アメリカの歴史を振り返る…ドキュメンタリー映画『The Freedom to Marry』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2016年)
日本では劇場未公開
監督:エディ・ローゼンスタイン
LGBTQ差別描写
ざふりーだむとぅまりー
『The Freedom to Marry』簡単紹介
『The Freedom to Marry』感想(ネタバレなし)
アメリカはいかにして同性婚を実現したか
男性同士もしくは女性同士…そうした同性での近代的な結婚は長らく差別によって法的に認められてきませんでした。
同性結婚が各国で法制化され始めたのは2000年代からで、最初は2001年のオランダ。続いて、ベルギー(2003年)、スペイン(2005年)、カナダ(2005年)、南アフリカ(2006年)、ノルウェー(2009年)、スウェーデン(2009年)、ポルトガル(2010年)、アイスランド(2010年)、アルゼンチン(2010年)…と増えていきました(州や部族レベルで先んじていたところもある)。
つい最近だと、2024年にエストニアとギリシャ、2025年にリヒテンシュタインとタイが新たに加わり、2025年6月時点で約40か国で同性結婚が法制化されています(Pew Research Center)。
その中でも、アメリカ合衆国は、案外と後発の国であり、全国レベルでの同性結婚の法制化は2015年になってからでした。
アメリカはどのような経緯で同性結婚の法制化を実現したのでしょうか。
今回紹介するドキュメンタリーはその一部始終を垣間見ることができる作品です。
それが本作『The Freedom to Marry』。
1970年代から2015年のあの判決に至るまでの、アメリカにおける同性結婚の法制化の道のりをまとめたドキュメンタリーですが、ただし、その歴史を一本の作品に収めるのは到底無理な話です。すっごく歴史が奥深いですから。
本作は、アメリカにおける同性結婚の法制化に大きく貢献した立役者とされる「エヴァン・ウォルフソン」という人物、そしてその人物が中心になって設立した「Freedom to Marry」という団体を軸に、この結婚の平等の歴史を振り返ることに焦点を絞っています。
この「Freedom to Marry」の活動スタイルは、現在進行形で日本における同性結婚の法制化のために活動している団体「Marriage For All Japan – 結婚の自由をすべての人に」も強く影響を受けていると思われます。2025年6月時点で日本では同性結婚は法制化されていませんが、この団体が率先する訴訟によって、今や各地の高裁判決(札幌、東京1次、福岡、名古屋、大阪)で違憲判決がでており、実現は待ったなしです。
日本はアメリカにおける同性結婚の法制化の歴史と似たような道のりを辿っているので、このドキュメンタリー『The Freedom to Marry』も親近感が湧くでしょう。同性結婚を求める当事者の想いは何よりも共通していますが、その否定的な反応も既視感があったりして、いろいろ映し出される光景に思うところの多いドキュメンタリーですね。アメリカの30年前の光景が「あれ、今の日本に似ている…」と感じたりとか…。
注意点として『The Freedom to Marry』は2016年に製作されたドキュメンタリーなので、あくまでその時点までの情報しか盛り込めていないことです。それ以降のアメリカの同性結婚をめぐる社会状況については、後半の感想で少し補足しています。
『The Freedom to Marry』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 同性愛への差別的な言動の描写がいくつかあります。 |
キッズ | 社会勉強の教材になります。 |
『The Freedom to Marry』本編動画
『The Freedom to Marry』感想/考察(ネタバレあり)

闘う覚悟と勢いを作る
ドキュメンタリー『The Freedom to Marry』は1970年代のアメリカの同性愛をめぐる世相から映ります。当時は俗にいう「ストーンウォールの抗議」に端を発して「ゲイ・プライド」という言葉とともに当事者による権利運動が本格化し始めた時代です。
とは言え、同性愛に対する世間の認識は極めて一面的で偏見に満ちていました。
同性愛は不道徳で危険なもの…。あいつらは一時の性的倒錯な快楽にしか興味がない…。ましてやそんな連中が真っ当に同性同士で結婚なんてできるわけもない…。男女の結婚と対等に肩を並べるなんて冗談も大概にしろ…。そんな認識です。
実は1970年代から各個人で同性関係の法的承認を求める訴訟が起こされていたりしたのですけど、「ホモ同士の結婚なんてありえない」と法廷でも笑い者にされる始末。
まさに大袈裟でも何でもなく同性結婚の法制化は「夢のまた夢」でした。目標にするような次元ですらなかったことが本作ではよくわかります。
しかし、同性結婚の法制化を真面目に社会目標として考えようとしていた人物がいました。その人こそ“エヴァン・ウォルフソン”です。
この自身もゲイであるユダヤ系アメリカ人は1983年にハーバード大学ロースクールで「Samesex Marriage and Morality: The Human Rights Vision of the Constitution」という題名の同性婚を扱った先見の明のある論文を発表。
当時はまだこの論文が世の中で注目されるようなこともありませんでしたが、“エヴァン・ウォルフソン”で地方検事補で働いた後、性的マイノリティの権利運動団体「Lambda Legal」で精を出す中、ある転機となる出来事が起きます。
それは1993年に、3組の同性カップルがハワイ州における同性婚の禁止は州憲法に違反していると主張した訴訟「Baehr v. Miike」でした。結局、1996年に一時は「同性カップルの結婚を否定できない」との見解を判事は示しましたが、1998年に州憲法修正案が承認されて1996年の判決も破棄され、一瞬の夢で終わってしまいました。
しかし、この裁判に“エヴァン・ウォルフソン”も関与し、そこでたぶん法的な論点がクリアに整理されたんでしょうね。「これはもっとやれば法制化も夢じゃないのでは?」と手ごたえを掴んだのでしょう。
このハワイの裁判では、同性結婚を承認したくない州政府は根拠として、以下のような主張を並べました。
- 子どもの健康と福祉のため
- 生殖の促進のため
- 他の地域と整合性が取れないため
- 新たな結婚の承認が行政業務を圧迫するため
これらの、まあ、元も子もない言い方をすれば「同性結婚を認めるべきでない理由」は、今も日本で聞かれるものばかりですけど、正直、全部が科学的根拠をともなって反論できます。
要するにこれは法的に闘える…そういう確信ですよね。
一方で当時のゲイ・コミュニティの間にも「同性結婚なんて夢みすぎじゃない?」「時期早々だよ」「そもそも必要ない。今の生活でじゅうぶんだ」などと否定的意見や反発もあったことも言及されます。これもまた今の日本でも観察できる話ですよね。
しかし、1990年代、アメリカのLGBTQコミュニティは、エイズ危機に立ち向かい、ヘイトクライムに立ち向かい…社会を変えようという反抗心に燃え上がっていました。
この流れが同性結婚の法制化という大目標を現実的な目指すべきゴールのひとつとして成り立たせる勢いに繋がった…そういう時代の空気感が理解できます。
オーバーグフェル対ホッジスに至るまで
こうして闘いの火蓋が切られたのですが、ドキュメンタリー『The Freedom to Marry』ではその闘いの経過がやや早送りで整理されます。
ただでさえ、アメリカ政府は1996年に悪名高い「結婚防衛法(DOMA)」という「あくまでも婚姻は1人の男性と1人の女性が結び付くことによって成立する」という前提を定めた法律を制定し、対抗する気満々でした。
アメリカというのは州の自治権があるので、各州で法廷闘争することになります。ひとつひとつ州で勝ち進めていけば、いずれは大目標に到達できる…。それはまるで3歩進んで2歩下がるような厳しい消耗する闘い。チェスさながらの耐久力と戦術を要する勝負です。
“エヴァン・ウォルフソン”は“メアリー・ボナウト”といった闘いの味方を増やし、ついにマサチューセッツ州で最初の勝利を獲得。2004年のことでした。
しかし、勝てば勝つほどバックラッシュも激化。「伝統的な結婚」や「結婚の神聖」という言葉を掲げ、「同性婚は国を滅ぼす」「神こそ立法者だ」とまくしたて、宗教右派の反発はときにショッキングです。
“エヴァン・ウォルフソン”の「Freedom to Marry」の何も裁判ありきだけで活動しているわけではなく、他の活動も作中には映ります。相手の考え方を変えてもらうにはとにかく話し合って話題にすること…という草の根運動も印象的です。
「Freedom to Marry」の同性結婚の法制化を求める運動は、民主党のみならず共和党も巻き込んだ超党派の活動に発展していき、今振り返ってみると、まだ希望を感じるアメリカの姿でしたよね…。
そして、この日がやってくる。2015年、「Obergefell v. Hodges(オーバーグフェル対ホッジス)」の最高裁判所の裁判です。この裁判はいきなりデン!と打ち上げられたものではなく、ここに至るまでたくさんの裁判を通過しての積み重ね。
もし違憲となったら影響は計り知れない中、結果は知ってのとおり、5対4の僅差で、同性カップルが異性カップルと同じ条件で結婚する基本的権利は、米国憲法修正第14条の適正手続き条項と平等保護条項の両方によって保証されているとの判決を下しました。
この判決、実際のところ相当にギリギリの勝利だったと思います。知っている人はわかると思いますが、アメリカの司法は合衆国最高裁判所陪席判事の影響力が甚大で、その判事がリベラルなのか保守的なのかでかなりハッキリ判決が割れます。ちょうど2015年は勝利をもぎとれる可能性のある判事の顔ぶれだったんですよね。もし数年裁判をするのが遅れていたら負けていたかもしれません。
それでも勝てたのは「結婚は平等なものである」という大原則があったからに他なりません。これは1967年の「ラヴィング対バージニア州」という異人種カップルの結婚の認定が争われた裁判で土台が築かれたものです(『ラビング 愛という名前のふたり』という映画にもなっています)。
なのでアメリカの同性結婚の法制化は、人種差別に立ち向かった公民権運動とも歴史的に繋がっているのでした。すごくアメリカらしいです。
何よりも憲法に権利の平等が主軸で揺るぎなく書かれていることは本当に大切だなと痛感します。
ドキュメンタリーのその後
ともあれ、アメリカでは同性結婚という点において結婚の平等は実現できました、めでたしめでたし…と終わりたくなるドキュメンタリー『The Freedom to Marry』の鑑賞後ですが、そういうわけにもいかない残念な続きがあります。
同性結婚の国レベルでの法制化から10年。今、再び激しいバックラッシュの前兆がアメリカ国内で観察できるからです。
同性婚への支持は党派限らず上昇していたと思ったら、2023年あたりから共和党支持者の間での同性婚支持率はみるみる下降。2025年は同性婚支持率は民主党で88%、共和党で41%となり、かつてないほどに二極化が進んでいます(Gallup)。
同性婚が法制化された2015年以降は右派メディアはまずトランスジェンダーに攻撃の狙いを定め、勢力を強めて、ついに2020年代は同性愛の権利に対する反対へと対象を拡大させています(Media Matters)。
また、2025年にはアメリカ最大のプロテスタント教派である南部バプテスト連盟が、年次総会で同性婚とトランスジェンダーの公民権保護の廃止を求める決議を承認するなど(Them)、保守的な宗教は右派政治と手を結んで、より大胆になってもいます。
中絶の権利を支持した最高裁の結果を覆せたので、次はオーバーグフェル対ホッジスの裁判を覆そうと本気で反LGBTQ勢力は策を練っています。
『The Freedom to Marry』で映し出されていたあの激しい対立が近い将来、またアメリカで繰り返されようとしています。
平等な権利は獲得すれば永久に不変というわけではありません。想像以上に容易く後退することがあり得ます。
それでもまた闘うことになれば、今度は以前よりももっと大勢の仲間と連帯を深めて闘うだけ。闘いかたの基礎は『The Freedom to Marry』に詰まっていますから。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
関連作品紹介
LGBTQの歴史を主題にしたドキュメンタリーの感想記事です。
・『プライド』
・『テレビが見たLGBTQ』
作品ポスター・画像 (C)Eyepop Productions ザ・フリーダム・トゥ・マリー
以上、『The Freedom to Marry』の感想でした。
The Freedom to Marry (2016) [Japanese Review] 『The Freedom to Marry』考察・評価レビュー
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