デモで国を変えることはできるのか…ドキュメンタリー映画『ジョシュア:大国に抗った少年』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2017年)
日本では劇場未公開:2017年にNetflixで配信
監督:ジョー・ピスカテラ
じょしゅあたいこくにあらがったしょうねん
『ジョシュア:大国に抗った少年』簡単紹介
『ジョシュア:大国に抗った少年』感想(ネタバレなし)
有名にして消えた名前
自分の名前をネットで検索したことはあるでしょうか。エゴサーチというやつです。自身の記述はないかもしれないですが、何も表示されないという人は普通いないでしょう。
しかし、世の中にはネットで名前を検索しても何も表示されない人がいます。
例えば“ジョシュア・ウォン”。彼の名前は中国のインターネット環境では検索することはできません。これは察しのとおり「検閲」されているからです。
では、一体この“ジョシュア・ウォン”という人物は何をしたのか。それを知りたければ本作『ジョシュア:大国に抗った少年』というドキュメンタリーを観るべきでしょう。本作はサンダンス映画祭にも出品された作品です。
10代にして、雑誌「TIME」の表紙を飾り、雑誌「Fortune」がまとめた「2015年の世界の偉大なリーダー50人」に選ばれている“ジョシュア・ウォン”。彼が先導した香港民主化運動(通称「雨傘革命」)の軌跡が、始まりから終わりまで描かれています。この一連の活動は世界中で報道されましたし、日本でも後に「SEALDs」など学生中心のデモ活動にも影響を与えました。
各地で何らかのデモが毎回のように行われている現代。デモに携わる者は観ておいて損はない一作だと思います。
『ジョシュア:大国に抗った少年』予告動画
『ジョシュア:大国に抗った少年』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):まだ10代だけど
2014年9月26日。香港の政府庁舎前は熱気に満ちていました。何かスポーツ観戦が行われていたわけではありません。人気芸能人が参加するイベントが開催されていたわけでもありません。そこに集まった人たち、そのほとんどは若者ですが、彼ら彼女らが集まった目的はひとつ。「未来は我々のもの」と声をあげ、拳をあげます。
そして大衆の前に立ったのはひとりの若者。ごく普通に見える若い青年。
学民思潮の代表であるジョシュア・ウォン。彼こそがこの熱狂の中心であり、先導者でした。
香港の政治の危機的な状況を1500人に叫びます。団結しよう、と。
「シビック・スクエアを占拠しよう!」
その掛け声とともになだれこむ群衆。その瞬間、そこにいた人たちは誰もが大革命が起きると信じて疑いませんでした。歴史が作られる。そのはずだ、と。
中国政府に挑んだティーンエイジャーとしてメディアは盛んに取り上げます。天安門事件の再来、17歳の反撃…センセーショナルな言葉が並びます。一体何が起きているのか。
始まりは2012年。ジョシュアは14歳でした。普通の学生です。家では親の作ったご飯を食べ、登校して教室で授業で学ぶ。特別なことはなく、平凡な日常を送っていました。
しかし、ある日、学生団体を組織し、既存の教育の改善を訴え始めます。彼は現状をこう語ります。
「香港の親たちは子どもは勉強だけしていればいいと言います。でもなぜ社会にとって何が価値あるのかを子どもが考えてはいけないのでしょうか」
中国は香港の学校現場に国民教育を導入しました。それはつまり愛国心…国家に尽くすことを前提とした教育です。科学を学ぶとか、歴史を学ぶとか、そういう専門的な話ではありません。すべてにおいて国に応えることが善良であり、優秀な子どもの基礎になる。そういう考えを押し付けていくものです。
その背景には香港という中国とは異なる歴史を歩み、西洋の民主主義が根付いている地域への警戒感がありました。このまま香港を自由にさせるつもりはなく、いずれは中国の思想どおりに取り込もうとしているのは明白です。その手始めに子どもたちから染め上げていく。それは常套手段です。
しかし、香港の若者たちは従順ではありませんでした。これに香港の若者たちは敏感に反応し、洗脳教育として反発しました。
最初はほんの小さなグループの集まりでした。それでも政府の中枢にいる長官に初めて会うことができます。けれども、真剣に聞いてはくれませんでした。迷惑なガキ程度にしか思っていないのはあからさま。
最初は多くの海外ジャーナリストもあんな学生団体が何かを成し遂げられるとは思いませんでした。中国が一晩で政策を撤回するなんてありえない、甘すぎる、と。
その冷たい反応をよそにジョシュアのグループは拡大し、参加する学生の数は徐々に増え始めます。ジョシュア自身もベテランのような振る舞いで、大人たちも感心するようになります。
デレク・ラム(キャプテン・アメリカのTシャツを着ている)、アグネス・チョウなど優秀で頼もしい仲間もいます。
そんな若者たちを警察はいつも職務質問をしてきます。「変な行動をしないように」「君たちを守りたいから見張っているんだ」…表向きは献身的な保護者ですが、魂胆は子どもでもわかります。
そしてジョシュアたちは政府庁舎前の広場を占拠し、国民教育導入を防ぐ抗議に打って出ます。
それは世界的なニュースになる大きな事件の序章となり…。
香港のデモは何が違う?
『ジョシュア:大国に抗った少年』で主題となっている香港での一連のデモ。デモなら日本でも実施されているし、世界の先進国でもあちこちで発起していますが、この香港での一連のデモはそれら数多のデモとは決定的に違う点があります。それはやはり香港の歴史に触れずには説明できないでしょう。
香港…正式名称「中華人民共和国香港特別行政区」は、東京都の半分くらいの面積で、空港もあればディズニーランドもある、非常に栄えた人口密集地域です。そんな近代的外見の裏には一口では語れない複雑な歴史があります。
1840年、清とイギリスとの間に起きたアヘン戦争により、香港はイギリス領土に。それから100年後の1941年には太平洋戦争により、今度は日本が占領。それは長く続くことはなく、1945年にイギリスの植民地に復帰。そして、1997年にイギリスから中華人民共和国への返還がなされました。
これでめでたしめでたし…とはならないのが香港の複雑さ。イギリス領時代に築き上げたのは民主主義でしたが、当の中国は社会主義。当然相容れず、結果として「一国ニ制度」により特別な自治権が認められます。
ところが、その自治によって守られている民主主義が脅かされる事態が起こり…というのが劇中でも説明されていたデモの始まりでした。
つまり「民主主義vs社会主義」という非常にわかりやすく歴史的にも根深い対立構造がある。日本の学生デモだと現政権への反対という即席的な目的がメインですが、それとは大きく異なります。そして、先導者も年齢の若さにばかり着眼点がいきがちですが、香港で生まれ育った香港人という新世代性がデモの原動力になっているというのも歴史を感じさせます。若者だからこそのムーブメントなんだ…いや、そんな単純な話ではないんですね。
本作を観ると、表面から読み取れない、歴史の流れとして起こるべくして起こった香港のデモの必然性が浮き上がります。
青春を棒に振った、でも後悔はしていない
本作は、デモを描くドキュメンタリーといっても、デモを全肯定するような安直なデモ推進映画にはなっていないのは、バランスがとれている点でしょう。
「大革命を信じて疑いませんでした。歴史を作るのだと」そんな希望に満ちた言葉で始まるデモも、結末は目的を果たせず。市民には失望と落胆が、政府長官には勝利とキャリアが…という苦い終わり方です。
また、デモというものの具体的なリスクも示されていて興味深いところ。警察との衝突によって催涙弾などでデモ参加者に危機が迫る事態になったときにデモ主催者が追う責任、デモの長期化による地域経済への影響、デモ参加者の健康問題、逮捕への不安…。中国の場合、天安門事件という凄惨な悲劇の歴史があるので、重みが余計に違うのですね。「デモ=カッコいい」と安易に考えている人がもしいたら、ぜひ知ってほしい負の側面です。
それでも“ジョシュア・ウォン”が素晴らしいのは、ちゃんと反省していることだと思います。「“雨傘革命”からデモだけでは変えられないことを学んだ」という彼は、デモ団体「学民思潮」を解散し、新党「デモシスト」を結成。選挙で勝ってみせると意気込む香港の若者たちの活動はまだまだ続きます。きっとこれからも数多のドラマが待ち受けているのは間違いないでしょう。
ちなみに、“ジョシュア・ウォン”の近況としては、2016年5月にはマレーシアで、10月にはタイで拘束されています。現地当局は理由を明らかにしていませんが、自国での民主化運動への刺激を警戒していることや、そもそもマレーシアもタイも中国と親密であることが裏にあると指摘されています。
いつの時代も民主化は簡単ではないです…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 93% Audience 91%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
以上、『ジョシュア:大国に抗った少年』の感想でした。
Joshua: Teenager vs. Superpower (2017) [Japanese Review] 『ジョシュア:大国に抗った少年』考察・評価レビュー