映画にすればいいのです…映画『ジェントルメン』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ・イギリス(2020年)
日本公開日:2021年5月7日
監督:ガイ・リッチー
性描写
ジェントルメン
じぇんとるめん
『ジェントルメン』あらすじ
イギリス・ロンドンの暗黒街に、一代で大麻王国を築き上げたマリファナ・キングとして君臨するミッキー・ピアソン。彼が総額500億円にも相当するとされる大麻ビジネスのすべてを売却して引退するという噂が駆け巡った。その噂を耳にした強欲なユダヤ人大富豪、ゴシップ紙の編集長、ゲスな私立探偵、チャイニーズ・マフィア、ロシアン・マフィア、下町の不良ち、あらゆる集団が莫大な利権をめぐり、駆け引きが展開する。
『ジェントルメン』感想(ネタバレなし)
Go To 麻薬ビジネス
コロナ禍は私たちの日常をあらゆる場所で停滞させました。
では犯罪をしている方々はどうなのでしょうか。例えば、違法薬物ビジネスをしているような悪人さんたちは何か影響を受けているのか。
どうやらそのようです。国連薬物犯罪事務所(UNODC)によれば、新型コロナウイルスの世界的流行が原因で、麻薬生産が減少している可能性があると報告されています。航空便減便や厳しい移動制限のせいで、そもそも麻薬を運べないですし、ロックダウンの厳戒態勢では売り歩くのも難しくなったのがその背景のようです。一方で、経済状況悪化や失業などにより麻薬に手を出す人が増加する危険性も指摘されています。
違法行為が減少するならいいのですが、反動で余計に悪化するのは困りますね。
ともあれきっと悪人さんたちもこの緊急事態に自力での対応を余儀なくされているのでしょう。補償金とかの行政支援は望めないしね(あれ、じゃあ、なんで私たち日本人は全然給付金を貰えないんだろう…悪いことしてないのに…)。
今回紹介する映画はそんな「Go To 麻薬ビジネス」をしちゃっている人たちのスリリング、でもどこかマヌケな駆け引きを堪能できる作品です。それが本作『ジェントルメン』。
タイトルは「ジェントルマン」ではありません。「メン」です。複数形です。
本作は麻薬業界の大物である男を中心に、その裏ビジネスの巨大な利権をめぐって、あれやこれやの曲者たちが大挙して騙し合い、殺し合い、馴れ合いをしていく、定番のサスペンス。派手なシーンはほぼありません。大部分が駆け引き。セリフの応酬、心理戦、突発的な暴力、そして予想外の大どんでん返し。こういうジャンルが好みの人には嬉しい一作ですね。
その『ジェントルメン』を送り込んできたのがあの“ガイ・リッチー”監督。2009年からの『シャーロック・ホームズ』シリーズで大ヒットを飛ばし、2019年には実写映画『アラジン』を手がけるなどノリに乗っている監督です。2002年の『スウェプト・アウェイ』とか一時は低迷しまくっていたのに…。
その作家性は明白で、非常にクセのある編集や演出でポーズを決めるような、雑に言ってしまえば露骨に「カッコつけている」感じのするスタイル。しかし、その恥じらいのない豪快さが売りになっており、2017年の『キング・アーサー』は「田舎のボンクラがエクスカリバーを振り回す!」というラノベみたいな世界観をいたって真面目に映像化していましたし、実写映画『アラジン』でさえも節々に“ガイ・リッチー”流がチラ見えしていました。
そんな“ガイ・リッチー”監督ですが、大物になる前は『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(1998年)や『スナッチ』(2000年)など犯罪ドラマを手がけるのが十八番でした。主人公はたいていロンドンなんかの階級社会の下層にいる奴らで、そういう者たちのストーリーです。
最近はすっかりそのかつての得意としたジャンルから離れたのかなと思ったのですが、最新作で久々にカムバックし、昔からのファンを沸かせました。それが本作『ジェントルメン』というわけです。
俳優陣は豪華です。まず憑依型演技なら任せろの“マシュー・マコノヒー”。最近は『セレニティー: 平穏の海』や『ビーチ・バム まじめに不真面目』など賞レースから遠ざかっていますが、演技力は健在です。次に『ジャングルランド』などで渋い演技を進化させている“チャーリー・ハナム”。
そしてアジア系のイケメン枠としてお約束になっている感じもする“ヘンリー・ゴールディング”。さらに、こちらも演技派として負けてないベテランの“ヒュー・グラント”。加えてなんかいつも困った顔をしているような“コリン・ファレル”。アンド、酷い目に遭いがちな“エディ・マーサン”(今回も…)。
こんなにも濃いメンツですよ。これはもう俳優を眺めているだけで楽しいですね。
とてもジェントルではない男たちが満載の『ジェントルメン』。気になる方はぜひ。
オススメ度のチェック
ひとり | :ジャンル好きなら |
友人 | :俳優ファン同士で |
恋人 | :俳優ファン同士で |
キッズ | :良い子はマネしないで |
『ジェントルメン』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):参戦者はこちら
ロンドン。「ボス」と呼ばれるひとりの男がバーにやってきます。手慣れたように席につき、いつもの注文をし、電話をかけ始めます。今夜のことを誰かとお喋り。でも電話相手の方で何かあったようです。そのとき、その男の背後にも人が立ちます。そして、バン! 銃声とともに、血しぶきがビールが注がれたコップに飛び…。
レイモンド・スミスはオシャレな家に帰宅。薄暗いキッチンに行くとそこには先客がいました。フレッチャーという神出鬼没の探偵です。いかにも怪しいフレッチャーはくつろぎながら、ミッキー・ピアソンについて饒舌に語りだします。レイモンドのボスであるミッキー。その知っている物語を…。
ミッキーは麻薬ビジネスを一代で成功させた大物です。巨万の富を持っていますが、ここに来て急に引退するという噂が立ちます。なんでも妻・ロザリンドと一緒に平穏に暮らしたいとか。貧しい家庭で生まれ育ち、大学在学中に麻薬商売にのめり込み、ここまでの成長を遂げたのになぜ…。
そのミッキーには敵も多いです。
まずタブロイドの編集者だったビッグ・デイブはパーティでミッキーに挨拶しようとしたものの、手を差し出すが無視されて激怒。ミッキーに私的な恨みを蓄積します。
一方、ドライ・アイという中国のギャングに属する男もミッキーに接近。ビジネスを売ってくれるように提案してきますが、ミッキーはこれも冷たく拒絶します。
そんなミッキーの麻薬ビジネスの職場はコンテナの中の秘密の怪談を降りた先。そこには広大な空間で大量の麻薬が栽培されており、栽培用のピンク色の光が部屋全体を照らしています。その極秘のはずの場所が襲撃されたこともありました。しかも、相手はネットに動画をあげているよくわからない集団。「トドラーズ」とかいうカラフル覆面マスク集団がビデオカメラを手にして意気揚々と撮影し、その動画にミッキーも愕然。
その若者集団と関係があったコーチという男。いつもは不良少年をたしなめている(実力行使)教育者ですが、今回の一件は問題だと判断し、向こうからコンタクトをとってきました。
また、親しくしているプレスフィールド卿の娘であるローラのヘロイン中毒も悩みの種です。なんとか薬物仲間から引き離すもその際にトラブルが発生。死者を出してしまいました。しかも、肝心のローラまで過剰摂取で死亡するという大惨事。
次から次へと問題が連発し、ミッキーとその右腕であるレイモンドの許容量はキャパオーバー。この事態を上手く対処する術はあるのか…。
最近の麻薬ビジネスの障害、それはYouTuber
『ジェントルメン』のユニークなところは、スマホ、SNS、動画コンテンツ、ドローン…そんなものが当たり前にある現代のクライムドラマという点です。少し昔のギャングものとかではないんですね。まさしく「今」。現在を生きる悪者たちのお話です。
ひと昔前であれば、こういう世界における障害となる存在は決まっていました。同業者のライバルか、もしくは警察か。そういう意味ではすごくシンプルな構図でした。ルールも単純。
しかし、今は違う。現在は当事者も頭を抱えるほどに厄介でカオスなことに…というのが本作の描く部分であり、面白い要素です。
ミッキーがプレスフィールド卿の敷地でビジネスをしているのも、ある種のイギリスの上流階級の没落という時代的変化を映し出しており興味深いですし、そのお嬢様のはずのローラが労働階級の若者たちとつるんで非行に走るという現実も、まあ、誇張はあれど、今のイギリスっぽいですよね。
ある意味ではミッキーたちは最もイギリスの古き慣習を固持している存在とも言えますから。言い換えれば時代遅れともなるけど…。
そんなミッキーの前に立ちはだかるのは、階級社会のわきまえとか、裏社会への畏怖なんてものがまるでないイマドキの若者たち。
YouTuberたちにとっては麻薬ビジネスをしている場所なんてものは格好の素材。動画のアクセス数を稼げればそれでいいのです。好き勝手に暴れまわり、勝手に編集して、勝手にアップロード。「なんだこれ…」みたいなミッキーの顔がシュール。
そしてチンピラも何もわかっていない無知ばかり。ミッキーたちも基本は穏便に済ませたいのに、向こうは平気で粋がってきます。
このあたりはイギリスに限らず、今の日本も重なりますよね。芸能人の不祥事であろうと、犯罪事件であろうと、すぐさまYouTuberたちの素材ネタになり、いきなりの突撃撮影とかぶっこまれたりしますから。裏社会の人間でさえも説教したくなるレベル。
どうなっちゃってるんだ、今の世の中…。
チャーリー・ハナムは頑張っている
そんなクレイジーでカオスな現実と対峙し、収拾しようと頑張っているのがミッキーの右腕であるレイモンド・スミス。というか、この『ジェントルメン』、実質の主役はミッキーを演じた“マシュー・マコノヒー”よりもレイモンドを演じた“チャーリー・ハナム”ですよね。
レイモンドは本当に忙殺されており、なんか「お疲れ様です」とその大きな背中に声をかけてあげたいくらいです。サラリーマンよりも過労で死にそうではある…。“頑張ったで賞”をあげたい…。
最近の裏社会の右腕ポジションの人は、世に出回ったら困る動画の削除申請とかもしないといけないし、不良少年たちのお世話もしないといけない。これではもうそこからへんの学校の先生みたいなものです。努めて丁寧に対応しているのが笑ってしまうけど…(ああいう頑張っている店長とか普通にいますもんね)。
“チャーリー・ハナム”ならマッチョイズムな役柄もこなせるのにそうはならず、現実的な疲労感をたっぷり背負ったキャラクターを熱演しているのがいいですね。近年の彼のフィルモグラフィーはそういう面が多いので、これは意識しているのかもしれませんけど。
一方で、その“チャーリー・ハナム”演じるレイモンドと終始駆け引きを静かに展開しているのが、“ヒュー・グラント”演じるフレッチャーです。このキャラも実に味わいがあって、全くその心の内側が読めない感じがグッドです。「mommy」だなんて馴れ馴れしく接してきますが、絶対に何かを企んでいる。でもレイモンドはすっかりお疲れモードなので全力で相手にする気もない。その本気になれない気の抜けた空気の中での2人のステイホームなひとときがなんともユーモラス。
そんな中でも外でのバーベキューで肉を焼くところを大写しにしたり、何気ない冷凍庫に生首が入っていたり、死体の運搬が行われていたり、非日常な緊張感を醸し出す演出の妙はさすが“ガイ・リッチー”監督でした。
チャイニーズ・マフィアのドライ・アイを演じた“ヘンリー・ゴールディング”も良かったです。ヘンテコ珍妙ギャングとかじゃないアジア系としての描写はやはり新鮮。ほんとはもう少し出番があると嬉しかったですけど、結構美味しい役を貰っている気もする。
逆に女性のキャラクターの描写はやや残念でした。ロザリンドみたいにレイプされそうになる役か、ローラみたいに自立できない破綻者の役しかないですし…。ロザリンドを演じた“ミシェル・ドッカリー”はドラマ『ダウントン・アビー』の人ですから、もっといくらでも名演を活かせる場を作れたはずだと思います。
“エディ・マーサン”はあれでいいです(断言)。ブタと仲良くね。
映画にしよう、そうしよう
しかし、この『ジェントルメン』、最大級のどんでん返しが最後に用意されていました。それは冒頭のミッキーが実は生きていた…とかではなく、この映画自体がおそらく“売り込み”で創作されたものだということ。
あまりにもトラブルの連発ですっかり疲れ切ったミッキー&レイモンドでしたが、一部始終を観察していたフレッチャーのこれ自体を映画の脚本としてミラマックスに売り込むという狙いがあったことがラストに判明(ちなみにミラマックスは本作の配給会社です)。
ということは本作がその映画なんですね。だから作中で変な編集とか、巻き戻しが平気で入るわけです。
つまり、本作のストーリーは脚色を加えられたものです。事実…というものをそっくりそのまま映し出しているとは限らない。冷静に考えればそうです。あんなアホなYouTuberたちが麻薬ビジネスの製造現場にノコノコやってきて暴れまくるという荒唐無稽な出来事が本当にあるだろうか。実際だったらその場で即射殺で片付けられてしまいそうです。ロザリンドの金の銃だっていきなりのスパイアクション映画顔負けのガジェットですし、あそこでフィクションバランスが大きく傾きます。
そう、全部映画。映画にしてしまえば真実も何もかもうやむやにできる。本当にあったことなのか、イチイチ説明もしなくていい。勝手に考察でもしていろという話。
そしてこれが麻薬ビジネスに代わる、今の新しいビジネスですよ…という皮肉。今度はエンターテインメントという名のドラッグで大衆を陶酔させ、カネをガバガバと儲けていけばいい。レイモンドもミッキーも良い役者になりそうだし…。
そんな軽快な映画賛歌でオチをつけた本作。無念なことにこの映画が本国で公開されたのは2020年1月。まさかこの直後に映画業界が歴史上最悪のピンチに陥るなんて“ガイ・リッチー”監督も想像していなかったのでしょうね。
現実は麻薬に溺れるよりも不安定で、映画の世界よりも奇想天外なことが起こる。困ったもんだ…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 75% Audience 84%
IMDb
7.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
ガイ・リッチー監督の映画の感想記事です。
・『キング・アーサー』
・『アラジン』
作品ポスター・画像 (C)2020 Coach Films UK Ltd. All Rights Reserved.
以上、『ジェントルメン』の感想でした。
The Gentlemen (2020) [Japanese Review] 『ジェントルメン』考察・評価レビュー