なにげなく使っているその言葉。みんな知っているだろうし、説明することでもないだろう…。でも実は他人に伝わっていない? 理解の共有ができていないのでは?
そんなこともある世の中。だから「あらためて考えてみる基本用語」というシリーズ記事として整理することにしました。
今回は「LGBT」という用語をとりあげます。
「LGBT」って知ってる?
「LGBT」という言葉は日本でも急速に社会に浸透しました。現在は「LGBTって知ってる?」と聞いても大半の人は「知ってる」「聞いたことがある」と答えるでしょう。それくらいに認知度があります。
でも正しい意味を知っているか…もっと言えばその言葉を適切に使いこなせているかと問われると、ちょっと自信ない人もいるはず。
実際、この「LGBT」という言葉は認知度のわりには理解は追いついていないと思います。その結果、自分で誤解していたり、誤用したりすることがあります。相手を傷つけてしまったりすることもあります。場合によっては差別や偏見を煽る目的でその言葉の意味を捻じ曲げる人も現れることだってあります。
今回のこの記事は「LGBT」という言葉をより深く知り、適切に認知するためのサポートです。辞書で調べるよりも詳細にスッキリと整理しています。
もし「LGBT」の意味がさっぱわからない、もしくは「LGBT」の意味を以下のとおりだと現状で認識しているだけなら、この記事を読み進める価値はあるでしょう。
- 「LGBT」は「レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー」の略称。
- 「LGBT」は性的マイノリティ(セクシュアル・マイノリティ)の総称。
なお、この記事では英語圏や日本語圏を前提にして用語の説明をしています。同じ用語でも文化・地域などの背景が違えば意味も変わることがあります。そこは留意してください。
「LGBT」という用語への浅い認識
「LGBT」と辞書で調べると、たいていは「レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭字語」と説明されているはずです。これは100%正しいです。
頭字語というのは「アクロニム」や「イニシャリズム」とも呼ばれます。それぞれの単語の最初の文字を抜き出してくっつけて生まれた用語ということです。例えば、「UFO」は「Unidentified Flying Object」の頭字語です。
「LGBT」は、レズビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)の頭文字をくっつけた言葉です。これはわかりやすいですし、そこまでなら理解している人も多いでしょう。
「レズビアン」「ゲイ」「バイセクシュアル」「トランスジェンダー」のそれぞれの言葉の意味がそもそもわからないときは、今回はそこまで個別に説明しないので、別のところで調べてください(例えば、以下のサイト)。
しかし、ここで勘違いされやすいですが、「LGBT」はレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの4つをまとめて呼ぶための用語ではありません。「“レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー”だと長すぎるから短くして“LGBT”なんだな」と略称の意味だと思われやすいですが、そういうわけでもありません。あくまで用語の成り立ちが頭字語になっているというだけです。
また、この誤解を招きやすい説明のされかたも非常によく見かけるのですが、「LGBT」は性的マイノリティ(セクシュアル・マイノリティ)の総称というわけでもないです。そもそも「性的マイノリティ(セクシュアル・マイノリティ)」という言葉自体が、性的指向や性同一性(性自認)などにおいてマイノリティな人もしくはそのラベル(アイデンティティ)をまとめて指す総称です。なので「性的マイノリティ(セクシュアル・マイノリティ)の総称」という言い方は「総称の総称」になってしまうわけで、明らかに変です。総称したいなら「性的マイノリティ(セクシュアル・マイノリティ)」という言葉でじゅうぶんなのです。
「LGBT」という用語が生まれた歴史
1960年代より前は「性的マイノリティ(セクシュアル・マイノリティ)」という言葉はおろか、そういう人たちをひとまとめで表現する便利な言葉はありませんでした。「sexual misfits(性的不適合者)」や「homosexual(同性愛ではなく性的倒錯のような意味合い)」と世間からは蔑まれて雑多に呼ばれるような社会だったので、多くの当事者は隠れながら自分や仲間のことを密かに内輪しか知らない隠語で呼び合っていました。
しかし、1960年代後半から流れが本格的に変わりました。当事者は社会の差別についに立ち上がり、平等な権利を求めて表に出て社会運動を始めたのです。そこで「ゲイ(gay)」という言葉が当事者の間で自分たちを表現する用語として定着しました。もともとは「楽しい」などのポジティブな意味合いでしたが、この当時は「ゲイ=性的マイノリティ」となりました。
ところがしだいに問題が浮上します。しかし、同性愛者が両性愛者(バイセクシュアル)の人を見下したり、トランスジェンダーの人が排除されたりと、性的マイノリティ当事者同士内で差別が起き、連携することができない事態が起きたのです。「ゲイ(gay)」という言葉では一致団結できなくなってしまいました。
これを反省し、1980年代の終わりに一部の活動家たちが「LGBT」という言葉を考えました。要するに連帯こそが大切だと再確認し、「レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーといった各当事者を対等に扱いましょう」と強調したわけです。「ゲイ」は今も英語圏では性的マイノリティの総称として使われることもありますが、もっぱら男性同性愛者を意味する用語としても機能するようになりました。1990年代にはこの「LGBT」が権利運動のキャッチコピーとして広まっていきました。
これが「LGBT」という言葉のざっくりした成り立ちの歴史です。
社会運動と連帯
この歴史の過程でわかるとおり、「LGBT」という言葉を理解するうえで大事なポイントが2つあります。
第一に、「LGBT」は社会運動のための用語です。マジョリティである異性愛者やシスジェンダーの人たちと平等な権利を求めるための活動で使われるキャッチフレーズみたいなものです。
第二に、「LGBT」は連帯を示すための用語です。連帯というのはつまり一緒に権利運動をしますという意思表示であり、他の性的マイノリティを差別しませんという姿勢の表明でもあります。
ということで「LGBT」はセクシュアル・マイノリティの権利運動における政治的連帯を意味します。
なので、「私はLGBTの一員です」と言ったときは、「私はセクシュアル・マイノリティです」という自己紹介にとどまらず、「他のセクシュアル・マイノリティを差別せず、コミュニティとして連帯します」という宣言をしているのと同義です。
包括性としての「LGBT」の派生用語
1990年代は「LGBT」でしたが、最近は多くの派生用語が登場しています。
「LGBTQ」「LGBTI」「LGBTQIA」などの他、「LGBT+」「LGBTQIA+」など「+」をつける場合もあります。
これは包括性を重視する考えかたが性的マイノリティのコミュニティの間で浸透するようになったからです。
性的マイノリティは何もレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの4つだけではありません。他にも多くのラベルがあります。パンセクシュアル、アセクシュアル、ノンバイナリー、クィア、インターセックスなど、多様です。
別にレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの4つ以外の性的マイノリティが当初の権利運動に加わっていなかったわけではありません。ただ、権利運動を展開する中で「自分たちはこのラベルの言葉で個別に表現したい」と思う人たちが続々と現れ、その流れに合わせて「LGBT」という用語の派生も増えていったのです。
よって「LGBT」はアンブレラ・ターム(Umbrella term)でもあります。包括性のある用語ということです。
こうなってくると「じゃあ、結局、どの用語を使えばいいの?」と疑問もでてきます。
結論として「この用語が正しい」というベストアンサーはありません。一部の差別目的で作られたレトリックの例外は除き、「この用語は間違っている」ということも基本はないです。あえて言うなら、「どこまで包括性を“強調”したいのか」という文脈で臨機応変に使い分けるようになっているのが現状です。
例えば、2024年時点で国連は「LGBTIQ+」という用語をウェブサイトで用いています(United Nation)。わざわざ「I(インターセックス)」の頭文字を加えているのは、国連が性的特徴におけるマイノリティの人権も、性的指向や性同一性と同等に扱っていることを強調したいからでしょう。「A(アセクシュアル)」は用語に頭文字としては入っていませんが、軽視しているわけではなく、ちゃんと包括はされています。
このように頭文字になくても包括はされているものであり、何を頭文字で加えるかで包括の強調をする…と考えていいと思います。
もしアセクシュアルを強調したいと思ったら「LGBTQA」や「LGBTQIA」と書いてもいいですし、長すぎると思ったら「LGBT+」とかでも構わないです。
ただ、「LGBT」(もしくはその派生語)を使う以上、適切な使い方があります。
「LGBT映画」と言ったとき、同性愛を描く映画しかないならその「LGBT」の使い方は間違っているでしょう。単に「同性愛映画」と書けばいいです。ただ、表象については例えばそれがどの具体的な性的マイノリティなのか判断しづらいことがあり、漠然と「LGBT」と表記するしかないこともあります。そういうときは「クィア」という言葉を無難に使うという方法もあります(「クィア」はそういう使い方もできます)。
人間を対象とするときはもっと慎重になることになります。ひとりの人物を指して「LGBTの人」という言い方は不適切です。「ゲイの人」や「性的マイノリティの人」など適切に表現しましょう(なるべくは本人の意思を尊重すること)。人間に対しての場合は、たとえ判断しづらくても「あの人はLGBTかな?」みたいな勝手な言及は失礼なのですべきではないです。
「なんでこれはLGBTに含まれないの?」という疑問
以上で「LGBT」という用語のだいたいの説明はできたと思います。
しかし、とある素朴な疑問がぶつけられることがあります。その疑問の中には「LGBT」という概念を批判するような文脈を裏に隠していることもありますが…。
それは「なんで“これ”はLGBTに含まれないの?」という疑問です。
例えば、「私は太った体型の人が好きで、これも社会になかなか理解されない。じゅうぶんマイノリティだと思う。でも“LGBT”に含まれないなんて仲間外れだ!」みたいな感じで…。
「LGBT」は現状、基本的に社会的規範に適合しないと歴史的にみなされてきた性的指向、性同一性、ジェンダー表現、および性的特徴の人たちのための用語です。この「性的指向」「性同一性」「ジェンダー表現」「性的特徴」の4つが取り上げられるのは、相互に関連があり、権利運動における政治的連帯を示す合意(コンセンサス)が歴史的に培われているからです。決して「LGBT」は“選ばれし”マイノリティだけが集っているわけではないのです。
「太った体型の人が好き」というのは「性的指向」としても扱われません(性的指向は性別に対する性的魅力のパターンを主に意味する)。いわゆる広い意味での性に対する魅力を感じるパターンです。
しかし、「LGBT」(もしくはその派生語)に含まれないからといって、軽視されているわけではなく、またその人のその性のアイデンティティを無視していいものとしてみなされているわけでもありません。実は「LGBT」とは異なる別のアンブレラ・タームがあります。
例えば「キンク(kink)」という概念があります。これは「フェティシズム」や「パラフィリア」といった言葉で表現されてきた(ときに病理化されてきた)社会的規範に適合しないとみなされてきた「LGBT」以外の性的魅力&性行動のさまざまなパターンを総称してそう呼んでおり、英語圏でよく使われます。具体的には、BDSMなどの性的ロールプレイ、物質や服装への執着的性的興奮、他いろいろ…。当事者コミュニティも発達しています。
「キンク」のコミュニティも「LGBT」のコミュニティとその時々で一緒に社会運動をしてきました。歴史の一部を共有した仲です(Business Insider)。「LGBT」に何でも含める必要はなく、すでに「キンク」という別の用語を獲得しているわけです。
「LGBT」も「キンク」も、どちらにとっても大切な根底の理念があります。「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)」です。この中で、自分の性的な快楽やあり方を自分で決められ、社会に否定されない権利というものが定められています。「LGBT」のような性的マイノリティはもちろん、広い意味での性に対する好みも包括されています。
「LGBT」という言葉だけがひとり歩きし、それだけがマイノリティな「性」を語れる機会だと誤解されていることが多いと思います。しかし、先ほど述べたように「LGBT」という言葉だけで「性」全般を語るものではありません。そのようにデザインされた言葉ではないからです。「LGBTQIA+」のような派生語であろうとも「性」に関する社会運動の連帯のほんの一部です。
「LGBT」は「SRHR」に支えられていることも忘れずに、広い視野を持ちつつ「LGBT」という言葉を使っていってください。
関連の用語解説紹介
「あらためて考えてみる基本用語」シリーズの記事の一覧です。
・『トランスジェンダー』もしくは『トランスジェンダリズム』
・『生物学的性別』
・『宗教右派』もしくは『右派』と『左派』