2024年の主演猿賞に!…映画『BETTER MAN ベター・マン』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本公開日:2025年3月28日
監督:マイケル・グレイシー
性描写 恋愛描写
べたーまん
『BETTER MAN ベター・マン』物語 簡単紹介
『BETTER MAN ベター・マン』感想(ネタバレなし)
歌う猿の惑星はここだけ!
2024年は「猿」映画がアツい1年でもありました。
春には『ゴジラ×コング 新たなる帝国』でデカい尻尾野郎と痛快に暴れまわったかと思えば、『猿の惑星 キングダム』で支配者に君臨してみたり…。


『モンキーマン』なんて映画もありましたね…。あれは良い復讐の猿でした。
しかし、これだけで終わりではありません。アメリカ本国ではこの年の最後にとびっきりの熱唱とともにエネルギッシュな猿が爆上がりしていました。まあ、ヒットはしなかったようですけども…。
それが本作『BETTER MAN ベター・マン』。
本作は1990年代から活動し、「テイク・ザット(Take That)」のメンバーからソロのアーティストを経て、ロック音楽史に名を残したイギリスのポップシンガーである「ロビー・ウィリアムズ」の伝記映画です。まだ50代で現役で音楽活動していますが、早くも半生を描いた伝記映画が自身も参加で製作されることになりました。
最近は著名ミュージシャンの伝記映画が空前の大ブームで、毎年あちらこちらで新作が登場していますので、「またか」という気持ちにもなると思いますけど、このロビー・ウィリアムズの『BETTER MAN ベター・マン』はその中でも個性が爆発しています。
なんと主人公のロビー・ウィリアムズが猿(チンパンジー)の姿で全編にわたって描かれているのです。え? 猿だったの?…いいえ、正真正銘の人間です。あえて猿の姿で描いているという演出です。作中ではとくに猿の姿であることへの言及はありません。平然とロビー・ウィリアムズだけ猿になっています。
その猿のロビー・ウィリアムズで幼い頃から全盛期までを映像化し、ヒットソングとともにミュージカル化もしている…それがこの『BETTER MAN ベター・マン』。
なぜ猿にしたのかというと、それはロビー・ウィリアムズの人間性が深く関わっているわけですが、それはひとまず忘れてください。
最初は「うわ、猿だよ…」とビジュアルにギョっとしますが、すぐに慣れてノンストップでテンポの速いストーリーに没入するでしょう。
ひとつこの映画の「猿で描く」という効果を挙げるのであれば、一般的なミュージシャン伝記映画はどうしてもその俳優が「本人とどれくらい似ているか」を真っ先に気にしてしまうものです。しかし、この『BETTER MAN ベター・マン』は猿なのでそういう部分は一切気になりません(というか気にしようがない)。歌も“ロビー・ウィリアムズ”本人が大部分は歌っており(表情のモーションキャプチャーは俳優の“ジョノ・デイヴィス”が演じている)、猿だということだけがひときわ浮き上がるようになっています。
こうなってくると「見た目が猿でもロビー・ウィリアムズに熱狂してくれますか?」というある種の挑戦状です。それ自体、ロックなパフォーマンスですね。
そういうコンセプトはわかるにしても、作るのは大変だったと思います。歌というどうしたって細部のリアリティを問われる猿のCGIを全編で作り込んでいくのですから。しかし、この映画は本当に映像面も素晴らしく、よく磨き上げられています。
この独特すぎる『BETTER MAN ベター・マン』を監督したのは、『グレイテスト・ショーマン』で鮮烈に監督デビューした“マイケル・グレイシー”。もともとビジュアル・エフェクト専門なだけあって、今作なんかは“マイケル・グレイシー”監督の得意技が最大限に活かされた完成度と言えるでしょう。
伝記映画ですがタイムラインは大きく改変しており、創作も多いです。でも、ロビー・ウィリアムズをよく知らない人も入門的に入りやすい映画になっています。
なお、見た目がお猿さんだからと言って、別に子ども向けになっているわけではないです。むしろがっつり大人向けのトーンなので、『グレイテスト・ショーマン』と比べても小さい子を連れての家族鑑賞には向いていませんので注意です。
『BETTER MAN ベター・マン』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 薬物依存などのシーンが一部にあります。 |
キッズ | 性行為の描写があります。 |
『BETTER MAN ベター・マン』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
1980年代のイングランドのストーク=オン=トレント。この街で暮らす8歳のロビー・ウィリアムズは無邪気でエネルギーが溢れまくっている子どもでした。他の子どもたちからはバカにされることが多いほどに…。
家には温かく傍にいてくれる祖母ベティがいます。しかし、ロビーが一番に無視できないのはフランク・シナトラに陶酔して自らも歌手活動を地道にしている父ピーターです。父は歌が好きです。その影響でロビーも歌うのが好きになっていました。父と一緒に見よう見まねで歌うこともしばしば。けれどもやはり家でもヘマをしてしまい、祖母に慰められます。
ある日、学校で演劇をすることになります。海賊帽をかぶったロビーはステージで小さなミスも物ともせずに堂々とパフォーマンス。観客を沸かせます。
しかし、父はその姿を見に来ることはありません。父は家族ではなく、他人の前で歌うことにしか喜びを感じていなかったのです。父は家を離れてしまいます。息子に温かい言葉もかけずに…。
引っ越しをするときもまだ父の面影を手放せていませんでした。ロビーの心の中では父と歌唱する自分が拠り所なのです。それは実現しませんが…。
10代になってもロビーは歌手になって名声を手に入れるという夢をまわりに嘲笑われても愚直に掲げていました。
ある日、マンチェスターのボーイズバンドのオーディションがあることを知り、これは千載一遇のチャンスだと飛びつきます。緊張しながらも審査員の前で去り際に一発かましてみせました。
こうしてボーイズグループ「テイク・ザット」のメンバーとして晴れてデビューすることになりました。ハワード・ドナルド、ジェイソン・オレンジ、マーク・オーエン、ゲイリー・バーロウが他のメンバーです。これで爆売れしてリッチになれると若きミュージシャンは胸を躍らせていました。
最初はゲイ・クラブでのパフォーマンスで下積みすることになり、そこを大盛り上がりさせます。
続いて10代の少女たちへとファン層を拡大。こちらも熱狂です。
「テイク・ザット」は大人気となり、ロビーも名声を獲得。それは人生を変えました。もう見下されていた子どもの頃とは大違いです。
しかし、ロビーの心にはなおも父の影がちらつきます。そして、その不安を誤魔化すかのようにアルコールやドラッグに溺れていき…。
監督お得意のハイテンポ・ミュージカル

ここから『BETTER MAN ベター・マン』のネタバレありの感想本文です。
『BETTER MAN ベター・マン』は冒頭からひとりだけ8歳の子どもが猿(チンパンジー)の見た目で普通に登場しますが、もちろん人間の生活環境で人間同然に育てられたチンパンジーを描いているわけではありません。ロビー・ウィリアムズです。
まずこのビジュアルの造形について、やはり作り込みが凄いですね。単に見た目をチンパンジーに置き換えているだけでなく、仕草などの行動が精巧にチンパンジーそのものになっています。モーションキャプチャーを担当した俳優の“ジョノ・デイヴィス”は大変だったと思います。猿になりきりながら、ロビー・ウィリアムズも意識して演じないといけないのですから。
最初は違和感は尋常ではないですが、だんだんと慣れていきます。あまり溶け込んでいますし、それはロビー・ウィリアムズがミュージシャンとして成功して認知を深めていく現実ともシンクロします。誰も彼を“浮いた”変な奴とはみなさない…凄いスターだと喝采するのです。そしてそれは同時に「見世物である」という側面も付随しますが…。
ミュージカル・パートもその高揚感を最高に盛り上げます。とくにロビー・ウィリアムズが「テイク・ザット」のメンバーとして完全に成功を納めていく過程を凝縮した、リージェント・ストリートを舞台にした長回し風の街中を駆けていくパフォーマンスは圧巻。
続くゲイリー・バーロウの邸宅での会合の後にバンドから解雇されてロビー・ウィリアムズが車で暴走していくパートも、異様な感情の高ぶりを上手く表現していました。とにかくこの映画はミュージカルのテンポで一気にみせてくれますし、映像とのマッチが絶妙です。“マイケル・グレイシー”監督の持ち味ですね。
さらにポップグループ「オール・セインツ(All Saints)」のメンバーであったニコール・アップルトンと出会いが、船上パーティーにて、やたらロマンチックにミュージカル・ダンスで描かれます。このコテコテの演出も“マイケル・グレイシー”監督っぽいです。なお、実際はこんな場所では出会っていません。
ちなみにニコール・アップルトンとのこの出会いパートの最中に矢継ぎ早に彼女との間に起きたことが数シーン流れていきますが、ニコール・アップルトンが妊娠するも中絶したことが示唆されています。こういうレコード会社の圧力で中絶を余儀なくされた女性アーティストは当時は残念ながら珍しくなかったのでしょうけど、本作は一応は無視せずに言及はしていましたね。
本作におけるロビー・ウィリアムズの女性関連の描写がだいぶ薄味なのは、こういう(猿で描くという)アプローチ上、やや止む無しなところもあるとは思いますが…。
自分はケダモノじゃない
では『BETTER MAN ベター・マン』はなぜロビー・ウィリアムズを猿の見た目で描いたのか。
それはロビー・ウィリアムズ本人がとても自己肯定感が低く、キャリアの中で自尊心の乏しさに苛まれ、ときに鬱病にまで追い込まれていたからです。この「自身を猿にする」というのは、まさしく自分への劣等感であり、「自分なんか猿だ」との卑下そのものが表れています。
そう考えるとこの『BETTER MAN ベター・マン』は非常にある種のナルシシズム(もしくは自虐)でもあります。
最近だと『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』とはかなり対極的だと思います。あちらは客観的に引いた目線で主題のミュージシャンを捉えていましたが、この『BETTER MAN ベター・マン』はこれ以上ないほどに主観も主観、どっぷり当人の感情の渦の中に観客まで巻き込むスタイルです。
『BETTER MAN ベター・マン』の場合は自己批評として振り切っているので、そこまで自己満足な感傷に浸って終わりということにはならないのが幸いです。
作中でロビー・ウィリアムズの自尊心の飢えを象徴するのは父親の存在。アルコール、ドラッグ、セックスといろいろな欲に溺れていっても、常に父親がちらつきます。性行為の最中にまで父の幻影がでてくるのはもう虚しくて可哀想です。
終盤のネブワース・フェスティバルでの過去のさまざまな年代の自分との血生臭い乱戦は、自傷的な心理状態を痛ましく映し出していました。ここも猿の見た目で描いているのが効いていましたね。子どもの自分さえも刺し殺すほどに野蛮になってしまったことへの自己嫌悪がただただ残存する悲しい結末。名声の代償だと世間は言うかもしれないですけど、これほどまでの苦悩を個人が背負う必要はないはずじゃないかという…。
本作の締め方はものすごくお行儀がよく、適切なリハビリを受けて(実際は何度もリハビリを繰り返している)、父との確執や自分を肯定できるようになっていく綺麗なオチです。ありきたりではありますが、猿として描いているからこそ、この平凡さが尊く感じるような効果もありました。絶望することはない…そんな励ましがパフォーマンスでこちらに伝わってきます。
ということでこの『BETTER MAN ベター・マン』、音楽アーティストの伝記映画としても、“マイケル・グレイシー”監督作としても、ここまで大胆にやっていいという可能性を広げた一作になったのではないでしょうか。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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ミュージシャンの伝記映画の感想記事です。
・『こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語』
・『エルヴィス』

作品ポスター・画像 (C)2024 Better Man AU Pty Ltd. All rights reserved. ベターマン
以上、『BETTER MAN ベター・マン』の感想でした。
Better Man (2024) [Japanese Review] 『BETTER MAN ベター・マン』考察・評価レビュー
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