神様、平和で充実した不倫はありますか?…ドラマシリーズ『ラブ&デス』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2023年)
シーズン1:2023年にU-NEXTで配信(日本)
原案:デビッド・E・ケリー
性描写
ラブ&デス
らぶあんどです
『ラブ&デス』あらすじ
『ラブ&デス』感想(ネタバレなし)
不倫は犯罪ではないけれど…
日本の法律では「不倫」は犯罪ではありません。ただ、民法上の「不法行為」となる場合があり、そうなると慰謝料が生じることはありえます。
他にも「結婚していること」を黙って隠し、相手から贈り物や食事を与えてもらっていた場合は、詐欺に問われるかもしれませんが、このあたりは個別の事情しだいです。
とは言え、不倫が平穏に行われていればそれでいいのですが、そんな穏便な不倫というのはなかなかないもので、ときには関係者同士の激しい対立になり、手を出したり、言葉がすぎれば、もしかしたら暴行や恐喝の罪にまで波及してしまうかもしれません。
間違っても、殺人…なんていう最悪の結果には発展したくないですよね。
でも世の中にはその最悪の結果になってしまった不倫もある…。
今回紹介するドラマシリーズは、何気なく始めた不倫があまりに凄惨すぎる殺人へと発展してしまった…そんな実際に起きた事件を題材にした「This is a true story」なノンフィクション・サスペンスです。
それが本作『ラブ&デス』。
タイトルが直球です。「ラブ(love)」で「デス(death)」ですからね。でも実際に観れば「ラブでデスだった…」とその名に偽りなしの中身なのを実感できるでしょう。
ドラマ『ラブ&デス』は、1980年にアメリカのテキサス州のどこにでもある、いかにもアメリカらしい静かな住宅地で起きた事件を描いています。ひとりの人物が殺害され、しかもその殺され方があまりに凄惨だったので、大きなショックを世間に与えました。しかも、逮捕されて容疑をかけられたのが、ご近所で評判もいい穏やかなひとりの専業主婦で…。
どうしてこんなことが起きてしまったのか。常識的にはまず殺人の加害者として想定されることはなさそうな人物が本当にこれほどの凶行に及んだのか? その背景には何があったのか…。
本作はその事件に至るまでの過程をゆっくり丁寧に描きつつ、事件、そして事件後の裁判まで、網羅的に映像化しています。
史実の事件なので内容や顛末はネットで調べればすぐにわかる話です。こういう実話の衝撃的な殺人事件を、とくに加害者視点で描くタイプの作品は近年はすっかり主流です。現代は昔と比べて映像規制もないので、思う存分にショッキングなシーンも映像化できますし、動画配信サービス競争が過熱するこのご時世的に、より視聴者を惹きつける過激な題材が好まれるという背景もあります。
なのでこの衝撃的な実話の殺人事件の映像化が連発する昨今のトレンドを、商業的な悪趣味だと否定的にみる反応もあり、それも正直よくわかります。
ただ、ドラマ『ラブ&デス』は、確かに殺人の描写はかなりハッキリと目を背けたくなるほどに生々しく描かれるので覚悟がいるのですけど、案外と全体としてはセンセーショナルに煽り立てるような内容にはなっていないと思います。
あまり言及しすぎるとあれですが、むしろ「良き家庭を築きなさい」という社会道徳規範の歪みを批評する視点を持ち合わせているというか…。本作は実のところそんなに不倫をネガティブに描いていなくて、誰かを責めるような追及型の方向性でもない。このジャンルにしては着眼点が面白いトーンです。
ドラマ『ラブ&デス』は、1984年にジャーナリストの手で出版された「Evidence of Love: A True Story of Passion and Death in the Suburbs “Love & Death In Silicon Prairie, Part I & II”」を原作にしており、原案・脚本はドラマ『アリー my Love』や『ビッグ・リトル・ライズ』、『ビッグ・スカイ』を手がけてきた“デビッド・E・ケリー”。
製作総指揮には“ニコール・キッドマン”も参加しています(出演はしていない)。
主演は、MCUでも「ワンダ・マキシモフ / スカーレット・ウィッチ」役でおなじみで、『マーサ、あるいはマーシー・メイ』など以前から複雑な境遇の女性を演じれば抜群の才能を発揮してきた“エリザベス・オルセン”。
ちなみにこの題材となった事件は2022年に『Candy』という別のドラマシリーズにもなっていて、そちらでは“ジェシカ・ビール”が演じていて、見た目は『Candy』のほうがはるかにそっくりです。
それでも『ラブ&デス』の“エリザベス・オルセン”はこれはこれで別格の名演をみせています。
共演するのは、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の“ジェシー・プレモンス”、ドラマ『アメリカン・ホラー・ストーリー』の“リリー・レーブ”、ドラマ『アウトキャスト』の“パトリック・フュジット”、ドラマ『ジェシカ・ジョーンズ』の“クリステン・リッター”、『Mank/マンク』の“トム・ペルフリー”など。
ドラマ『ラブ&デス』は、アメリカ本国では「HBO Max」配信で、日本では「U-NEXT」独占配信。全7話のリミテッドシリーズで、1話あたり約45~60分です。
『ラブ&デス』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優の名演を堪能 |
友人 | :関心ある者同士で |
恋人 | :恋愛気分ではないかも |
キッズ | :残酷な描写あり |
『ラブ&デス』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):死が二人を分かつまで
テキサス州ワイリー。1980年6月13日の金曜日。閑静な住宅街に佇む、普通の1軒の家。室内は静かです。赤ん坊のおもちゃが散らばるリビング、そして血が飛び散ったバスルーム…。
2年前の1978年9月。メソジスト教会で厳かに讃美歌を歌うキャンディ・モントゴメリー。聖歌隊友達とのんびり外で食事し、夫のパットとも一緒です。付き合いのいいアラン・ゴアは妻ベティに耳打ちされ家に帰るために抜けます。ベティは子どもが欲しくてたまらず、ちょうど排卵時期だと言われるがままにセックスするアランでした。しかし、ずっとは付き合えません。アランは出張予定があり、ベティは不満げです。
ジャッキー牧師がキャンディの家にやってきます。牧師を辞めるかもと心境を吐露し、夫のビルが家を出ていって独り身になったら信仰を続ける自信がないと弱気でした。
次の教会ではジャッキーはおらず、評議会から彼女は離婚すると告げられます。「モラルを振りかざすときではありません。善良なメソジストでありましょう」と言葉が響きます。
ある日、バレーの試合にでていたとき、キャンディは転んでしまい、アランに助けられます。そのときセックスの匂いを感じたキャンディはその感覚が忘れられなくなりました。
夜、車をだそうとしていたアランに思い切って話しかけ、隣に座ってぎこちなく好意を伝えてみます。それでもアランはその場ではそっけなく反応するだけで終わりました。
次のバレーの帰り、車内で「不倫に興味ない?」と切り出すキャンディ。「ベティを傷つけたくない」と躊躇するアラン。しかし、アランはキスしてくれて去っていきます。
キャンディは親友のシェリーには浮気の話を赤裸々に喋っていました。もうこの気持ちは抑えられそうにない、と。
別の日の昼間、キャンディとアランは2人で食事し、「誰にもバレないように慎重に進めましょう」と結託し、こうして食事を重ねていくことにします。
いよいよ取り決めた12月のある日。子ども2人を送り、キャンディはモーテルへ向かいます。アランは会社を抜け出して現れました。こうして2人は静かに互いを求め合い、重なります。それぞれ満足感に浸っていました。
しかし、ベティが出産し、アランも罪悪感を抱え始め、もうやめようと切り出してきます。ベティは出産後に精神的に不安定で、傍にいてあげたいと思っていました。
一方でキャンディはせっかくのこの関係をみすみす手放すつもりもありませんでした。自身の夫のパットとの間に今さら愛を感じることもなく、アランとの秘密の関係が無くなってしまうと、すっかり虚無感に襲われます。
そうこうしているうちに関係は消失してしまったようになっていましたが…。
社会規範の外は居心地がいい
ここから『ラブ&デス』のネタバレありの感想本文です。
ドラマ『ラブ&デス』は、例の決定的なことが起こる“事件”を境とする、前半と後半で、作品の印象がだいぶ違ってきます。
前半パートは不倫が始まるのですが、よくありがちな不倫モノの作品は、不倫自体を「非常識で淫らでスキャンダラスなもの」として扱うことが多く、その社会逸脱を眺めることのスリルを見どころにしていたりします。しかし、本作はそうした立ち位置にありません。
キャンディとアランの不倫は、言ってしまえばとてもロマンチックで静かに愛を築いています。最初は本当に初々しくて、まるで初デートに誘うティーンみたいです。綿密にルールを決めるのも、ちょっと可愛いあどけないカップルの姿っぽいですし、モーテルのひとときも陰湿さはなく、ピクニック風です。
感情が爆発するように性的に激しく乱れ合うわけでもなく、互いを思いやって丁寧に接します。
なんて平和で充実した不倫なのかと、見てるこっちもリラックスするくらいです。ハラハラドキドキはありません。「不倫とは“いけないことをしている”スリルを楽しむものだ」という世間の認識を、気持ちよく吹き飛ばすような、そんな爽快感さえ感じます。
つまり、家庭規範から外れたところには“居心地の良さ”があるのだということ。
キャンディの場合は、女性の性的欲求を肯定されることの気持ちよさがあります。世間では無いものとして扱われがちな女性の性的欲求。それをあるがままに受け止めてもらえると嬉しい…。
一方のパットは、キャラクター描写として「女とセックスすることこそ最高!」みたいなマッチョイズムが全然ない存在であるというのがまた重要で、パットはキャンディに求められても極めて大人しいままです。妻のベティとは「出産」のための性行為を義務的にするだけで、そこに意味もそんなに感じていなかったのでしょう。しかし、そこに突然現れたキャンディの存在は、パットの中で「こんな男女の在り方もあるのか」とちょっと新しい世界を切り開いたのかもしれません。
これは本作の舞台が、メソジスト教会という保守的な環境だというのも当然大きく影響しています。みんなが「(信仰的な意味で)良き家庭であらねば」と自分を抑えつけている。でも世界の在り様はそれだけじゃないという、信仰心の外を知るという体験をする…。
『ストレンジ・フィーリング アリスのエッチな青春白書』とかにも通じるアプローチですかね。
見えない本音の奥底では…
これで「めでたしめでたし」で終わればよかったのですが、そうはいかないドラマ『ラブ&デス』。
後半は文字どおりの「死」のパート。しかも、薪割り斧で41回も切りつけて酷い人体破壊にいたるほどの殺人。アランの妻ベティを八つ裂きに殺してしまったのはキャンディでした。
この事件後の後半からは急にそれまでの落ち着いた空間は消え失せ、全ての登場人物の本音が見えなくなります。もっと言えば、みんながまたも「良き家庭であらねば」という社会規範どおりに振る舞いだすのです。
事件直後の世間の反応描写も、「性犯罪者に違いない」「大男に違いない」「カルトだ」といい加減な噂がたつあたり、社会固定観念でしか事件を見れない世の中の粗雑さをさりげなく映し出していましたが…。
渦中の裁判なんて、ベティ側に立つ有罪を求める側も、キャンディ側に立つ無罪を求める側も、どちらも罪深さを家庭規範どおりだったかで判断してしまっているという現実。
それに対してキャンディは弁護側の戦略に合わせるように精神的錯乱と正当防衛を主張しますが、でも本音はどうだったのか。「復縁したいと思いましたか」と聞かれ、「いいえ」と答えるけど、本当は不倫の居心地の良さは名残惜しかったのではないか…。
アランも事件以降は魂が抜けたように佇むだけですが、彼の本音は何なのか。「いい結果になると信じています」と口にするけれど、それは有罪のことか、無罪のことか。作中ではアランはもう別の女性と関係を持ちだしており、アランの心はもう次に行ってしまったようにさえ見えてきます。
キャンディの夫のパットも、無罪の裁決の後、表情が固まりながら少し間を挟んで妻を抱きしめにいくあたり、やはりキャンディへの疑心は消えていないことを匂わせます。
そして何よりもベティです。本作はどうしたって加害者の視点でしか語りようがないので、被害者を置き去りにしがちですが、ベティの視座も考慮する余地が残されています。
裁判ではキャンディはなぜ斧を振るったのかばかり議論され、ベティはなぜ斧を振るったのかを追及されません。単に不倫が許せなかったからで片付けることもできます。でもその動機の奥底には、家庭規範に一番に苦しんでいたからというのもありうるのではないか。妊娠をあそこまで焦るのも、出産後に鬱になってしまったのも、社会の規範があるからでは、と。ベティが本当に斧を向けたかったのは、「良き家庭」を強要するこの世界全てなんじゃないか…。
規範なんて無ければみんな幸せだったかもしれないのに…。
引っ越す日、アランとの網戸越しの会話の後の背を向けるキャンディの表情、そしてキャンディはファミリーセラピストの職に就いたという事の顛末といい、ドラマ『ラブ&デス』の味わいは意外に奥深いものだったな、と。
もちろん役者の名演もそれを支えていました。ドラマ『ワンダヴィジョン』や『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』に続いて、またも家庭規範に狂わされていく女性を熱演した“エリザベス・オルセン”は見事な貫禄でしたし、個人的には“ジェシー・プレモンス”の不気味なほどに静かすぎる演技がやはり秀逸でしたね。“ジェシー・プレモンス”はこれからも賞を獲りまくるだけのポテンシャルがある俳優ですよ。
ドラマ『ラブ&デス』、不倫題材モノとしては私の中ではかなり腑に落ちる一作でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 63% Audience 90%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)HBO ラブデス
以上、『ラブ&デス』の感想でした。
Love & Death (2023) [Japanese Review] 『ラブ&デス』考察・評価レビュー