トランプ大統領、これがアメリカのビジネスですよ…映画『ジョイ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2015年)
日本では劇場未公開:2017年にDVDスルー
監督:デビッド・O・ラッセル
じょい
『ジョイ』物語 簡単紹介
『ジョイ』感想(ネタバレなし)
アカデミー賞ノミネート作だけど劇場公開されず
海外ではメジャー作品なのに、日本では劇場公開されずにDVDスルーとなってしまうことは多々あります。日本ではあまりにマイナー過ぎる作品であれば仕方がないなと思うのですが、たまに「なんでこの映画が!?」という場合も…。
本作『ジョイ』はまさに「なんでこの映画が!?」作品です。
『ザ・ファイター』(2011年)、『世界にひとつのプレイブック』(2012年)、『アメリカン・ハッスル』(2013年)と立て続けに高評価を獲得し、アカデミー賞の常連となった“デビッド・O・ラッセル”監督の最新作。出演するのは、“ジェニファー・ローレンス”、“ブラッドリー・クーパー”、“ロバート・デ・ニーロ”と有名どころばかり。もはやこの俳優たちの紹介などするのもアホらしいほどのビックネームです。しかも、ゴールデングローブ賞で最優秀主演女優賞を受賞、アカデミー賞にもノミネートされたというじゅうぶんな文句なしの宣伝要素が揃っているのですが…。
ホントになんでDVDスルーなのだろう…。
ちなみに、デビッド・O・ラッセル監督は本作と前作『アメリカン・ハッスル』の間に『Accidental Love』というタイトルの作品を制作していたのですが、途中降板。製作陣がすでにある映像を無理やりつなげて公開するという出来事があったようで…(監督はステファン・グリーンという謎の人物になってます)。こちらの映画は案の定、大コケ。アカデミー賞常連といえどデビッド・O・ラッセル監督であろうと頓挫することもあるんですね…。『Accidental Love』の方は日本ではDVD販売さえされていないみたいですが、別にこっちはいいか…。
『ジョイ』は、主婦の知恵でアイデア商品を発明して見事成功を果たした主婦実業家「ジョイ・マンガーノ」の伝記映画です。無理やり当てはめるなら、NHKの朝ドラとかにありそうなストーリーなので、一般層にも受けやすいと思います。まあ、確かに「ジョイ・マンガーノって誰?」となるでしょうけど、それを知れるのがこの映画の醍醐味だろうに。
どうしても伝記映画というのは、某ITの大物とか、歴史的な科学者とか、世界を変えた政治家とか、そういうトップクラスの教科書に名前の残る人ばかりです。そして、そういう人間はたいていは男性でもあります。たぶん皆さんもそれが当たり前になりすぎて違和感を感じていないかもしれませんが、実はそれは真実ではありません。というのも、男性ばかりな理由は実際に男性ばかりだったというわけではなく、女性だって能力がある人もいたわけです。しかし、対等なチャンスが与えられていなかった。もしくは実績をあげたのに、その成果を世間に公表できなかった。そんな実情が無数にあります。
『ジョイ』は主婦実業家「ジョイ・マンガーノ」という事例を通して、ごく普通の主婦が何かの発明をして、それを周囲に理解してもらい、自分のキャリアとすることの難しさを克明に描いています。その姿はまさに「へぇ~、こんな人いたんだ」では終わらない、現代に突き刺さるテーマ性を持った映画だと思います。
スルーするのはもったいない一作です。
『ジョイ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):私の夢は…
ジョイの夢は父親の修理工場で始まりました。親友のジャッキー、母親違いの姉のペギー、犬、そして父と母、さらに祖母。そんな環境で過ごす女の子でした。ジョイはモノづくりが好きで、そこに喜びを見い出していました。「世界中の人のためにステキなものを作る」…そんな物語を夢見て…「王子様は要らない。私には特別なパワーがあるから」
ジョイの母親テリーはいつもベッドでメロドラマばかりを見ていました。祖母のミミだけがジョイに寄り添います。
年月は経過。成長したジョイはいまだにメロドラマ漬けの母の面倒を見ていました。さらに別れたはずの父ルディ・マンガーノも家に戻ってきてさらに家の面倒事は増えます。すでに2人の子どもの母であるジョイにとってはそんな余裕はないです。ジョイの元夫トニーは歌手になることを夢見ており、今も家の地下室で歌ばかり歌っています。
この家ではジョイはやらなければいけないことがあまりにも多すぎました。
職場の空港では夜のシフトに回されてしまいます。
なぜか敷地内が射撃場となっている父の修理工場も経営は不調。父はこの高齢でも女探しに夢中で、あまりビジネスをやる気がありません。
自分は17年間ずっと土の中にいるセミと同じなのか。それともメロドラマであっけなく殺される登場人物と同じなのか。
ある夜、ジャッキーが訪ねてきます。家でのあまりの苦労の多さを彼女に吐露するジョイ。夢見た日々はどこへ行ったのだろうか…。
振り返ると家でのパーティでトニーと初めて出会ったのでした。そのときはトニーはもう歌手になるという夢を持っていました。そしてジョイも発明家になりたいという夢がありました。犬の首輪を発明していたのです。でもそのトニーの甘い歌声に誘われてしまったのか、ジョイは恋愛と結婚という王道のステージに気が付けば導かれていました。しかし、結婚式の日にすぐにこれは破滅の道だと悟りました。なぜこうなってしまったのか、悔やんでも遅い…。
父の恋人トルーデイと家族みんなでセーリングでパーティをしていたとき、グラスを割ってしまいます。相変わらずジョイが掃除をするハメになるのですが、大きいモップと格闘しながら掃除をしていると絞る際に手を怪我してしまいます。ガラス片の刺さった両手を眺めていると何か思いつきます。触らずに絞ることができるモップのアイディアが思いつきそう…。
でもこの家では考え事もできない…。疲れ切って階段で眠るジョイ。
私の夢はモノづくり。もう隠れはしない。眠りから覚めたジョイは決心します。この生活は辞めよう。次のステップに進もう。私が誰かを支え続ける人生はおしまいだ…。
“誰にでもチャンスがある”アメリカのかつての姿
伝記映画としては王道というか、割とストレートなプロットでした。
ただ、随所にデビッド・O・ラッセル監督らしさが散りばめられており、そこが『ジョイ』のセールスポイント的な魅力につながっています。
特筆すべきはやはり、前半から全面に展開される家庭の描写。
ジョイの家庭は“貧しい”というよりは“ハチャメチャ”という表現が合っています。同居する母親は昼間からベットに寝転がりソープオペラに夢中で、家事をするどころか、余計な仕事を増やさせる。その母親と離婚したはずの父親は仕事の経理をジョイにまかせるだけに飽き足らず、ジョイの家になぜか転がり込んできて、さらには新しい恋愛に勤しむ。ジョイの元夫も別れたのだけど居候していて、家の地下で歌手になるため歌いまくっている。
完全に家庭崩壊しているし、ジョイが階段で眠りこけるのも無理はない。普通の映画であればさぞかし陰惨な家庭描写になりかねないですが、本作では監督と役者の力で、ユーモアでコメディタッチに軽ろやかに描いています。例えるなら、“キズもの品”でも“売れるもの”に変えてしまうセンスといった感じでしょうか。さすがデビッド・O・ラッセル監督です。彼の過去作でも同じでした。暗くなりすぎないのは観やすさという点でも嬉しいところ。
主演の“ジェニファー・ローレンス”の演技力も素晴らしく、彼女はもちろん美人な女優ではありますが、なんかこう“美人だけど疲れている姿が似合う”というか、地に足のついたリアルな女性を演じることができるのがいいですよね。そういう意味では本作はぴったりでした。
また、『ジョイ』は別の楽しみ方もあって、「業界の裏側を描く」ジャンル映画としても面白い。中盤のTV番組のところですね。1990年代の繁栄を極めたTV業界の舞台裏は観ていて楽しかったです。今やインターネットという巨大な存在に押しやられ、端っこの方で頑張っているだけになってしまったテレビの世界ですが、かつてのこの時代はまさに全盛期。大盤振る舞いで金がガンガン飛び交う感じは、まさにバブルという空気感。ちょっとTV業界がカッコよすぎるのは、配給の20世紀フォックス(20世紀テレビジョン)への配慮かなと思ったりもしましたが。
一方、ストレートなプロットは詰め込み過ぎな部分も気になりました。
TV番組に出演してモップが売れまくるシーンは本作の最大のカタルシスですが、商品の特許を奪われ、借金まみれになって以降はトーンダウン。髪を切ったらいつの間にかあっさり解決してた感じです。
これいる?な場面もチラホラ。“ペギー”のエピソードは必要だったかなと思ったり(ペギーは実在しない架空キャラらしいですね)。ブラッドリー・クーパー演じる“ニール”も都合の良いキャラな印象が残って、ラストの商売敵になる展開もイマイチ乗れないかな…。
まあ、でも全体的に良い映画だと思いました。なによりもすでに前述してしまいましたが、『ジョイ』の内包する「女性をなめるなよ」というパワフルな主張、もっといえば結局社会や家庭を下で支えているのは女性なんだという事実の提示。それはフェミニズムなんて言葉で飾る必要もない、当たり前の真実として観客に教えてくれます。
繰り返しますが、DVDスルーはもったいないです。いや、どういう媒体で公開されるにしても、スルーしてはいけない内容なんじゃないですかね。
それにしても、トランプ大統領による移民締め出しが行われているこのご時世だと、本作は違ったメッセージ性が際立ちますよね。
ジョイの組み立て工場で働くために召集されたのは、移民の女性たちでした。アメリカのビジネスを生み出す偉大な発明家を支えたのは、名もなき移民庶民。劇中の登場人物の「出身や知名度なんか関係ない。誰にでもチャンスがある」というセリフが、今のアメリカに突き刺さります。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 60% Audience 57%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)20th Century Fox
以上、『ジョイ』の感想でした。
Joy (2015) [Japanese Review] 『ジョイ』考察・評価レビュー