第83回ヴェネツィア国際映画祭が2026年9月2日~12日にわたって開催されました。長編コンペティション部門の最高賞である金獅子賞には、“マイ・エル=トーキー”監督の『Woman Unknown』が選ばれました。
一方で、ヴェネツィア国際映画祭には「クィア獅子賞(クィア・ライオン;Queer Lion)」と呼ばれるLGBTQ+をテーマとした独立した公式賞も存在します。ちなみに、去年の2025年のクィア獅子賞は“ダヴィッド・パブロス”(David Pablos)監督の『On the Road(En el Camino)』でした。
今回はその第83回ヴェネツィア国際映画祭(2026年)のクィア獅子賞における、受賞作と選出作の映画を紹介しています。
長編映画
『London』
受賞作
「国際批評家週間」選出。2026年はクィア獅子賞に2作が選ばれ、本作はそのうちのひとつ。“ヴィクトル・ディ・マルコ”(Victor Di Marco)と“マルシオ・ピコリ”(Márcio Picoli)の2人が共同監督したこのブラジル映画は、サンパウロのフェティッシュハウスでエロティックなパフォーマーとして働く、身体障害を抱える若いクィアの男性を描くとのこと(なお、2026年は同名の別の映画があるので注意)。監督の“ヴィクトル・ディ・マルコ”自身が主演を兼任しており、決して無視できないクィアネスと障害の交差を映し、他者からもたらされる診断がアイデンティティとなるのか、不本意なレッテルになるのか、その狭間を問うような語り口になっているようです。
『Queer Edward II』
受賞作
「アウト・オブ・コンペティション(Venice Open)」選出。2026年はクィア獅子賞に2作が選ばれ、本作はそのうちのひとつ。“テオ・ロラソン”(Theo Rollason)監督によるドキュメンタリー映画で、1991年の“デレク・ジャーマン”監督作『エドワードII』の製作舞台裏をまとめた一作。「え? ただのメイキング?」と思いきや、1990年代のゲイに対する厳しい政治情勢の中で映画を創作することの意義を映している模様。監督いわく「現代の反トランスジェンダーの言説が再び激化する中、この映画が単なる歴史的瞬間のスナップショットとしてではなく、集団的な抵抗がどのようなものになり得るのか、そして芸術がどのような役割を果たすべきかを思い起こさせるものとなることを願っている」とのことです。「クィア・エドワード2世」という潔いタイトルがまず最高ですね。
『I Plant My Hand in the Garden』
「Giornate degli Autori(ヴェニス・デイズ)」選出。“ボリス・ハジヤ”(Boris Hadžija)と“ホダ・タヘリ”(Hoda Taheri)の両監督が自分たちで主演もしているこの映画は、自伝的な経験に基づいて作られたフィクションだそうです。ベルリンに暮らす妊娠中のイラン難民と、セルビア出身のゲイの男性…この2人が関係を深めつつ、家族の期待に晒され、生き方を模索していく一作。「現実に見えるものと構築されたものの間の不安定な境界に関心を寄せています。例えば、パスポートは物理的な物体ですが、それが与えるアイデンティティは政治的で想像上のものであるように…」と監督は触れています。
『La città dei vivi』(The City of the Living)
「オリゾンティ」選出。“エドアルド・ガブリエリーニ”(Edoardo Gabbriellini)監督によるイタリア映画。養子として迎え入れてくれた家族とローマで暮らす23歳の人物を主役に、自分なりのペースで人生を送っていたひとりの人間が、ある悲劇によってその喜怒哀楽をすべて奪われる姿を描くとのこと。調べていくうちにネタバレに触れてしまいましたが、今作は2016年に実際に起きた事件から着想を得ているみたいです。セクシュアル・マイノリティが暴力の対象から無縁ではいられないのは紛れもない現実なので、映画の題材になるのも避けられないところがあります。願わくば映画がただの悲しい惨劇として消費されるだけで終わりませんように…。
『The Basics of Philosophy』
「アウト・オブ・コンペティション(Venice Open)」選出。シネフィルには説明不要のあの“ポール・シュレイダー”(Paul Schrader)監督の最新作はクィア映画だったのか…。でも私がチラっと覗きみて調べたかぎりは、エンパワーメント溢れるシンプルな内容ではないようですけど…。人間の不条理さを描くのを得意とする“ポール・シュレイダー”監督ですからね。アメリカ中西部の小さなリベラルアーツ大学で哲学を教える主人公が直面する、加虐と倫理が交錯する過去。アイデンティティと欺瞞に苦悩することこそ、“ポール・シュレイダー”の考える最も好みな哲学なのかもしれません。
『Tijuana, Todavía』
「Biennale College Cinema」選出。“ガブリエル・グティエレス・モラレス”(Gabriel Gutierrez Morales)監督によるこのメキシコ映画は、ウクライナ戦争から逃れてきた若いロシア人ゲイ男性がメキシコで中年ゲイ男性と出会い系アプリで出会い、デジタル上のアイデンティティの裏に身を隠しつつ、亡命の傷と男らしさの重圧に直面する姿を描く…とのこと。クィアであるという理由で迫害される現実から逃れること、しかし、その逃げ場でもその地の抑圧に苦しむ当事者がいる。この見過ごすことができない今の当事者たちの人間模様は映画にならないわけがないです。
『Salón de belleza』
「Giornate degli Autori(ヴェニス・デイズ)」選出。俳優として多彩な映画に出演して来た“ナタリア・アセベド”(Nathalia Acevedo)監督は、この長編映画監督デビュー作にて、ラテンアメリカ文学を代表するメキシコの実験的な小説家“マリオ・ベラティン”の作品を大胆に映画化。内容は雰囲気から察するにとりとめのない感じのようで、死と命のメタファーが充満しているようです。名もなき都市で社会から疎外された人々が集まる美容院を舞台に、現実と幻影の間を漂って、観客をどこへ連れて行ってくれるのでしょうか。
『太陽ぬ色』(The Color of the Sun)
「オリゾンティ」選出。カナダ出身の“ザビエル・テラ”(Xavier Tera)が監督し、沖縄出身の俳優陣を揃えた一作。現在も米軍基地が存在し、大戦時からの歴史を引きずり、本土とは明らかに異なる地となっている沖縄。本土の厚顔無恥な人たちが現地の選挙を好き勝手に荒らしたばかりですが、ここで生きる者たちの姿に丁寧に寄り添うのが本作。沖縄の高校生と米軍基地で育った少年の出会い。米軍ヘリコプターの轟音の下、政治的な緊張感の中で、セクシュアリティが目覚めていくとき、何が起きるのか。監督によれば、沖縄の歴史と世界中の先住民族の歴史との類似点を意識し、植民地支配によってもたらされる衝突と変容を物語に内包しているそうです。
『Camouflage』
「Giornate degli Autori(ヴェニス・デイズ)」選出。“ミキタ・ギバレンコ”(Mykyta Gibalenko)監督の実際のディアスポラ経験に基づいたドイツ映画で、家族をウクライナに残し、ドイツのミュンヘンで新たな生活を始めることを夢見ていた22歳が、学生劇団に入団するも、ロシアによるウクライナへの全面侵攻によって状況は一変し…。2026年のヴェネツィア国際映画祭のプログラムでは、あらゆる国家による戦争侵略行為による傷を描いた作品が目白押しでしたが、この映画もそこに加わっています。移民の物語としてどんな語り口をみせてくれるのか、気になります。
『Huangyan shenghuo』(Big Little Things)
「オリゾンティ」選出。保守的な家族規範が根強い東アジアでは、当事者にとって同性のパートナーを家族に紹介することは、その家族の崩壊のリスクと隣り合わせ。中国本土で育った“ミシェル・チョウ”(Michelle Zhou)監督は、その家族物語の実体験を斬新に引用し、映画にしているようです。パートナーの実父をキャスティングすることで、撮影現場は「映画を通じた対話」の場となり、この映画を制作する過程がそのまま人生の延長になっている…。このアイディアを実行する覚悟と勇気に驚きます。でもそれが当事者の目の前にある現実だということです。
『Peau d’homme』(A Man’s Skin)
「Giornate degli Autori(ヴェニス・デイズ)」選出。『ベルナデット 最強のファーストレディ』の“レア・ドムナック”(Léa Domenach)監督の新作は、現代の政治を扱っていた前作から一転、バンド・デシネ『男の皮の物語』を映画化。中世を舞台に、男になれる「皮」を手に入れた18歳の名家出身女性が、ジェンダーの壁を軽やかに越境します。生まれながらの性別に縛られない自分らしさは手に入るのか…。これぞ現代社会に突き刺さるプリンセス・ストーリー。保守的なディズニーなら絶対にこんな物語を作ることを許さないだろうな…。
『Lovers in the Blue Night』
「オリゾンティ」選出。2026年はインド映画からも“アヌパルナ・ロイ”(Anuparna Roy)監督がクィアネスをお届け。ムンバイで4人の移民が愛と居場所を求めて彷徨い、カーストとゲイネスが混ざり合います。監督は「感情を罰する世界で、あえて欲望を抱く人々、義務に縛られたゲイの男性、認められたいと切望する女性、そして受け入れられることを切望する泥棒についての物語です」と紹介しています。近年も大ヒットするインド映画は軒並みハイパーマッチョで異性愛規範全開ですが、だからこそ現地で生きるクィアなマイノリティに向き合う映画を応援したいです。
「Queer Lion Award: Out of Competition」の選出作品の紹介は割愛しています。
なお、“アレックス・ギブニー”監督によるイーロン・マスクの醜態を暴くドキュメンタリー大作『Musk』も出品されていましたが、クィア獅子賞の対象にはなっていません。一応、彼もトランスジェンダーの娘の父親(サイテーな親)ですが、まあ、クィア映画とは誰もみなさないか…。


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