード・ヒル”。『ベルファスト』でみんなを魅了したあの子です。今回は戦争じゃないけど、やっぱり大変な目に遭うことに…。
『ホランド』は日本では劇場公開されず、「Amazonプライムビデオ」での独占配信となっています。サクっと短めにまとまったスリラーをお楽しみください。
『ホランド』を観る前のQ&A
A:Amazonプライムビデオでオリジナル映画として2025年3月27日から配信中です。
鑑賞の案内チェック
基本 | 生々しい殺人の描写があります。また、家庭での男性による女性の抑圧を示唆する描写があり、さらに人種差別的な言動が描かれるシーンもあります。 |
キッズ | 性行為の描写があります。 |
『ホランド』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
ミシガン州ホランド。風車のあるこの町はガーデニングを愛する心優しい住人たちが暮らしており、おもてなしの心で誰でも出迎え、咲き誇るチューリップが目を楽しませてくれます。
ナンシー・ヴァンダグルートは夫のフレッドに連れられ、この町の一員になりました。息子のハリーも生まれ、幸せでいっぱいです。良き妻であり、良き母でした。
今日はキャンディという若い女性の相手をします。ナンシーは教師であり、困っている若者を導くのも役目です。なので学校外とは言え、見捨てるわけにもいきません。いろいろと息子のハリーも含めて世話してくれていたはずのキャンディは問題行動が多く、盗みまでしたようで動揺しています。ナンシーは静かに諭します。でもイヤリングの片方がないことは解決していません。これもキャンディが盗んだとばかり思ったのですが…。
最近は13歳のハリーも口が悪く、反抗期になっています。汚い言葉を覚えたのはキャンディの影響でしょうか。
眼科医で夫のフレッドが帰宅。ミートローフをキッチンで作っていたナンシー。フレッドはハリーと町のミニチュアのジオラマ模型のある部屋で男同士語り合います。
夕食で、ナンシーはキャンディの件で不満を口にします。けれども事を荒立てたくないのか、フレッドはなだめます。
こうなると職場の高校で文句を呟くくらいしかできません。そんな敷地からスクイグス・グローマンという人物が運転する赤い車を見かけます。同僚のデイヴ・デルガドいわく、かなり問題のある大人のようです。自分の息子を虐待している疑惑もあるとか…。
フレッドは出張の仕事で今日は帰ってきません。翌日、夫の服の中に駐車反則金の紙を発見し、そこは夫が言っていた場所とは違いました。
もしかして浮気をしているのではないか。ミニチュア模型の部屋で見かけたポラロイドのカメラも浮気相手と撮影するためではないか。ナンシーな頭の中ではいろいろな想像が浮かびます。
職場のデイヴに相談しますが、性急に考えないほうがいいと言われます。考えるだけ意味はないかもしれません。気のせいの可能性だって…。しかし、ナンシーはそればかり気になって集中できなくなっていき…。
保守的な女性はキンクに興味あり

ここから『ホランド』のネタバレありの感想本文です。
『ホランド』の舞台は非常に保守的な「愛国的な伝統」を身にまとった家庭空間です。その世界で主人公のナンシーは良妻賢母として模範的に存在しています。今にも“ニコール・キッドマン”主演の『ステップフォード・ワイフ』(2004年)が始まりそうです。
そんなナンシーですが、最初に目立つのはこのナンシーの「性的規範からの逸脱」への無邪気な関心です。序盤でテレビで「女性の格好だけど実は男だ」というステレオタイプなキャラクター表象のある映像作品を視聴して面白そうにハシャいでいますが、夫のフレッドが浮気をしている疑惑が生じた際も何か「kinky」なことをしているに違いないと勘ぐります。「キンク(kink)」の意味は以下の記事で説明しているのでわからない場合は参考にどうぞ。
本作は2000年より少し前を時間軸にしているようで、インターネットも当然普及しておらず、ましてやこんな保守的な町だと情報源はろくにありません。この当時の感覚らしく、ナンシーは今でいう性的指向などの性的マイノリティ、異性装、はたまた性的ロールプレイなど、あらゆるものを「性的逸脱」の大枠のカテゴリにぶち込んで捉えています。
ナンシーは夫がそんなことをしているに違いないという可能性にドキドキしています。「許せない」という怒りよりも、下世話な好奇心のような感情のほうがこぼれているのが印象的です。
“ニコール・キッドマン”は『誘う女』(1995年)や『アイズ ワイド シャット』(1999年)など性的逸脱に踏み入れていく夫婦を演じることも多く、フィルモグラフィーの歴史を考えると、この『ホランド』も非常に“ニコール・キッドマン”らしい方向に進んでいると観客も確信できます。
こうしてナンシーは職場の同僚のデイヴと「調査」していくわけですが、デイヴもホテル潜入時にフレッドと対峙した際にゲイではないかと勘違いされるという匂わせがあったり、作品自体が意図的にまさにナンシーが満足しそうな答えを煽ります。
こうやってみてみるとこの『ホランド』は現代にも通じる保守的な女性の中にある「性的逸脱への関心」が実のところ抑圧的な女性差別(家庭など人生でのジェンダーロール)によって後押しされていることを風刺しているような手触りがあります。「トランスベスティゲーション陰謀論」にハマる保守的な女性たちもそういう心理があるのかもしれません。ゴシップ詮索からの興味関心という…。
『ホランド』の場合、当のナンシーがデイヴと不倫関係に発展し、むしろ自分のほうが性的規範からついには逸脱してしまいます。本心は自分こそ逸脱したかったのだ、と。
この保守的な良妻賢母であった女性の内なる(規範から逸脱した)性的欲望を喚起していく流れは、最近の“ニコール・キッドマン”主演の『ベイビーガール』と似ています。まあ、『ベイビーガール』のほうがよりキンクなスタイルに身を投じていきますが…。
しかし、『ホランド』は全然異なる結末に行きつきます。フレッドの正体が明らかになったことで…。
それはキンクだなんだと可愛らしくいじれるようなものではない…。女性を殺すことに生きがいを感じる、フェミサイドのシリアルキラーでした。
もっとチューリップを血に染めてほしい
この真実が発覚してからの『ホランド』は、オランダの町並みさもキッチュにみえてくるほどに不気味になります。あのジオラマも要するにフレッドが殺害した女性たちの住んでいた家を模したものであり、殺人コレクションの一部ですからね。
フレッドは息子ハリーに男らしさを説いていましたが、あのジオラマの前で語っているあたり、やがては息子にもこの「女殺し」という嗜みを教え込む気でいたのでしょうか。
このように本作は保守的な男性の中にある歪んだマスキュリニティをゾっと映し出すホラーへと後半は本領発揮します。「あらゆる危険から守ってるんだよ。本当の僕はここにいる、誰も傷つけたりしない」なんて優しそうな言葉遣いはコントロールの話術です。
“ミミ・ケイヴ”監督はこういう一見すると優しそうにみえて実は内底にどす黒いミソジニーを潜ませている男性を描くのが本当に上手いです。“マシュー・マクファディン”もさすがの演技力でした。
一方で『ホランド』はオランダ人入植者によって設立された絵に描いたようなコミュニティをひっくり返していく中で、白人の理想郷の裏の顔をひっそり暴く要素も持ち合わせています。ただし、この反植民地主義的な面はあまり映画的に上手くいっていない感じもありました。どうも踏み込みが弱い気がします。
ラテン系であるデイヴがスクイグス・グローマンに人種差別的な嫌がらせを受けている場面も描かれますが、デイヴを軸とした物語はほとんどそれ以上の展開はなく、あくまで白人女性のナンシーを助け出すサポート役の存在で終わってしまいます。
もうちょっとデイヴの物語を掘り下げてはほしかったですね。デイヴのキャラクターがあまり見えてこなかったのは惜しいです。
あと、ここは予算不足とかいろいろな制約があったのでしょうけど、あそこまでホランドのロケーションを舞台に用いるなら、もっとオーバーなくらいの綺麗な背景で場違いなショッキング・シーンを映し出すとかも観たかったかな。
チューリップ・タイムのお祭りが終盤にでてきたときは、この祭りの最中に大勢が血祭りで凄惨に殺されまくるのかなと一瞬思ったけども、わりと何事もなくそこは次の場面に移ってしまったし…。
つまるところ、後半にいくにつれ、歪んだマスキュリニティのメインテーマは切れ味が鋭く決まるけど、他の言及があったはずのテーマは散漫で回収されず、それでいてジャンルとしての気持ちよさに欠ける…というのが総合的な私の評価です。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Amazon MGM Studios
以上、『ホランド』の感想でした。
Holland (2025) [Japanese Review] 『ホランド』考察・評価レビュー
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