同性愛嫌悪も征服しようか?…「Netflix」ドキュメンタリーシリーズ『アレクサンドロス大王: 神が生まれし時』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:イギリス(2024年)
配信日:2024年にNetflixで配信
性描写 恋愛描写
あれくさんどろすだいおう かみがうまれしとき
『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』簡単紹介
『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』感想(ネタバレなし)
ホモフォビアは征服者には通用しない
「sodomite」「achillean」「uranian」「homophile」…これらの単語はかつて男性同士の同性愛を指し示す意味で使われてきたものです(それぞれで微妙にニュアンスが違いますが…)。
20世紀に「homosexual(homosexuality)」という単語が主に性科学や医学界にて普及し、「gay」という単語が当事者の権利運動で決定的な存在感を獲得し、今に至ります。
これはあくまで言葉の歴史です。「gay」という言葉が同性愛を示す意味で誕生したのは20世紀になってからですけど、当然、大昔から同性愛者は存在しました。ただ、同性愛を性的指向として認識する枠組みはなく、表現するラベルも存在しませんでした。
同性愛が当たり前に社会に存在していた時代としてよく取り上げられるのが、古代ギリシャ(古代ギリシア)です(BBC)。決して同性愛に寛容な楽園のような世界だったわけではないのですが、同性愛の営みが間違いなくあったのは歴史の痕跡から推察されています。
しかし、その歴史の事実は反LGBTQに染まっている人たちにとっては目障りでしかなく…。歴史の全否定はできずとも、あの手この手で「いや…でも…」「そうだとしても…」と食い下がってきたり、「史実の人間のことを勝手に決めつけるのはよくないし…」と謎の謙虚さをアピールしたり、「同性婚の制度は無かったから、やっぱり同性愛は有害だと当時から思っていたんだよ!」と自信満々に決めつけて断言したり、今日も今日とて自由気ままです。
今回紹介するドキュメンタリー・シリーズも、誰よりも古代ギリシャ評論家であると自負する反LGBTQの人たちに目ざとくターゲットにされてしまいました。
それが本作『アレクサンドロス大王: 神が生まれし時』です。
この2024年に「Netflix」で独占配信された『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』は、タイトルのとおり、紀元前300年代に古代ギリシャのアルゲアス朝マケドニア王国の王に在位していた「アレクサンドロス3世」(「アレクサンドロス大王」「アレクサンダー大王」「イスカンダル」とも呼ばれる)を主題にした、歴史伝記ドキュメンタリーです。
ドキュメンタリーですが、大部分は歴史再現ドラマとなっており、「ドラマ9割、解説1割」くらいの中身です。散発的ではありますが、歴史の重要な局面が映像化されていて、臨場感と共に歴史を眺めることができます。
で、本作の何が一部の人の逆鱗に触れたかというと、お察しのとおり、アレクサンドロス3世を同性愛者(もしくは両性愛者)として描いているからです。
なお、アレクサンドロス3世が同性愛的関係にあったという話は新説などではなく、歴史家の間ではだいぶ前から浸透している定説です。本作も同性愛的側面をメインで取り上げているわけでもなく、あくまで再確認くらいのサラっとして描き方となっています。
それでも同性愛は「現代の病理」もしくは「イデオロギー」だと信じている反LGBTQの人たちは本作が配信されるや否や、「woke(ポリコレ)だ!」と脊髄反射で喚き始め…(MovieWeb)。実はアレクサンドロス3世の同性愛的側面の描写に批判が起こったのは、これが初めてではなく、2004年の“オリバー・ストーン”監督の映画『アレキサンダー』でも同じ反応がありました。だから20年前と変わらない光景なんですね。
近年は『アフリカン・クイーンズ クレオパトラ』でもそうだったのですけど、歴史上の偉人をドキュメンタリーで描く際に、少しでも保守的な規範に逸れたことをすると、「やりやがったな!」と血気盛んにバッシングが飛んでくるのが恒例行事になっています。
それはさておき、『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』は、「アレクサンドロス3世って誰だっけ? よく知らないな?」という初心者が歴史に触れるきっかけにはなると思います。歴史の教科書を読むのは飽きるけど、映像なら観れるという人もいますからね。そこまで小難しい学術的な話にはならないです(逆に歴史に詳しい人には物足りない中身かなとも思います)。
『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』は全6話で、1話あたり38~44分。古代ギリシャの世界にどうぞ。
『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :勉強の映像資料に |
友人 | :歴史知識を語り合って |
恋人 | :互いの趣味が合えば |
キッズ | :歴史の興味関心に |
『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』予告動画
『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』感想/考察(ネタバレあり)
超人的な征服者ではなく…
ここから『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』のネタバレありの感想本文です。
アレクサンドロス3世は、紀元前356年に生まれ、紀元前323年に死去し、32歳の生涯でした。決して長い人生ではなく、王に君臨していたとはいえ、儚いものです。
ドキュメンタリー『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』は、そのアレクサンドロス3世の人生をたっぷり網羅したものではありません。だいたい20歳から30歳くらいまでの人生の期間に焦点をあてており、そこからさらに映し出す歴史的出来事を絞っています。
まあ、あれだけ波乱万丈のアレクサンドロス3世ですからね。本作では累計約233分(約3.8時間)のボリュームですが、本気で全部を描こうとしたら平気で50時間は超えてしまうでしょう。
本作では、まずアレクサンドロス3世がマケドニア王を継承する紀元前336年から開幕です。それ以前から出兵していて戦果をあげていましたが、そこは直接描かれません。古代ギリシャの大きな歴史の流れとしては、アテナイを中心とするデロス同盟とスパルタを中心とするペロポネソス同盟との間に「ペロポネソス戦争」が起きた紀元前431年~404年を経て、主導権がマケドニア王国に移り始めた時代です。
父であるピリッポス2世の暗殺事件は、妻のオリュンピアス(アレクサンドロス3世の母)の関与説も取り上げており、意味深な空気を映像化していました。
そして戦の日々となる東方遠征の開始。「グラニコス川の戦い」と「イッソスの戦い」を作中ではピックアップし、それ以外のエジプトまでの戦いはカットされています。そこからは「ガウガメラの戦い」くらいしかなく、アレクサンドロス3世を題材にしたドキュメンタリーとしては戦争に偏らない映し方です。
これはたぶん「アレクサンドロス3世と言えば、最も成功した軍事指揮官であり、征服者」という印象があまりに強すぎるので、あえてそこは外して違う部分を描いていこうという作り手の考えがあったのではないかなと思います。
ただひたすら「凄い人だった!」と崇めて超人的な偉人とするのではなく、その人物の内面的奥深さや葛藤に光をあて、人間関係を掘り下げる。そうした試みもまた現代の歴史家のアプローチです。
その内面性を魅せるうえで欠かせない、『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』における歴史再現ドラマで、歴史的著名人になりきっていた俳優陣もハマってました。
アレクサンドロス3世を演じた“バック・ブレイスウェイト”は主に舞台劇で活躍されている方だそうで、存在感があってぴったりでした。
また、今作でアレクサンドロス3世の好敵手として最重要に掘り下げられるダレイオス3世。そのダレイオス3世を演じた“ミド・ハマダ”(エジプト系の俳優で、「Hamada」という名はエジプトではわりと普通らしい)、こちらも魅力がありました。
王として、神として、人として
ドキュメンタリー『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』では、アレクサンドロス3世のさまざまな内面をみせてくれます。
残虐な一面もあれば、エジプトのペルシウムの前に進軍した際には、手を挙げて膝まずき「平和のためにきた」と率先して友好を訴えたり…。
王に在位した直後のマケドニア王国は勢いがあったとはいえ、圧倒的に最小国だったのに対して、古代オリエント世界を統一したペルシア帝国は広大な地を有し、軍事力も強大です。それに挑んでいく過程は、言ってみれば植民地主義的なのですが、アレクサンドロス3世がちょっと変わっているのは、その土地の文化を取り込んでいったことです。
俗にいう「ヘレニズム文化」もそうですけども、エジプトでその文化に染まり切ってファラオになり、アレクサンドリアという自身の名を冠した街まで築き上げる。こんなことしたら、もともとのマケドニア王国の人たちは「うちらの王はエジプト人に転職したの?」って思われかねないです。
ある意味でナショナリズム的な構造が薄い行動であり、それゆえにマケドニア軍部内で批判に晒されていくアレクサンドロス3世の姿も映し出されます。
以前からダレイオス3世は「成功したアレクサンドロス3世」と対比されるように治世に失敗した権力者として歴史で語られることが多かったのですが、今作ではアレクサンドロス3世の偉人的理想像を解体していることもあって、ダレイオス3世との共感性を見い出しやすくなっているような気がします。それが終盤での丁重な葬儀の行動に納得感を与えていました。
また、もうひとつ印象的だったのが、アレクサンドロス3世の「神」というアイデンティティへの戸惑いと受容です。
当時の古代ギリシャ世界では、神話と現実の境目が曖昧で、「この人はあの神の子孫で…」という話題がまことしやかに語られるのがわりと普通だったようで…。
そんな中、アレクサンドロス3世はギリシャ神話の全知全能の神「ゼウス」の息子として母から告げられます(作中では母は父に嫌悪感があったようでその複雑な家庭事情も絡まる)。加えて、エジプトでは古代エジプト神話の太陽神「アメン」の子とする神託まで授かり、ちょっと「神」の設定が渋滞してきます。
デミゴッドとして自分はいかように振舞うべきか、それをどう己の力とするか。このアイデンティティの葛藤は、当時のギリシャらしいパーソナルなストーリーなのかもしれません。
こんな感じで完全無欠とされてきたアレクサンドロス3世の存在が、より複雑に解きほぐされていき、むしろ現代的に通用する魅力が増したのではないでしょうか。
アレクサンドロス3世と同性愛
では、あとはせっかくなので同性愛の側面ももうちょっと書いていきましょうか。
ただ、ドキュメンタリー『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』での描写は、そんなに多くはないです。冒頭で、恋人のひとりとされるヘファイスティオンと半裸で水辺でイチャイチャして愛おしそうにキスし、その風景をクラウディオス・プトレマイオス(トレミー;Ptolemy)がまた温かく見つめるという、なんとも平和なシーンが映されます。この数分が本作の最大瞬間風速のゲイです。
たぶん反LGBTQの人たちはこの超序盤でゲイ描写があるものだから反応しやすかったんだろうな…(残りのシーンは見てないんじゃないか)。
この平穏な3人の男たちの日常が永遠に続いてくれれば嬉しかったのですが、そうはいかず…。愛だけに落ち着けないアレクサンドロス3世の苦悩が、ヘファイスティオンとの関係もギクシャクさせていきます。本作は性的指向ありきを見どころにするドラマではありません。
ちなみに、本作ではアレクサンドロス3世はスタテイラとも性的関係を結んでいきますが(ダレイオス3世の母が「スタテイラ1世」で、娘が「スタテイラ2世」なので、少しややこしいです。スタテイラ2世はその名前には諸説あって実際はもっと実態が掴めていないのですが…)、現状の歴史的資料から推察できるアレクサンドロス3世のセクシュアリティは本当に曖昧です。ただでさえ、歴史家ですら先入観を持ってセクシュアリティを分析することがこれまでは多かったですし…。
1世紀のローマの歴史家クィントゥス・クルティウス・ルフスは「彼は官能的な快楽を避けていたので、母親は彼が子孫を残せなくなるのではないかと心配していた」と記しているほどで、記録によると、母親は娼婦を連れてきて息子と寝るよう懇願したという話まであります(PinkNews)。そんな佇まいを知ると、無性愛者っぽくもあります。
アレクサンドロス3世は、ゲイか、バイセクシュアルか、アセクシュアルか…それは断言できませんが、少なくとも「異性愛者に違いないよ」とヘテロノーマティビティな規範を押し付ける理由もないでしょう。
ドキュメンタリー『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』がホモフォビアなバッシングに晒される理由は、やはりアレクサンドロス3世だからというのもあると思います。社会はこういう偉人を「規範を教化する手本」として崇めたくなるものです。
こんな歴史があるにもかかわらず、現代のギリシャはLGBTQの平等な権利の整備は遅れていたのですが、2024年2月にやっと同性結婚が法制化されました。これだけ遅れた理由は、ギリシャの反LGBTQの中心を成す「ギリシャ正教会」の存在があるからで、同性結婚の法整備時も、正教会が先頭に立って激しい抵抗を展開し、アテネで抗議集会を開いていました(BBC)。
正教会の力はなおも強大なので、このドキュメンタリーが同性愛描写ゆえにギリシャ国内で批判されるのも想定されるとおりです。
もしアレクサンドロス3世がこんな排他的な宗教に牛耳られているギリシャを見たら、何て思うのでしょうかね…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience 40%
IMDb
5.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix アレクサンダー ザ・メイキング・オブ・ア・ゴッド
以上、『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』の感想でした。
Alexander: The Making of a God (2024) [Japanese Review] 『アレクサンドロス大王 神が生まれし時』考察・評価レビュー