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『ジェーン・グドールの軌跡』感想(ネタバレ)…学位すらない女だけど

ジェーン・グドールの軌跡

学位すらない女だけど…Netflixドキュメンタリー映画『ジェーン・グドールの軌跡』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Jane
製作国:アメリカ(2017年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:ブレット・モーゲン

ジェーン・グドールの軌跡

じぇーんぐどーるのきせき
ジェーン・グドールの軌跡

『ジェーン・グドールの軌跡』あらすじ

ジェーン・グドールは前人未到の世界に飛び込み、霊長類学者として大きな一歩を踏み出した。学位もない女性がいかにしてこの世界で活躍できたのか。彼女のチンパンジーを見つめる姿と、たどってきた歴史を振り返る。その長きにわたる功績が未公開映像と共に明らかになる。

『ジェーン・グドールの軌跡』感想(ネタバレなし)

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ジェーン・グドールを知っていますか

2019年、アメリカ国立衛生研究所の所長を10年以上も務めるフランシス・コリンズ博士が、“ある非常に意義の高い宣言”をしたことが、科学界で話題になりました。

それは「学会、会議、講演などにて、多様なバックグラウンドを持つ科学者に平等に話す機会をもうけていない場合は、参加を拒否する」というもの。

これは異例中の異例、業界の暗黙の常識をぐらつかせるコメントです。というのも、科学界はたいていの分野においても、閉鎖的でキャリア至上主義的な価値観だけで絶対的に構成されている…いわば“象牙の塔”だから。これは科学界に少しでも足を踏み入れたことのある人なら痛感するはず。

例えば、ジェンダーの観点で言えば、圧倒的な男社会です。女なんて秘書や若い学生か、腰掛け程度のキャリアか、仮に科学者になっても「女性研究者」というステレオタイプにハマるか、それくらいの選択肢しかありません。業界の上位に踏み込むなど極めてハードルが高いです。その“ガラスの天井”は女性に関係する分野でも同様というから恐ろしいものです。つい先日も、緊急避妊薬(アフターピル)に関する厚労省の検討会が行われたのですが、その会議の大勢の参加有識者のうち、女性はほんのわずかしかいないことが一部で批判されていました(女性が当事者となる議題なのに)。

もちろん女性に能力がないわけではありません。それどころか女性だったり、学歴すらない人でも、科学に貢献したという事実は歴史上いっぱいあります。なのに、なぜ科学界の上位層に席を陣取る人たちは、その事実を見て見ぬふりをするのでしょうか。全く“科学的”ではないですよね…。

そんな科学界への戒めにもなるかもしれない…素晴らしいドキュメンタリーが本作『ジェーン・グドールの軌跡』です。

本作はその名のとおり「ジェーン・グドール」というイギリスの霊長類学者(とくにチンパンジーの研究で有名)に焦点をあてたドキュメンタリーです。ジェーン・グドールは世界大戦以降、霊長類学を大きく前進させたパイオニア的なフィールド研究者でした。それこそチンパンジーの生態について今では誰でも知っている「道具を使う」ということを最初に発見した人物です。

しかし、霊長類学者なんて他にもいます。ではなぜこのジェーン・グドールがドキュメンタリーの題材になるほどなのか。それは彼女が“学位もない”、全くの科学界“外”から参入してきた、異色の経歴の持ち主だからです。

言ってしまえばどこにでもいる“普通の女性”。動物に対する熱意だけはある…そんな人間。既存の科学界であれば真っ先にバカにされそうな存在です。事実、冷たい扱いも受けるのですが。そんなジェーン・グドールがいかにして自分らしさの信念を貫き、科学に貢献したのか。それを本人のインタビューと当時の貴重な映像を合わせて克明に映し出す本作は、あらゆる分野の研究者もしくは学生にとって必見の作品じゃないでしょうか。

『ジェーン・グドールの軌跡』の監督は“ブレット・モーゲン”という人で、ロックバンド「NIRVANA」のフロントマン、カート・コバーンに迫った『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』(2015年)や、ロックバンド「The Rolling Stones」を扱った『Crossfire Hurricane』(2012年)など、数々のドキュメンタリーを手がけている著名な人物であり、アカデミー賞ドキュメンタリー賞のノミネート経験もあります。要するに非常に手慣れたベテランです。

『ジェーン・グドールの軌跡』でも、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞でドキュメンタリー賞を受賞するなど、各地の映画賞で高い評価を獲得しました。映画批評サイト「ROTTEN TOMATOES」でも批評家スコアが98%を超える絶賛を受けています。

本作はただのネイチャードキュメンタリーにとどまらず、既成概念にとらわれず、科学界の偏見を打ち破り、仕事も私生活も謳歌したひとりの人生史としてとても興味深く、示唆を与えてくれるものです。人生に迷った人は、ぜひジェーン・グドールという生き物をじっくり観察してみてください。発見があるかもしれませんよ。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(科学界で生きる人は必見)
友人 ◯(人生を語り合おう)
恋人 ◯(恋愛や家族を考えるヒントにも)
キッズ ◯(動物好きにはぴったり)
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『ジェーン・グドールの軌跡』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『ジェーン・グドールの軌跡』感想(ネタバレあり)

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選ばれたのは、素人の若い女性

イギリスに生まれたジェーン・グドールは、外遊びが大好きで動物を愛する女性。少女時代からアフリカへ行って動物と暮らすことを夢見ていました。しかし、家は貧しく、残念ながら大学には行けません。プライベートスクールを卒業した後、オックスフォード大学で秘書業務をしていました。それでもこのまま“結婚をして子どもを産む”という女性の“スタンダード”とされた生き方を自分もなぞるつもりは毛頭なかったようです。アフリカに行く夢は捨てられず、ウェイトレスで働きながら、資金を少しずつ貯め込みます。

そしてやっとまとまったお金がたまり、いざ念願のアフリカのケニアへ。そこでたまたま出会ったのが人類学の世界的権威である「ルイス・リーキー」博士でした。彼のもとで秘書として働くことになりますが、リーキー博士はジェーンの才能に気づきます。科学界の姿勢に疑問を抱いていたリーキー博士は、既存の学説に惑わされない調査員を求めており、まさにジェーンはぴったり。そして、リーキー博士は大型類人猿にも関心を持っていたため、この“学位もなく、科学に関してはほぼ実績も知識もない女性”をゴンベ・ストリーム猟獣保護区に送り出したのです。1960年、ジェーンは26歳でした。

ちなみにこのリーキー博士。実はジェーン以外にも、ゴリラの研究に尽力した「ダイアン・フォッシー」(後に『愛は霧のかなたに』というタイトルでシガニー・ウィーバー主演で伝記映画化)や、オランウータンの研究で活躍した「ビルーテ・ガルディカス」というこれまた“生物学知識ゼロ”の素人の若い女性をキャリアアップさせているんですね。この3人は“リーキーズ・エンジェル”と呼ばれているそうです。

なぜリーキー博士がこんなにも素人の若い女性にこだわるのか。詳細は不明です。でも、彼の親はケニヤの宣教師でありながら、リーキー博士自身は人類学としてヒトの成り立ちを研究し、あの当時は学会から猛批判を受けたチャールズ・ダーウィンの進化論も支持するなど、もともと既成概念にとらわれない人でした。また、その人生は結構な波乱万丈で(詳しくはWikipediaとかで調べてください)、いろいろと人間の酸いも甘いも嚙み分ける生き方をしてきたと思われます。それでいて人類学者です。私のテキトーな推測ですけど、リーキー博士なりの勝算があったのじゃないかなと。実際、すでにいた男性研究者には成し遂げられなかったことを、あの3人の女性はやってのけているのですから。

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科学界の戯言は気にしない

とりあえず話を『ジェーン・グドールの軌跡』に戻すと、タンザニアのゴンベにやってきた“ど素人”のジェーン。「ドリトル先生やターザンを目指しました」という発言を聞くだけだと、“本当に大丈夫か”と思ってしまうのですが、当時のジェーンは怖いものなしだったようです。

研究対象のチンパンジーについてすら、どんな特性を持った動物なのかも資料がなく、狂暴なのかも不明で、ただがむしゃらに関係を構築するためにジャングルを歩く日々。当然、そこには危険な野生生物もうじゃうじゃいるはずですが、知識がないことが幸いしているのか、大胆な肝の据わった調査スタイル。

ひとりじゃ危ないからと“母が同行してくれた”というのも、なかなか普通の野生動物研究者にはない状況ですよね。

なんとかチンパンジーの群れに接近でき、それぞれにミスター・マクレガー、デイビッド、フロー、フィフィなど個性豊かな名前を付けていきます。これも素人ならでは。一般的な野生動物研究のセオリーでは、個体識別番号をつけるものですから。そして、結構、遠慮なしに接近もしていきます。

とにかくこのようにあらゆる点で科学界の基本ルールをまるっきり無視して、自分流で調査をしていく。こんなこと、大学で野生動物学を学んだ学生がやったら怒られて終わりなのでしょうけど、ジェーンは気にしない。これがまた凄くユニークで、でもどこかカタルシスもある。不思議な感覚です。

しかも、ちゃんと成果を出す。それどころか科学の常識を覆す大発見をします。

まずチンパンジーは人間と同じように個性と感情を持った生き物だということ。合理的に思考するだけでなく、自分で道具を製作して使用できるということ。また、チンパンジーは人間と同じように仲間同士で、それこそ一方を壊滅させるくらいまでの激しい戦争をすること。

ちなみに作中ではあまり大きくクローズアップされていませんでしたが、ジェーンはチンパンジーが肉を食べ、しかも共食いすることも発見しています。作中のジェーンの子ども「グラブ」の子育てについて描く場面で、「我が子が幼いうちはゴンベは危険だ」「チンパンジーは他の霊長類を食べる」「人間の赤ん坊を食べた事例もあった」と軽く触れられていましたが。

とにかくリーキー博士が言うように、ヒトの定義を見直す必要が出るほどの大発見。

しかし、ジェーンが学位のない女性ゆえに、学会は紛糾。チンパンジーと誰よりも傍に一緒にいてその目で見てきた人の報告を、学歴だけはあるお偉いさんが必死に懐疑心であれこれ反発する…なんともヘンテコな光景です。あらためて科学界の凝り固まったステレオタイプを感じさせる話です。

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チンパンジーから学ぶ人生

学位のない素人女性が既存の科学界に一泡吹かす…これだけでも実に面白いのですが、『ジェーン・グドールの軌跡』ではこの他にも、ジェーンの人生観の成長もしっかりと追いかけるように描いていきます。

それこそまるで、ジェーンがチンパンジーを人生のお手本にして、ジャングルでの生き方を見つけ、パートナーと恋をし、子育ての在り方を見いだしていく…そんな感じ。もちろんこれは多少のこじつけでもあるし、実際はジェーンの人生はもっといろいろあったのでしょうけど、そう思わせるだけの説得力があります。

この特殊な仕事に身を投じていても、やはり悩みは普通の人と同じ。経済的にどう暮らすか、結婚をどうするか、子育てをどうするか、離婚をすべきか…。有名になってメディアで注目を集めれば、ジェンダーハラスメント的なからかいも受ける。でも中には普通の人だと味合わないかなり独特の苦悩も出てきたりする。「チンパンジーの群れのそばで、幼い子どもを育てるにはどうすればいいですか?」なんて質問、Yahoo知恵袋で聞いても答えは返ってこないでしょうからね。それでも自分なりに答えを見つけていく。ちゃんと仕事となんとか折り合いをつけながら。その生き方はまさにチンパンジー研究なんてしていない、私たちのお手本になるものでした。

そのジェーンのチンパンジーから学ぶ「How to」は、結果的にチンパンジーという生き物の奥深さを象徴することにもなります。この手のネイチャードキュメンタリーでは(日本ではとくに動物番組で多いですけど)動物を擬人化して無理やり野生生物に親近感を見せる演出をしたりします。これは正直、良くないことだと専門的には言われています。とくにチンパンジーを擬人化することの問題視は非常に大きいです。でも本作は上手い具合にその批判をかわせているんですね。チンパンジーの野生性をそのままリスペクトしつつ、同時に人間的な価値も描く。こういう両立はなかなかないです。そこまで“野生動物を保護しろ”という説教くさいメッセージも目立っていませんし。ある種、野生動物専門外である“ブレット・モーゲン”監督だからこそのアプローチなのかもしれません。

ジェンダー、キャリア、生物種…それらを乗り越えたひとつの共存空間を見せるこの世界は、人類史における“こうあるべき”未来の断片なのかも…そんな風に思いました。

『ジェーン・グドールの軌跡』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 98% Audience 84%
IMDb
7.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)National Geographic Studios

以上、『ジェーン・グドールの軌跡』の感想でした。

Jane (2017) [Japanese Review] 『ジェーン・グドールの軌跡』考察・評価レビュー