感想は2000作品以上! 検索はメニューからどうぞ。

「Barbenheimer(バーベンハイマー)」を解説。その発端と流行から炎上までを振り返る

Barbenheimer

2023年の夏、とあるインターネット・ミームがSNS(ソーシャルメディア)を席捲していきました。

それが「Barbenheimer(バーベンハイマー)」です。

インターネット・ミームが流行し、炎上していく…それはネット上で毎年365日繰り返され続けていること。しかし、この「Barbenheimer」は映画史にとっても時事的な要素をあれこれ凝縮したような特別なインターネット・ミームでした。

ということでその歴史をメモする意味でも、今回は「Barbenheimer」についてここに整理しておきたいと思います。

「Barbenheimer(バーベンハイマー)」とは?

まず「Barbenheimer」とは何でしょうか。

これは2つの映画によって生まれたインターネット・ミームです。その2つの映画とは、“グレタ・ガーウィグ”監督の『バービー』と、“クリストファー・ノーラン”監督の『オッペンハイマー』

『バービー』は、おもちゃメーカーのマテル社が発売し、世界的に大ヒットしている着せ替え人形「バービー」をユーモラスな世界観で実写映画化した作品です。

『オッペンハイマー』は、第二次世界大戦中に世界初の原子爆弾を開発した「原爆の父」として知られる理論物理学者のロバート・オッペンハイマーの半生を描いた伝記映画です。

この『バービー』(Barbie)と『オッペンハイマー』(Oppenheimer)のタイトルを組み合わせて生まれたのが「Barbenheimer」というわけです。

しかし、この2つの映画は雰囲気からして全然違います。片やオモチャの人形が主題のコメディで、もう片方は実在の人物を扱った硬派な伝記モノです。もちろん全然雰囲気が違う作品だからこそ、それを組み合わせると面白い…という理由もあるでしょうけど…。

この『バービー』と『オッペンハイマー』の2つの映画の縁。それは共に本国アメリカでは2023年7月21日に劇場公開されるという理由が表向きで説明されがちですが、それだけではありません。実はかなり込み入った関係性があります。

それについて順を追って紹介していきましょう。

実は最初は最悪にギスギスしていた2つの映画

「Barbenheimer」なんてインターネット・ミームが誕生した今となっては信じられない話ですが、実のところ、この『バービー』と『オッペンハイマー』という2つの映画は最初は非常にギスギスした関係…平たく言えば「仲は悪かった」というのが実情でした

無論、この2つの映画は、『バービー』は「ワーナー・ブラザース」、『オッペンハイマー』は「ユニバーサル・ピクチャーズ」が配給なので、競争関係にある映画大企業の主力作品です。当然、そもそも前提としてライバル関係にあります。

ただ、この2つの映画はそれ以上に「仲が悪い」と言えるほどの軋轢を抱えていました。

発端は、“クリストファー・ノーラン”監督とワーナー・ブラザースの関係悪化です。“クリストファー・ノーラン”監督はここ最近はずっとワーナー・ブラザースの配給で映画を作ってきたのですが、2020年の監督作『TENET テネット』以降、関係にヒビが入ります。ワーナー・ブラザースが自社の動画配信サービス「HBO Max(今はMax)」を優先するようになり、当時、新型コロナウイルスのパンデミックによるロックダウンで劇場公開が厳しくなっていたこともあって、2021年に公開予定の映画すべてを自社のストリーミングサービス「HBO Max」で扱うと強行的に決定。これは多くの映画監督から反発を受けました。

“クリストファー・ノーラン”監督はとくに大激怒した監督のひとりで、ついには長年のパートナーであったワーナー・ブラザースと絶縁することに決めます

こうして“クリストファー・ノーラン”監督は次の自分の新作映画をユニバーサル・ピクチャーズの配給で制作することにし、『オッペンハイマー』が作られました。

『オッペンハイマー』の公開日が2023年7月21日に決まると、ワーナー・ブラザースは自社の主力映画である『バービー』の公開日も同日としてぶつけてきます。

こうしたライバル企業同士が大作映画の公開日を重ねるというのは、映画業界では珍しくありません。ただ、前述した経緯もあったので、ワーナー・ブラザースが縁を切ってしまった“クリストファー・ノーラン”監督に対して挑発していると勘繰る人もいました。

ともあれ、この2つの映画は結果的に非常にギスギスした空気を抱えて、公開日に迫っていたのでした。

仲良くなったきっかけはトム・クルーズ!?

では一体なぜそんな関係性が最悪の2つの映画なのに、一緒に組み合わさった「Barbenheimer」なんてものが生まれてしまったのか。

その復縁のきっかけを作った意外なひとりの人物が、“トム・クルーズ”でした。

人気俳優“トム・クルーズ”はコロナ禍で大打撃を受けた映画館を支援する取り組みを率先して行ってきた人でもありました。2022年は自身の主演作『トップガン マーヴェリック』を大ヒットさせ、映画館を潤わせましたし、2023年も主演作『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』を本国アメリカで7月12日に公開させていました。

その“トム・クルーズ”は謙虚なことに自分が一切関わっていない、本国アメリカでは翌週公開の『バービー』と『オッペンハイマー』の宣伝も映画館を助けるためと独自にやりだし、「この映画を2本立てで映画館で見よう!」と発信しましたDeadline

“トム・クルーズ”以前にも『バービー』と『オッペンハイマー』を2本立てで観ることを提案している人はいたと思いますが、やはり唯一無二の映画スターである“トム・クルーズ”がそれを明言したのはインパクトがあり、これによって2つの映画のギスギスした空気はすっかり忘れ去られ、この2作をセットで観るという機運がネット上でも急速に高まり出します

また、2023年7月は、全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)全米脚本家組合(WGA)が、全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)に待遇改善を要求して63年ぶりの同時ストライキに突入していたという業界事情もこの背景として無視できません。

このストライキによってコロナ禍のときとは違った不安な空気が業界全体に立ち込めており、「映画館は応援したいけど、俳優や脚本家の労働環境も大事だし…」というジレンマが生じていました。企業としても俳優を使って宣伝できなくなってしまったので、マーケティングに困っていたはずです。

そこへやってきた『バービー』と『オッペンハイマー』の2本立て鑑賞のムーブメント。ネガティブな空気を吹き飛ばすにはちょうどいい存在でした。

「Barbenheimer」という言葉が最初に用いられたのは、「Next Best Picture」の編集長“マット・ネグリア”による2022年4月15日付けのTwitter(今はX)への投稿からだそうですがNBCnews、2023年には「Barbenheimer」は完全に「2つの映画を観る」というムーブメントを象徴するカウンタープログラミングの造語へと変貌しました。

要するに、「経済的苦境に立たされた映画館を楽しく応援したい」という映画ファンの気持ち、「俳優抜きで宣伝できる格好の材料が欲しい」という配給側の要望…これらの2つがベストマッチしたのが「Barbenheimer」です。「Barbenheimer」が2023年を象徴する社会現象になれたのは、そうした映画業界の切実な事情を受けとめるだけのパワーがあったからでした。

暴走するインターネット・ミーム

先ほども経緯で書いたように、「Barbenheimer」はあくまで「2つの映画を観る」という目的を土台にしています。ただ、2つの映画を観ればそれでいいわけです。今や勘違いされがちですが、本来はそれが目的のインターネット・ミームです。

しかし、インターネット・ミームというのはそれで終わらないもの。「Barbenheimer」という造語から連想するような、『バービー』と『オッペンハイマー』の2つの映画のビジュアルを合体させたような画像が作られるようになり、それもまた急速に流行りだしていきます。

2つの映画を観ることが目的だったはずですが、この「Barbenheimer」の面白ネタ画像を作ることに精力を注ぐような現象にもなり始めました。

ここで問題が生じます。

『バービー』はビジュアル的にネタに事欠きません。いくらでも材料があります。しかし、『オッペンハイマー』は非常に硬派な伝記映画なので、ビジュアルも地味です。結果、『オッペンハイマー』は原爆を扱っているので、作中でも表現されている原爆による「爆風」や「キノコ雲」を借用したデザインが大量に出回るようになってしまいました。

ちなみに『オッペンハイマー』の映画内では、原爆による「爆風」や「キノコ雲」の描写は、上映時間3時間の中でほんの数分しかありません。

「Barbenheimer」のタグとともに、いろいろな2つの映画の合体画像が作られましたが、その中には「ピンク色のキノコ雲」などもよく見受けられる状況でした(『バービー』のイメージカラーがピンク色であるため)。

こうしてAI生成されるかのごとく、瞬く間に「Barbenheimer」の画像が量産され、原爆による「爆風」や「キノコ雲」がポップにアレンジされていってしまったのでした。

日本とアメリカの反応の分裂、そして謝罪へ

この「Barbenheimer」のネタ画像の大量生成&拡散について、本国アメリカでは基本的には好意的に受け止められていきました。

しかし、原爆を投下された歴史を持つ日本では全く正反対のものでした。SNS上でこういた画像が流行りだすとすぐに嫌悪感や拒否反応を示す日本の人たちが現れます。

そしてその日本での反発が決定的になったのが、『バービー』の公式X(旧Twitter)アカウントがこの「Barbenheimer」のネタ画像を「It’s going to be a summer to remember」というコメントとともに紹介した出来事ですThe Mary Sue

『バービー』の公式が原爆による「爆風」や「キノコ雲」をポップにアレンジした画像を支持したととれる行動をとったことは、一気に日本のSNSでも知れ渡り、「#NoBarbenheimer」という反対運動が巻き起こりました。これは日本の大手メディアも続々と報じることになり、原爆被爆者を含めて、日本の大衆に認知されていく大きな事態へと発展しました。日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の“田中煕巳”代表委員は、「被爆者の気持ちを踏みにじる軽はずみな行動」と、一連の出来事に悲痛な思いをにじませています東京新聞

これに対して日本での配給を担当するワーナー・ブラザース・ジャパンは声明を急遽発表し、「Barbenheimerは公式のものではないこと」「アメリカ本社の反応は配慮に欠けたもので、極めて遺憾であり、事態を重く受け止め、本社にしかるべき対応を求めること」を述べ、お詫びする対応をとりました。

これについて本国の公式アカウント側(ワーナー・ブラザース)もすぐに返事をみせ、アメリカではかなり異例とも言える謝罪文を公表しましたThe RIVER

この反応の早さは事の問題を深刻に受け止めた証なのかもしれませんが、おそらくさまざまな背景があったと思われます。そもそも日本での『バービー』の劇場公開は8月11日で、広島と長崎の原爆投下日(8月6日と9日)とかなり近く、当然、この投下の日は原爆死没者慰霊式・平和祈念式が大々的に行われ、日本のみならず国際的な参加者が集います中国新聞

下手すれば政治問題になりかねないので早急に対応をする必要を感じたのかもしれません。

また、8月1日には監督やプロデューサーが来日して取材があり、2日にはジャパンプレミアが開催されたので、その前になんとか公式として立場をハッキリさせ、事態の火消しをしたかったのもあるでしょう。

後にワーナー・ブラザースのアジアやオーストラリアなど西太平洋地域の事業責任者を務める”ジェームズ・ギボンズ”氏が日本経済新聞の取材に応え、「SNS上で起きた無神経な事件への関与を遺憾に思う」と述べ、あらためて陳謝しました日本経済新聞

とにかくこうした日本における「Barbenheimer」へのネガティブな反応は、アメリカのメディアも報じることとなりDeadline; BBC、「Barbenheimer」現象の話題がまたボリュームアップすることになりました。

アメリカにおける「原爆」への認識

今回の「Barbenheimer」現象における一連の「原爆」への扱いであらためて示されたのが、アメリカにおける原爆への認識です。

アメリカは「原爆投下は必要なことだった」という認識が根強く、それは単なる歴史認識ではなく、エンタメの世界にも色濃く表れています。原爆をポップなアイコンにするのは今になって始まったことではありません。

それに関しては、著書に『なぜ原爆が悪ではないのか アメリカの核意識』(岩波書店)がある“宮本ゆき”氏(デュポール大学教授)が「ハフポスト」で解説している記事も参考にもなります。

同時に、近年は若い世代を中心に原爆投下への不支持もアメリカ国内に広がりつつあり、また、人種問題など紋切り型ではない多面的な切り口で分析する動きも見られるようになり始めています東京新聞

現在はまさにターニングポイントです。

だからこそ「Barbenheimer」の原点となった『オッペンハイマー』は注目されるべき映画となるはずでした。この『オッペンハイマー』で主題として描かれるロバート・オッペンハイマーは、原子爆弾を開発する「マンハッタン計画」の中心的人物でしたが、同時に原爆投下後に核兵器の製造使用拡大に明確に反対した人物でもあり、アメリカ政府と対立しました。映画『オッペンハイマー』自体もその内容の踏み込み具合などに是非はあれど、基本は「反核」の姿勢を持つ映画であり、アメリカの文化の中では異色でした。

ハリウッド映画で原爆の凄惨さを直視して描いた最近の大作として、マーベルの『エターナルズ』(2021年)がありましたが、最近のアメリカはエンタメ業界でも原爆への認識は変わり始める起点に立っているのかもしれません(これはアジア系のクリエイターの活躍が後押ししているのは言うまでもありません。業界の多様性の促進が、ハリウッドの原爆への認識を変える原動力となっています)。

それにもかかわらず、あろうことか「Barbenheimer」に便乗して原爆をネタにしてしまうというのは、『オッペンハイマー』のメッセージに反することであり(明らかに『バービー』のオモチャのブランドイメージにも反する)、大衆が映画の中身ではなくムーブメントに表層的に乗っかることしか考えていないという悲しい現実を見せつけるものでもありました。

日本ではタブー化している「原爆」

では日本はどうでしょうか。

日本では原爆投下の歴史は学校で学びます。しかし、それは「被害」にもっぱら比重を置いており、その被害のショッキングさと「日本は被爆国である」という帰属意識が土台になっていると思います。

※正確には日本は唯一の核兵器被爆国ではないです。核実験などによってアメリカ含めて世界中に被爆者がいます。

歴史認識も地域差もあり、原爆投下の地である広島や長崎とそれ以外の地域では大きな開きがあると実感する人も珍しくありません。

そんな中、日本では「原爆はとりあえずタブーである」という暗黙の了解みたいなものだけが漫然と長年にわたって社会に浸透していると言えるかもしれません。

キノコ雲をあしらったデザインが批判されるのも、今回の「Barbenheimer」だけでなく、過去にも日本でも何度かありました。また、原爆投下の日に何か正反対のポジティブなことを放言しようものなら「不謹慎だ!」と責められることもしばしばです。

タブー視するという空気の中で、原爆を材料に炎上のネタとしてつまみあげて消費しているだけと受け取れるときもあるでしょう。原爆への反応がナショナリズムを形成しているという指摘もあります朝日新聞

肝心の「核兵器のない世界を作る」という立場としては一致しきれておらず、それは日本政府の態度が被爆者から納得を得られていないことをみてもよくわかります中国新聞

こうやって振り返ると、日本全体が、特別、原爆に対して意識が高いわけでもなく(ちゃんとしている人も当然いますが)、今回の「Barbenheimer」も日本社会の原爆タブーに触れたことが拒絶反応を強く醸成していることが窺えます。

日本と言えども一枚岩ではなく、日本の人々もまだまだ核兵器に対して認識を高める必要があるのは間違いないでしょう。

有害なインターネット・ミームは誰に責任があるのか

今回の「Barbenheimer」にともなう原爆を揶揄する画像の拡散について、署名サイト「Change.org」にて映画会社のさらなる謝罪と拡散停止声明と再発防止策を求める声があがり、賛同を募り始める動きもあります。

一方で、今回の「Barbenheimer」の問題は、原爆に限った話ではなく、「日本vsアメリカ」の認識の差の問題として片付けるのも、少し矮小化してしまうかもしれません。

というのもこれは今や毎年のように問題化している「有害なインターネット・ミーム」の構造と同じだからです。

その事例は枚挙にいとまがありませんが、私は「Barbenheimer」の話題を目にしたとき、真っ先に『フィールズ・グッド・マン』というドキュメンタリーを思い出しました。

これはとある漫画の主人公で「ペペ」というカエルのキャラクターがいたのですが、それがいつの間にか掲示板やSNSで勝手に使われ、オルタナ右翼たちが人種差別的なイメージとして悪用し、ついにはヘイトシンボルに認定されてしまった…という出来事を追いかけたものです。

このようにインターネット・ミームが暴走し、差別や誹謗中傷に利用されるケースはネット上で後を絶ちません。

しかし、この多発する事例が食い止められない理由として、責任が誰にあるのか曖昧であるという問題があります。用いられた素材(キャラクターや作品)の権利者に責任があるのでしょうか。それともそれを拡散させたプラットフォーム(SNSなど)に責任があるのでしょうか。はたまたその素材を製作した人に責任があるのでしょうか。

これは全員にとって他人事ではありません。あなたの名前、デザイン、ロゴ、キャラクター…そういうものが勝手に差別や誹謗中傷に利用されてミーム化してしまったら、どうやって止めればいいのでしょうか。

今は生成AIというものも誕生しました。画像はいとも容易く量産できます。ますますそのリスクは増大しています。

日本でも漫画やアニメが「有害なインターネット・ミーム」に利用されている事例が山ほどあります。今もそこかしこにSNSで出回っているでしょう。

悪意だけでない、今回の「Barbenheimer」のように無自覚な認識が、そんな収拾のつかない被害を拡大させる。

「Barbenheimer」は核兵器とはまたベクトルの異なる大量破壊をもたらす威力を持つ「有害なインターネット・ミーム」の怖さと難題をまたも突きつけました。

有害な現象がさらに有害な現象へと連鎖する

この「有害なインターネット・ミーム」を批判するのは大切なのですが、同時にその批判がさらに別の「有害なインターネット・ミーム」を生むことがあることも肝に銘じないといけません。

実際、日本における原爆へのタブー視も、相手を攻撃するための格好の材料として利用されてきた歴史があります。例えば、原爆をカジュアルに扱った人(もしくは作品)を見つければ、とくにそれが自分のもとから気に入らない人間(もしくは作品)であれば、「批判材料をゲットした!」と有頂天になってノリノリで非難する…といった感じです。

本来は「核兵器のない世界を作る」という理念を共有してこその批判になるはずなのに、単に目の前の相手を叩き潰したいだけの自己満足が動機になっており、それは理念を逸脱するどころか、理念とは真逆の反平和的な行動でしょう。

「Barbenheimer」でもその「有害なインターネット・ミーム」連鎖反応が観察できました。

というのも『バービー』は、映画内にフェミニズムやLGBTQ要素が含まれていることもあって、もともと保守層(アンチ・フェミニズムやアンチ・LGBTQを含めたいわゆる「反woke(反ポリコレ)」)から嫌われていましたThe Mary Sue; Rolling Stone

なので「Barbenheimer」が日本で問題視された際、いわゆる「インセル」的な人たちがここぞとばかりに「やった!俺たちの嫌いな映画が墓穴を掘ったぞ!」とノリノリで批判に乗っかり、自己主張を展開していく姿がよく確認できました。

「インセル」というのは、女性蔑視的な感情を土台に群がるネット上の不特定多数の集団のことです。主に反フェミニズム・反LGBTQであり、「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)が押し付けられている!」という陰謀論的な主張を軸として持っています。

「#NoBarbenheimer」という原爆への適切な認識を呼びかけるためのタグも、この集団によって女性差別などの道具として利用され、今度は「#NoBarbenheimer」が「有害なインターネット・ミーム」化してしまうという残念な惨状に部分的になっています。

「有害なインターネット・ミーム」が生まれる背景には有害なインターネット環境があります。それが根本的に放置されていれば、こうして「有害なインターネット・ミーム」に反対する取り組みまでもが「有害なインターネット・ミーム」として乗っ取られる。悲しい現実です。

人間の愚かさを徹底的に見せつけられ、無力感に苛まれてしまいますが…。


最後にまとめに入りますが、「Barbenheimer」から学べるのは、「有害なインターネット・ミーム」の恐ろしさです。

「最大の被害者は誰か」とかそんなことを議論しても意味はありません(そもそもこういう被害に最大や最小などの優劣はないです)。これは加害者としての自覚の問題です。私たちが邪な感情に惑わされずに、日々ネットを膨大に流れる情報に対処できているか…そのことが問われています。

原爆の件もそうですが、これは歴史軽視が引き金です。歴史軽視というのは、女性差別、人種差別、民族差別、障がい者差別、LGBTQ差別など、あらゆる差別の原点です。現在も「有害なインターネット・ミーム」によって多くの差別が助長されています。無自覚な個人やメディアがそれを拡散させています。

ネットを利用していれば「それって差別じゃない?」と指摘されることはあります。そのとき「こっちは楽しんでいるだけなのに!」「表現の自由だ!」と脊髄反射的に反応するのでなく、「自分は気づかないうちに他者を傷つけてしまったかも…」と足を止めることは常に大事です。

平和な世界に近づくには、核兵器も差別も要りません。

反省を強く刻んだうえで、この記事を終えたいと思います。