このウェブサイト「シネマンドレイク(Cinemandrake)」は、開設から10年が経ち、おかげさまで「10周年」を迎えました。
そこでこれまでの記憶を振り返りながら、この10年間を振り返ってみようと思います。
10年の歩み
ウェブサイト「シネマンドレイク」は、2016年4月に開設され、「私」が自分で観た映画の感想をただ書き連ねる場所として始まりました。サイト名の「シネマンドレイク」は「シネマ」と「マンドレイク」を組み合わせた造語であり、その理由は、「マンドレイク」については私の好きな映画『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』に登場するキャラクターに由来し、また「マンドレイク」は“性”に関連して語られることの多い植物であり、私はアセクシュアルなので「性的快楽よりも映画が好き」というニュアンスを込めて「シネマンドレイク」としていました(ただ、サイトを始めた当初はアセクシュアルだとカミングアウトしていませんでしたが)。
映画の個人的な感想を書くなら、既存の大手の映画データベース系のレビューサイトやSNSでも良かったわけですが、なんとなく自分でウェブサイトを運営する経験をしてみたかったので、このかたちとなりました。
正直、何の計画性もなく始めており、かなりいい加減なスタートでした。始めた動機もあくまで自己満足であり、何よりも自分の記録を残すためでした。
ただ、今だから言えますが、その当初の時期は、私はかなり精神的に滅入っている時期で、自身の悩みを誰にも相談できず、独りで抱え込んでいました(あまりネガティブなことは書きたくないけど、あの時期は希死念慮がピークだった…)。その具体的な話はできずとも、映画の感想というかたちで全然違うことを外に曝け出す場を持つことは、今思うと一種のセルフケアのようになっていたのかもしれません。
この「シネマンドレイク」は映画の個人的な感想を書くという意味では、ブログ形式だったのですけど、どの映画館で観たかなどそういうプライベートなことは書かないように昔からしていました。先ほども触れたようにかなり精神的にツラかった時期なので、プライベートを明かすことにことさら拒絶反応が生じていました。
サイトを開設した2016年は日本の映画界は『君の名は。』や『シン・ゴジラ』の大ヒットの年であり、新しい映画の時代を象徴していたと今になると評せるかもしれません。ちょうどそんなタイミングでサイトを始められたのは幸運でしたね。また、動画配信サービスの勢力が本格的に映画スタジオ大手に匹敵し始めた時期でもあり、世界的には激変期でもありました。
一方の私と言えば、ほぼ惰性でやっていたサイトだったので、続ける意義も何もなく、2019年頃は「もうウェブサイトをやめようか」と内心では思っていました。「プライベートな事柄は極力は書かない」という前提でやっていましたが、そうするとどうしても「言及したいことがあるのに書けない」という制約になってしまうところも気になり始め、ちょっと自分のサイトが窮屈に感じていました。
しかし、2020年。コロナ禍です。世界はもちろん日本でも映画館での映画上映が続々と延期され、映画館自体が一時休館となる、前代未聞の異常事態が起きました(どれくらいの映画が延期されたかの経過は以下のページでもグラフでまとめています)。
この状況…じゅうぶんに「ウェブサイトをやめる」理由の決定打になるものですけど、私はこれでむしろモチベーションに火がつきました。とことんやってやろう、と。たぶん私はポストアポカリプスだと余計に生き抜こうと頑張りだすタイプの人間なのかな…。
そこでまずやったのが、これまで劇映画だけでなく、ドキュメンタリーなどにも手をつけ、2019年にはドラマシリーズの感想も書いていたのですが、2020年にはアニメシリーズの感想も書くことにしました。
そして2020年7月には、自分がアセクシュアル/アロマンティック/ノンバイナリーであることを公表したうえで、セクシュアル・マイノリティの視点でも積極的に感想を書いてみることにしました。
アニメシリーズで一番最初に感想を書くことに選んだ作品は、海外アニメだと『ボージャック・ホースマン』で(それよりも前にいくつかの作品の記事を公開していますが、最初に書き始めたのは『ボージャック・ホースマン』でした)、日本アニメだと『やがて君になる』でした。我ながら自分らしい初手のチョイスですね。
こうしてこの「シネマンドレイク」で自分が何をしたいのか…を、2020年により明確に打ち出すことができるようになりました。そういう意味ではコロナ禍は私に変化のきっかけを与えてくれる出来事でした。
その2020年から準備始めたウェブサイトの完全リニューアルを2021年3月に決行。こうして私はこの「シネマンドレイク」をもっと私らしく染め上げ始めます。この2021年には「AセクAロマ部」というアセクシュアル・アロマンティックに関する情報を提供するウェブサイトも新たに始めており、活動の土台を住み分けるようにもなりました。
以降、マイペースながら感想を主体にウェブサイトの運営を安定して継続してきました。途中、かなり健康面で人生最大の不調を経験するなど、いろいろあったのですけど、無理しないことを意識して、今に至ります。
時事ネタ(社会問題関連の話題)もあえて取り入れて感想にしており、そうすることで独自性をだしつつ、「この映画が公開されたとき、世の中ではこんな出来事もあったな」と振り返られるようにもしています。あの時期に観たからこそ書ける記事になれるように…。
2026年9月時点で、感想を書いた作品の記事数は2600を超えます。PV数は集計しないことにしているのでわかりません。
近年は感想だけでなく、特定のテーマに特化した特集的な記事も書いていますが、基本は感想を補足するために執筆しているつもりです。
あれから10年後の2026年。映画を取り巻く環境は大きく変わりました。AIの主流化によって、映画作りだけでなく、「映画の感想を書く」という文化も岐路に立たされていると思います。
AIで架空のライターを作り上げ、AIでレビューを書くことも容易くできます。SNSでバズっている空気を作るために、AIで映画の好印象な評判投稿を濫造もできるでしょう。そう考えると、もう「感想」なんてものの信用度は地に落ちているとも言えます。
そんな時代に、わざわざ人の手でバカ正直に映画の感想をダラダラ書く意味はあるのか?
私は「意味はある」と確信しています。なぜなら「面白いから」です。
映画の感想を書くって面白いことなんですよ。下手糞な文章でもいい。難しい言葉や理論を知らなくてもいい。自分で思ったことを文章にするのは楽しい作業です。10年やっても飽きません。これをAIに代わりにやらせるなんてもったいない。こんなにワクワクするのに…。
この「楽しさ」こそ、どんなにテクノロジーが生まれようとも不変の快楽です。
もちろん大変なこともあります。書く時間を見つけること(慣れたせいか昔よりも書くスピードが上がったけど)。健康と両立させること。物価高でウェブサイトの運営にかかるおカネの負担圧迫もキツイです(食費も光熱費も切り詰めてますよ)。嫌がらせや誹謗中傷だってくることもあります(殺害予告だってきましたよ)。
それでも「感想を書く意味はある」とそう心に思っています。
私はインフルエンサーとかになりたいわけではないです。明晰な批評家になれているとも思えないです。エゴサーチとかも全くしないし、コミュニケーション自体が苦手なので、他人と関わるのは不得意です。自分のコミュニティなんて作れるわけもないし、人前にもでません。自虐的に言うなら、日本で最も「ぼっち」な感想サイトのひとつなのかもしれない…。
でもこの「シネマンドレイク」を誰かが読んで、「感想を書くのって楽しそうだな」「こんなことを感想で書いていいんだ」と思ってくれると嬉しいですね。昔の私みたいに、人生最悪のときにこそ「感想を書く」ということに没頭するのもいいかもしれませんよ。
最後に…
「シネマンドレイク」を読んでくれた“人間”の皆さん、ありがとうございます。あなたの貴重な時間をこの「シネマンドレイク」を見る/読むのに使ってくれたことに感謝です。



