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『ザ・ホワイトタイガー』感想(ネタバレ)…Netflix;ラミン・バーラニ監督がインドを描く

ザ・ホワイトタイガー

ラミン・バーラニ監督がインド社会の檻を描く…Netflix映画『ザ・ホワイトタイガー』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The White Tiger
製作国:アメリカ・インド(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:ラミン・バーラニ

ザ・ホワイトタイガー

ざほわいとたいがー
ザ・ホワイトタイガー

『ザ・ホワイトタイガー』あらすじ

この貧困から何としてでも抜け出したい。インドの無慈悲な格差社会の中で野心を抱く男。しかし、自分にできるのは裕福な家庭に仕えることだった。地域を牛耳る大地主一家の運転手となった男は、持ち前のしたたかさで気に入られようとするが、残酷な現実を味わい、情け容赦なく踏みつけられることになる。このまま屠殺されるのを待つ鶏のように檻の中にいるのか、それとも…。

『ザ・ホワイトタイガー』感想(ネタバレなし)

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次はインドに手を出すとは

トラと言えば黄色と黒の縞模様ですが、全身が白い個体が稀に出現します。それは「ホワイトタイガー」と呼ばれ、とくに突然変異というわけではないのですが、自然界でポッと存在します。

このホワイトタイガーは人間には貴重がられます。動物園でも人気者ですし、信仰の対象にもなったりします。

しかし、肝心の野生で生きるホワイトタイガーはそんな嬉しい待遇を受けているわけではありません。本来の生息地はジャングル。白いとどうしたって目立ちますし、密猟者にも狙われやすいです。

つまり、ホワイトタイガーというのは周囲からはあれこれと搾取されるわりに、当人には一切の利益がない、なんとも虚しい存在なのです。

そんなことを頭の片隅に入れておきながら今回の紹介する映画を観るといいかもしれません。それが本作『ザ・ホワイトタイガー』です。

タイトルだけを見るとトラを題材にしたネイチャー・ドキュメンタリーのようですが、中身は全然違います。ホワイトタイガーは確かにストーリーのキーワードになるのですけど…。

本作を語るならまずは監督に言及しないといけません。監督は“ラミン・バーラニ”というイラン系アメリカ人。一般的な知名度は低いかもしれませんが、映画業界での注目度は以前からある人です。

“ラミン・バーラニ”監督の作家性はいつも明確で、社会に蔓延る格差といった歪みを痛烈に浮き彫りにさせるものが多いです。2005年のデビュー作『Man Push Cart』はマンハッタンで必死に働くパキスタン系移民を主人公にしており、大都会における底辺労働者の実態を突きつけました。2007年の『Chop Shop』ではニューヨーク・クイーンズで生きるラテン系少年を描き、2008年の『Goodbye Solo』はノースカロライナ州でタクシー運転手をするセネガル人を映し出しています。そして2014年の『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』ではリーマン・ショック後のアメリカで蔓延する住宅ローンをめぐる悪徳ビジネスに染まる男たちを描き、これも高い評価を獲得。

とにかく“ラミン・バーラニ”監督は単純に富める者と貧しい者の二者択一ではなく、貧しい者が社会構造に利用され、さらに貧しい者を生み出すという負の構造を描くなど、社会システムの歪んだ部分にしっかりフォーカスできる目を持っています。

その“ラミン・バーラニ”監督が今回の最新作『ザ・ホワイトタイガー』で描くのがアメリカではなくインドの社会です。イラン系の監督がインドを描くのか…という気もしないでもなかったのですが、さすが“ラミン・バーラニ”監督、手際が良かったです。というかいつも以上に手腕が光っていたかもしれない。

そもそも本作が原作の時点で評価が高く、イギリスの文学賞として世界的にも権威があるブッカー賞(当時はマン・ブッカー賞)を受賞しています。面白さは保証済みという感じですかね。

お話も、ひとりの貧困層の男が格差社会に揉まれながらのし上がっていこうとするタイプのもので、スタンダードにまずグイグイと引き込まれます。主人公ナレーションの語り口で痛快に進むので見やすいと思います。

俳優陣は、主人公に抜擢されたのが“アダーシュ・ゴーラヴ”。長編映画で主役を務めるのはこれは初めてなのかな? それにしたってこの『ザ・ホワイトタイガー』は最高の主演作を獲得できたのではないでしょうか。完全に“アダーシュ・ゴーラヴ”の独壇場になっています。今後も活躍していってほしいですね。

他には『LUDO 4つの物語』の“ラージクマール・ラーオ”、そして『ベイウォッチ』や『ヒーローキッズ』などハリウッドでも活躍中のセレブ・スター女優の“プリヤンカー・チョープラー”

なお、制作に加わっている「ARRAY」という会社は『ボクらを見る目』などを手がけ、アフリカ系監督としても先頭に立っている“エイヴァ・デュヴァーネイ”が設立に関わったところです。有色人種の作品を率先して支援しているので、この『ザ・ホワイトタイガー』も後押しもらえたのでしょうね。私の中では“エイヴァ・デュヴァーネイ”の会社は信頼のマークになってきましたよ。

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『ザ・ホワイトタイガー』を観る前のQ&A

Q:『ザ・ホワイトタイガー』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2021年1月22日から配信中です。
日本語吹き替え あり
中村章吾(バルラム)/ 志村知幸(アショク)/ 恒松あゆみ(ピンキー)/ 島田岳洋(ムケシュ)/ 向井修(コウノトリ)/ 池田朋子 ほか
参照:本編クレジット

オススメ度のチェック

ひとり ◯(特異な映画をたまには)
友人 ◯(時間つぶしにどうぞ)
恋人 ◯(恋愛要素は薄いです)
キッズ ◯(大人のドラマですが)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ザ・ホワイトタイガー』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):インドで成功するには

2007年、インドのデリー。夜の街を爆走する1台の車。前方に座る女性の誕生日だそうで、隣の夫と一緒に大はしゃぎです。夫はハッピーバースデーの歌を熱唱してろくに前も見ていませんし、妻も気分が高揚しすぎて注意散漫。そんなハイテンションな夫婦をあきれ顔で見ているのは後部座席に座る男。彼は身分が低いのが、前の夫婦に敬語で話します。

そして気づきました。猛スピードで走る車の前に子どもがトコトコ走ってきたことに…。

2010年、バンガロール。ここはインドのシリコンバレーと呼ばれる地域。リッチな佇まいをしている男はどうやって自分が成功したのか語っていきます。まずは家族の話から…。

故郷のラクスマンガールは貧しい村でした。バルラム・ハルワイの家族も極貧です。父は人力車夫で必死に働いていますが、稼ぎは雀の涙ほど。

少年時代のバルラムは学校で「黒板に書かれた文章を読め」と言われ、他のクラスメイトはそれができない中で、スラスラと読み上げてみせます。次に「この女性は誰だ?」と紙に描かれた女性を見せられ、「偉大なる社会主義者です」と回答。すると大人は「ジャングルで一世代に1頭だけの動物は何か」と問い、「ホワイトタイガーです」とバルラムはずばり答えると「お前はまさにそれだ」「奨学金をもらえるように手配してやろう。デリーに行きなさい」と絶賛されたのでした。

しかし、現実はそうはいきませんでした。コウノトリと呼ばれる地主は金を巻き上げていき、さらに恐れられていたのが長男のマングース。バルラムも学校に行かずに働くしかないところまで追い込まれます。さらに父は結核になり、2日かけて病院に行くも医者は来ず、そのまま亡くなり…。

そのまま青年になったバルラム。相変わらず貧困から抜け出す糸口は見つかりません。しかし、コウノトリの次男・アショクを始めて見たとき、この人こそ私の主人だと直感しました。あのアメリカから帰国したばかりだというアショクのもとで働こう…。

運転手を必要としていると判明し、なんとかなろうとするバルラム。まず祖母が許してくれないので1ルピーも忘れずに仕送ると確約し、ひとまずクリア。

ダーンバードに行き、運転を習うところから始めます。そこでは「道路はジャングルだ。いい運転手は常に先頭に立つものだ」と教官に教わり、追い抜こうとした車に罵声を浴びせることを学習しました。

続いて屋敷の前で運転手として雇わないかと自己アピール。なんとか屋敷内に入らせてもらい、「ガンジーのような最高の地主です」とべた褒め。試させてもらおうということになりますが、マングースは「うちの使用人は上位カーストだ」とバルラムに懐疑的。でもアショクは気に入ってくれて自分の専属にしようとまで言ってくれます。

結果、第2運転手という位置につき、雑用で掃除ばかりの生活に。これは想像とは違う。

そこであれこれと探っていたバルラムは第1運転手がムスリムだと知り、脅します。そして運転手職をゲットしました。

嫌味なマングースもいなくなり、アショクの専属ドライバーとして快適に仕事できます。アショクはアメリカ流の仕事で米国企業のアウトソーシングによって金融サービス業のビジネスを立ち上げるつもりのようですが、賄賂が必要になったりと、何かとこのインドのやり方に納得いっていないようです。アショクの妻・ピンキーもインドの保守的な価値観に苦言ばかり。

そんな中、バルラムに大きな試練が…。

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白人流はもう古い

インド社会を舞台にした極貧からのサクセスストーリーを描く映画と言えば、ダニー・ボイル監督の『スラムドッグ$ミリオネア』(2008年)が有名です。

ただ、今振り返ればあの映画もいろいろな問題点が多々ある一作でした。なんというか全体的に西洋人から見た「インドのような発展途上国で幸せを手にすることって素敵!」という無自覚な鑑賞欲求がそこに混在している感じで、言ってしまえば「貧困ポルノ」的でもありました。それに西洋人(ここには日本も含みますが)が考えるインド映画のステレオタイプに沿って作っている部分もあり、そこもわざとらしさが鼻につく点でもありました。

要するにしょせんはインド。アメリカのような白人社会を追う後進国である…という白人至上主義的な認識があります。

それに対してこの『ザ・ホワイトタイガー』は真逆な映画だったと思います。最近だと『ガリーボーイ』と同じスタイル。

それは冒頭で主人公の口からきっぱり宣言されています。中国とインドが大国なのであり、世界は黄色と茶色の人間に支配されている…と。

まずバルラムの子ども時代。そこで彼は「ホワイトタイガー」と呼ばれて褒められます。これは深読みするなら「ホワイト=白」、つまり白人的なお手本と言えるかもしれません。

さらにバルラムが青年になって仕えるのは、アメリカで育ち、そのビジネスを実践しようとするアショク。こちらも白人的なお手本を信じ切っているインド人です。

こうしてバルラムは白人流のやり方に従うことで自分は成功できるのではないかと期待して日々を過ごします。いわゆる「アメリカニゼーション」を全信頼しているわけです。

しかし、現実は冷酷。アショクとピンキー夫妻を間近で見ていったバルラムは自分が理想だと思っていた白人世界はたいしたことないと痛感します。スイギュウと呼ばれる叔父の邸宅に向かう際にあまりにもバカ丸出しでバルラムの言ったことを鵜吞みするアショク夫妻の姿とか、随所にそんな残念感が散りばめられていました。

そしてアショクは例の交通事故の罪を被らされることになり、実感します。この白人化したインド人の実情を。妻に逃げられ、部屋でテレビゲームをして自暴自棄になり、破滅していくアショク。いかにもアメリカの家庭でありそうな末路。こんな人間になりたいわけではない。

本作は白人は一切出てこないのですが、それを白人化したインド人という存在で搾取構造を描き出すという見せ方は、それこそ“ラミン・バーラニ”監督が得意そうなアプローチですよね。これは原作が監督の作家性とフィットしたんだと思います。

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ホワイトタイガーではなく自由の鶏

『ザ・ホワイトタイガー』がどこまでインド社会のリアルを反映しているのか、それは私みたいな部外者にはわかりません。

原作者のアラヴィンド・アディガはインド系オーストラリア人で、インドのチェンナイ出身だそうですが、そこまで貧困生活を経験してきたわけではないようですし…。

ある種の寓話的な社会批評と捉える方がいいのかな。バルラムが気絶するというシーンが何度かあり、そのたびに価値観のステージアップが行われる演出もユニークです。

私は本作で面白いなと思ったのは、バルラムが運転手になったとき、そういう職業につくカーストの低い者同士が共同で宿泊する薄汚い場所の描写です。あのアンダーグラウンド感はちょっとSFっぽさもあって、本当にあるのかなと気になりますけど、そこに明確なインド社会の格差階層が浮き出ていますよね。

バルラムの故郷の村は間違いなく最初の下層です。そこから這い上がっていくことで運転手たちのアンダーグラウンドに到達できます。でも一方であの運転手アンダーグラウンドの居住区で清掃をしている、バルラムよりはるかにみすぼらしい人もいる。きっとその人はバルラムよりさらに低いカーストか、もしくは失敗者なのでしょう。

作中でバルラムは「インドのカーストは2つだけ、腹が膨れているか、まっ平か」と極端な物言いをしていますけど、やはり現実はそうではなく、複雑な格差の構造が絡み合っているわけで…。

だからバルラムもなんだかんだでいろいろな存在を踏みにじってきて成功を手にしようとしています。序盤で脅して追い出したムスリムもそうです。そしてアショクさえも踏み台にする。

結果、手に入れたのは自分が主となる世界。「ホワイトタイガー・ドライバーズ」という起業を成し遂げ、そこではアショクと名乗っているバルラム。その職場はこれまでバルラムが通ってきた世界とは違います。運転手が事故を起こせば慰謝料を払うし、被害者家族に仕事のあっせんもする。一方で家族だなんだと慣れあうことはしない。

白人流ではない、バルラム流の生き方。檻を壊して逃げ出した鶏。

これを理想の新しい成功例と捉えるかは一考しないといけません。この資本主義の派生もまたしょせんは格差を土台に成り立っているのではないか。今度もまた次の犠牲者を生むだけではないか。そういう負の連鎖も暗示させるエンディングだと思います。なんかちょっと今でいうギグワーカーみたいな形態を連想させるし…。

本作でバルラムが中国に接近しようとしている部分とかは別の意味でその不安さを感じるものです。インドと中国はハッキリ言えば仲が悪いです。領土問題もあるし、国境侵犯もあり、パキスタン支援も火種になっています。一方で経済協力は積極的に行っており、がっちり手を取り合っています。だから仲がいいとも言えます。どっちが本心なのかはわかりません。

両国が経済的に合わさって巨大な大国化しても、対立して火花を散らせても、そこにはきっと格差社会の構造があるはずで…。

鶏は共食いをすることがあるそうです。巨大な鶏が同じ敷地で生きるのは不安ですね。

『ザ・ホワイトタイガー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 90% Audience 83%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『ザ・ホワイトタイガー』の感想でした。

The White Tiger (2021) [Japanese Review] 『ザ・ホワイトタイガー』考察・評価レビュー