詩人の恋
映画『詩人の恋』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:The Poet and the Boy
製作国:韓国(2017年)
日本公開日:2020年11月13日
監督:キム・ヤンヒ

詩人の恋

あらすじ

静かな済州島で生まれ育った30代後半の詩人テッキは、スランプに陥っていた。そして、稼げないテッキを支える妻のガンスンが妊活を始めたことから、平凡だったテッキの人生に波が立ち始める。詩も浮かばずに思い悩むテッキは、ある時、港に開店したドーナツ屋で働く青年セユンと出会う。セユンをきっかけに新しい詩の世界を広げることができたテッキは、心がざわつき始め…。

『詩人の恋』感想(ネタバレなし)

詩は苦手だけど映画は好きです

私は「詩」を書くのが得意ではありません。

なんというか、感性を要求される文章は書けません。映画の感想文なら書けます。ダラダラと思ったことを綴っていけばいいわけですから。でも「詩」となるとちょっとお手上げです。

「詩」を読み解くのもそんなに好きではないのです。あらためて考えると不思議です。映画はあれこれと読み解いていくことに夢中になっているのに、「詩」になると途端にダメになるなんて。

逆に思います。よくあんな短い文字だけで感情を表現できるな、と。私なんか自分の感情を何千文字かけても表現した気分になれないのに。Twitterなんて文字数制限がありますから、現代社会の「詩」と言えるかもしれませんが、短い言葉で自分を伝えるなんていう味わいとはかけ離れたものになっているし…。

周りに「詩」を趣味にしている人は全然見かけないのですが、探せば結構いるのかもしれません。

そんな「詩」を題材にした映画が今回の紹介する作品です。それが本作『詩人の恋』です。

韓国映画で2017年の作品なのですが、日本では2020年になってやっと公開になりました。そこまで大きな話題作でもないですし、目立たない映画ではありましたが、釜山映画評論家協会賞で脚本賞を受賞しているなど一定の評価を受けています。こういう映画を拾ってくれた配給には感謝ですね。

韓国映画というと何かとバイオレンスだったり、社会派サスペンスだったりしがちですが、そういうこってりしたものではなく、この『詩人の恋』は淡い人間ドラマを優しく描く一作です。大事件が起きることもないですし、凶悪な存在が暴れまわるものでもありません。基本は牧歌的です。

邦題には「恋」とあるので恋愛作品なのかなとも思うのですが、実際の物語はLGBTQに触れていくことになるクィア・ムービーになっています。韓国でもLGBTQ映画は少しずつ増えており、『私の少女』(2014年)、『お嬢さん』(2016年)など高評価な作品も登場しています。『詩人の恋』もその流れの中にある一作なのは間違いありません。

あまり日本ではそのへんを強く押し出す宣伝をしていませんが…。そういう部分をアピールしていく方が注目も増えて、SNSでも拡散されやすく、映画にとっても得だと思うのですけどね…(昨今の海外BLドラマの日本のファンの熱狂っぷりとか見ているととくに)。

韓国でもクィア・ムービーはこれからどんどん存在感を増していくでしょうし、配給会社は早急にこのコンテンツに目を付けて、定番化して売り込んでいく体制を構築した方がいいのではと私なんかは思いますが…。

監督・脚本・製作はこれが長編映画デビューとなる“キム・ヤンヒ”。2009年の『東京タクシー』という短編で助監督と脚本を務めていたようですね。ここからさらなる飛躍はあるのでしょうか。

そして主演は“ヤン・イクチュン”です。彼と言えば、2009年の『息もできない』で一部の映画ファンの心を掴んだ名俳優(監督もしている)。日本の作品にも出演してくれており、2017年の『あゝ、荒野』での素晴らしい名演でまたもやハートをパンチされてノックアウトになった人も多かったでしょう。この『詩人の恋』ではエネルギッシュな存在感は一気に消え失せ、吹けば飛ぶような“か弱い”男を熱演しており、“ヤン・イクチュン”を堪能できます。

他には『王の運命 歴史を変えた八日間』や『名もなき野良犬の輪舞』の“チョン・ヘジン”、『感染家族』や『毒戦 BELIEVER』の“チョン・ガラム”、『悪いやつら』の“キム・ソンギュン”などが揃っています。登場人物の数はかなり少ないですが、そのぶん演技がたっぷり楽しめます。

どこか人生に迷いが生じているとき、ふっと立ち寄りたくなる映画です。

オススメ度のチェック
ひとり◯(哀愁漂う物語が好きな人に)
友人◯(仲の良い者同士で)
恋人◯(ほろ苦い人間関係を見るなら)
キッズ◯(大人のドラマです)

『詩人の恋』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『詩人の恋』感想(ネタバレあり)

私の心の巡歴図

「私の心の巡歴図。私の心の巡歴図を広げ、今に至る経路をたどる。ぶどうのなる家から思い出の環海長城が囲う海岸まで巡歴図を描きながら生きる。東福三差路。防衛訓練のために止まった車。バスの窓からの景色はけだるい平和。亡き姉のスカートのような日差し。一周する海岸道路のように私の心を飛ぶカラスが1羽。私は猟師になれず寂しい城を1人で守る衛兵。もう戻れない港に背を向けて生きてきた日々。ヘラサギは沿海州まで飛んでいき、私はタクシーに乗れば空港へ行けるのに、心はいつでも醤油を買いにスーパーへ行く道の上。遠くへ行けない」

そんな丹精込めて生み出した詩を合評会で披露するヒョン・テッキ

「情景が浮かぶ」と参加者の人たちに拍手とともに褒められますが、あるひとりの女性がそのやんわりとした温かい褒めムードに釘をさすような発言します。

「ためになる批評をしないと」「確かにあなたは美に対する深い愛着と美を見いだす目を持っています。でも美しいから何? きれいなだけの花に何の力があります? 人生の美しさと悲哀が同時に表れる詩語を使っていたらより深く心に響いたはず」

その口火を切ったことで他にも何人かがテッキの詩に苦言を呈していき…。

テッキはすっかり自信を失っていました。昔は自分の詩を評価され、賞金をもらったこともありました。しかし、それっきりです。今は全く成功することもなく、ただこの済州島ののどかな地で時間をつぶしては、詩を酷評され、意気消沈する。この負のスパイラルに陥っていました。

一応、学校で作文教室を教えるようになりましたが、初日に子どもから「なぜ詩人なのに太っているの?」なんて遠慮なしな質問をぶつけられ、ここでも気が滅入るのでした。

家に帰れば妻・ガンスンの前でも小さくなるしかありません。スランプから抜け出せず、ろくに稼げない自分に誇れるものはありません。

布団の中でも詩を考えるのですが、そこに妻が割り込んできて、セックスをしようとします。しかし、テッキは妻の求めに気が乗りません。それでも妻は「子どもがほしい」と要求します。2人はまだ子どもはおらず、周囲から早く産めばいいのにという静かな視線を受けているのも感じていました。
 
病院で診察を受けると、妻は子宮も卵巣も健康でしたが、テッキは「精子の数が…」と医者は厳しい現実を突きつけます。

「無精子症だって?」と地元の知り合いにもからかわれ、「乏精子症だ」と言い返すも苦し紛れ。「結婚したら子どもを作れ」「子どもなしで詩は書けないぞ」と言われてしまうと何も言えません。それもそうなのかもしれないと思いますが、でもどうしたらいいのか。

思わぬ宣告にさらに気分が暗澹としているテッキを元気づけようと妻はドーナツを強引に口に突っ込んできました。すると案外と美味しいことに気づきます。

それから家の近くにできた新しいドーナツ屋に入り浸るようになっていきました。

ドーナツ店で詩を考えるのが日課になっていると、ある日、店の窓から外に目を向けるとのそのそと歩くおじいさんを見かけます。すると「あのおじいさんも孤児か」と店員の若い男性が呟くのでした。その言葉を参考に詩を書くとこれがなかなかいい仕上がりになります。

今度はドーナツ店でその若い男性店員を観察することに。またある日、店のトイレでその若い男性店員が女性と絡み合ってお取込み中な現場に遭遇。思わずじっと見てしまいます。

それを思い浮かべると精子がよくでてしまい、知らない妻は嬉しそうですが、テッキは複雑です。

ふと思うのでした。あれは女のせいなのか、男のせいなのか。わからない…。

詩人の恋

ドーナツを食べたくなる映画

『詩人の恋』はとにかくまったりと話が進みます。主人公のテッキの停滞する人生を表すかのように、一切の波風を立てることなく、平凡そのものです。

その中に漂うどことないユーモアがちょっとした味付けになっています。

例えば、乏精子症と診断されてすっかり落胆しているテッキに対して精力をつけるべく「エイの性器」を提供してくる地元の知り合い。「エイにできるならお前にもできる」という謎の根拠。

ちなみにあの話は本当で、エイやサメなどの仲間は「交接器」(クラスパーとも呼ぶ)という生殖器が2つあります。もちろんそれを食べると乏精子症が回復するというのはさすがに無理がありますが。

そんな食べたくもないものを食べさせられたテッキの前に現れる次なる餌。それが「ドーナツ」です。

このドーナツの登場シーンがなんともいい感じです。家の近くに場違いなほどでっかいドーナツの看板が現れて、まさにテッキを誘い込む餌になってしまうのですから。ドーナツにハマりだしたテッキは、もはやドーナツ禁断症状みたいなものに襲われ、ドーナツまっしぐら。詩人ではなくドーナツ人になりそうです。

本作を観ていると無性にドーナツを食べたくなります。こうなったらコラボとかすればいいのですけどね。さすがに映画館でドーナツを配るのはあまり見かけないけど。でも一生に一度でいいからドーナツをひたすら満足のいくまで食べまくってみたいなとは思います(あまりたらふくは食べたことはないので)。

このドーナツを食べる“ヤン・イクチュン”がまた可愛いのです。なんかもう餌付けされた小動物みたいになっているじゃないですか。

あのぼんやりした空気の中にボンと出現したドーナツが、スランプに陥るテッキのはけ口になっていく。本作は食事映画としてもなかなかに魅力的。とくに男性がドーナツを食べまくっているのがいいですね。

でもこのドーナツというアイテムが上手く物語に活かされており、それがバトンを繋ぐ役割になり、本当にテッキが欲しているものへと結びついていくことになります。それがあの青年店員です。

クィアだと気づく瞬間

『詩人の恋』はいわゆる「クィア・ムービー」に分類される一作でしょう。

「クィア」というのはセクシュアル・マイノリティ全般を指す言葉としても使われますが、自分のジェンダーやセクシュアリティが曖昧でよくわかっていない状況にある人を指す意味でも用いられます。

テッキは作中の描写だけで考えるならばじゅうぶんクィアと言ってもいいでしょう。

ドーナツ屋で働く青年セユンが女性と性行為をしている現場を目撃してしまい、なぜか自分の性欲まで刺激される事態に困惑。これは同性愛なのか、両性愛なのか、それとも別の何かなのか。そんなものは全くわからないまま、ただどうしようもない時を過ごすのみです。

妻は愛しているけど積極的に性的関係を持てません。あの妻も「私の排泄物も食べられる?」とかイチイチ愛が重いのがどことなくユーモラスなかたちでプレッシャーを表現していましたが。

実際にこんなふうに30代以上の中年になって自分のセクシュアル・マイノリティを自覚する人は案外といます。変だと思う人もいるかもしれませんが、全然変ではなく、セクシュアリティというのは年齢に関係なく、ふと自覚に至るものです。ただし、自覚をしたとしてもそれを素直に表明できる人はなかなかいません。なにせすでにマジョリティとして人生を歩みだし、家庭や仕事を築き上げてしまっている以上、ここでセクシュアル・マイノリティであることをカミングアウトすればそれが脆くも瓦解することは目に見えているからです。

本作ではその生きづらさみたいなものが、あの平凡に思える地域自体にもやっぱりねっとりと存在することを描いています。穏やかな街に思えるけど、ここはある人にとっては穏やかのひと言では済まない場所なのでした。

こういう虚しさは確かにある

そのテッキは気になる青年セユンが実はかなり貧乏な暮らしをしていることを知り、なんとか助けてあげようとします。それは同情なのかもしれないですが、もしかしたらそれ以上の愛かもしれない。でも上手く言葉にできません。

詩人なのに言葉にできない。すると本作は映画としてその言語化できない想いを映像で伝えようとしてきます。ここで急に映画を読み解くことが観客に求められ、冒頭の詩で始まった本作は一気に映画としての色を濃くしてきます。

「代わりに泣くのが詩人なんだ。悲しみは詩を書く材料だから」…なんて言い方をするくらいですから、テッキはそこまでガツガツと自分の欲求を前に出しません。

そんなテッキが終盤でついに自分の想いを吐露する瞬間。「面倒を見るから。君を養っていける」と必死に訴える。それは確かにセユンの心には届いてはいるのだけど、素直に受け入れるわけにもいかない事情がこの2人ではどうしようもない社会の側にある。

個人的にはもう少し周辺の人間関係の描写にフォローが欲しい部分ではありました。映画としてぼかしているあたりも、演出としての意図的なものなのか、それとも単に踏み込みが足りないだけなのか、ずいぶんと下手すれば逃げ切った感じにも思えるストーリーテリングではありましたから。

しかし、ラストの演出はかなり良かったです。テッキは結果的に赤ん坊が生まれ、いわゆる社会の大多数が祝福するような“定番の家庭”を作り上げることに成功します。最後、その子どもとテッキのささやかなシーンがすごく遠めなカメラでとらえられます。ここがどことなくよそよしい感じもしつつ、最後の最後にテッキの顔をアップで映して、静かにこぼれる涙を映し出す。

このラストがあるだけで映画としての締まりが格段によくなりますね。

着地としてはかなり抑圧的なテイストになっていくクィア・ムービーではあるのですが、今の韓国だけにとどまらない日本を含めたアジア圏全体を見る限り、これが実態だと思いますから、現実を映し出しているといえるのではないでしょうか。

逆にわかりやすいジャンル的なラブストーリーにもせず、ましてや明らかに偏見を招く悲劇オチにもせず、あの“保守的な家庭に取り込まれる虚しさ”を淡々と描くあたりはやはり当事者にとってもリアルだとは思います。

切なく、かといってわざとらしく感動を煽ることもないクィア・ストーリー。アジアに良作がまたひとつ増えたのかな。

『詩人の恋』
ROTTEN TOMATOES
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IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2017 CJ CGV Co., Ltd., JIN PICTURES, MIIN PICTURES All Rights Reserved

以上、『詩人の恋』の感想でした。