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『ホテル・ムンバイ』感想(ネタバレ)…テロの暴力に見境はない

ホテル・ムンバイ

テロの暴力に見境はない…映画『ホテル・ムンバイ』(ホテルムンバイ)の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Hotel Mumbai
製作国:オーストラリア・アメリカ・インド(2018年)
日本公開日:2019年9月27日
監督:アンソニー・マラス

ホテル・ムンバイ

ほてるむんばい
ホテル・ムンバイ

『ホテル・ムンバイ』あらすじ

2008年11月、インドを代表する五つ星ホテルが500人以上の宿泊客と従業員を人質にテロリストによって占拠された。宿泊客を逃がすために、プロとしての誇りをかけてホテルに残ったホテルマンたち。部屋に取り残された赤ちゃんを救出するため、決死の覚悟で銃弾の中へと向かう父と母。テロリストたちに支配される極限の状況下で、命の危機にさらされた人々は試練に直面する。

『ホテル・ムンバイ』感想(ネタバレなし)

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インド、そして世界を震撼させたテロ事件

日本でもしばしば映画ファンの間で熱狂的に話題になるインド映画大作。そんなインドらしい映画をたくさん観ていると、どうしても「インド=楽しそうに踊っている賑やかハッピーな国」という印象が脳内に固定化しがちです。経済大国としてもインドの勢いは止まらず、絶好調な発展をしている感じも外から見ているぶんにはします。

もちろんその一面もあながち間違ってはいないのですが、実際のインドはもっと多面的で多層的。ときには凄惨な事件も起き、その暗い一面はイギリス植民地時代から現代に至るまで、ずっと形を変えつつ続いています。

例えば、テロ事件。インドではそれこそパキスタンとの対立が根底にありつつ、多様な宗教国家ゆえの衝突も多く、その歴史上、いろいろなテロリズムに脅かされてきました。インド映画でもそのテロを描く作品というのはあって、日本でも公開された『pk ピーケイ』や『SANJU サンジュ』などでも描写がありました。

しかし、なかなかテロ事件だけに徹して描く実録歴史映画というものは、日本公開されているものの中ではお目にかかれていません。

そんな状況でこの本作『ホテル・ムンバイ』が与えるインパクトというのは絶大かもしれません。

本作はオーストラリア・アメリカ・インドの合作ですが、題材となっているのは2008年11月26日から29日にかけてインドのムンバイで発生した「ムンバイ同時多発テロ」

まずこの「ムンバイ同時多発テロ」について簡単に整理。

このテロはインド最大の都市であり商業の中心地でもあるムンバイで、同時多発的に発生した一連の事件です。標的となった場所は、駅、ホテル、レストラン、病院、映画館など、人が大勢集まるところ。突然、武装したテロリストが銃を乱射し、あたりを占拠。次から次へとその場にいた人間を殺害していきました。結果、死亡者170人以上、負傷者230人を超える、かつてない大惨事に。犠牲者には外国人も多く含まれ、世界中が悲しみに包まれました。首謀者はいまだによくわかっておらず、イスラーム過激派ではないかという指摘もありますが、真実は不明。とにかくこの突然のテロの乱発によってムンバイの街は阿鼻叫喚の大パニックになり、一瞬で地獄と化しました。

『ホテル・ムンバイ』ではこのテロ事件の全貌を描ききるものではなく、そのうち「タージマハル・ホテル」で起きたテロに焦点を絞って映像化しています(実際は、タージマハル・ホテル以外に、オベロイ・トライデントという5つ星ホテルでも事件は起きました)。

そしてこの『ホテル・ムンバイ』の特筆すべき点は、そのテロ描写のリアリティ。これは見てもらうのが一番なのですが、とにかく凄まじい。近年は『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』や『7月22日』など、テロ描写を容赦なく描く作品がたびたび見られ、衝撃を毎回受けるのですが、『ホテル・ムンバイ』はそのヘビーな衝撃作の仲間入りとなる一作でした。

それが事実なのでしょうがないのですが、人が本当に容赦なく殺されるシーンの連続です。無抵抗に殺される人、人、人…。そこにはスーパーヒーローなど現れるわけもなく、目を背けたくなる映像しかありません。映像のショッキング度だけでなく、会話や環境など徹底して史実再現をしているらしく、本当にテロを間近で見てしまった気分にさせられます。

監督は“アンソニー・マラス”というオーストラリア人で、本作が長編監督デビュー作だというから驚き。1974年のトルコのキプロス侵攻を描いた短編映画『THE PALACE』で高い評価を得ての今のキャリアなようで、これは大注目の監督が誕生してしまったなという感じです。今の時代、テロをしっかり描ける監督というのは、映画界でも重宝されるでしょうから。

俳優陣は、『LION ライオン 25年目のただいま』で名演を見せた“デヴ・パテル”。彼はちょうど2008年の『スラムドッグ$ミリオネア』撮影中にこのムンバイ同時多発テロに直面したそうで、事件を生で知っている人間。演じるなら彼以上の適任はいないでしょう。

他にも“アーミー・ハマー”“ジェイソン・アイザックス”などが出演し、リアルなドラマを支えています。

重たい作品であり、足を運びづらい・手を伸ばしにくい映画かもしれませんが、その躊躇する気持ちを強引に封じ込めてでも観る価値はある映画です。必ずあなたの心に刻まれるでしょう。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(じっくり映画と向き合って)
友人 ◯(実話モノ好き同士で)
恋人 ◯(悲劇的だが感動できる)
キッズ △(殺人描写がかなり多い)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ホテル・ムンバイ』感想(ネタバレあり)

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現実では暴力に抗う手段はなく…

2008年11月26日、今日もムンバイはいつもの日常が始まった…ように見えて、なにやら街を見つめる目が異なる若者が何人か、小型のボートで沖から港に乗りつけ、それぞれ三々五々で街のどこかに消えていきます。

一方、幼い息子と妊娠している妻に別れを告げるアルジュンは職場へ向かいます。その仕事先はタージマハル・ホテル。インドを代表する高級ホテルで、客室が565もある巨大さにして、西洋の新古典主義建築とインドの伝統の様式を混合した設計が目を惹く、とにかく豪華です。

当然、そこで働くスタッフは徹底した管理の元に置かれ、常に清潔で、完璧な対応ができる、お客様第一主義を日々指導されています。アルジュンは、オベロイ料理長の点呼に遅れてしまい、しかも靴を失くしてサンダルを履いてままで来てしまったので怒られますが、なんとか許しをもらいます。

妻・ザーラ、乳母・サリー、乳児の息子を連れて来たアメリカ人建築家デヴィッド、ロシア人の裕福そうなワシリーなど、どんどん宿泊客を迎えていき、いつもどおりの盛況なホテル。

しかし、その頃、駅ではアサルトライフルの銃声が鳴り、レストランでは襲撃が起き、ムンバイの街は大混乱が広がっていました。

そうとは知らず、通常の運営を続けるホテルでは、どこからか逃げてきた人々がホテルの入り口に殺到。その勢いに圧倒された支配人は全員を中へ招き入れますが、その後ろから何食わぬ顔で紛れて入って行くテロリストたち。そして、何の前触れもなくロビーに居た人を射殺し始めます。宿泊客だろうと従業員だろうと、情け容赦なく撃ち殺していくテロリストたちと、なすすべもない被害者たち。1階のレストランにたまたま夕食に来ていたデヴィッドとザーラはアルジュンの指示で身を隠しますが、すぐに部屋に息子といる乳母のサリーに電話、しかしつながらない。そうこうしているうちにテロリストは部屋にいる宿泊客たちを巡るように殺していき…。

『ホテル・ムンバイ』は序盤の銃声が鳴った瞬間から、映画の本当にラストまで、一切の休息を与える暇もなく、最悪の緊張感とともに観客を映像に釘付けにさせます。

部屋に隠れるサリー(しかも泣き出す赤ん坊を抱えて)のバレるかバレないかのサスペンスも異常な緊張感ですし、そもそもあれだけ初っ端から人が死にまくる展開を見せられていると、観客としても誰が死んでもおかしくないという“絶対安全”という領域がない状態なので、先が読めず息が詰まります。

アサルトライフルとグレネードで重武装するテロリストに対して警察は拳銃ひとつで、1300キロも離れたニューデリーの対テロ部隊が到着するのに時間がかかるというのも絶望的で…。

『ダイ・ハード』のマクレーンが実在したら、ひとりでテロリストを掃討できるのでしょうけど、現実はただひたすらに残酷。そのことを観客に完膚なきまでに叩きつける映画でした。

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ホテルは多様性の象徴

『ホテル・ムンバイ』は日本の宣伝では「名もなき英雄」を描くというヒロイズムを全面に押し出すような感じになっていますが、私が実際に観た印象としてはかなり違っていました。「奇跡の脱出劇」とも標榜していますが、実話上でも作中でも大勢の死者を出しており、一般に想像する“危機を乗り越えた”という綺麗な達成感はありません。

本作の主軸にあるメッセージは“アンソニー・マラス”監督がインタビューで言っているように「文化的、人種的、民族的、宗教的、経済的な隔たりを超えて団結すること」

このムンバイという街はとても多様かつ多層な地域です。貧困層もいれば富裕層もいて、人種や宗教も全く違う者同士が入り乱れ、外国人もいる。『ムンバイ・ダイアリーズ』という映画でもそんな日常は描かれていました。

『ホテル・ムンバイ』においてだと、例えば、アルジュンはシーク教徒で(だからターバンを着用している)、冒頭で描かれるとおりその生活はハッキリ言えば貧しい方です。そんな彼が働くホテルは超高級で、アメリカ人やロシア人など、中産階級から裕福層まであらゆる人たちがやってきます。また、その客のひとりであるアメリカ人のデヴィッドもイラン系の妻がいたり(演じているのは“ナザニン・ボニアディ”)、実に多様性に富んでいます。

そんな中、排外主義を掲げるテロリストがやってきて…。一応、史実では首謀者は不明なので、今作でも正確な目的や組織はぼやかされていますが、構図としては「多様性が排外主義に脅かされる」ということになります。

そして、危機的状況に陥ったホテル内の被害者たちは一時は内部対立的な様相も見せ始めます。全員が最も金を払った客だけが来れるであろうラウンジに避難するという空間共有をする中で、アラブ語を話すザーラに恐怖と不安を感じて訴える初老の女性。事件が起こる前は何の疑問もなく成り立っていた世界が、事件を引き金に、他人不信に翻弄されていくわけです。

一方で、犯人描写も印象的で、『ホテル・ムンバイ』ではテロリズム実行犯を単純な悪者として安易に描いてはいません

彼らは10代の若者で、作中では本当にまだまだ社会を知らない未熟さを隠せてもいません。たぶんこんなホテルに足を踏み入れたこともないのか、内装に口をポカーンとしている犯人たち。言われるがままに人を事務的に殺していく姿は日雇い労働のようです。印象的なのは命乞いをする相手に対して思わず笑ってしまっている犯人の描写。自分ですら感覚がマヒしているこの感じ。そこからの目の前で夫が殺害されたショックの最中、イスラム教の祈りを捧げるザーラに発砲するのを躊躇する犯人。自分の中で初めて“行為”に疑問が湧き始めた瞬間。

思えばこの10代のテロリストたちもまた、アルジュンと同じ貧困層の人間。元の線は同じところのはず。それはどこで別れてしまったのか。あのテロリストたちも排外主義にそそのかされていなければ、多様性を支える側になれたかもしれないのに…。

『ホテル・ムンバイ』は団結の強さを示すことで、あらためてどこかにいるかもしれないこの事件の首謀者、そして次なる事件を引き起こす人たちに対して、「そんなものには屈しない」と高らかに宣言する…そういう映画じゃないでしょうか。

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暴力は“たまたま”あなたを襲う

『ホテル・ムンバイ』を観て、インドの歴史を知るという、少し距離を離した見方をしてもいいのですが、本音を言えば、これはインドだけの問題ではなく世界の問題なんだと実感してほしいところです。
このムンバイ同時多発テロでは多くの外国人が亡くなったわけですが、その中には日本人もひとりいました。

三井丸紅液化ガスに務める30代の社員で、取引先である現地プラントの視察旅行中に、たまたまこのホテルに宿泊。5人いて、亡くなった社員の方は、たまたまチェックインのためにひとりでロビーにいたところ、事件に遭遇。銃撃に巻き込まれたそうです。ムンバイ入りした当日の出来事でした。

そうです、“たまたま”なのです。

昨今も頻発するテロやヘイトクライムは「宗派対立だ」とか「右と左の争いだ」とかで片づけられがちですが、そうではありません。暴力はどんな動機があれ、最終的には世の中の全ての人間に向けられます。大義名分は建て前にすぎず、結局は無差別です。

『ホテル・ムンバイ』は入念なリサーチと巧みなストーリーテリングによって、そうした事件に対するステレオタイプな認識を破壊してみせます。この事件をインド国内の対立問題で片づけてはいけない、と。
作中で最後に生存できたのはザーラだというのも、演じている“ナザニン・ボニアディ”が人権活動家としても著名なことと重ね合わせたくなるものです。私たちに残されたのは“団結”。それだけは死なないし、死なせない。

ホテルという多様な人々が集う場所。テロリズムはあらゆる国籍・人種を襲うという普遍的な事実を教えてくれた『ホテル・ムンバイ』。

団結しましょう。それが唯一の武器ですから。

『ホテル・ムンバイ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 77% Audience 85%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
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関連作品紹介

実際のテロ事件を題材にした映画の感想記事です。

・『7月22日』

・『15時17分、パリ行き』

作品ポスター・画像 (C)2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, ADELAIDE FILM FESTIVAL AND SCREENWEST INC

以上、『ホテル・ムンバイ』の感想でした。

Hotel Mumbai (2018) [Japanese Review] 『ホテル・ムンバイ』考察・評価レビュー