第76回ベルリン国際映画祭が2026年2月12日~22日にわたって開催されました。長編コンペティション部門の最高賞である金熊賞には、“イルケル・チャタク”監督の『Yellow Letters』が選ばれました。
一方で、ベルリン国際映画祭には「テディ賞(Teddy Award)」と呼ばれるLGBTQ+をテーマとした独立した公式賞も存在します。
今回はその第76回ベルリン国際映画祭(2026年)のテディ賞における、受賞作とノミネート作の映画を紹介しています。
長編映画部門
『Iván & Hadoum』
受賞作
スペイン出身でトランスジェンダー男性当事者でもある“イアン・デ・ラ・ローザ”(Ian de la Rosa)監督の、一本の長編劇映画としてはデビュー作となった『Iván & Hadoum』。“イアン・デ・ラ・ローザ”監督は、2015年の卒業制作の短編映画『Víctor XX』でも、トランス・アイデンティティをテーマにしているほど、その作家性は自己のクィアネスと密接です。本作は、アルメリア県で働くトランスジェンダー男性が、モロッコ系スペイン人の新人同僚に恋愛していくものの、職場の変化が2人の関係性も揺るがす…という物語とのこと。
個人的には、“イアン・デ・ラ・ローザ”はとても注目している監督であり、トランスジェンダー・クリエイターの生み出す複雑な生と性の絡まるトランス・ストーリーが充実してくれることを期待しています。ほんと、トランスジェンダー当事者の監督が増えるだけでも意義があるし…。
『À voix basse』(In a Whisper)
ノミネート作
『性の教典 欲望の手ほどき』などを手がけたチュニジアの“レイラ・ブジド”(Leyla Bouzid)監督作。長年パリで暮らした若い女性が、叔父の葬儀に出席するためチュニジアに戻り、その実家で同性愛のアイデンティティを含む、明かすことのできない緊張、記憶、そして変化する家族関係に直面する物語…とのこと。性的マイノリティのストーリーとしては定番の「嫌な里帰り体験」のやつなのかな。
本作は長編コンペティション部門にもノミネートされていたので、“レイラ・ブジド”監督は今後も大きなキャリアの伸びがあり得るかもしれません。
『Feito Pipa』(Gugu’s World)
ノミネート作
『パカヘチは踊る』などを監督し、ブラジルのトランスジェンダー当事者の人生を追いかけたドキュメンタリー『Transversais』をプロデュースしたこともある、ブラジルの“アラン・デベルトン”(Allan Deberton)監督作。12歳の子どもの目線をとおして、家族のこと、セクシュアリティのことなどを、ありのままに映し出していく青春物語…とのこと。ベルリン国際映画祭の子ども・青少年向け映画部門である「ジェネレーション・Kプラス」で、グランプリとクリスタル・ベア賞を受賞もしています。
ブラジルは日本よりもはるかにLGBTQの権利の平等が進んでいる国なので、クィア映画の充実も納得です。
ドキュメンタリー部門
『Barbara Forever』
受賞作
アメリカの“ブライディ・オコナー”(Brydie O’Connor)監督作。レズビアン映画の先駆者と評される、映画監督で実験映像作家でフェミニストでもあった「バーバラ・ハマー」(1939–2019)を主題にしたドキュメンタリー。彼女がどのように生き、愛し、闘い、そして人々にインスピレーションを与えたかを、その政治性を含めて映し出している…とのこと。
ちょうど現在は20世紀のLGBTQ史に多大な貢献をした人物の記録をドキュメンタリーにとどめるのにちょうどいいタイミングになっているためか、こういうドキュメンタリー作品はさらに増えていきそうです。
『Two Mountains Weighing Down My Chest』
ノミネート作
“ヴィヴ・リー”(Viv Li)監督が、1990年代に中国で大切な娘として育てられ、現在はベルリンに住む32歳となった自分の人生を振り返り、保守的な世界と進歩的な世界の往復の中で、自分のジェンダー、セクシュアリティ、そして芸術的アイデンティティについて探求する過程を記録したドキュメンタリー。プロデューサーを務めるのは、『Searching Eva』などを製作した“ダニエラ・ディータリッヒ”。
自分の体験を素材にした「自分語り」形式のドキュメンタリーは、性的マイノリティの物語の紹介としては相性がいいので、多彩なアプローチがまだまだ生まれるかもしれません。
『What Will I Become?』
ノミネート作
“レクシー・ビーン”(Lexie Bean)と“ローガン・ロゾス”(Logan Rozos)の2人が共同監督を務め、2人の経験と、自殺した2人のトランスジェンダーの少年の記録を織り交ぜ、差別に晒されて脆弱なトランスジェンダー・コミュニティの現実と、助けになるリソースを提供するアメリカのドキュメンタリー。エグゼクティブプロデューサーには、『ウィル&ハーパー』の“ハーパー・スティール”が名を連ねています。
過去の迫害の歴史ではなく、現在の、それも先進国で起きている迫害のリアルタイムを映すドキュメンタリーです。残念ながらこういうタイプの作品も作れるような現実があるのが悲しいですが、記録しないといけないことでもあります。
短編映画部門
『TAXI MOTO』
受賞作
“ガエル・カミリンディ”(Gaël Kamilindi)監督によるスイス・フランスの作品。母国での映画の撮影が中止になり、2人の男のラブストーリーを再構築せざるを得なくなる監督の物語…とのこと。
『Stallion y la bola de cristal』(Stallion and a Crystal Ball)
ノミネート作
“クリスチャン・アビレス”(Christian Avilés)監督によるスペインの作品。暗く静まり返った部屋で、孤独なティーンエイジャーがクィアの憧れと思春期を探求する物語…とのこと。
『This Suffocating Now』
ノミネート作
ドイツのアーティストである“ヴィカ・キルヒェンバウアー”(Vika Kirchenbauer)が自身の目をカメラにし、ファシズムが再び沸き起こる世界で、パレスチナへの連帯、そしてクィアやトランスジェンダーの権利に焦点を当てて、今を撮る作品…とのこと。
JURY AWARD(審査員賞)
『Der Heimatlose』(Trial of Hein)
受賞作
ドイツの“カイ・シュテニッケ”(Kai Stänicke)監督が自分のセクシュアリティをオープンにしてこなかった経験を基に、故郷の島に帰ってきた主人公が村人からその存在を認識されず、疑われていく物語を構想した…とのこと。孤立したコミュニティの排外主義的な空気感を映し出すものらしいです。
監督の長編デビュー作であり、期待の新人です。かなりマニアックなアプローチで自己体験を独創的な物語に改変しており、癖の強い映画を好むシネフィルにも愛されそうな監督…な感じがします。従来のシネフィルだけでなく、LGBTQコミュニティからの関心も集められるわけで、日本の配給会社さんはこういうクィア・クリエイターはどんどん手をつけていくべきですよ。
