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『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』感想(ネタバレ)…アルマゲドン世代に背を向けて夢を追う

アルマゲドン・タイム ある日々の肖像

アルマゲドン世代に背を向けて夢を追う…映画『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Armageddon Time
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2023年5月12日
監督:ジェームズ・グレイ
児童虐待描写 人種差別描写

アルマゲドン・タイム ある日々の肖像

あるまげどんたいむ あるひびのしょうぞう
アルマゲドン・タイム ある日々の肖像

『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』あらすじ

1980年、ニューヨーク。ユダヤ系白人の中流家庭に生まれて公立学校に通う12歳の少年ポールは、PTA会長を務める教育熱心な母エスター、働き者で規範的な父アーヴィング、私立学校に通う兄テッドとともに何不自由なく暮らしていた。しかし、近頃は反抗心も芽生え、家族に対して苛立ちを感じており、祖父アーロンだけが心を許せる存在だった。想像力豊かで芸術に関心を持つポールは学校でひとりの黒人の子と友達になるが…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』の感想です。

『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』感想(ネタバレなし)

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ジェームズ・グレイも自伝的映画です

「アルマゲドン」…それは聖書の預言者アブラハムの神を受け継ぐ各宗教にて、世界の終末における最終的な決戦の地として説明される名称です。「ハルマゲドン」とか「アーマゲドン」と表記される場合もあります。

非常に有名な用語ですが、実は聖書で明確にその名の言及があるのは1度だけ。語源はヘブライ語で「山もしくは丘」と「人が集まる場所」を意味する言葉を組み合わせたものだそうです。なので意味合いとしては「群衆が集う山」という、かなり漠然とした表現にすぎません。

しかし、何気ない言葉にこそ意味があるのではないかと人間は考えたくなるもの。多くの宗教学者たちはこの「アルマゲドン」はこういう意味じゃないかと分析を重ね、今日ではすっかり一般にも知られた「世界の終わりっぽさ」を象徴するワードとなってしまいました。

映画では何よりも“マイケル・ベイ”監督による1998年の『アルマゲドン』がその名をモノにしています。むしろ「アルマゲドン」って言ったらこの映画を普通に連想する人も多いかもしれません。ネットで「アルマゲドン」と検索してもこの映画のことばかり表示されるし…。

ちなみにざっくり数えてみたら「アルマゲドン」と邦題タイトルにつく映画は2023年4月時点で27作もありました。大半がメジャーな映画に便乗して紛らわしいタイトルをつけているだけのモックバスターです。

そんな中、便乗じゃない、真っ当な(?)「アルマゲドン」映画が2022年に登場しました。いや、こういう紹介のしかたもどうなんだという話ですが、でも映画界では異例ですから…。

それが本作『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』です。

本作は「アルマゲドン」とついているから、世界が崩壊して滅茶苦茶になる話…というわけではありません。でもある意味ではそういう状況だと個人レベルで受け取れるかもしれませんけど…。

『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』は自伝的な映画で、それを監督したのは“ジェームズ・グレイ”。1994年に『リトル・オデッサ』で長編映画監督デビューを果たし、いきなりヴェネツィア国際映画祭にて銀獅子賞を受賞して国際的な評価を獲得。以降も注目作を作り続け、最近は2016年に『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』、2019年に『アド・アストラ』を世に送り出しました。

実は“ジェームズ・グレイ”監督はユダヤ系の家系で、祖父母はウクライナ(当時はソ連だった地域)の出身。本来の姓も「Grayevsky」なのだそうです。

そんな“ジェームズ・グレイ”監督のニューヨークのクイーンズ区で過ごしていた子ども時代を基にしたのが『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』であり、監督のプライベートな記憶が詰まっています。ユダヤ系ということで、最近の“スティーブン・スピルバーグ”監督の自伝的映画『フェイブルマンズ』となんだか被りますね。

ただ、『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』はだいぶ印象が違っていて、子ども時代のキラキラした青春を描くわけでもなく、かなり陰鬱というか、子ども時代のトラウマを告白するような作品になっています。なので見終わった後もこちらとしては気分がざわついたまま。なんだか他人の幼い頃の嫌な思い出を打ち明けられてなんて声をかければいいのか戸惑うような気持ち…。

まあ、でも“ジェームズ・グレイ”監督が今これを作りたいと思ったということは、自分の人生の整理でもあるのかな。

『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』の俳優陣は、主役の子の母親役をドラマ『WeCrashed スタートアップ狂騒曲』“アン・ハサウェイ”、父親役をドラマ『メディア王 華麗なる一族』“ジェレミー・ストロング”、祖父役を『ファーザー』“アンソニー・ホプキンス”が熱演。また、“ジェシカ・チャステイン”もちょこっとだけでてきます。

子役の主人公は、『ブラック・フォン』にもでていた“バンクス・レペタ”。主演作としてはかなり良い代表作に恵まれたのではないでしょうか。

それはそうとどうしてタイトルに「アルマゲドン」がついているのか、それについては後半の感想で…。

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『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』を観る前のQ&A

✔『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』の見どころ
★子ども時代のトラウマと向き合う物語。
✔『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』の欠点
☆物語全体としては陰鬱で暗い。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:監督に興味あるなら
友人 3.0:エンタメ要素は薄い
恋人 3.0:話は暗い
キッズ 3.0:児童虐待描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):まだ何も知らない子ども

1980年、ニューヨークのクイーンズ地区。学校では新学期が始まり、教師が自己紹介していました。6年生のこのクラスで、11歳のポール・グラフは全く話を聞いておらず、一心不乱にノートに顔を描いていました。そのノートを隣に渡します。

出欠をとる先生。先生はノートが回っているのに気づき、取り上げ、誰がこれを書いたんだと問い詰めます。それは先生の似顔絵です。

ポールは渋々立ち上がり、白状します。「みんなを笑わせようと思って…」という言い訳も通用せず、先生はポールを黒板の前に立たせます。

出欠確認が再開され、今度はジョナサン(ジョニー)・デイビスという黒人の子が名前を呼ばれました。しかし、その子は「ジェームズ・ボンドだ」とおなじみの映画の名台詞で揶揄い、こちらも一緒に黒板の前に立たされます。

黒板を綺麗にするように指示され、先生が後ろを向いたときにポールはふざけますが、生徒が笑うと先生はジョナサンがふざけたものだと思い込み、叱りつけてきます。

体育に参加できず、ポールとジョニーは教室で退屈そうにしていました。そして会話が生まれます。「ディスコは最低だ」とポールは言い、「家にはビートルズのアルバムがあるよ」と語りつつ、2人はしだいに打ち解け合っていきました

ポールはユダヤ系の家庭で、母はPTA会長。最近はPTAの勧めでシティへの学校旅行が決まりました。ジョニーは学校の旅行に行くかはおカネの問題でわからないと言い、認知症の進む祖母と住んでいるそうです。

ポールは歩いて家に帰ります。家は暗く、誰もいないようです。そこへ祖父アーロンが帰ってきます。ハグで迎え、絵を見せるポール。「ワンダフルだ」と褒めてくれる祖父。将来は有名な画家になりたいという夢をわかってくれるのは祖父だけでした。

祖父はプレゼントでロケットをくれます。

安息日の夕食。両親である母エスター父アーヴィングが揃い、私立学校に通ういじわるなもいます。母の作る魚料理に文句を言うポール。結局、スパゲッティを食べています。

食事の席で母は教育委員に立候補すると宣言。しかし、祖母は公立学校に不満をもらし、あそこは黒人もいると愚痴ります。

ポールは話を真面目に聞かずに勝手に電話で中華料理を注文しだし、収拾のつかなくなった夕食の場に、父が怒鳴り声をあげます。

それが終わり、祖父がポールの部屋に来ます。ポールは「なぜ逃げてきたの?」と家系の過去について聞きます。祖父はポールに、アーロンの母親がウクライナでのユダヤ差別の迫害を逃れ、ロンドンに逃げた後、最終的にアメリカに移住したという話をします。ポールには想像もつかない世界でした。

学校では「うちは金持ちだから」とジョニーを説得し、家からくすねてきたカネを渡します。これでジョニーもシティに行けます。

街の美術館を見学し、自分がアーティストとして名声を手にする妄想をするポール。まだ人生や社会の残酷さを知らない無邪気な子どもの心を持っていましたが、それは長続きせず…。

この『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/01/06に更新されています。
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アルマゲドン・タイムの意味

ここから『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』のネタバレありの感想本文です。

『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』のタイトルである「Armageddon Time」はどういう理由でつけたのでしょうか。

直接的な原題のインスピレーション元は、おそらく70年代後半から80年代前半にかけて活動していたイングランドのパンク・ロックバンド「ザ・クラッシュ(The Clash)」の曲「Armagideon Time」なのでしょう。この曲はもともとジャマイカのレゲエ・ミュージシャンであった“ウィリー・ウィリアムス”の楽曲でした。

ただ、作中で「アルマゲドン」という言葉が明確に飛び出すシーンがさりげなくあって、それが作中では選挙戦真っ只中で後に第40代アメリカ大統領となるロナルド・レーガンがテレビに映る場面です。

このテレビの映像の中で、レーガンは「ソドムとゴモラ」に言及しつつ、「今の私たちはアルマゲドンを見る世代かもしれない」と発言しています。これは「PTL」という福音派キリスト教テレビネットワークでの発言であり、敬虔な信者向けの政治的アピールなわけですが、レーガンはこの「アルマゲドン」という言葉を政治戦略として効果的に用いました。

背景にあるのは、ソ連との新冷戦、そして80年代に巻き起こったHIV/AIDS危機にともなう同性愛差別です。政治支持者に対して「ほら、敵国やゲイのせいで世界が終わろうとしていますよ。立ち上がってください」と煽っているわけです。

この戦術はキリスト教関係者の間でも賛否が分かれたのですが、共和党の「意味深な単語」を用いての政治キャンペーンはすでにこの「アルマゲドン」から始まっていたんですね。今は「ポリティカル・コレクトネス」とか「トランスジェンダリズム」とか、新しい用語で政治扇動をし続けていますが…。

そして『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』では、主人公のポール少年は、よりにもよってこの政治の育成地とも言える私立学校に転校してしまいます。あの「キーフォレスト校」は、あの“ドナルド・トランプ”の父である“フレッド・トランプ”の支援を受けた根っこから保守白人社会を象徴する教育校であり、“ドナルド・トランプ”も実際に通っていました。作中ではフレッド・トランプの他に、“ジェシカ・チャステイン”演じるマリアン・トランプ・バリー(ドナルド・トランプの姉)もスピーチに立つ姿が映し出されます。

『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』は子どもの青春時代の空間に、否応なしに政治というものが侵攻してくる、そんな物語でもありました。

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子どもの無邪気さの終わり

そうした社会に直面することになる『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』の主人公のポール少年。前半は本当にこの子は世間知らずというか、無垢なままです。

中流階級の家庭育ちなのですが、自分たちは金持ちだと思っており、親はケチなだけでカネはいくらでもあるのだと考えています。実際は母が家計のやりくりをしているのですけど…。そして母がPTA会長だというのも何かとてつもない権力か何かだと勘違いもしています。

本作で表立って浮き上がってくるのが人種・民族差別です。ユダヤ系の家庭ゆえにそこには祖父が語るように迫害から逃れてきた歴史がありますが、ポールは全く認識していません。自身でもユダヤ人差別というものも今のところ実感していないのでしょう。作中では私立学校初日にフレッド・トランプに対して迂闊に本来のファミリーネームを喋ってしまうあたりでも、ポールの警戒心の無さが窺えます。兄が登校初日前に「学校では弱みを見せるな」と忠告してくるのですが、あれも弟への兄なりの思いやりだったのでしょうが、それも効果なし。

ただ、これくらいの年齢の子を無知だと責められません(私だってこの年ならポールよりも無知だったし…)。

加えてその人種・民族差別のテーマに複雑さを生じさせるのが、黒人のジョニーの物語です。ジョニーはNASAで宇宙飛行士になることを夢見ており、一方でアポロ11号の月面着陸の頃から宇宙開発への熱狂は黒人差別の無関心と対比されやすい題材でした。電車内でジョニーが他のアフリカ系アメリカ人に嫌味をいわれるシーンが作中にあるように、ジョニーは黒人コミュニティからも後指を指される居心地の悪さを抱えています。

ポールの立場というのは、ユダヤ系という意味ではマイノリティであり、それが露呈すればいつ差別の時代に巻き戻りするかわからない緊張感がありつつ、白人という意味では特権を持つマジョリティです。そういう板挟みの中で生きています。

コンピューターを盗んで捕まったポールを父が迎えに来た際、ひとりの警官はかつての父と幼い時の知り合いだったらしく、そこでのあの父の一瞬緊張感が漂う態度。ユダヤ系として社会に溶け込むうえでの怖さがチラっと垣間見えるシーンです。

こういうユダヤ系ならではの自覚の体験というのは、ずっと日本で人種的マジョリティの立場に甘んじてきた人間には到底わからないものですよね。

ポールはついにこの年齢になって、それを理解し始めてしまい、ラストは学校からそっと出ていき、背中を向けてどこかへ去っていく姿で終わります。

罪悪感と現実への失望が強調される、なんともモノ悲しいエンディングなのですが、実際の“ジェームズ・グレイ”監督はここからクリエイターとして、『リトル・オデッサ』『エヴァの告白』など移民を題材にした作品を生み出しているわけで、原動力になったらならそれで良しなのか…。

映画単体として見るとかなり暗くキツイ話なのですが、もう少しで映画内でクリエイティブへの接続点がわかりやすく提示されているとまた印象も変わると思うのですけど…。でも“ジェームズ・グレイ”監督って基本はいつもこういう作家性でしたもんね。

子ども時代が唐突に終わる。子どもにとってのアルマゲドンでした。

『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 75% Audience 48%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)2022 Focus Features, LLC. アルマゲドンタイム

以上、『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』の感想でした。

Armageddon Time (2022) [Japanese Review] 『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』考察・評価レビュー