でもその素顔は…映画『顔 かお』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2025年)
日本公開日:2026年8月28日
監督:ヨン・サンホ
性暴力描写 DV-家庭内暴力-描写
かお

『顔 かお』物語 簡単紹介
『顔 かお』感想(ネタバレなし)
ヨン・サンホの原点回帰
今や世界で最も引っ張りだこな韓国のエンターテインメント・クリエイターとなった“ヨン・サンホ”。ここ最近は本当に忙しそうで、「休んでいる暇、あるのかな?」と心配になるほどです。
近年はドラマシリーズで活発で、2021年からの『地獄が呼んでいる』、2024年の『寄生獣 ザ・グレイ』、2025年の『ガス人間』と、韓日の架け橋にもなりながら続々提供。


そしてドラマシリーズに専念しているだけでなく、映画の監督業もしっかりやってるから驚きです。2025年は2作も監督作の映画がありました。
そのうちのひとつは『啓示』だったのですが、もう一本が日本では2026年に劇場公開され、これがなかなか“ヨン・サンホ”の原点に立ち返るような映画でもありました。
それが本作『顔 かお』。
シンプルなタイトルですが、これしかないほどにぴったりな題名ですね。英題は「The Ugly」で「醜い」という意味ですが、これもこれで良しか…。
“ヨン・サンホ”監督と言えば、『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)の成功があったので、以降も『サイコキネシス 念力』(2018年)、『新感染半島 ファイナル・ステージ』(2020年)、『JUNG_E ジョンイ』(2023年)と、わりとVFX全開な作風が印象的でしたが、本作『顔 かお』はガラっと変わっています。
今作は小規模製作で、ミニマムな人間ドラマになっており、VFXも目立ちません。そして何よりもホラーやSFですらなく、ミステリー・サスペンスになっています。ゾンビも呪いもでてきません。
何でも“ヨン・サンホ”監督自身も、近頃の大作主導のキャリアから少し距離をとりたかったそうですが…。
結果、この『顔 かお』は、“ヨン・サンホ”監督の初期作であるあのアニメーション映画『豚の王』や『フェイク〜我は神なり』のような、人間の中のどす黒い闇を覗き込む…そういう胸糞悪い陰鬱な物語になっています。あらためて「ヨン・サンホは、CGI頼りではなく、こういう直視したくないような闇深い人間性を描くことに持ち味が最大限に発揮されるなぁ」と実感できました。私は久々に好きな“ヨン・サンホ”監督作になりましたね。
ネタバレ注意なオチなので、あまりこれ以上は詮索せず、さっさと鑑賞することをオススメします。
『顔 かお』で主演するのは、『HUMINT ヒューミント』の“パク・ジョンミン”で、共演には、『ボゴタ 彷徨いの地』の“クォン・ヘヒョ”、『啓示』の“シン・ヒョンビン”、『ブロークン 復讐者の夜』の“イム・ソンジェ”、同じく『啓示』の“ハン・ジヒョン”など。
後半の感想ではオチも含めたネタバレありで語っています。
『顔 かお』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 直接的ではない性暴力を示唆する描写があります。また、職場でのイジメや家庭内暴力を描いています。 |
| キッズ | 生々しい殺人の描写があります。 |
『顔 かお』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
著名な篆刻家のイム・ヨンギュは取材班の前でいつものように印材に文字を彫っていきます。生まれつき目が見えず、しかし、手元を視認できずとも、わずかな指先の感触と長年の経験によって、まるで全てを理解しているかのように正確な印章の文字を彫ってみせていました。その印鑑制作の技はまさに奇跡で、たいていの人は圧倒されます。
ドキュメンタリー番組のテレビ・プロデューサーである若い女性のキム・スジンはイム・ヨンギュに熱心に質問しています。
イム・ヨンギュの息子のドンファンはその傍に立ってその取材を見守っています。誰もが敬う父を支えるのが仕事でした。広報も担っています。もちろん生活の身の回りの世話もしています。
イム・ヨンギュの妻で、ドンファンの母である女性は、ドンファンが赤ん坊の頃に家族を捨てたと聞かされています。40年も前の話です。ドンファンにはずっと父しかいません。
そのとき、電話がかかってきます。チョン・ヨンヒという女性についてで、警察からでした。それが母親の名だと今まさに知りました。
どうやらヨンヒの完全に白骨化した遺体が建設現場で発見されたと説明されます。しかも、40年は経過しているのではないかと分析されているそうです。自然死とは考えられず、そもそもなぜ埋まっていたのかも不明です。殺害された可能性もあります。ドンファンには驚きの知らせでした。
父と簡単な葬式を済まします。遺影は白紙で写真もありません。
その場で父にどうして母が行方不明だと言ったのかと質問しますが、詳細はわからないままです。
突然の事態にあのプロデューサーのスジンも喪服で訪ねてきます。一方で、母ヨンヒの親戚も今さらになって現れますが、妙に刺々しい言葉を聞かされます。ドンファンは母について何も知りませんが、周囲からは嫌われていたのでしょうか。
プロデューサーのスジンから母親についてもっと調べてみるべきではないかと促されますが、ドンファンはどうも積極的にはなれません。でも知りたい気持ちもないわけではありません。
とりあえずスジンの取材に身元を偽って同行し、生前のヨンヒを知る人たちに話を伺います。最初に対面したのは、ヨンヒが働いていた清渓川の縫製工場の労働者の人たち。状況を知らない彼らは、ヨンヒについて思い出すように口を開くと、今なお嘲笑混じりでその女性の醜態に言及します。とくに「顔が醜かった」とも…。
その態度に不快感を感じるも表にでないように抑えるドンファンでしたが…。

ここから『顔 かお』のネタバレありの感想本文です。
偏見は能力に起因するのか?という問い
『顔 かお』は、基本的にミステリー仕立てで進行し、中心にあるのは「ヨンヒはなぜ死んだのか?」という謎です。
この謎にヨンヒが母である主人公のドンファンと、ヨンヒの夫のイム・ヨンギュを取材していたプロデューサーのキム・スジンが向き合っていくのですが、物語の構成としては、いわゆる『羅生門』スタイルとなっています。いろいろな関係者に話を聞いて回るも、どうもそれぞれの言い分が食い違い、ヨンヒの実像が見えてこない…。真相がどこにあるのか、探れば探るほどわからなくなっていきます。
ただ、本作は謎を放り投げることはなく、一応は最後に「こうだったのだ」という種明かしはしますが、そのオチはジャンル的な定型を覆し、観客の俗悪な期待をあえて裏切るものです。
肝心なのはヨンヒの顔が「醜い」とされていることですが、作中の回想ではその顔が映りません。ラストの写真でようやく観客に提示されます。あれだけもったいぶった演出をしていれば、大方の観客はヨンヒの顔に激しい傷跡や火傷でもあるか、または何かしらの疾患などで通常とは異なる顔立ちなのかと想像してしまいます。
そして、この物語はルッキズムを描いているのかと想定してしまうのも無理ありません。“ヨン・サンホ”監督はドラマ『ガス人間』でも顔の痕ゆえに世間から距離をとる女性を描いていましたが…(私はあの作品はそのサブテーマに関しては甘い作りだなと思いましたけど)。
ところが最後のオチが明らかになることで、その想定は成り立たなくなります。じゃあ、何だったのか?…ということです。
私はこの『顔 かお』は、まず障害者のステレオタイプを遠慮なく打ち砕くところが潔いなと思いました。障害者というのは往々にして「偏見なき無垢なる存在」として描かれることがあります。例えば、視覚障害者は目が見えないので他者を外見で判断せず、それゆえに外見で差別をしない者として描かれる…これは定番で、『フランケンシュタイン』などでもその役割が観察できます。
その視点は一理あるのかもですけど、でも同時にその考えかたは危うさもあって、なぜなら偏見というものを極めて能力ありきで捉えているからです。人が偏見を抱くかどうかは視力とかの能力の問題と安直に片づけていいのか?…ということですね。
『顔 かお』は、視覚障害者であるヨンギュをとおしてその幻想を打ち砕きます。ヨンギュは当初は自分に優しくしてくれたヨンヒに親しみを感じ、周りに薦められるがままに結婚したのですが、「美人」という評判は自分を揶揄っているだけだと目が見えずとも気づきます。
そこで「私の妻は周りがどう言おうと素晴らしい人だ」と擁護できれば良かったのですけど、ヨンギュにそんな寛容さはなく、その自覚が劣等感を芽生えさせます。そのうえ、労働者の男たちの仲間に加わりたいという、歪んだホモ・ソーシャルな願望も捨てきれない…。
その結果、妻のヨンヒに敵意が向けられ、内心では殺意さえ生じてしまう。
これは、男の劣等感は「女が悪い」に帰結しやすい…という、非常によくあるトキシック・マスキュリニティの描写だと思います。
結局、能力が何であれ、男性がある種の空間で関係性の力学に作用されると、女性嫌悪が発生する。現実でもそうですよね。学歴が高かろうが低かろうが、どんな職にあろうが、ミソジニーをこじらせる男は存在します。
もちろん、ヨンギュだって可哀想な立場にはあります。作中での障害者を劣等として見下すあの空気は最悪なものでした。けれども、そうやって踏みにじられた弱者が、自分よりさらに弱者に恨みをぶつけることでしか、その感情を吐き出せない。そういう悲しい負の連鎖が本作には描かれていました。
“ヨン・サンホ”監督は『JUNG_E ジョンイ』でも、フェミニズムな視点で、男性に蹂躙される女性の苦悩を描いていたと思いますが、もともと人間の内面の闇を分析するのが上手いこともあって、社会構造における女性嫌悪のメカニズムをナラティブに映すのが巧みになってきている感じがします。
なぜヨンヒは醜いと思われたのか
『顔 かお』においてヨンヒはなぜあんなにも嫌われ、「醜い」という扱いになっていたのか。その理由を想像することが、まさに社会構造における女性嫌悪のメカニズムを浮き彫りにさせてくれます。
ヨンヒの外見は、まあ、絶世の美女ではないにせよ、平凡な顔であり、とくに語ることもなかったはず。「糞鬼」というニックネームも例のエピソードがあるからこそつけられた蔑称のひとつにすぎないのでしょう。
作中でわかるのは、ヨンヒには正義感があったことです。工場オーナーに性暴力された女性従業員に寄り添い、その解決を訴える行動力がありました。しかし、その正義感こそがヨンヒを孤立させ、周囲からの敵意を招くことに…。職場内女性差別に抗おうにも独りではどうにもならないという光景は現代でも同じですね。
これは“ヨン・サンホ”監督流の「フェミニストがネット上で激しいバッシングを受け、見た目も知らないくせに“醜い女”だと散々に誹謗中傷される」という現実を、寓話的に表現したものなのかもしれません。
物語が巧妙なのは、野心的な若手女性プロデューサーのスジンが現代パートで絡んでくるところです。最初はスジンはあからさまにスクープのチャンスのためにこの事件に関心があり、やや「嫌な女」に見えるように演出されていたと思います。
ただ、これも“ヨン・サンホ”監督の意地悪な仕掛けでしょう。作中のスジンに対する印象はあくまでドンファン視点でしかありません。違う側面で見れば、女性に不利な企業慣習の中で懸命に頑張っているとも言えますし、隠し撮りだって若い女性が単独取材するうえでの護身手段かもしれません。何よりもスジンは40年前のヨンヒに「抑圧される女性」として重なるものを感じたのでは…。
しかし、ドンファンはスジンを「嫌な女」と先入観を持ってしまった時点で、やはり父と同じ過ちをしている…(そして観客のあなたもそうではないですか?という問いかけ)。実際、ドンファンは正義を貫くことができずに(やったのは「自分の家族の評判が落ちるのは嫌だ」という父と同様の感情的な保身だった)、あのラストの判断をしてしまっていましたからね。そこでスジンとの立場の違いが明白になります。
女を嫌う理由なら無自覚でもいくらでも見つけてしまえる…それこそが女性嫌悪の正体。私たちは視えているようで見えていないし、視えていないようで見えている…。
映画『顔 かお』は、偏見に染まった私たちの顔を痛烈に暴く作品なのでした。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『顔 かお』の感想でした。
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The Ugly (2025) [Japanese Review] 『顔 かお』考察・評価レビュー
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