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『マーピープル 人魚になるという仕事』感想(ネタバレ)…プロの人魚は過酷です

マーピープル 人魚になるという仕事

でも生きがいです…Netflixドキュメンタリーシリーズ『マーピープル:”人魚になる”という仕事』の感想です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:MerPeople
製作国:アメリカ(2023年)
配信日:2023年にNetflixで配信
監督:シンシア・ウェイド

マーピープル 人魚になるという仕事

まーぴーぷる にんぎょになるというしごと
マーピープル 人魚になるという仕事

『マーピープル 人魚になるという仕事』あらすじ

「人魚になりたい。人魚を仕事にしたい」…そのために魚のような尾ひれを下半身につけて泳ぐことに魅せられた人々の情熱が、いつしか5億ドル産業を生み出し、さまざまな個性豊かな人魚が集うコミュニティを築き上げた。他の職種には目もくれず、職業として人魚になることを選んだ人たちの世界を覗いてみれば、そこには水槽の外からはわからない苦労や葛藤、そして喜びが水しぶきをあげて溢れ出す。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『マーピープル 人魚になるという仕事』の感想です。

『マーピープル 人魚になるという仕事』感想(ネタバレなし)

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仕事は「人魚」です

世界にはたくさんの仕事があります。

その中でも「泳ぐ」ことを軸とする職業といったら何を思い浮かべるでしょうか。

水泳選手、サーファー、ダイバー、スイミングインストラクター、ライフセーバー、漁師、海難救助隊員、特殊部隊、海洋研究者、水中カメラマン…。こんな感じで、結構挙げられますね。

しかし、まだ挙げていない「泳ぐ仕事」があります。とても泳ぎまくる仕事…。

それは「人魚」です。

「え…? 人魚って仕事なの…?」…そんな反応が返ってくるのも無理はありません。私も「人魚」の仕事があるなんてよく知りませんでした。このドキュメンタリーを観るまでは。

そのドキュメンタリーとはNetflixで配信された『マーピープル:”人魚になる”という仕事』という作品です。

人魚が仕事。そう言っても、俳優として「人魚」の役をするという意味ではありません。確かに最近も実写映画『リトル・マーメイド』で“ハリー・ベイリー”が見事に魅力的な人魚を熱演していましたし、あれも立派な人魚ですけどね。

ではコスプレのことか? 今はコスプレイヤーもたくさんいて、いろいろなキャラクターになりきって、SNSで注目を集めています。でもそういうことでもないのです。

世の中には本当に「人魚」としてそれだけに専念して仕事にしている人がいます。人魚になり、大勢の前でパフォーマンスする…。この仕事に従事する人にとっては、きっと履歴書に書く職名は「俳優」でも「コスプレイヤー」でもありません。「人魚」です。人魚であることに何よりも誇りを感じています。

『マーピープル:”人魚になる”という仕事』はそんな知られざる人魚の業界と、そこで働く人たちを追ったドキュメンタリーシリーズで全4話で構成されています。

本作ではカメラがそんな人魚をプロフェッショナルの仕事にする人たちそれぞれにフォーカスをあてて、仕事の様子を撮らえていきます。

まず仕事の裏側に迫る「お仕事モノ」として普通に面白いです。その人魚業界の歴史から、仕事の現実までしっかり見せていきます。決してお気楽な仕事ではなく、かなりハードな一面も垣間見えますし、業界の労働問題だって覗き込めます。ときにコミカルに、ときに真面目に、人魚業界の実情をあらゆる方向から知れるという、かなりお得なドキュメンタリーです。

本作を観れば、「人魚の仕事ってこんなことしているらしいよ」と他人に教えたくなる、そんなトリビアでいっぱいですから、単純に好奇心を満たしてくれるはず。

また、これはアイデンティティの模索の物語としても非常に胸を打つものがあります。本作に登場する人たちはそれぞれの人生のルートを経て、この「人魚」という道に辿り着いた者ばかりです。登場する人魚を仕事にする人たちは実に個性豊かで、性別も女性・男性・ノンバイナリーとさまざまというだけでなく、その人生で背負っているものも個人で違っています。国籍も年齢も異なる中で、己が表現したい人魚の在り方だって多様です。共通点があるとすれば、みんな「人魚になりたい」という熱意が溢れ出ていること。

なので人魚とは無縁なあなたにもこのドキュメンタリーは共感できるものがあるのではないでしょうか。

ファンダムのコミュニティなどの分野に関心がある人にもオススメです。この人魚の業界は、商業性は一応はあれど、実際はほとんどファンのコミュニティをベースに成立している世界ですから。構造が似ているので分析や比較もしがいがあるでしょう。

『マーピープル:”人魚になる”という仕事』を観て、「自分も人魚の世界に飛び込みたい!」と思ってしまう人もでるかもしれません。ついさっきまで知らなかった仕事なのに、人魚は架空の生き物だと思っていたのに、急に人魚の世界が案外と身近に感じてきますね。

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『マーピープル 人魚になるという仕事』を観る前のQ&A

Q:『マーピープル 人魚になるという仕事』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル作品として2023年5月23日から配信中です。
✔『マーピープル 人魚になるという仕事』の見どころ
★意外な仕事の世界を覗けるだけでも楽しい。
★アイデンティティの模索の物語としてもユニーク。
✔『マーピープル 人魚になるという仕事』の欠点
☆全4話で計約160分以上あるので時間に注意。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:興味本位でも
友人 3.5:関心ある者同士で
恋人 3.5:一緒に覗いてみる
キッズ 3.5:子どもも憧れるかも
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『マーピープル 人魚になるという仕事』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『マーピープル 人魚になるという仕事』感想(ネタバレあり)

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人魚は体育会系!?

ここから『マーピープル 人魚になるという仕事』のネタバレありの感想本文です。

『マーピープル 人魚になるという仕事』の冒頭に映るのは、目をまんまるに輝かせる子どもたちの前で、巨大な水槽の中を優雅に泳いでこちらに手を振る、神秘的な人魚たち…。しかし、ひとたび水上に顔を出せば、水槽内の成分のせいなのか、目に激痛を感じて悪態をつきながら、必死に目を洗う人魚の姿が…。

この笑ってやればいいのか、心配してやればいいのか、反応に困る映像ですけど、これが人魚を仕事にするということ。

作中でも言っていましたが「仕事は人魚です」と説明すると、「人魚の格好をして、どこか水辺に腰掛けて客に手を振っていれば、それだけで儲かる仕事」…そんな雑な印象で認識されてしまうこともある。本作はそんな偏った認識を吹き飛ばすのに時間はかかりません。

現実の人魚たちはそれこそ想像を絶する仕事をこなしていました。「サーカス・サイレン・ポッド」という人魚のエリート一座は、それこそ「ネイビーシールズ」みたいな訓練風景にも思えます。完全に体育会系です。

でも冷静に考えるとそれも当然で、人魚の姿で泳ぐというのは、下半身は魚の尾のようになるわけですから、つまるところ「両足を拘束された状態で水に放りだされている」のとほぼ同じです。こんなの普通は拷問ですよ。人魚だから見た目は華やかだけど、行為としてはとんでもなくハード。そのうえで水中をダイビングして、見栄えのいい泳ぎをしないといけないのですからね。シンクロナイズドスイミングの選手並み、いや下手したらそれ以上にキツイし、ハイレベルな水泳スキルを求められる仕事なのでした。

加えて、泳ぐ場所も完全に人魚のことだけを考えた空間とは限りません。ショーとしてあちこちで泳ぐことになれば、ときに魚の泳ぐ水槽で泳ぐこともあります。それは当然のように魚が生存できる水温に調節されているので、人間には冷たすぎるのですが、ここでも人魚であることがネックになります。人魚はビジュアルが何よりも大事で、上半身は肌をだすことになりますので、ダイビングスーツなんて着れません。直に温度を奪われていき、実際に作中では低体温症に苦しむハメになる人魚の姿も…。

水生生物だってときには危険ですし、映画のように一緒に戯れるなんて幻想的な甘いこともしてられません。

他にも、副鼻腔炎であったり、健康上のリスクは山ほどあります。最悪、溺死することだってあるでしょう。しかし、観衆は人魚のファンタジーな印象しか見向きもしないので、まさか目の前の人魚がそんな健康や生命の危機に晒されているとは考えようともしてくれない…。

体力や健康の問題だけではありません。

金銭面だって良いとは言えない世界です。子どものパーティーに出し物として呼ばれた際の、尾のファスナー破損で悪戦苦闘している姿の何ともひもじい感じとか。その一部始終を見つめていた子どもが若干空気を読んでいるのか読んでいないのか絶妙なコメントをしているのが何とも言えない…。

さらには女性の客商売ではもはや不可避になっているセクハラ問題まで…。人魚のセックス方法とか聞かれるという、あの女性たちの愚痴議論は笑いどころではない切実さです。現実の人魚はセクシャル・ハラスメントの被害に遭っているとか、知りたくなかったリアルだったけどね…。

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人魚業界の歴史、そして現在

そんな人魚を仕事とする業界。その歴史の出発点として本作『マーピープル 人魚になるという仕事』では、1947年から歴史のあるフロリダの「ウィーキワチー・スプリングス」が取り上げられます。

この「ウィーキワチー・スプリングス」では観光客向けのショーとして、女性たちが泳ぎのパフォーマンスを披露する演目があり、その中で人魚の格好をするというものがありました。

作中では元ウィーキワチー人魚で1960年代に活躍したアーリン・ブルックスが出演し、それがいかに当時の憧れの存在だったのかを語っていました。「妻」でも「恋人」でもない、「人魚」という人生が女性に与えられるということの魅力は今と違った意味合いがあったのでしょう。

ショーのひとつのパフォーマンスにすぎなかった人魚が、産業として明確に拡大し始める礎を築いたのが、尊敬を集めているハンナ・フレイザー

今や人魚は一大コミュニティを構築し、世界中の人魚たちが一堂に集う「マーマジックコン」もあれば、「キング&クイーン・オブ・ザ・シー」を決めるコンテスト主催者の「フィンペリアル審議会」なんてものまである。

私の知らなかった世界が続々と顔を出すので、ちょっと情報の整理が追いつきません。

人魚コミュニティの内部もたくさん垣間見れて愉快です。「mer」「sea」「shore」など人魚っぽい単語で既存の単語や表現をアレンジして、仲間内で使うというのは、他のコミュニティでもよくある話ですし、ほとんどファンダムと同じ空気感でしたね。

あと、人魚に欠かせない魚の尾。これがないとただの「泳いでいる人間」です。この尾を作るのに大手3社として「マーベラ」「マーネイション」「マ-テイラー」があるというのも驚き。「会社あるの!?」という意味で…。5000ドルなどの金額がでていましたが、オーダーメイドもしている様子。とは言え、大企業ではなく、あれも完全の個人事業主レベルの世界です。

作中にでていたエリック・ドゥシャームなんてまさにそうですが、人魚の仕事への情熱を共有していて、かつ裁縫・装飾などのスキルがある…そんな個人に支えられている業界ですね。

それにしても人魚の尾を身につけるには大量のローションが必要なんだな…。特定のコスチュームの装着でローションを使うのは聞いたことがあるけど、人魚の尾だと範囲も広くてピチっとしているから大変だろうに、ここでも苦労が窺える…。

こういうコスチューム面に着目すると、人魚産業は昔ながらのハリウッドのクリーチャーデザインに通じるものがありますね。

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みんな人魚になれる

『マーピープル 人魚になるという仕事』において、人魚の仕事は単なるカネ稼ぎのいち形態ではありません。ほとんどの人魚たちはこれを自身のアイデンティティとしている姿がわかります。

内陸で海とは全く縁遠いアーカンソー州で暮らすスパークルズは、中高年女性が運動しているプールの後ろで人魚になって自分の居場所を繋ぎとめていましたが、やがてさらに羽ばたいていくことになります。スパークルズのエピソードは田舎者がアメリカンドリームを追い求めていくという、いかにも典型的なアメリカ人の物語でした。

小さい頃から変わった子だったエリック・ドゥシャームは「ウィーキワチー・スプリングス」と縁があり、その魂を受け継ぐ人魚エンターテインメント・ショーを自営で築こうと大金をはたいて挑戦。婚約者のブルーの支えもあって、ショーは少しずつ軌道に乗っていきます。

そのエリックに採用されたトリスタンは、もとはディズニー・ワールドのパフォーマーでしたが、薬物依存でクビになってしまい、これがセカンドチャンスになっていきます。

人魚はビジュアル重視ですが、そのルッキズムに挑む者もいました。シェ・モニークは太った体でも人魚になれることを証明し、ファットマーメイド協会としてプラスサイズの人魚の存在感を見せつけ、大波を起こしました。

また、シェ・モニークは黒人の人魚としても重要です。実写映画『リトル・マーメイド』の成功もありましたが、やはり以前から「人魚は白人」という印象が蔓延っていた世の中です。アフロマーメイドサミットに集ったブラックな人魚たちの生き生きとした姿は、反ポリコレな人たちを水没させるのも楽勝でしょう。

さらにブリクスナミとして個性を放つ人物も登場。ノンバイナリーの人魚として、クィアな人魚のありのままを自己表現し、誰にも負けない自信を持っていました。

これらの人物が織りなす人魚の世界には「人魚はこうあるべきだ」というルールはありません。「一度人魚になればずっと人魚」「みんな人魚になれる。信じるだけだ」という言葉どおり、そこには創造力がもたらすアイデンティティの開拓があります。

本作を見ていると人魚の職業はドラァグと類似するところが多い印象を受けます。水中のドラァグクイーンと言うべきか…。ある意味、人魚に変身するって強烈なドラァグのスタイルですしね。

労働面の問題はもちろんあれこれあるのですが、仕事と趣味とアイデンティティ…これらが上手く混ざり合った人魚という職業は、職業のあるべき姿のひとつの回答なのかもしれませんね。

『マーピープル 人魚になるという仕事』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 94%
IMDb
6.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)Netflix マー・ピープル

以上、『マーピープル 人魚になるという仕事』の感想でした。

MerPeople (2023) [Japanese Review] 『マーピープル 人魚になるという仕事』考察・評価レビュー