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『手紙は憶えている』感想(ネタバレ)…90歳の老人が人を殺す理由

手紙は憶えている

90歳の老人が人を殺す理由…映画『手紙は憶えている』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Remember
製作国:カナダ・ドイツ(2015年)
日本公開日:2016年10月28日
監督:アトム・エゴヤン

手紙は憶えている

てがみはおぼえている
手紙は憶えている

『手紙は憶えている』物語 簡単紹介

最愛の妻の死も記憶から薄れるほど、認知症が進行している90歳のゼヴ。今は施設で介護の手を借りて生活している。ある日、ゼヴは友人から1通の手紙を託される。身に覚えのないが、自分についての情報がそこにはあった。それによれば、ゼヴと友人はナチスの兵士に大切な家族を殺されたアウシュビッツ収容所の生存者だったということ。そして身分を偽って今も逃げ生きているひとりのナチスに関する情報だった…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『手紙は憶えている』の感想です。

『手紙は憶えている』感想(ネタバレなし)

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斬新なホロコースト映画

高齢化大国である日本。認知症高齢者の総数は2012年の時点で全国に約462万人と推計されており、2025年には700万人を突破するという計算もあります。介護の負担や人手が問題だとそればかりが話題になりますが、でも他にも重要なことがあるのではないでしょうか。それは高齢者の方々がたどってきた歴史の話。その膨大な人生経験にはインターネットでは載っていない情報や知見が山ほど詰まっており、とてつもない希少財産だと思うのです。でも私たちはそれらの記憶を掘り越して記録に残そうという活動をあまりやっていないですよね。高齢者は「老害」じゃなくて本来は「財産」だということです。

本作『手紙は憶えている』は、そんな日本だからこそ無視できない映画になるはずです。

『手紙は憶えている』を監督したのは、『スウィート ヒアアフター』(1997年)、『フェリシアの旅』(1999年)、『CHLOE/クロエ』(2009年)、『デビルズ・ノット』(2013年)、『白い沈黙』(2014年)など、毎度個性的な作品を生み出してきたカナダの“アトム・エゴヤン”

主演は、『終着駅 トルストイ最後の旅』『人生はビギナーズ』など名俳優として有名な“クリストファー・プラマー”です。

本作は…ちょっと言葉を選ばざるを得ないのですが、復讐を描く物語です。殺し屋ですね。

殺し屋の活躍を描くジャンル映画(最近だと『ジェイソン・ボーン』や『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』)がありますが、たいていは若い人、よくて中年です。

ところが本作『手紙は憶えている』は、90歳です。加えて重度の認知症で、自分や周囲が何者かも忘れてしまうような健康状態。さらにはサポート役や殺すターゲットまでもが高齢者ですから、もう「オール高齢化」。

そんなので面白いの?と思われるのも無理ない本作。確かにアクションシーンは全くないし、話も非常にスローです。ギャグとかもなし。『BFG ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』のようにお爺ちゃんに萌える映画ではないのは言うまでもない。でもちゃんと面白くしてるから凄い。

まず高齢者である意味が明確にあります。単なるネタとして面白いから…ではありません。

高齢者だらけの意味…それは本作の主題がホロコーストだから。あのアウシュヴィッツ解放が1945年、本作の製作年は2015年ですから、ちょうど70年なんですね。本作は現代にかろうじて生き残るホロコースト関係者を描いた一作なのです。

当時のホロコーストの凄惨さを今話題のVRのように体験させる映画『サウルの息子』がありましたが、現代のホロコーストの苦悩を引きずる人々をこうやって描くというのはなかなかユニークです。

ただ、ここまでの説明を聞いても「どういうこと?」だと思います。高齢者、復讐、ホロコースト…これらの要素を寄せ集めると…?

この映画は事前の鑑賞していない人には魅力を語りづらい…。本作は最後にびっくりするオチが待ってる系の映画です。前半は「なんだかなぁ」とノレない感じが若干あったんですが、そのオチをみれば「ああ、そういうことか」となりました。観る前にネタバレは絶対目にしないほうがいいのは間違いないです。

まあ、びっくりするオチが待ってるっていう話がすでにネタバレなのか…。忘れてください。憶えないで!

↓ここからネタバレが含まれます↓

『手紙は憶えている』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):手紙を読んで従っただけ

ひとりの老人がおもむろにベッドから起きあがり、「私の妻はどこだ」と喚きます。しかし、介護師は「申し訳ありませんが、1週間前に亡くなりました」と伝えます。茫然と座り込むしかない老人。

ここはニューヨークの介護施設。ゼヴは認知症であり、記憶が曖昧でした。介護士のポーラがお世話をしてくれます。

食事をしていると友人のマックスという老人が話しかけてきます。

「覚えているか? ルースが亡くなった後、君が決行すると言ったことを」

ゼヴは覚えていませんでしたが、マックスは全部を書き出したと語ります。葬儀の後でマックスに渡された手紙。それを目にし、ゼヴはひとりで病院を抜け出します。それを窓から見届けるマックス…。

列車に乗って向かうのは、ある人物のもと。それでも車内でまたゼヴは記憶が混濁してしまいます。ここはどこだろう…なんでここにいるんだろう…。かろうじてまた手紙を思い出して、行動の目的を再確認します。そうか、これだった…。

また忘れてしまわないように、手首に「手紙を読む」と書いておきます

列車を降りると迎えの人物に導かれて車へ。まずはを買おうとします。免許証を提示して犯罪歴などを確認。そのままなんなく購入手続きへ。22口径を勧められます。さらに口径9ミリのグロッグ17も推奨されます。オーストリア製の銃です。

その後、ホテルに宿泊。マックスから電話があり、「気を付けて」と言われます。

風呂場で湯船に浸かっているとまた妻の名を呼び出すゼヴ。もちろん妻はいません。手首の文字は消えかけ、机になぜ銃があるのかと不思議に思うゼヴでしたが、また手紙で状況を把握します。

翌日、タクシーである家の前に行きます。

「ルディ・コランダーさんはいますか?」

家にあがり、ゼヴは地下にいるその目的の人物の前に立ちます。

相手はこちらを知らないようですが、ゼヴは淡々と銃を向け、「窓際に立て」と命令します。

「ドイツ人か?」「軍に所属していたか?」「アウシュヴィッツにいたか?」

「アフリカにいたんだ。証拠もある」「あれは恥ずべきことだ。私は関わっていない」

こいつはターゲットではないのか…。実はゼヴとマックスはユダヤ人の虐殺に関与したナチスに復讐するために、自分たちの家族を殺したナチスの兵士に関する情報を元に報復を決行しようとしていたのでした。

次の人物のもとへ向かいます。最後までやり遂げるために…。

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記憶の風化こそが凶器

『ジェイソン・ボーン』が記憶喪失を映画製作者の都合いいように利用した映画なら、本作『手紙は憶えている』は記憶喪失を巧みに活用した実に上手い映画といえるのではないでしょうか。

やっぱりこれは脚本をつとめた“ベンジャミン・オーガスト”という人の功績でしょう。これが映画脚本初経験…それでこのクオリティ、凄いです。

私がこの映画のあらすじを知ったとき、ふと頭に浮かんだ2つの懸念事項といえば、「高齢者をボケていることをいいことに殺し屋にしていいのか」、「高齢化したナチスの人を今さら安直に“悪”と描いていいのか?」でした。でも観ればわかるとおり、この2つの問いはセットになることで解消されます。主人公・ゼヴ自身こそがナチスだった…つまり、最初から殺し屋だったし、そのことを忘れてしまったという罪もある…という答えになります。

しかも、本作はその高齢化したナチスの今を実に多面的に見せることに成功しています。ルディ・コランダーことクインベルト・ストームと、ゼヴことオットー・ワリッシュの高齢化した2人。コランダーは過去を忘れようとしており、ワリッシュは本当に忘れてしまっていた。そして、当時コックとして働いていたナチス信奉者の父を持ち、ユダヤ人差別に染まっているある男。高齢化した2人には苦悩がありますが、ナチスの言動を他所から見ていた側や時代を知らない世代の側のほうにはそうした複雑な感情を持ち合わせていない。まさに今のナチスをめぐる人々の考え方の縮図です

また、本作はホロコーストの被害者であるマックスにさえも、皮肉な描き方をしています。復讐心がすっぽりないまま殺人にひた走るゼヴの行動は、アウシュヴィッツであの残酷行為をしていた人そのものなんですよね。ようはマックスは、もう一度ゼヴにアウシュヴィッツでの行為をさせているわけで、ある意味でヒトラーと同じです。やり返したとは言え、残酷性はそう変わりません。

さらに、アメリカであまりにも簡単に銃を買えてしまう(認知症で、さらには元ナチスなのに…)ことなど、社会風刺的な要素もあれこれと網羅しています。

ツッコミどころはもちろんあります。いくら高齢者だから油断していたとはいえ、上手くいきすぎですし、さすが転倒して保護されてからまた殺しの旅を再開するのは出来過ぎだと思いました。そもそも、これだけ重度の認知症の高齢者独りにこの旅は無理だろうという話でしたが。でも、ストーリーテリングが上手いのでそこまで気にならなかったです。

あえて好みを挙げるなら、最後のゼヴの自殺はあっさりな結末であれかな…。個人的には、完全に人格まで消し飛ぶくらい認知症が末期になってしまうという救いのない展開でも良かったんですけど。

原題の「Remember」もそうですが、邦題の「手紙は憶えている」も秀逸なタイトルです。まさに最後は記録物しか憶えていない…。最近は邦題の残念さで映画ファンから反感を買う作品も少なくはないので、こういうネーミングセンスの良い邦題の映画はガンガン応援していきたいものです。この邦題を考案したどこかの誰か、あなたは素晴らしい、ありがとう!

日本も太平洋戦争経験者は高齢化が進み、本人の意思と関係なく記憶が消えていき、そして続々とこの世を去っていっています。そんな彼ら彼女らには善悪では語りきれない人生がある…すごく当たり前のことを思い出させてくれる映画でした。

『手紙は憶えている』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 71% Audience 78%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
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関連作品紹介

ナチスに関する作品の感想記事です。

・『アウシュビッツの会計係』

・『マウトハウゼンの写真家』

作品ポスター・画像 (C)2014, Remember Productions Inc. 手紙はおぼえている

以上、『手紙は憶えている』の感想でした。

Remember (2015) [Japanese Review] 『手紙は憶えている』考察・評価レビュー