人がチンパンジーを狂わすのか…「HBO」ドキュメンタリーシリーズ『チンパン・クレイジー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2025年にU-NEXTで配信
監督:エリック・グード
動物虐待描写(ペット)
ちんぱんくれいじー
『チンパン・クレイジー』簡単紹介
『チンパン・クレイジー』感想(ネタバレなし)
動物の飼育責任、その重さ
北海道の札幌のやや外れの南に「ノースサファリサッポロ」という動物園兼レジャー施設があります。しかし、この動物園、実は無許可で多くの建物が設置されており、2005年に開園したものの、ずっとルール違反状態となっていました。度重なる警告も無視していたのですが、2025年の初めに広くその問題が報道されると態度を一転。2025年9月に閉園すると急遽発表しました。
一般の人はよく知らずに遊びに行っているかもしれませんが、動物園や水族館というのはただの観光施設ではありません。本来、飼育は許可されないような特殊な動物を飼って展示できるのは、動物保全の学術的使命に貢献するという責任を果たすことによる見返りです。当然、運営側はそれを第一に考えないといけません。ルールを守るのは当たり前です。
しかし、残念ながら「ノースサファリサッポロ」のようにお金儲けや自己満足を優先して動物を「利用」しているところは少なからず存在します。これは日本のみならず、世界中の問題で…。
今回紹介するドキュメンタリーはその動物の飼育責任の重さを噛みしめさせられる作品です。
それが本作『チンパン・クレイジー』。
本作は「チンパンジーの個人的なペット目的飼育」を主題にしており、アメリカにおける業界の状況、そしてその中でもあるひとりの人物に焦点をあてて密着取材しています。その人物はチンパンジーについて「あの子を守るためなら何でもする」と愛を語るほどなのですが、動物保護団体はその飼育は動物虐待だと批判し、両者の対立が法廷へと激化していく様子をカメラにおさめています。そしてとんでもない事件が起こることに…。
取材班も予想外だったでしょうが、かなりセンセーショナルな事件に発展していく現場をリアルタイムで撮影してみせており、なかなかに衝撃的なドキュメンタリーです。
この『チンパン・クレイジー』を監督したのが、あの2020年に「Netflix」で配信されて、その強烈な展開で話題騒然となり、インターネット・ミームにまでなって社会現象化した『タイガーキング: ブリーダーは虎より強者?!』の“エリック・グード”(エリック・グッド)です。
『チンパン・クレイジー』ではトラではなくてチンパンジーですが、いわゆる「エキゾチック・アニマル」(一般的にペットにされないような特殊な動物の総称)が題材なのは一緒ですし、業界の「変わった人」(そんな言葉では片づけられないレベルだけども)を取り上げて、ある種の犯罪ドキュメンタリーのような感覚でその世界を覗かせるスタイルも同じ。
しかし、『タイガーキング』は「動物ブローカー」や「ペット個人飼育」をやや同情的に描きすぎではないかと一部の動物保護団体や野生動物保全の専門家から批判されもしました。
“エリック・グード”監督もその批判から真摯に反省してなのか、今回の『チンパン・クレイジー』では「動物ブローカー」や「ペット個人飼育」に対してかなり厳しい批判的描写で構成されており、それが行きつく最悪の結果も隠すことなく映し出しています。今作を観て思いましたけど、こう言っては失礼ですけど、“エリック・グード”監督、わりと真面目というか、フィードバックを丁寧に受け入れる人ですね。
“エリック・グード”監督はもともとカメが好きで、カメの保護活動をしている人なんですよね。かなり実績があり、カメの保護研究業界では評価されています。
『チンパン・クレイジー』は全4話で1話あたり約50分。「HBO Documentary Films」の一作であり、日本では「U-NEXT」で独占配信されました。
野生動物保護やペット問題に関心ある人はもちろん、とくに知識がなくともなんとなく見始めても止まらなくなるぐらいには目が離せないドキュメンタリーです。
『チンパン・クレイジー』を観る前のQ&A
A:U-NEXTで2025年5月1日から配信中です。
鑑賞の案内チェック
基本 | 劣悪な飼育などの動物虐待の描写があります。 |
キッズ | 社会問題の勉強にはなりますが、保護者のサポートは必要です。 |
『チンパン・クレイジー』感想/考察(ネタバレあり)

ここから『チンパン・クレイジー』のネタバレありの感想本文です。
チンパンジーをペットにする結末
十数年前までは日本でも子どものチンパンジーを芸能人と一緒に出演させて、親子のように懐いて可愛がる映像で視聴者を和ませる番組が普通に放映されていました。
現在はそういう番組は見られなくなりました。「動物虐待」であると批判されたこともその背景にあります。
チンパンジーを可愛がっているだけなのに、なぜそれが動物虐待になるのか?
『チンパン・クレイジー』はその疑問の答えをハッキリ示す作品です。
本作ではまずチンパンジーを個人でペット、いや家族同然に育てているいろいろな人が紹介されます。そのうちのフロリダ州サラソタで代々サーカス家業をしているパム・ロザールはチンパンジーの赤ん坊を自身の実の娘とともに自分の母乳を与えた経験があるほどで、本当に人間と変わらない育て方をしていました。
しかし、その一見するとヒトとチンパンジーの平穏な家族共存ともいえる関係…それが最終的に行き着く結末があって…。それは紛れもない惨劇でした。
子どものチンパンジーの頃は本当に無邪気で愛らしいですが、この生き物は6~7歳から手に負えなくなってきます。成体のチンパンジーは非常に腕力が強く、牙もあり、人間が抑え込めるものではないです。本質的に狂暴だとかそういうことではなくて、生き物としてのパワーのステータスが段違いなんですね。チンパンジー側がじゃれているつもりでも人間側は大怪我しかねない。釣り合わないのでした。
だからこそ起きてしまう悲劇があります。取り上げられるのは2つの事件。サンディが飼っていたトラビスという名のチンパンジーと、タマラが飼っていたバックという名のチンパンジー。いずれもこの2頭のチンパンジーは人を襲ってしまい、凄惨なことになります。作中ではトラビス事件の生々しいサンディの通報音声、そしてバック事件のこちらも生々しい警察突入映像が流されますが、いずれもチンパンジーは射殺されることに…。
これらの事件は別に異例の出来事ではないですし、チンパンジーが異常個体だったわけでも、愛情不足だったわけでもない…。本作で述べられるとおり、「どんなに愛していてもその日は来る」のでした。
それにもかかわらずチンパンジーをペットにしたいという需要はなくなりません。
本作ではアメリカにおけるチンパンジー流通の拠点とも言える、業界人なら誰もが知っている有名な場所が最初の舞台になります。それがミズーリ州フェスタスにある「ミズーリ霊長類財団」。コニー・ケイシーという人物が設立した組織で、当初はチンパンジーをさまざまなイベントに派遣したり、映画に出演させたりと、エンタメのサービスとして業務しており、当時の名は「チンパーティー」でした。
そしてチンパンジーを一般に販売もしており、赤ん坊を1頭数百万円で売っていました。
アメリカでは、種の保存法の制定によって多くのエキゾチック・アニマルが野生からの入手はできなくなり、その一方で初期はその法律規制ゆえに飼育ブローカーが潤うことになってしまい、“コニー・ケイシー”のような人が財を築くことができたんですね。
ただ、前述したようにチンパンジーは成長すれば檻に入れるしかなくなるほどに豹変します。それを“コニー・ケイシー”も理解したうえで、到底その飼育設備を持ち合わせていないような一般人にチンパンジーを売りまくっていたのですから…。これはもう『ジュラシック・パーク』並みの故意の悪質ビジネスだと断罪してもいいくらいだと思います。
アメリカではチンパンジーのペット飼育は禁止されていないとのことですけど、さっさと禁止しろよ!と根本的な部分にまず怒りを感じる…。
なお、日本ではチンパンジーを含む「人に危害を加えるおそれのある危険な動物とその交雑種(特定動物)」は2020年6月1日から愛玩目的等で飼養することが禁止されました。
トニアという取材の格好の逸材
ドキュメンタリー『チンパン・クレイジー』の取材班は当初は「ミズーリ霊長類財団」のコニー・ケイシーを取材するつもりだったようですが、コニーは相当に警戒心が強く(過去の騒動での批判から人嫌いになったのでしょう)、本人への密着取材はさせてくれません。
ところが「ミズーリ霊長類財団」に向かうとそこでボランティアをしていたトニア・ハディックスという女性がいて、そのトニアに密着取材することになります。
このトニア、確かに取材したくなるような人物なんですね。こう…何と言いましょうか…見るからにネタの宝庫なんですよ。明らかにお喋り好きで、聞かれてもいないことでもべらべらと自信たっぷりに話しだすと止まらず、自己顕示欲が強く、カメラに映ること自体が好きそうです。私を撮ってくれと言わんばかりの目立ちたがり屋なわけです。
かといって強力な後ろ盾がいるわけでもなく、トニアはミズーリのオザークス湖畔でふれあい動物園を構想していて、以前は動物のブローカーで稼いでいて(年収1億円も余裕だとか)、単なるちゃっかりビジネスに成功して羽振りがいい個人事業主にすぎません。
そのトニアが2017年からPETAとの訴訟に追いつめられてきた「ミズーリ霊長類財団」の所有権を引き継ぎ、PETAの追及が勝って2021年に全7頭のチンパンジーの移送命令が下るも、そのうち1頭の「トンカ」という30歳代の雄成体(『ジャングル・ジョージ』や『ベイブ』に出演したチンパンジーとのこと)を勝手にトニアの所有施設の地下に匿っていることが発覚する…というのが本作の最大のスキャンダルです。
「トンカは死んだんです」といけしゃあしゃあと大泣き演技でビデオ裁判の場で振る舞ってみせるトニアの姿からしてもうこっちは唖然としますが(これぞ茶番劇)、あれだけの犯罪(そう、犯罪ですよ?)をしているのに、取材班を信用しきって全部バラシているのが凄いですよね(褒めてないです)。だって取材するということは何かしらのかたちで公表するわけですし、トニアには不利になるのは当然だと思うのですけど…。取材によって自分の行為の正当性が裏付けられると考えたにしたって行き当たりばったりすぎる…。
たぶん罪悪感みたいなのは皆無なんだろうか…。むしろスリルを楽しんでいる節さえある…。
このドキュメンタリーが妙なユーモアを醸し出しているのは、取材班の特殊性もあって、監督の“エリック・グード”は例の『タイガーキング』の成功で有名になりすぎてしまったので、代理監督として“ドウェイン・カニングハム”という、サーカス業出身で動物の密輸で実刑判決を受けたことがある人を前に立たせている点。
一般的にそんな前科者を表に立たせたら余計に信用されなさそうですが、このトニアには逆にそれが信用根拠になったらしく、要するに「同類」という共犯者になってくれる存在とみなしているんでしょう。
トニアが共犯仲間みたいな感じでやけにフレンドリーに接してくる一方で、取材班はトニアのやりたい放題な言動に困惑する…という変な二者のやりとりが本作の独特な奇妙さでした。
ただ、さすがに取材班も本当に共犯者になりたいわけではないですし、チンパンジーのトンカの命が危ないとなっては傍観できないので、最後はPETAに密告するのですが…。
笑い者でも異常者でもなく
あれだけのことをしているわけですからトニアには罪はあると思います(実際に本作配信後に有罪になったようです)。ただ、この『チンパン・クレイジー』が誠実だなとも思うのは、このおそらく真っ先にゴシップのネタとして嘲笑う対象になりやすいであろうトニアという人間を見下してはいないことです。
それは「同情」だなんて気安いものではなく、トニアを含めた「チンパンジーをペットとして飼う人」がどういう存在なのか…偏見抜きで映し出そうという真っ当なジャーナリズムだと思います。
私も本作を観ていて思いましたが、トニアのような人たちは決して異常者ではなく、「自分の心の穴を何かで埋め合わせたい」と誰しもが抱く本能で動いている普通の人間で、それがたまたま彼らの場合は「チンパンジー」だったのじゃないかな、と。ある人は「犬や猫を飼う」ことだったり、「映画を観る」ことだったりするけど、トニアのような人たちは「チンパンジーを飼う」ことだった。それ以外を知らない…。
だからこそ、あれほどの凄惨な現場を体験したサンディですらまた事件後にチンパンジーを飼い始め、トニアも最後に別のチンパンジーに襲われて耳の一部を噛みちぎられた出来事を語っていましたが、チンパンジーへの情熱は燃え上がるばかりでした。
また、もうひとつ思ったのは、トニアのような人たちのPETA嫌悪の激しさですね。
理性的に考えれば、PETAの用意する動物保護区(サンクチュアリ)でチンパンジーを暮らすほうが絶対にいいです。チンパンジーに尽くしたいならそこで働けばいいし、そうでなくともたまに観に行けばいいだけ(基本は一般公開していない施設ですけど)。
それにもかかわらずトニアのような人たちはPETAを非常に嫌います。このPETAへの敵意の裏にあるのは、自分たちの動物売買やショービジネスを脅かす「敵」認定しているというのもあるのでしょう。もはや政治的な党派対立のようなもので溝が埋まりません。
サーカスをしているパムが「保護区はチンパンジーに良くない。外が嫌いだから」ともはや意味不明な理屈を捻りだしていましたが、自己正当化のために完全に他者の情報をシャットアウトしてしまっています。その振る舞いはすごく陰謀論思考です。
トニアもトンカは病気だからとずっと自論の「保護」を名目に掲げていましたが、実際にPETAに渡って専門家の診断をすると何の病気もなく、ただ太りすぎだとわかります(作中で映るようにトニアはチンパンジーだけでなくいろんな動物に人間の食べ物、それも高カロリーなやつをやたら与える癖があるようなので、全体的にトニアの飼育動物の健康が心配になる…)。
チンパンジーを飼いたい人たちを説得し、チンパンジーと人間との間に起きる不幸な結末を防ぐには、法的な規制だけでなく、こういう他人不信で自己の檻に閉じこもってしまった人の内面に向き合う必要があるなと実感できるドキュメンタリーでした。私たち人間はチンパンジーからコミュニケーションをもっと学ぶべきですね。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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・『ジェーン・グドールの軌跡』
作品ポスター・画像 (C)HBO チンパンクレイジー
以上、『チンパン・クレイジー』の感想でした。
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