近所付き合いは穴に落ちても…映画『奈落のマイホーム』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2021年)
日本公開日:2022年11月11日
監督:キム・ジフン
自然災害描写(地震)
奈落のマイホーム
ならくのまいほーむ
『奈落のマイホーム』あらすじ
『奈落のマイホーム』感想(ネタバレなし)
そんなことが起きるなんて…!
2023年7月、北海道の蘭越町の森にある掘削現場から蒸気が空高く噴出し、しかも高い濃度のヒ素が検出されるという大事件が起きました。ヒ素を含んだ水は敷地外にも流出し、周辺住民は困り果てています。掘削を行っていた開発企業は噴出を止める作業を行っていますが、8月半ばになってもなおも止まる気配がなく、半ば過ぎにようやく解消の兆しが見え始めました。
噴出と言えば、同じ北海道では2022年8月にも長万部町で突然水柱が吹き上がるという事件があり、こちらも木よりも高い高さで盛大に水が噴出。住宅も近かったので、轟音で近隣住人は大迷惑となることに…。こちらの原因は地中の天然ガスが一気に噴き出したためとされており、引火しなかったのは幸いです。
こんなニュースを見ていると、自分の家がある土地も、いつ何が起きるのか予測不可能ですよね。まさか「水が噴き出る」なんて想定しないでしょうから。
火事、地震、浸水、台風…このへんまでは備えていても、まだまだ起きうる災害はいくつもあります。想像していないような事態が我が家を襲ったら…あなたはどうしますか?
今回紹介する映画も想定外の災害に絶体絶命に陥る家族を描いた作品です。
それが本作『奈落のマイホーム』。
本作は2021年の韓国映画ですが、ディザスターパニックです。でも珍しいディザスターです。
では何が起きるのか。
なんとある日いきなり我が家のマンションの建つ地面がぽっかり陥没し、マンションごと地下500mの奈落の底まで落下してしまうのです。
いわゆる「地盤陥落」に該当する事件であり、こうした出来事は世界中で起きています。日本でも2016年に博多駅の前の通りで道路陥没事故が発生し、深さ約15mの穴が突如としてビル群の中にできました(死傷者無し)。
韓国では統計によれば、年間平均900件以上、1日あたり2.6件の陥没穴が発生し、その78%がソウル市内で発生しているそうです。
私たちは普段見慣れた土地でもその地面の下では何が起きているのか見えません。もしかしたら今にも陥没寸前になっているのかもしれない…。そういう状況であっても、なかなかその予兆に気づけません。
もちろんこの映画『奈落のマイホーム』は地下500m下までマンションごと陥没するという、映画的なスケールアップで誇張された大災害となっていますが、「いつ何が起きるかわからない」という災害の基本教訓に根差した作品なのは間違いありません。
面白いのは、本作、ディザスターパニック映画でありながら、少しコミカルなテイストにもなっており、ここぞというときはシリアスになるも、全体的にユーモアに溢れています。
ジャンル的に家族喜劇として受け取れる内容であり、危機的状況にこそ家族の絆が試されるという、ファミリー成長譚です。日本映画だと『サバイバルファミリー』なんかと同じですね。
救助隊などに焦点はあたっていないのですが、それでもどうやってここから脱出するのかという緊張感や試行錯誤は健在で、スリルはじゅうぶんあります。なにせ地下500m下となれば、普通に考えるともう絶望的ですから。実際にいかにして危機を脱するのか、そもそも脱することはできるのか…それは見てのお楽しみ。
『奈落のマイホーム』の監督は、『光州5.18』(2007年)で商業作品として成功し、『第7鉱区』(2011年)、『ザ・タワー 超高層ビル大火災』(2012年)とディザスター映画を作り上げてきた“キム・ジフン”。
俳優陣は、『風水師 王の運命を決めた男』『雨とあなたの物語』の“キム・ソンギュン”、『がんばれ!チョルス』『楽園の夜』の“チャ・スンウォン”、『フィッシュマンの涙』『タチャ ワン・アイド・ジャック』の“イ・グァンス”、『未成年』やドラマ『キングダム』の“キム・ヘジュン”、ドラマ『アンナラスマナラ 魔法の旋律』の“ナム・ダルム”、『虐待の証明』の“クォン・ソヒョン”など。
悲惨な一面も描かれますが、『奈落のマイホーム』はある種の災害をアトラクション的に観客に体験させる、シミュレーション災害学習映画みたいなところもあります。本作を鑑賞して、日々の災害への意識をまた再確認してみてはどうでしょうか。
なお、地震や津波を描く作品ではありませんが、地面の揺れや水害などが描かれるので似たような映像感覚があります。その点は留意してください。
『奈落のマイホーム』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :珍しい災害映画 |
友人 | :みんなで語り合って |
恋人 | :助け合いを深めて |
キッズ | :家族と一緒に |
『奈落のマイホーム』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):引っ越し早々に急転直下
ドンウォンの一家は土砂降りの中、新生活が始まるソウル郊外のマンションに車で到着しました。家族はドンウォンと妻ヨンイ、それに幼い息子ソンフン、3人です。
11年間コツコツと貯金をして、やっと都会に念願のマイホームを手に入れたのです。このマンションに引っ越す日を待ちわびていました。
しかし、いきなりその幸せの瞬間に水を差す事態が…。マンションの前に止まっている車が邪魔で荷物の搬入ができません。
その車の持ち主はこのマンションに住んでいるマンスという男で癖のある変な奴でした。ドンウォンは張り合いますが、子どもの前なので大人しく自分を抑えます。
昇降クレーンで荷物を上階に搬入。近隣住人にも挨拶して好印象を得ようとしますが、上手くいっているのかいないのか…。空回り気味なドンウォンです。
やっと家でくつろげるようになり、新しい我が家の居心地を満喫します。家族3人でソファに座ってのんびりです。今日からここが我が家…。
翌日、清々しくここでの初の朝を迎えます。すると息子がビー玉を机に置き、それは勝手に転がっていきます。それだけでなく、フローリングの上もころころと壁まで転がっていきます。そんなに傾いているのか…。
一瞬、ドンウォンの頭の片隅に「このせっかく買った家は欠陥住宅なのでは」という不安がよぎります。
職場でも家を買った話は知られており、同僚は祝福してくれます。いい気分です。その家の住所を言うと、そこは元は工業地区だったのではという話をされますが、「昔の話だ」とドンウォンは相手にしません。
ただ、不安は増してしまい、家に帰っても、窓などをチェック。今度はドンウォン自身がビー玉を床に置くも転がりません。心配しすぎか…。
家族写真を撮ろうということになり、撮影スタジオへ行くと、オーナーはあのマンスでした。ジムもやっていて、運転代行までしている、やっぱり変な男です。マンスは口数少ない10代息子と暮らしているそうですが…。
マンスのことですっかりあの欠陥疑惑も頭から消えていましたが、翌朝、マンション1階の窓が急に割れ、マンションの前の地面にも亀裂があるのを目にします。
マンス含めて住人で会議をしますが、ドンウォン以上に気にしている人はいないようです。
とりあえず会社の同僚を招きパーティを開きます。ドンウォンとキム・スンヒョン、さらにインターンのウンジュの3人でアルコールが進み、酔いつぶれます。キムとウンジュが泊まることになり、一夜は過ぎていきます。
翌日、起きたキムはタクシーに乗り込みます。ドンウォンはリビングで寝ており、ウンジュもまだ爆睡です。マンスは屋上にいました。ヨンイは買い物中。
そのとき、ズドンという音がしたと思うと、マンションがみるみるうちに建物ごと地面陥没で下がっていきます。それも数mではありません。一気に数百mも落下し、穴の途中で引っかかるように止まります。頭上にははるか小さな点のように空が見えるだけ。
奈落にハマったマンションとその住人&関係者の運命は…。
セットを活かした上下構造演出
ここから『奈落のマイホーム』のネタバレありの感想本文です。
『奈落のマイホーム』はディザスター映画の中でも最も舞台が狭い作品かもしれません。なにせマンションから動いていません。ただし、そのマンション自体が動いているという、稀有な事態です。
居住地が特殊な状況下に陥って主人公たちが取り残されるという点では『雨を告げる漂流団地』や『#生きている』みたいなものですが、しかし『奈落のマイホーム』は空間的な難易度がとんでもなくハードモードです。
舞台は陥没穴(シンクホール)。地下500mまで落下すれば、当然建物はボロボロ。今にも倒壊してもおかしくありません。空ははるか遠く、ライフラインは寸断。通常は危険な状態にある建物から脱出できれば、その時点で助かったも同然ですが、今回の場合は建物から出ようにも物理的に出れません。穴から這い上がる術がないからです。
その過酷なシチュエーションが実写で再現されているので壮絶さがダイレクトに伝わります。
何よりもそのシチュエーションを見事に表現したセットが素晴らしいですよね。最近の韓国映画は『非常宣言』もそうでしたが、大掛かりなセットを効果的に駆使した演出が非常に上手く、映画の臨場感を盛り上げてくれています。
どれくらいのセットを構築したのかは知りませんが、あの陥没穴にハマったマンションを各フロアごとに作り込み、それを使って縦横無尽にスリルが展開していく。とくに上下をダイナミックに使った演出が光ります。
最初の陥没発生時からキムが取り残されたタクシーをコミカルに使い(本当にギャグ漫才劇っぽい大仰なアホらしさだけど)、このマンションが上下で繋がっているという構造を観客の印象に刻ませます。
マンスとその息子が泥に沈んだシーンでも上下構造を活かした救出劇を展開します。
そして一番下の駐車場が今作におけるシリアスな空間となっており、ある意味では「あの世」のメタファーみたいにもなっています。そこまで降りたドンウォンは無惨な死というものと直面し、力不足で犠牲者をだすことに悔しさを感じつつ、なんとかその最下層から這い上がる。それこそ「あの世」から抜け出すように懸命に…。
最後は地下水などで水没する中で、貯水タンクで一気に浮上するという、最高潮の上下構造を見せつけてくれる。すごく気持ちのいいフィナーレです。
『奈落のマイホーム』は徹底してこの上下構造の使い方が上手く、限られた空間を巧みに活かすというディザスター・ジャンルの神髄をきっちり満喫させてくれました。
イエロー・サブマリンは一家にひとつ!
『奈落のマイホーム』のもうひとつの特徴はコミカルさで、まあ、これだけユーモアが得意そうなキャスティングで固めていれば、掛け合いだけでも面白くなるのは当然のこと。
「家を買う」という規範的な家族の幸せ論に縛られていたドンウォンが、そこから脱するという寓話でもあり、単に笑わせるだけではない教訓がここにもあったりしますが…。
最終的にみんな活躍していくのもいいですね。近隣住人や会社の同僚…それは結局は赤の他人。でもこういうときは助け合いが全てになる。チームになっていく過程でしっかり楽しませてくれます。
とくに“チャ・スンウォン”演じるマンスは美味しい役どころでしたけどね。あの貯水タンクからの大活躍っぷりはズルいくらいです。あれだけウザくて神出鬼没だった奴が、この絶体絶命のピンチで最高の意外性で出現してくれるんですから。
終盤の貯水タンクのシーンはリアリティという観点では一番荒唐無稽であり得ないのですが、もうあそこまでテンション上げられてしまうと、観客としてもつい盛り上がってしまうし…。
個人的にあれかなと微妙に思うのは、キムとウンジュの同僚同士の関係。吊り橋効果的にロマンスが芽生えるというベタなオチなのですけど、そのベタさはともかく、ああいう恋愛要素のためだけにくっつけたようなカップルは私はあまり好きではないですね。ことさら今回の場合は職場内のキャリアも絡んでくるし、だいたいインターンの人と上司に相当する会社員が恋愛関係を持つのは職業倫理的にダメなんじゃないのか…。
あと、地上で家族の無事を祈るドンウォンの妻ですが、完全に「待っているだけ」になってしまっているので、あそこも何かひと工夫が欲しかったところ。あのキャラクターならではのアイディアで救出の突破口を思いつくとか、いろいろできたはずだし…。
救助部隊側のドラマをごっそり省いたのは賛否あるでしょう。救助側との駆け引きや奮闘をもっと絡めれば、よりスリルは増した可能性はあります。一方、そこまで描こうとすると製作費がさらに倍増してしまうので、そこは思い切ってカットしてあの被災マンションのセットに全力投入したというのなら、それはそれで良いクリエイティブな取捨選択だったかもしれないですし。
最近の韓国映画は社会派のシリアス一辺倒な作品は若者に飽きられつつあるという分析もありますが、そんな観客の需要を考えると、今の韓国ではこういうディザスター映画でもコミカルさを多めにしたバランスが求められているのかな。
ただ、こういうコミカルさが受ける需要もわりとすぐに限界が来そうではありますけどね。どこかで度重なる現実の人災への怒りが爆発し、それをもっと真正面から描こうというエネルギーが噴出することも考えられるでしょう。韓国映画界のディザスター作品の穴の先が気になりますね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
ディザスター映画の感想記事です。
・『白頭山大噴火』
・『グリーンランド 地球最後の2日間』
作品ポスター・画像 (C)2021 SHOWBOX AND THE TOWER PICTURES, INC. ALL RIGHTS RESERVED
以上、『奈落のマイホーム』の感想でした。
Sinkhole (2021) [Japanese Review] 『奈落のマイホーム』考察・評価レビュー