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映画『阿修羅王国(Helena)』感想(ネタバレ)…世界最古のBLフィクションを映画にすれば

阿修羅王国
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もちろんあの男2人の関係性は無視できない…映画『阿修羅王国』(1924年)の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Helena(Helen of Troy)
製作国:ドイツ(1924年)
日本では劇場未公開
監督:マンフレッド・ノア
恋愛描写
阿修羅王国

あしゅらおうこく
『阿修羅王国』のポスター

『阿修羅王国』物語 簡単紹介

出自を知らずに山で羊飼いをしていたパリスは、ある日、夢で3人の女神の中からひとりを選ぶように言われる。そしてひとりを選んだ結果、スパルタ王の娘であるヘレネーを連れていくことになる。しかし、ヘレネーの夫であるメネラーオス王はそれを見過ごせず、アガメムノーンと共にトロイアに戦争を仕掛ける。こうして長年にわたる激戦が繰り広げられる。

この記事は「シネマンドレイク」執筆による『阿修羅王国』の感想です。

『阿修羅王国』感想(ネタバレなし)

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世界最古のBLが原点に

世界最古のBL(ボーイズラブ)フィクション?…ああ、なんだ、ギリシャ神話(ギリシア神話)のことか…。

まあ、でもあながち大袈裟でもありません。ギリシャ神話はクィア…とくに男性同士のカップリングで溢れていますから。全部のカップルを挙げるとキリがないですよね。自分のお気に入りのペアを見つけることだってできます。もうLGBTQ文学の古典ですよ。

そのギリシャ神話を基にした叙事詩にいたっては、実質的には二次創作ですから、さらにクィアな創造の余地があります。

今回紹介する1924年のドイツ映画はそんな世界最古のBL…ギリシャ神話を原点にしている作品なので、当然、クィア映画史の視点で見つめることもできます。

それが本作『阿修羅王国』

邦題が何が何やらですが、本作は紀元前8世紀の古代ギリシャの詩人「ホメーロス(ホメロス)」が生み出したとされる叙事詩『イーリアス(イリアス)』を原作にしています。姉妹作である叙事詩『オデュッセイア』と並ぶ“ホメーロス”の大作です。

本当にこの2作はホメーロスが考えたのか、ホメーロスはそもそもひとりの人物なのか…といった通称「ホメーロス問題」という論争はありますけど、それは専門家にお任せします。ここでは『イーリアス』は『オデュッセイア』と同じく、ギリシャ神話を下地にトロイア戦争を描いた歴史ファンタジーってことにしておきます。

本作『阿修羅王国』、英題「Helena」もしくは「Helen of Troy」はその『イーリアス』をおおまかに翻案しており、厳密にはもっといろいろ追加しています。例えば、『イーリアス』はトロイア戦争の9年目までしか扱っていないですが、『阿修羅王国』は戦争終結まで描いていて、おなじみの「トロイの木馬」もちょこっと描かれます(「トロイの木馬」を本格的に詳細に初めて描写したのは“ウェルギリウス”の『アエネーイス』だとされています)。まあ、このトロイア戦争関連の映像作ってたいていひとつの原典に依存せず複合的に参考にしていることがほとんどですからね。

サイレント映画である『阿修羅王国』は「The Rape of Helen」「The Fall of Troy」の2部作構成で公開されました。ただし、当初は失われたフィルムとみなされており、なんとかアーカイブが発見され、復元されるに至りました。その際に1本の映画にまとめられています。結果、200分超えの大ボリュームとなっています。

当時、ワイマール時代のドイツは映画産業が盛況で、本作『阿修羅王国』もとんでもないスケールのセットとエキストラであの叙事詩を再現しており、今観ても「これはVFX無しで作ったのか!」と驚くばかりです。

この『阿修羅王国』を監督したのは“マンフレッド・ノア”で、ドイツ系ユダヤ人だったゆえに、ナチスの支配が強まったことで映画作りできなくなり、1930年代以降は業界から退いています。

そしてここからが肝心。『阿修羅王国』で注目の男と男のカップルは誰か? それは「アキレウス」「パトロクロス」です。シップネームは「Patrochilles」

では『阿修羅王国』ではこの2人はどう描かれているのか…という話は後半の感想で。

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『阿修羅王国』を観る前のQ&A

『阿修羅王国』の見どころ
★アキレウスとパトロクロスの親密な関係性を眺める。

鑑賞の案内チェック

基本
キッズ 2.5
無声映画で、かつ映画時間が長いので注意。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『阿修羅王国』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤)

愛の女神であるアプロディーテーの島にて、寵愛を受けるアドーニスが、ギリシャで最も美しい女性を探すために1羽の鳩を放ちます。

この鳩が降り立ったのが、スパルタ王のメネラーオス(メネラオス)の住んでいるスパルタの島であり、そこに佇んでいたメネラーオスの妻ヘレネーのもとでした。その鳩は彼女の手の中に落ち着いています。

メネラーオスはこれに上機嫌で、今度の祭りで世界中に自身の妻ヘレネーの美しさを称えさせようと考えます。

一方、トロイア(イリオス)では、プリアモス王も神々の恩恵を求め、神託に不安げに助言を求めていました。

その頃、岩が並ぶ丘の上、ただの羊飼いの少年だと思っているも、実はプリアモスの末息子という王家の血筋でもあるパリスは、己の出自も知ることなく、この山で質素に暮らしていました。

そんなパリスの夢に神のヘルメスが現れ、黄金のリンゴを授け、これから幻視で見る3人の女神のうち最も美しい女神にそれを贈るようにと告げてきます。その女神とは、ヘーラーアテナアフロディーテーの3名です。

突然のことに困惑しつつ、パリスは、トロイアの祭りに旅立ち、アフロディーテーを選ぶことにしました。アフロディーテーは自身を選べば、最高の女性を与えてくれるというのです。

一方、他の神々はメネラーオス王に、王妃ヘレネーの愛を失えば、このギリシャ全土が何年もの戦乱に見舞われるという不穏なお告げをします。

そしてアフロディーテーがパリスに与えたのは他でもないヘレネーでした…。

この『阿修羅王国』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2026/09/03に更新されています。

ここから『阿修羅王国』のネタバレありの感想本文です。

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アキレウスとパトロクロスの同性愛解釈の歴史

映画『阿修羅王国』の感想に入る前に、そもそもの「アキレウス」と「パトロクロス」の関係性の話からしましょう。

このアキレウスとパトロクロスを同性カップルとして恋愛関係とみなすというのは、何もどこぞのBLファンが最近になって脳内妄想的に勝手にカップリングして楽しむことから生まれたわけではありません(もちろんカップリングのファンフィクションを咎める気はないですが)。

実はトロイア戦争におけるアキレウスとパトロクロスは恋人同士なのかという点は、文学研究者の間でもう相当昔から議論のまとになってきた経緯があるんですね。

原典の“ホメーロス”の叙事詩『イーリアス』の中では、アキレウスとパトロクロスが恋人同士であるという明示はありません。かといって恋人ではないという明示もありません

そもそも古代ギリシャの社会文化では、現代とは愛や友情の捉えかたはだいぶ異なっており、例えば、「Philia」という古代ギリシャ語は「友情」とも「愛情」ともどちらも含んだニュアンスを持ちます。相互的な好意があることを前提にしており、その概念の包括性は広いです(現在だと「○○フィリア」という言葉がいくつも作られ、たいていは一方的な強い情動的欲求を意味させることが目立ちますが…)。

アキレウスとパトロクロスは古代ギリシャで言うところの「フィリア」の関係性なのかもしれません。これをどう解釈するか、いろいろな研究者が自身の分析を主張してきました。

後世の紀元前の詩人である“アイスキュロス”や哲学者の“プラトン”、弁論家の“アイスキネス”などは、『イーリアス』のアキレウスとパトロクロスは恋人同士の関係だと強く主張したそうです。ただし、古代ギリシャの少年愛の関係性に当てはめるとき、アキレウスとパトロクロスのどちらを年上とみなすかは意見が分かれたようですが…

劇作家でもあった“アイスキュロス”にいたっては、紀元前5世紀にアキレウスとパトロクロスを性愛で結ばれた間柄として明確に描いた戯曲まで作っていたとされ、もう古代のBLクリエイターの先駆者ですね…。

一方、“クセノポン”(クセノフォン)は、アキレウスとパトロクロスの間で性愛があると解釈する考えに賛同はしなかったのだとか。

中世になるとキリスト教の影響を強く受けたヨーロッパの作家たちは、アキレウスとパトロクロスの同性愛的な解釈を一切認めず、意図的に無視するまですることが目立ち、宗教の異性愛規範を色濃く浮き彫りにさせていました。

“ウィリアム・シェイクスピア”の悲劇『トロイラスとクレシダ』では、アキレウスとパトロクロスが恋人同士だったとより強く示唆する描きかたになっています。

現代においては、1956年公開の“ロバート・ワイズ”監督の『トロイのヘレン』はもちろんのこと、2004年の“ウォルフガング・ペーターゼン”監督の映画『トロイ』でも、“ブラッド・ピット”がアキレス(アキレウス)を演じ、“ギャレット・ヘドランド”がパトロクロスを演じていましたが、とくに恋人関係を示唆するものはありませんでした。男同士の強い結びつき(ブロマンス)ぐらいの解釈がやっとでしょうか。

逆にフィクションでアキレウスとパトロクロスを恋人して明確に描写してみせた有名な作品は、多くの賞を獲得して高評価を受けた2020年のゲーム『HADES』ですかね。

現代ではクィア研究も盛んになり、アキレウスとパトロクロスをより積極的に恋人同士とみなす分析も増えました。少年愛ですらない、対等なカップルとする意見も少なくないです。

ただし、残念なこともあって、今は一部の白人至上主義の右翼や極右の人たちが、古代ギリシャを自分たちの理想を体現する世界として都合よく解釈する潮流があって…。そのトレンドについては専門家の“カーティス・ドージャー”が『The White Pedestal: How White Nationalists Use Ancient Greece and Rome to Justify Hate』という2026年の書籍でまとめています。

それこそ2026年に“クリストファー・ノーラン”監督が『オデュッセイア』を公開した際も、公開前に「アキレウスをトランスジェンダー男優の“エリオット・ペイジ”が演じるのでは?」という憶測が飛び交い、一部の早とちりした連中が猛反発する反応がありました(Truthout ; 実際その映画の中では“エリオット・ペイジ”はアキレウスではなく別の役を演じています)。

『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』もその反LGBTQのターゲットにされたし…。

まあ、白人至上主義者がアキレウスをシスヘテロの象徴のように崇めようとも、その男は紀元前からクィア・リーディングされてきたという歴史は覆せませんからね。これは神様の決定事項なんですよ。

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最もエロティックな2人

では、やっと映画『阿修羅王国』の本題。

始まりは、神の無茶ぶりというか、パリスがヘレネーに介入することです。なんてくだらない理由で戦争しているんだと思いますけどね。女性がトロフィーとして扱われているだけというこの原作の問題性は、現代において女性の視点で描き直すアイディアで活発に再構築されていますが…。

異性愛が土台にある物語です。でも正直、パリスとヘレネーは神の計らいでくっついているだけで、「本当に愛し合っているのか?」と私なんかは思わなくもない…。

そんなパリスとヘレネーの微妙さと比べると、本作のアキレウスとパトロクロスは露骨に愛が溢れていましたね

作中では、キティラ島のアドニア祭で『ベン・ハー』みたいな戦車競走が開催され(馬側から後方に向けてカメラで乗り手を撮影する移動ショットがあり、なかなかの迫力)、そこでアキレウスが登場し、二頭の雄ライオンもなだめられるヘレネーからの褒美をめぐって競い合います。

大きな出番としてアキレウスが登場するのは戦争が本格化してからで、ここで傍にパトロクロスもいます。この2人、パトロクロス側からやけによくアキレウスの体(胸とか)を撫でる仕草をするのが目につき、座っているアキレウスの下半身にすがりついたりもします。さらに2人とも半裸ということもあって、どうみたってエロティックな雰囲気に思えます。なんだったら本作の中で一番エロいシーンはこの2人ですよ。

似たようなジャンルである剣闘士映画の代表作、“スタンリー・キューブリック”監督の『スパルタカス』(1960年)では「牡蠣とカタツムリ」の会話でクィアなセクシュアリティを示唆していたことが有名ですが、この『阿修羅王国』はサイレント映画なのでセリフを駆使できないぶん、視覚的な示唆が余計に目立ちやすいのかもしれません。

しかし、『阿修羅王国』でもパトロクロスは死んでしまいます。アキレウスがテントに籠っている間に…(慢心すぎる…)。

ちなみにこの「アキレウスのテント(Achilles in His Tent)」はトロープ(物語によくある型)にもなっていて、「チームメンバーが他のメンバーと喧嘩になり、二度と戻らないと誓ってチームを辞め、何度か戻って来てほしいと言われても断り、犠牲がでるようなチームの最大の危機になってようやく舞い戻る」というパターンのことです。

なんだかパトロクロスは、厄介カレシを持ってしまった可哀想な男に見えましたよ…。

『阿修羅王国』自体は、ワイマール時代のドイツで製作されたので、当時はつい最近まで続いた第一次世界大戦の記憶が鮮明に残っており、エンディングの戦争がもたらす絶望と疲労感が強調されていた気がします。

戦争はクィアな愛に平穏をもたらさないのはいつの時代も同じですね。

『阿修羅王国』
シネマンドレイクの個人的評価
–(未評価)
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

以上、『阿修羅王国』の感想でした。

作品ポスター・画像 (C)public domain

Helena (1924) [Japanese Review] 『阿修羅王国』考察・評価レビュー
#ドイツ映画 #サイレント映画 #マンフレッドノア #ギリシャ神話 #ゲイ同性愛 #バイプラス #クィア映画史