スーパーヒーローやスーパーヴィランが主人公となるアメリカのコミックを原作とするアメコミ映画。今やハリウッドでは大作ブロックバスターとしてたくさん作られています。
そんなアメコミ映画に対して、近年は「“ポリコレ”や“スーパーヒーロー疲れ”のせいで興行収入が減っている」なんて主張が聞かれることもあります。それは事実なのでしょうか?
人は、自分の「こうに違いない」という考えを補強するようなデータばかりに注目してしまいがちです。そうした先入観を排除するには、全データを整理して分析する必要があります。
そこで「そもそも興行収入は減っているのか?」と「それは“ポリコレ”や“スーパーヒーロー疲れ”のせいなのか?」という、2つの段階で調べてみました。
「興行収入は減っているのか?」の調査
対象の映画
まず対象とする映画を選定します。さすがに全てのアメコミ映画を網羅はできませんので、2000年以降に劇場公開されたアメリカの映画…とくに「DC」と「マーベル」の二大アメコミ企業に焦点を絞ることにします。
対象は実写のみで、アニメーションは含みません。
劇場公開された映画のみを対象としますが、日本では劇場公開されていない作品もあります。
データの整理
それではさっそく対象の映画を一覧で整理してみました。
「DC」と「マーベル」の2つに分類しようと思ったのですが、スタジオごとのほうが傾向を観察しやすいと考え、もう少し分類を増やすことにしました。少々ややこしいのが「マーベル」で、マーベルは複数のスタジオにいくつかのタイトル&キャラクターの映画化の権利を売却してしまった過去があるので、分散しています。そこでおおまかにMCUとその他の作品をまとめた「MCU+」、ディズニーに買収される前の20世紀フォックスの作品をまとめた「20CF」、ソニーの作品をまとめた「SONY」の3つに分類しています。「DC」と合わせて4つです。
なお、ソニーの『スパイダーマン:ホームカミング』以降の「スパイダーマン」映画はMCUでもあるので、「MCU+」に含めています。
各映画の興行収入は「Box Office Mojo」の全世界の記録を扱っており、5桁までは省略して示しています。
具体的な各映画と興行収入は以下のとおりです。
【DC(DCEU、DCU、その他)】
- 2004年『キャットウーマン』82,400,000$
- 2005年『コンスタンティン』230,900,000$
- 2005年『バットマン ビギンズ』375,400,000$
- 2006年『スーパーマン リターンズ』391,100,000$
- 2008年『ダークナイト』1,009,000,000$
- 2009年『ウォッチメン』187,000,000$
- 2010年『ジョナ・ヘックス』11,000,000$
- 2011年『グリーン・ランタン』220,000,000$
- 2012年『ダークナイト ライジング』1,081,000,000$
- 2013年『マン・オブ・スティール』668,000,000$
- 2016年『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』873,600,000$
- 2016年『スーサイド・スクワッド』747,000,000$
- 2017年『ワンダーウーマン』822,800,000$
- 2017年『ジャスティス・リーグ』657,900,000$
- 2018年『アクアマン』1,148,000,000$
- 2019年『シャザム!』367,700,000$
- 2019年『ジョーカー』1,074,000,000$
- 2020年『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』205,300,000$
- 2020年『ワンダーウーマン1984』169,600,000$
- 2021年『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』168,700,000$
- 2022年『THE BATMAN ザ・バットマン』771,000,000$
- 2022年『ブラックアダム』393,000,000$
- 2023年『シャザム! 神々の怒り』133,800,000$
- 2023年『ザ・フラッシュ』271,400,000$
- 2023年『ブルービートル』130,800,000$
- 2023年『アクアマン 失われた王国』440,200,000$
- 2024年『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』207,500,000$
- 2025年『スーパーマン』615,200,000$
【MCU+(MCU、その他)】
- 2002年『ブレイド2』155,000,000$ ※非MCU
- 2003年『ハルク』245,300,000$※非MCU
- 2004年『パニッシャー』54,700,000$※非MCU
- 2004年『ブレイド3』132,000,000$※非MCU
- 2008年『アイアンマン』585,800,000$
- 2008年『パニッシャー: ウォー・ゾーン』10,100,000$※非MCU
- 2009年『インクレディブル・ハルク』265,600,000$
- 2010年『アイアンマン2』623,900,000$
- 2011年『マイティ・ソー』449,300,000$
- 2011年『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』370,600,000$
- 2012年『アベンジャーズ』1,519,000,000$
- 2013年『アイアンマン3』1,215,000,000$
- 2013年『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』644,800,000$
- 2014年『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』714,400,000$
- 2014年『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』773,300,000$
- 2015年『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』1,403,000,000$
- 2015年『アントマン』519,300,000$
- 2016年『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』1,153,000,000$
- 2016年『ドクター・ストレンジ』677,800,000$
- 2017年『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』869,000,000$
- 2017年『スパイダーマン:ホームカミング』880,200,000$※SONY合同
- 2017年『マイティ・ソー バトルロイヤル』855,000,000$
- 2018年『ブラックパンサー』1,348,000,000$
- 2018年『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』2,052,000,000$
- 2018年『アントマン&ワスプ』622,700,000$
- 2019年『キャプテン・マーベル』1,131,000,000$
- 2019年『アベンジャーズ/エンドゲーム』2,799,000,000$
- 2019年『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』1,132,000,000$※SONY合同
- 2021年『ブラック・ウィドウ』379,800,000$
- 2021年『シャン・チー/テン・リングスの伝説』432,200,000$
- 2021年『エターナルズ』402,100,000$
- 2021年『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』1,922,000,000$※SONY合同
- 2022年『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』955,800,000$
- 2022年『ソー:ラブ&サンダー』760,900,000$
- 2022年『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』859,200,000$
- 2023年『アントマン&ワスプ:クアントマニア』476,100,000$
- 2023年『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』839,100,000$
- 2023年『マーベルズ』206,100,000$
- 2024年『デッドプール&ウルヴァリン』1,338,000,000$
- 2025年『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』415,100,000$
- 2025年『サンダーボルツ*』382,400,000$
- 2025年『ファンタスティック4:ファースト・ステップ』521,800,000$(box office mojo)
【20CF(20世紀フォックス)】
- 2000年『X-メン』296,300,000$
- 2003年『デアデビル』179,200,000$
- 2003年『X-MEN2』407,700,000$
- 2005年『エレクトラ』57,000,000$
- 2005年『ファンタスティック・フォー 超能力ユニット』333,500,000$
- 2006年『X-MEN:ファイナル ディシジョン』460,400,000$
- 2007年『ファンタスティック・フォー:銀河の危機』301,900,000$
- 2009年『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』373,000,000$
- 2011年『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』353,000,000$
- 2013年『ウルヴァリン:SAMURAI』414,800,000$
- 2014年『X-MEN:フューチャー&パスト』746,000,000$
- 2015年『ファンタスティック・フォー』167,900,000$
- 2016年『デッドプール』782,600,000$
- 2016年『X-MEN:アポカリプス』543,900,000$
- 2017年『LOGAN/ローガン』619,200,000$
- 2018年『デッドプール2』785,900,000$
- 2019年『X-MEN:ダーク・フェニックス』252,400,000$
- 2020年『ニュー・ミュータント』49,200,000$
【SONY(ソニー)】
- 2002年『スパイダーマン』825,800,000$
- 2004年『スパイダーマン2』795,900,000$
- 2007年『ゴーストライダー』228,700,000$
- 2007年『スパイダーマン3』895,900,000$
- 2011年『ゴーストライダー2』132,500,000$
- 2012年『アメイジング・スパイダーマン』758,700,000$
- 2014年『アメイジング・スパイダーマン2』716,900,000$
- 2018年『ヴェノム』856,100,000$
- 2021年『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』506,800,000$
- 2022年『モービウス』167,500,000$
- 2024年『マダム・ウェブ』100,500,000$
- 2024年『ヴェノム:ザ・ラストダンス』478,900,000$
- 2024年『クレイヴン・ザ・ハンター』62,000,000$(box office mojo)
「DC」は28作品です。「マーベル」に該当する「MCU+」は42作品、「20CF」は18作品、「SONY」は13作品です。
結果
各年の映画の興行収入を集計して興行収入の年間の推移をみてみると、2018年と2019年に大きなピークがあり、そこまで多少の上下はあれど、興行収入が増加傾向にあったことがわかります。
そして2020年から2025年までは興行収入は伸び悩み、むしろ下降傾向にあることもわかります。

年ごとのアメコミ映画の興行収入の総計(2000年~2025年)
なので漠然と集計すると「最近は興行収入は減っているのか?」の答えは「YES」ということになります。
しかし、これは全体を集計した結果であり、もう少し細かく見てみると異なる事情が浮き彫りになります。

企業ごとに大まかに4つに分けた年ごとのアメコミ映画の興行収入の総計(2000年~2025年)
00年代以前はまだアメコミ映画は興収面でそれほど目立っていませんでしたが、00年代の「SONY」の『スパイダーマン』シリーズの大ヒットによって状況は変わります。この時期の興収を牽引していたのはこの『スパイダーマン』シリーズでした。
その後、10年代になると「SONY」の他に「DC」「20CF」も大ヒット作を生み出すようになります。そして「MCU」の成功が全体の興収を大きく上振れさせました。つまり、10年代はこの4つの大企業がアメコミ映画でヒットを飛ばしていた時代と言えます。
ところが10年代終盤になると、20世紀フォックスはディズニーに買収され、「20CF」のアメコミ映画は消えます。そして20年代は「DC」と「SONY」もヒット作を出さなくなっていきます。そして「DU」はそれまで推し進めていた「DCEU」というシリーズを終了させ、「SONY」もシリーズを事実上フェードアウトさせました。
「MCU」はコロナ禍で映画館が閉鎖されていた2020年を経て、再びシリーズ展開を拡張させていき、2010年代の最低値を上回る興収を記録する年もあるなど、2020年代は決して下がりっぱなしではありません。
20年代の興収の減少は「DC」と「SONY」のヒットの弱さに起因するところが大きいと言えるでしょう。2000年~2025年はスタジオの吸収と、シリーズを切り替える転換点にあたり、興収が安定しなかったとも分析できます。
「興行収入を左右する要因」の考察
それでは興行収入は「ポリコレ」や「スーパーヒーロー疲れ」に影響されるのでしょうか?
この質問への回答は難しく、なぜなら「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)」も「スーパーヒーロー疲れ」も、とくに明確な定義の無い空っぽな概念なので、そもそも何を指しているのがわかりにくいからです。
仮に「ポリティカル・コレクトネス」を「女性や特定の人種、LGBTQなどマイノリティがメインで描かれる作品」として分析してみると、そうした作品が興収がことさら低いという傾向はありません。
例えば、興収が1億ドル未満のアメコミ映画の多くは異性愛者の白人男性が主役の作品です。逆に興収が13億ドルの大台を超えるアメコミ映画の中には、『ブラックパンサー』のような黒人が主役の作品もあれば、『デッドプール&ウルヴァリン』のように性的マイノリティが主役の作品もあります。
【2000年以降興収歴代BESTリスト(13億ドル超え)】
- 『アベンジャーズ/エンドゲーム』2,799,000,000$
- 『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』2,052,000,000$
- 『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』1,922,000,000$
- 『アベンジャーズ』1,519,000,000$
- 『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』1,403,000,000$
- 『ブラックパンサー』1,348,000,000$
- 『デッドプール&ウルヴァリン』1,338,000,000$
【2000年以降興収歴代WORSTリスト(1億ドル未満)】
- 『パニッシャー: ウォー・ゾーン』10,100,000$
- 『ジョナ・ヘックス』11,000,000$
- 『ニュー・ミュータント』49,200,000$
- 『パニッシャー』54,700,000$
- 『エレクトラ』57,000,000$
- 『クレイヴン・ザ・ハンター』62,000,000$
- 『キャットウーマン』82,400,000$
アメコミ映画に限らず、”スティーブン・フォローズ”という研究者が、1万本以上の映画と400万件の観客のコメントを精査し、観客が「woke(ポリコレとほぼ同義)」とみなすテーマを含む映画と興行成績の成功との間に相関関係があるかどうかを調べた調査によれば、とくに商業的成功の有無との関連性はなかったとしています(PinkNews)。「最上位のジャンルでは、露骨な、あるいは不自然な政治的メッセージは批判される傾向がある」ものの、「上手く語られた良い物語は、ほとんどの反射的な反対意見を克服する」とし、「重要なのは、映画製作者が特定のアイデアを避けるべきか、あるいは受け入れるべきかということではなく、それらを真摯に、そして文脈を意識して扱うことに成功は左右される」と結論付けています。
「スーパーヒーロー疲れ」も「作品数の多さ」との影響として分析しても、とくに公開作品の数と興行収入に関連性は見当たりません。年間公開数は2016年から2023年まで高止まりしていましたが、2024年から減少し始めました。そもそもアメコミ映画ファンのようなオタク層や批評家でもないかぎり、公開されている全てのアメコミ映画を劇場で観る人は少ないでしょう。「疲れる」ほど観ていないでしょうし、観ない理由を「疲れ」で説明するのは強引すぎるとも思います。

年ごとのアメコミ映画の劇場公開数の総計(2000年~2025年)
このように、「ポリコレ」や「スーパーヒーロー疲れ」のような要因を持ち出しても、単純な傾向は観察できません。
アメコミ映画というのは、もともとマニアしか観ないようなマイナーなジャンルでした。近年になって大衆を呼び込むようになりましたが、それでもマニアックさ自体は変わりません。観る人を選びやすいです。
それゆえに極めて当たり外れが激しいという特徴があります。2000年代以降の興収をみても、最低の興収を記録した作品と、最大の興収を記録した作品では、約280倍もの差があるほどです。
そして特大ヒットするアメコミ映画というのは、ネームバリューのあるいくつかのタイトルに限定されます。例えば、13億ドルの大台を超えたアメコミ映画7作品のうち、4作品は「アベンジャーズ」のタイトルです。大衆知名度のある人気キャラが共演する作品も興収がずば抜けて跳ね上がる傾向にあり、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』や『デッドプール&ウルヴァリン』はまさにそれに該当します。そう考えると『ブラックパンサー』はセオリー外のかなり異例の大ヒットでした。
アメコミ映画の興行収入は結局のところ、これらの少数の特大ヒット作に全て持っていかれる傾向にあり、その他の要素を吹き飛ばすほどの極端な上振れを起こします。
アメコミ映画の興行収入の興行収入を左右するのは「人気作」というのが今も現実でしょう。そのため、近年は興行収入は全体的に減っているようにみえても、それはただ人気作が作られていないだけで、ひとたび人気作が公開されれば、一気に減少傾向がひっくり返ることもじゅうぶん考えられます。その際に一部のメディアは「スーパーヒーロー疲れを克服!」などテキトーに語りだすかもしれませんが、そういう理由ではないことはこの整理でよくわかると思います。
なお、2026年は「アベンジャーズ」と「スパイダーマン」の新作が公開される予定であり、また高い興収の1年がやってきそうです。あとは「DC」が大ヒット作を生み出せるか…その動向も気になるところです。
2000年代から今に至るまで「人気作」の顔ぶれはそれほど変わっていません。「人気作」のバラエティーがどれほど増えるのかにも注目です。

