使命や美徳の裏に性的虐待が隠されている…ドキュメンタリー映画『アメリカ ボーイスカウトの闇』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にDisney+で配信
監督:アイリーン・テイラー
性暴力描写 児童虐待描写
アメリカボーイスカウトの闇
あめりかぼーいすかうとのやみ
『アメリカボーイスカウトの闇』あらすじ
『アメリカボーイスカウトの闇』感想(ネタバレなし)
子どもを育む場所のはずが…
2022年10月、日本の性犯罪規定の見直しを検討している法相の諮問機関「法制審議会」の担当部会にて、「グルーミング罪」を新設する事務局試案が提示され、ニュースになっていました。
グルーミングというと、基本は動物の毛繕いを意味する言葉でしたが、性犯罪の文脈では、主に犯罪目的で親切を装って未成年者と良好な関係を築いて手なずける行為を指します。英語では「child grooming」と表記されることもあり、そうした行為を行う者を「child groomer」と呼びます。
手口はいろいろです。子どもが好きそうなアニメや漫画の話題を持ち出すとか、お菓子をあげるとか、悩みを聞いてあげようとするとか、健康を心配するとか…。一見すると子どものことを考えているように見えて、実は子どもを性的に狙っている。その意図さえあれば何でもグルーミングになりえます。
まだ日本の場合は試案なので詳細は何も確定していませんが、グルーミング罪が設定されれば、子どもを性的な被害から守る手段のひとつになると期待されています。
しかし、グルーミングの手段はいくらでもあり、中には個人的な範囲で完結するものではなく、組織的にグルーミングが助長されてしまうというスケールの大きい事例だってあり得ます。そうなってくると事態は深刻です。
例えば、子どもの健やかな成長を助け、健全な体力と道徳心を身につけさせ、リーダーシップと協調性を学ぶ場…そんな場所でグルーミングが起きていたらどうしますか?
さすがにそんな場で子どもを狙った性犯罪なんて起きるわけない…だって子どもを守る最前線の現場なんだから…。そう思いたいのも当然ですが、でも絶対に安全な場所は存在しない…。
残念ながら最悪の事例があります。その“最悪”の実態を取り上げるのがこの2022年のドキュメンタリーです。
それが本作『アメリカボーイスカウトの闇』。
タイトルにもあるとおり、本作はアメリカのボーイスカウトが主題です。アメリカではボーイスカウトが文化として根付いています。映画やドラマでもボーイスカウトのカルチャーがよくでてきますね。子どもを夏の間に預けるようなサマーキャンプもボーイスカウトが運営していたりします。
そのアメリカのボーイスカウトは「ボーイスカウトアメリカ連盟(BSA)」という組織が統治して管理しているのですが、実はこのボーイスカウトの現場で少年を狙った性的虐待が起きていた…というのがこのドキュメンタリーの題材です。
しかも、1件2件ではありません。10件? いいえ。50件? いいえ。100件? いいえ。
8万人を優に超える被害者が報告されたのです。
これはニュースとして報じられると、アメリカを震撼させました。あの、みんなが当たり前のように我が子を預けて任せている、ボーイスカウトで何万人という少年が性的虐待に遭っただって…?
とは言え、多くの被害少年はもうほとんどが大人になってしまっており、被害経験を自分の記憶の奥底に鍵をかけてしまっている中、その封印を苦渋の決断で開放し、告発に至っています。当然、告発せずにまだ誰にも被害を言っていない人も大勢いるでしょう。それを含めれば一体何人の被害者がいることやら…。
少年に対する大規模な組織的“性的虐待事件”と言うと思い浮かべるのは、カトリック教会の神父による児童への性的虐待。これは2000年代初めから大々的にクローズアップされ始めた事件で、世界各国で何百人という聖職者が子どもへ性的虐待をしていたことが報告され、全世界をゾっとさせました。『スポットライト 世紀のスクープ』や『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』などの映画でも題材になったのでこれは知っている人もいるでしょう。
対するこのアメリカのボーイスカウト・コミュニティ内での児童性的虐待事件は、2012年あたりから世間に広く認知されるようになり始めたもので、論争はなおも進行中。でももう無視できないと思います。今後、ボーイスカウトをポジティブなものとして映画やドラマで単純に描いていいのか…そういう懸念さえどうしたって生まれるはずです。
ドキュメンタリー『アメリカボーイスカウトの闇』を監督したのは、怪奇伝説のスレンダーマンをめぐる衝撃の事件を主題にした『Beware the Slenderman』(2016年)や、デフの人たちの生活を取材した『Hear and Now』(2007年)を手がけた“アイリーン・テイラー”。
『アメリカボーイスカウトの闇』は日本では「Disney+(ディズニープラス)」で配信中です。
なお、性被害に関する直接的な描写はありませんが、苦しさを語る現在の被害者のインタビューなどはありますので、そのあたりは留意してください。
『アメリカボーイスカウトの闇』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :事件に関心あるなら |
友人 | :業界の問題を語り合える人と |
恋人 | :デートには向かない |
キッズ | :センシティブな題材なので注意 |
『アメリカボーイスカウトの闇』予告動画
『アメリカボーイスカウトの闇』感想(ネタバレあり)
ボーイスカウトの歴史
そもそもアメリカのボーイスカウトの歴史はどうなっているのか。『アメリカボーイスカウトの闇』でも少し触れられていますが、もうちょっと深く整理しましょう。
アメリカは1900年代初め、都市化が急速に進んでいました。子どもたちは森に囲まれて野外で遊びながら学んでいくという田舎での生活を前提とした“アメリカらしさ”が消えてなくなるのではないか!…と当時の保守的なアメリカ人は心配するようになります。
そんな中で「スカウト運動」というムーブメントが生まれます。これはアウトドアとサバイバルに重きをおいて、若者に社会で生きていくのに必須なスキルを身につけさせようという教育です。
イギリス陸軍中将であった“ロバート・ベーデン=パウエル”が創設したのですが、この創設者の肩書からもわかるようにこのスカウト運動の本質は極めてマッチョイズムであり、軍国主義的な愛国心に基づいています。その後に大戦が起こることを考えると、非常な嫌な感じに結びつく教育の動きですよね。
とにかくこのイギリスで生まれたスカウト運動がアメリカに持ち込まれ、シカゴの出版業者だった“ウィリアム・ボイス”は1910年に「ボーイスカウトアメリカ連盟(Boy Scouts of America; BSA)」を立ち上げます。
当時の“セオドア・ルーズベルト”もこのボーイスカウトの取り組みを大絶賛。政府の全面的な支持というお墨付きを経て、ボーイスカウトは合衆国中にすごい速さで拡大していきます。しかも、この初期の頃には末日聖徒イエス・キリスト教会もスポンサーになっており(今は違う)、この宗教がいかに問題性があるかはドラマ『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』でも描かれているとおりなのですが…。
この時点でなんだかもうわかると思います。ボーイスカウトの運動、根本的にダメダメじゃないか、と。
ボーイスカウトの内部でちょっとマズいことがあったというよりは、ボーイスカウトそのものが致命的におかしいスタート地点から出発しているのではないかとも言えます。一応、このドキュメンタリー『アメリカボーイスカウトの闇』はボーイスカウトをそこまで根元から否定する視点で分析はしていないのですが…。
ボーイスカウトの最盛期となった1973年には400万人以上の若者が活動しており、2021年時点では約120万人と減少したものの、アメリカ最大の青少年団体のひとつなのは揺らいでいません。
非営利団体として法人化しており、収入源は主に会費ですが、多くの大企業の寄付でも支えられています。
今なおボーイスカウトはアメリカの良き伝統的なリーダーシップと健全な教育の象徴なのです。
ボランティア不適格者ファイル
そのボーイスカウトアメリカ連盟が統括するボーイスカウト・コミュニティ内で、子どもが性的虐待の被害に遭っていたというのが、この『アメリカボーイスカウトの闇』が突きつける、まさしく闇です。
一般的にコミュニティ内で性犯罪が起きれば、それは加害者と被害者の二者間でのインシデントとして考慮されます。でもこのボーイスカウトアメリカ連盟の件では、ただのたまたまこのコミュニティ内で起きてしまった一部の事件では済まないものでした。
その組織的な問題性が発覚する大きなきっかけとなったのが、2012年に起きた「ボランティア不適格者のファイル(”ineligible volunteer” files)」の存在の判明です。なんともオブラートに包んだ名称ですが、要するに「悪いことした奴のファイル」ですね。
ボーイスカウトアメリカ連盟はずっとこのファイルを隠し持ち続けており、 誰にも口外しないように取り決めてきたという経緯も明らかになります。つまり、一過性の問題ではない、組織的にパターン化されて繰り返されてきたというわけで、これはボーイスカウトアメリカ連盟の監督下で起き続けてきた性犯罪と断言できます。
ボーイスカウトアメリカ連盟はこの件に関して「これは過去のことです。今は改善しました」と言い張りますが、その連盟が青少年保護プロトコルなるものを運用し始めて以降も性被害を受けたとする報告が相次ぎます。
このドキュメンタリーを見ていて、私もよく学べたことのひとつは、組織の「ちゃんとやります」は信用できないってことですよ。これはあらゆる組織や団体に当てはまるでしょう。何か不祥事や不正な問題を引き起こして外部から批判されたとき、完全無視するのは論外にしても、何か対策を講じましたと宣言する組織や団体は普通にあると思います。でもそれは安心できるのか?というと…。
やはり何かしらの第3者の介入でモニタリングやチェックが必要でしょうし、巨大な組織であるならなおさらで…。
ただこのボーイスカウトアメリカ連盟…組織関係者のインタビューも映されますけど、なんかもう自分が加害者側にいるという自覚が皆無で、連盟の崇高な理念だけ掲げていればみんなついてくると思っているんですよね。
私もこのドキュメンタリーを観るまでこの問題についてそこまで調べてなかったのですが、あらためてボーイスカウトアメリカ連盟側のあの態度を目の当たりにすると「こいつ、全然反省も何もしてないじゃないか…」と愕然としましたし(あのファイルを全公表すらしていない)、こういう奴らが「自然の中で学びましょう」とか口走っているなら、自然好きな私としても「自然を隠れ蓑にする屑野郎」だと吐き捨てたい気分ですよ…。
被害者は大人になっても苦しみ続ける
そんなボーイスカウトアメリカ連盟に人生を滅茶苦茶にされてしまった被害者たち。このドキュメンタリー『アメリカボーイスカウトの闇』では、そんな被害者たちの一部が取材に応じ、悲痛な苦悩が淡々と映し出され、こちらの心も張り裂けそうなほどにその虚しさが伝わってきます。
「あの人はいい人じゃないんだ。嫌なことをしてくるんだ」と、子どもが自分の親に訴えないといけないことの苦しさがどれほどのものか。そして我が子をボーイスカウトに送り出してしまった親の心情はいかほどのものか。
当然ながら被害者の多くは男性なので、男性にとっての性犯罪被害を語るうえでのハードルの高さという心理的・社会的な壁もここに立ちはだかります。男性が性犯罪被害に遭うことを過小評価する社会が、このボーイスカウトにおける性的虐待を覆い隠してしまったとも言えるでしょう。こういう事例があるということがあらためてハッキリした以上、世間の性犯罪対策もジェンダー的な分離主義に捉われず、あらゆる性犯罪被害者をカバーするものとして改良していってほしいものです。
また、作中でも少し言及されていましたが、ボーイスカウトアメリカ連盟は同性愛を排除してきた歴史もあります。大人の男性が少年に性的虐待をするのを黙殺してきた一方で、同性愛者の権利には無頓着というこの実態もしっかり覚えておきたいと思いました。世の中のホモフォビアな差別主義者の人たちの中には「同性愛者と小児性愛」というものを安易に結び付けて中傷する手口が昔から横行してきましたが、現実はむしろ真逆で同性愛を差別するコミュニティこそ児童を性的虐待してきた事実があるということ。言い逃れも、歴史のすり替えも許されません。
2022年2月、被害者たちは連盟からの和解金の受け取りを可決し、受けた虐待のレベルに応じ、支払いを受けることになり、27億ドルの支払いは性的虐待問題で米国史上最大の和解金となる予定とラストでは説明されます。
しかし、事件は闇に包まれたまま、多くの組織責任者は罪にさえ問われない…。
ボーイスカウトアメリカ連盟は破産しただけじゃない、堕落したんだと思います。
子どもが自然から何かを学ぶのに人間の利権にまみれた組織は必要ありません。本来、自然は人の心をケアする効果がありますが、そこに別の人間の介入は要らないはず。自然と人間の付き合い方も含めて再考してほしいものです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 80% Audience 90%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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作品ポスター・画像 (C)Hulu
以上、『アメリカボーイスカウトの闇』の感想でした。
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