ジェシーのその後…Netflix映画『エルカミーノ ブレイキング・バッド THE MOVIE』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:ヴィンス・ギリガン
エルカミーノ ブレイキング・バッド THE MOVIE
えるかみーの ぶれいきんぐばっど ざむーびー
『エルカミーノ ブレイキング・バッド』あらすじ
それはちょっとした欲望から始まった。全てはあの男と出会ったことが入り口だった。二人の男が手を結び、予期せぬ化学反応が起きた。それこそ、アルバカーキという街全体を揺るがすほどの事件を。いろいろな罪を背負い、逃げる機会を失い、運命の鎖につながれた男。監禁場所から解放されたジェシー・ピンクマンが、やるべきことはただひとつ。
『エルカミーノ ブレイキング・バッド』感想(ネタバレなし)
まだちょっとだけ続く
これまでの『ブレイキング・バッド』。
麻薬、ダメ、ゼッタイ。
以上。
まあ、あのシーズン5まであって全62話、時間にしたら一体何時間なんだろう…そんな特大ボリュームの作品のあらすじを簡潔に語れるわけがない。きっと10万文字でも足りないでしょう。
超あっさりとストーリーの概要を書くならこんな感じですかね。メキシコとの国境がすぐそこのニューメキシコ州アルバカーキ。高校で化学を教えている教師のウォルター・ホワイトは、末期ガンで余命2~3年と診断され、残される家族を養うために多額の金を欲します。そこで元教え子の売人ジェシー・ピンクマンを相棒にして、メタンフェタミン(通称メス;覚醒剤です)の製造・販売に乗り出す…。
要するに、学校の先生が麻薬を作っちゃった!ってことです。
2008年から2013年まで続いて完結したドラマシリーズ『ブレイキング・バッド』。観たことがない人でも、タイトルは聞いたことがあるのではないでしょうか。それくらい有名です。いや、知名度だけでない、現在のアメリカのドラマ業界に多大な影響を与えて今の盤石の安定感を築く礎となった一作と言っても言い過ぎではないと思います。
私の考える『ブレイキング・バッド』の素晴らしい点は2つ。ネタバレなしで解説すると…。
まず「教育」という概念を風刺たっぷりに描いていること。日本で教育を描く作品というと、どうしても“正しさ”を教える、説教くさい、善性を全開にした物語になりがち。一方、本作は教師の主人公がパートナーとなる若者ジェシーに「化学」を教えることになるのですが、その目的が結局は「麻薬製造」であるという、“正しさ”と“正しくなさ”があり得ない形で同居する極めてシュールで異常な混合物が出来上がっているんですね。でも、これって「教育」の本質を的確に突いているのではないかなと思います。教育は倫理的にも道徳的にも社会的にも正しいことを学ばせるためのものですが、その表向きの看板とは裏腹に教え方や教える側の人間が正しくないことが往々にしてあるものです。教師も人間ですから、聖人君子ではありません。日本の学校を見渡していても、受験主義や教員の不祥事など、“え、これっていいの?”みたいな矛盾が簡単に見つかります。そういう教育の現実をこんなトリッキーな題材で風刺してみせる、このアイディアは凄いな、と。
2つ目は、男が思い描く「男像」の虚実に肉薄するということ。『ブレイキング・バッド』は女性キャラも登場しますが、メインは男性です。ホモソーシャルな世界と言ってもいいくらい。そしてシリーズで一貫して「男」の醜さ・虚しさを描き続けてきました。そもそも主人公は「男たるもの家族を養うために金を稼ぐものだ」という考えに強迫的なまで憑りつかれています。そしてドツボにハマっていく。自分が傷ついても、妻や息子が傷ついてお構いなし。“男”像の達成しか見えていません。でも、これも日本の大多数の男性が心の主軸にしていることでしょう。「男は一家の大黒柱になるべき」「女や子を養うのが男の務め」という父権主義、「男の勲章はキャリア」「セックスは大事」というマスキュリニティ。このステレオタイプな“男”像に男が固執する姿を、ドラッグ依存や中毒と重ね合わせているというレイヤー構造がまた上手いです。
この2つのテーマ性があるからこそ、『ブレイキング・バッド』は単なる面白設定のアホコメディに終わることなく、麻薬ありきのクライムサスペンスにもとどまらず、どこか人生そのものを問うような“戒告”の物語として堂々たる仕上がりになっていたのでした。
その『ブレイキング・バッド』を作り上げた最大の功労者は“ヴィンス・ギリガン”です。シリーズの製作総指揮を務め続け、『ブレイキング・バッド』の成功以降もずっとこのシリーズ一筋に身を捧げています。有名俳優を使わずに物語で魅せるという、ストイックなクリエイティビティは称賛されました。
そんな『ブレイキング・バッド』。本編では一応の決定的な結末を迎え、最近は『ベター・コール・ソウル』という本編の過去を描くスピンオフ・シリーズが続いていましたが、ここにきてまさかの映画版が製作されました。まあ、映画版と言っても基本はNetflix配信なのですけど。
それが本作『エルカミーノ ブレイキング・バッド THE MOVIE』。
内容は『ブレイキング・バッド』最終話の直後からスタートします。まだ観ていない人もいるかもしれないので詳細は言いませんが、“アレ”が起きた後の物語。当然、主役はあの人物。
というか、ハッキリ明示しておきますけど、この『エルカミーノ ブレイキング・バッド THE MOVIE』。本編ドラマシリーズを全部観ていない人にはチンプンカンプンです。シーズン1だけ観たとかでも意味不明になります。なので本作を観るならドラマをオール鑑賞してください。繰り返します、未見論外、全鑑賞必須です。
バッチリだよ!という人は、もう後は視聴するだけ。観たことで本編の最終話の余韻を台無しにすることにはならないと思います。フォーカスする主人公が違いますから。これはあの男の人生の結末の物語です。映画版だからといってスケールアップしたド派手なことは起きません。この常にポリシーを守り切るスタイル、さすが“ヴィンス・ギリガン”(彼が監督です)。
もう少し『ブレイキング・バッド』の世界に浸ってみませんか。
オススメ度のチェック
ひとり | ◎(シリーズ・ファンは必見) |
友人 | ◯(ちゃんとシリーズ鑑賞済みで) |
恋人 | ◯(ちゃんとシリーズ鑑賞済みで) |
キッズ | △(犯罪はダメだよ!) |
『エルカミーノ ブレイキング・バッド』感想(ネタバレあり)
最後の障壁は1800ドル
『エルカミーノ ブレイキング・バッド THE MOVIE』…の前に『ブレイキング・バッド』最終話(「フェリーナ」)のおさらい。「ハイゼンベルク」という通り名でアルバカーキの地域全体を牛耳る巨大麻薬組織を作り上げてしまったウォルター・ホワイト。その代償は大きく、大切な人を失い、家族は引き裂かれ、彼が最後に向かったのは相棒の元。その相棒ジェシー・ピンクマンはウォルターのいない間に麻薬ビジネスで利益を総どりする組織に捕まり、劣悪な監禁状態の中、麻薬製造を手伝わされていました。そこに命を終わりを覚悟して現れたウォルターが突如登場。あまりに大胆な方法でその場にいた組織のメンバーを銃殺して皆殺し。ジェシーを助け、長きにわたった彼との教師と教え子の関係性に終止符をうち、人生を終えたのでした。そして、ジェシーはひとり車でそこから逃走。走る、走る、走る…。
そして『エルカミーノ ブレイキング・バッド THE MOVIE』の冒頭。本当に直後からスタート。無我夢中に車を走らせる“もじゃひげ”ジェシー。パトカーをやり過ごしながら、あまりにも多くを失った彼が向かったのは二人の友人スキニー&バッジャーの家。そこで一時の休息をとるジェシー。
テレビでは9人のギャングが虐殺された乱射事件を大々的に報じており、重要参考人としてジェシー・ピンクマンを捜索しているという警察の動きも伝えられます。乗ってきた車を処分するために顔なじみのジョーに来てもらうも盗難車両回収システム(LoJack)が作動。警察に位置がバレてしまい、慌ててスキニー&バッジャーと共に逃げる算段をその場で計画。二人から金と車をもらい、ひとまずその場を離れることにするジェシー。
ボロボロに痛めつけられた体はそのまま、頭も髭も剃り、スキニーからもらった帽子を被ってジェシーが次に向かった先は、この間まで自分を監禁していた組織のギャングリーダーが叔父であるトッド・アルキストの部屋。彼は例の事件で死亡しましたが、昔を思いだすジェシー。以前この部屋に連れてこられた時、トッドは大金を隠していると発言。それが見つかれば逃走用のカネになる。部屋中を荒らしまわるように探すジェシーでしたが、何も見つからず諦めかけた矢先、冷蔵庫のドアの裏に隠されたカネを発見。
しかし、その嬉しさも束の間、部屋にやってきた警察官らしき二人組。彼らの捕まるも、実はこの二人はあのギャング組織とつながりのあった「溶接会社」の者でした。この溶接会社はジャシーが監禁時につながれていたレールを設置した、いわばジェシーにとってのトラウマの関係者。上手い具合に話をつけ、3分の1だけカネを貰うことにしたジャシーはその場をまたも逃走。
その大金を持って続いて向かったのはベスト・クオリティという掃除機屋。以前、ジェシーは捕まる前、この表向きは掃除機ショップですが、裏では「失踪手助け人(人消し屋;disappearer)」という、マズい状況になった人間の身分を完全に書き換えて別の場所に運び、第2の人生を歩ませる裏稼業をしている男の世話になりかけた土壇場で辞めてしまった過去があったのでした。今度こそこのカネで新しい人生を手に入れようとするも、前回の分を別にさらに12万5000ドルいると要求されます。手持ちのカネを数えてみると1万足りない…友からもらったカネを思いだし…8200…1800ドル足りない…1800…。これまで莫大なカネを麻薬ビジネスで稼いで豪遊もしたジェシーを阻んだのは、わずか1800ドルの壁。
途方に暮れたジェシーはテレビで息子に自首するように懇願していた両親に電話をかけ、騙して家を空けさせ、その隙に侵入して家を物色。カネは見つからず、見つけたのは銃のみ。
ジェシーの決断のときが迫っていました。
自分のエルカミーノ(道)を探して
『ブレイキング・バッド』はウォルター・ホワイトを主軸にした物語ですが、彼が運命を全うした今『エルカミーノ ブレイキング・バッド THE MOVIE』の主人公はジェシー・ピンクマンです。
まずこのジェシーという男の『ブレイキング・バッド』での立ち位置がユニークでした。
表面上はバディものの相棒ポジションであり、未熟な若者というわかりやすい存在。でもその裏では、男像に支配される男たちと、その男たちに振り回される女たち…そんな明快な二者がいるこの世界観の中でジェシーは中間にいる人物でもあったと思います。
登場時からいかにも口が悪く不良っぽい奴でしたが、実は意外に常識人で、倫理観もあり、暴力にも否定的で、子どもにも優しい。実の両親からはネグレクト気味で捨てられていますが、それでも友人を大事にし、ウォルターを最後まで案じたのも彼でした。
ある意味、正しいメンターに出会えなかった若者という感じでしょうか。ずっと救いがありそうで、近づいたと思ったら、手の指の隙間からこぼれる…そんな人生を送ったジェシー。
ジェシーというキャラクターは当初、シーズン1で死亡する予定だったもののを、製作中に“ヴィンス・ギリガン”が気に入り、ここまで重要な役割になったという話は有名です(演じた“アーロン・ポール”も大出世となりました)。今では彼なくしてこの物語は絶対に成り立たない存在です。
そんなジェシーを救うのが本作『エルカミーノ ブレイキング・バッド THE MOVIE』。物語自体は、私は少しイエス・キリストの復活に近しいものを感じました。そもそも“ヴィンス・ギリガン”もカトリックに身を投じたこともある人だそうです。
まずちょっとドン引きするくらいまで酷い監禁に遭ったジェシー。この姿がすでにイエス・キリスト的。髭も髪もボーボーで痩せこけ、傷だらけ。余計にそう見えてきます。
ジェシーを監禁していた組織が白人至上主義者の集まりだったというのもそのイメージをより強調させるものです。あのトッドというキャラも本当に怖いですよね。無垢そうに見えて、非白人ならば子どもであろうと家政婦であろうと躊躇なく殺す(いい人だったとか、ほざく)。ある種、同じ若者同士で男たち集団に付き合っている立場も一緒のジェシーとトッドですが、決定的な違いがある。つまり、人として失ってはいけないもの…という。
そのジェシーが庇護してきた男たちを一斉に失い、ついに自分の「道」を探す物語です。彼の乗っている車「シボレー・エルカミーノ」のエルカミーノとはスペイン語で「道」を意味し、本作のタイトルにもなっています。
男たちはメンターになれたのか
そんなジェシー・ピンクマンがどう救われるのか。別に奇跡が起こるわけではありません。
また案の定、カネが必要になります。ここで『ブレイキング・バッド』だったら、麻薬ビジネスで儲けようとなっていたわけです(懲りずに)。でも『エルカミーノ ブレイキング・バッド THE MOVIE』では麻薬には一切手を出しません。ここが凄い重要ですよね。
ジェシーを救うもの。それはこれまでの人のつながりです。
まずはウォルターによって最初の突破口をもらい、続いてジェシーを手をとってくれたのは友人のスキニーとバッジャー。こいつらは本編ドラマではとにかくダメダメな奴らで、どうしてくれるんだというヘマをやらしまくってきたのですが、ここで絵に描いたような素晴らしい無償の友情を見せる。不覚にもほろっとくる友達の絆。良い奴らだよ…。
後はもうジェシーの知っている頼りになる人はほとんどいないのですが、人消し屋の男エドもなんだかんだで義理堅い良い人でしたね。ちなみに演じた“ロバート・フォスター”は、本作配信日の2019年10月11日に亡くなりました。残念ですけど、凄い偶然だ…。
そして今は亡き、シリーズに欠かせないあの面々も回想で登場し、ジェシーの背中を押すような言葉をかけていきます。
マフィアのボス「ガス」の片腕であり、弁護士「ソウル」のパートナーで、ウォルター&ジェシーの仕事にも関わった凄腕老人マイク・エルマントラウト。彼の言葉で、自分だったらアラスカに行くというマイクの意志を継ぎ、「過ちを正すことは絶対にできない」という現実を胸にしまいます。
さらにジェシーが復讐を遂げた後(西部劇スタイルで決めるのが、ドラマ本編最終話と対応しており、今まで戦闘では良いところがなかったジェシーの成長を感じさせる…)、彼の回想に現れるのは「先生」ことウォルター。まだそこまで切羽詰まっていなかった時期の二人。これで足を洗おうと決めていた頃。「これからどうする気だ。何に興味ある」とウォルターは尋ね、「経営学はどうだ?」と指導者らしく提案し、「お前は幸運に恵まれている」と語りかける。
本作でマイクとウォルターは完全にメンターとして描かれています。殺人者でも、麻薬組織のボスでもなく、ひとりの良き教育者として…。ここでこの二人を「良き男性像」として最後に示すのがまたニクイ演出でした。
終盤、アラスカにたどりついたジェシー。そこで彼はある人への手紙をしたためます。その相手は自分の愛した女性アンドレアの子ども「ブロック」。これによってジェシー自身も「良き男性像」の道への一歩を踏み出した…そんな気配を感じさせながら。
最近の男性を描く作品は、例えば『トイ・ストーリー4』のように、“古い男性像(自己中なリーダー)”から脱し、“新しい男性像(メンター)”へのステージアップを題材にすることが本当に目立つようになりましたね。
ラストは愛を誓い合うも悲劇に終わったジェーン・マーゴリスを思いだすジェシー。「運命は自分で作る方がいい」…。
こんなにも優しく包み込むような、更生の物語の幕開けが待っているとは。単なるオマケのスペシャル版だと思ったのに。
「Bad」よりも「Good」になる方がいいですよね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 94% Audience 88%
IMDb
8.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★(シリーズ全体なら★9)
作品ポスター・画像 (C)Sony Pictures Television, Netflix
以上、『エルカミーノ ブレイキング・バッド THE MOVIE』の感想でした。
El Camino: A Breaking Bad Movie (2019) [Japanese Review] 『エルカミーノ ブレイキング・バッド THE MOVIE』考察・評価レビュー