イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり
映画『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Aeronauts
製作国:イギリス(2019年)
日本公開日:2020年1月17日
監督:トム・ハーパー

イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり

あらすじ

1862年、ビクトリア朝時代のロンドン。当時では予測不可能と考えられていた天気の予測が可能であると唱えていた若き気象学者のジェームズは、荒唐無稽だと揶揄され、実験の資金も集められずにいた。そんな中、気球操縦士のアメリアに頼み込み、ジェームズは彼女の気球飛行に同乗することを許される。いよいよ空に飛んだ気球に乗る二人に待ち受けていたのは…。

『イントゥ・ザ・スカイ』感想(ネタバレなし)

気球体験をしませんか(安全の保障はなし)

人生でまだ一度も乗ったことのない乗り物は考えてみると結構あるものです。私だったら「潜水艦」とか…(これは絶対に乗らないと心に決めている)。案外と乗れる機会はありそうで乗ろうという意志を示さないゆえに乗れていないのは「気球」です。

気球はレジャーで乗れるところもありますが、一度もそんな機会に自分から飛び込んだことはないですね。幸か不幸か気球は移動の実用性はゼロであり(風任せ&燃費がアホみたいに悪い)、一般で見かけることはありません。気球は主に熱気球ガス気球がありますが、どちらにせよ通常の空気より軽い気体の浮力で飛ぶことになります。ガス気球だったらヘリウムや水素ですね。発想はすごく単純ですけど、それで飛ぼうと思った発案者の度胸が凄いですよね。絶対にバカにされただろうなぁ…。

熱気球の初の有人飛行を成功させたのは、モンゴルフィエ兄弟と呼ばれるフランス人で1783年の出来事だそうです。当時は気球の飛行のニュースは話題騒然になったとか。そりゃあそうだ。1784年には初の女性気球乗りエリザベート・ティブルも現れます。気球の世界はずいぶんジェンダー平等だったんですね。なお、モンゴルフィエ兄弟は発明者であって、実際に乗ったのはピラートル・ド・ロジェフランソワ・ダルランド侯爵の二人。この二人は1985年に気球搭乗中の事故で死亡しており、気球の怖さもまざまざと証明しました。

そんなフロンティア開拓精神を持って空に挑んだ気球の歴史を感じさせる映画が登場しました。それが本作『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』です。

ずいぶん長ったらしい邦題になっていますが、原題は「The Aeronauts」。聞きなれない単語ですが「aeronaut」は「気球操従者」のことです。「~s」となっているので複数形ですね。

その原題のとおり2人の気球操従者の物語。そして実話にインスパイアされた作品です。

主人公の一人として登場するのが「ジェームズ・グレーシャー」という実在のイギリスの気象学者。彼と相棒となるもう一人の人間が1862年に気球飛行の高度記録を更新した出来事を描いているのが『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』です。

そう考えると本作は伝記映画と言えるのかもしれませんが、ここで注意なのが、実は本作はかなり大幅に脚色されているということ。なので本作は正確に実際の歴史を理解する資料にはならないでしょう。具体的にどう改変されているのかは、後半の感想で語りますが、相当に大幅なアレンジを加えています。もちろんこれには作り手としての狙いもあるのでしょう。

また『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』は気球を題材にしたサバイバル・スリラーとしてもユニークです。これまで船や宇宙船などを題材にしたその手のジャンル映画はありましたが、気球に焦点をあてる映画は珍しいはず。というか、そもそも気球を主軸にした映画がほとんどないんですよね。1982年の『気球の8人』とか、全くないわけではないですが。

のんびりお空のお散歩…ということにはなりません。光景は雄大でも実際には死と隣り合わせです。こういう極限環境で生存しようと奮闘する者たちを描く作品ではたいてい内省的な“自分探し”の物語になるものですが、『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』もそういうタイプです。

しかし、かといって退屈ではなく見栄えよく観客の目を刺激してくれるエンタメ性も備わっているあたりが、この映画のバランスの良さ。なので老若男女問わず楽しめると思います。

俳優陣も華があります。主人公勢として共演するのは、『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』や『ビリーブ 未来への大逆転』でも印象的な“フェリシティ・ジョーンズ”と、『ファンタスティック・ビースト』シリーズでおなじみの“エディ・レッドメイン”です。まあ、ただこの2人と言えばやっぱり『博士と彼女のセオリー』での共演が記憶に残っているところ。なお、『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』は恋愛関係になるロマンチックな話ではないので、あしからず。


「Amazon Studios」製作の映画なためか、日本ではAmazonビデオで一足早く2019年12月に配信されています。でも劇場の大画面で鑑賞する方が絶対にいいと断言できる臨場感満載の映像だらけです。ぜひとも映画館へ気球を乗りに行ってみてください。

ちなみに高所恐怖症の人には一部キツイ映像もありますが、大丈夫。怖くなったら足元を見てください。ほら、地面があるでしょう。浮かんでないはず(浮かんでたらごめんなさい)。

オススメ度のチェック
ひとり◯(俳優ファンにもオススメ)
友人◯(みんなでワイワイと)
恋人◯(スリルと感動を満喫)
キッズ◯(空が好きな子どもに)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『イントゥ・ザ・スカイ』感想(ネタバレあり)

二人の共通点は「気球への想い」

1862年のロンドン。世界最古の地下鉄であるロンドン地下鉄が開業するのは1863年ですから、まだ馬車での移動も大事だったであろうこの時期(自動車はまだマイナー;蒸気)。

アメリアという女性は体調が悪いのか馬車を一時降ります。続いて姉アントニアは心配そうに彼女に近寄りますが、どうやらアメリアにはやらなければいけない使命が目の前に待ち受けているようです。

とある広場。そこには大きな気球が離陸の瞬間を待っており、観衆も集まっていました。気球の準備をするのは気象学者のジェームズ・グレーシャー。その友人であるジョンは「飛べないとは言わせないぞ」と不安をあらわにする資金提供者のネッドの相手をしつつ、でもジェームズは「飛べますよ」と自信ありげ。

と、そこへ、派手に注目を浴びて登場してきたアメリア。いかにも絶好調な雰囲気を全開にしています。「遅刻だぞ」というジェームズの苛立ちも「時計なんて気にしない」と一蹴するアメリア。この二人がこの気球に搭乗するようです。

アメリアは犬のポージーを乗せると言い張り、観測の邪魔にしかならないと判断するジェームズは反発しますが、言うことを聞きません。そのままジェームズの最終確認もままならないうちに、そそくさと出発させてしまうアメリア。気球は歓声の中、空へと浮かんで上昇していきました。

気球のゴンドラ(バスケット)の上のロープを登ってパフォーマンスに徹するアメリアは、ぶらさがっってみせるなど危険なアクロバットを披露。さらには先ほどの犬を落としてまでする(パラシュートで平気)。「エンターテインメント」と満足げなアメリアに対して「ばかげている」とげんなりするジェームズ。二人の相性は良くないように見えます。

上空350m。美しい空からの風景に見惚れつつも、「今日は笑われたくない」と頑ななジェームズに対して「論文とは違って私に評価はどれだけウケるかで決まるの」とアメリアも一歩も引きませんが、実はジェームズには事情がありました。

2年前のこと。ジェームズは気球で得られるデータに基づいて気象予測ができると王立協会で発表しますが、他の学者は相手にせず馬鹿笑いするだけ。それでも諦めることなく、今のチャンスをつかんだのでした。これは自分の科学者としての人生がかかっています。

一方、アメリアもまた自分の中で葛藤を抱えながらこの気球に乗ったのでした。父ピエールと一緒にかつて気球に乗っていた彼女は、ある飛行にてアクシデントが発生し、父は娘を生かすために自ら飛び降りて帰らぬ人に。そのトラウマと向き合わざるを得ないことにもなってきます。

しかし、そんな二人の個人的な事情など空は知りません。高度1650m。雲に突っ込むと、天候は急変。風は突然吹き荒れ、稲光と雷鳴が鳴り、大雨に見舞われます。積乱雲に侵入してしまったのか、いきなりの絶体絶命のピンチ。少しでも安全を確保するために荷物を捨てようとしますが、計器を捨てたくないグレーシャーは断固拒否。凄い勢いで落下し始め、アメリアは放り出されて落ちそうになりますが、なんとかジェームズは引き上げます。激しい揺れに耐えるしかできない二人でしたが、ピタっと雨風がやむと、雲を抜けたことがわかり、そこにはまるで先ほどの天候が嘘のように青空と太陽がありました。

気分が高揚して二人は叫びます。どこまでも広い空がその声を吸収します。

物語は立場も全然異なる二人がどのように出会ったかを語りだし…。

アクションスター級の空中演技

『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』で一番に印象に残るのは映像の迫力だと思います。正直、気球に乗りたい気持ちは失せたかな…。

本作は回想を除き、基本は気球に乗っているシーンばかり。その映像。てっきりセットでのCG合成で撮っているんだろうと思っていましたが、鑑賞後に調べると、ちゃんと当時の気球を実際に再現して飛ばしているんですね。それだけでじゅうぶん凄いです。

そして俳優自身も乗せたうえで、本当に気球を飛ばし、さすがに作中と同じ超高度は危険すぎるので無理ですが、数百mの上空で撮影を敢行。その横をヘリコプターで撮っているのでした。

終盤の見せ場である、アメリアが気球に登って凍ったガス放出弁を開けようとするシーンもスタントパーソンの指導のもと“フェリシティ・ジョーンズ”も登っているみたいです。プロの空中曲芸師とトレーニングを何週間もしての本番。いや、もう完全にアクションスターじゃないですか。トム・クルーズも一本とられたな!と悔しがっていますよ。気球アクションはやらなかったしね…。

もちろん嵐シーンとかはブルーバック撮影ですけど。

“エディ・レッドメイン”も撮影中にケガをしたみたいですが、俳優の体を張った努力がこの映画の見ごたえにつながっているのは間違いないです。

『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』の監督は“トム・ハーパー”(『英国王のスピーチ』の“トム・フーパー”ではありませんので誤解しないように)。『ウーマン・イン・ブラック2 死の天使』の監督だった人ですね。最近は『ワイルド・ローズ』(日本では2020年6月に公開予定)という映画を手がけ、高評価を獲得しています。脚本は『ワンダー 君は太陽』も手がけた“ジャック・ソーン”です。

イントゥ・ザ・スカイ

アメリアにもモデルになった人物が…

前述したとおり『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』は史実とは大幅に異なる部分があります。

際たる変更点はジェームズ・グレーシャーと一緒に飛行したお相手。作中ではアメリア・レンという女性になっていますが、彼女は実は架空の人物。本当は「ヘンリー・コックスウェル」という男性でした。彼は有名な気球操縦士であり、ジェームズ・グレーシャーの実験に抜擢されたかたちです。

なぜこんな改変をしたのか。“トム・ハーパー”監督のインタビューなどを読むかぎり、やはり幅広い観客に感情移入をしてもらうためというベタな回答をしていますし、同時にその時代における女性差別の問題を描きたかったとも答えています。

作中でも言及がありましたが、この時代の科学を取り仕切る王立協会というコミュニティは、非常に男性中心社会でした(それは今も改善されていないのですが)。女性がそもそも科学者として学会に立つことすら許されず、学問に女は論外というのが常識。このあたりの科学界における女性差別問題は『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』でも描かれているので気になる方はぜひ。


『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』は明らかにそういった当時の(現代のでもありますが)ジェンダー差別へのカウンターになっています。例えば、序盤、アメリアというキャラは一見すると気球に関して素人で、ジェームズの方が熟練者のように観客には見えます。でもそれはすぐにわかりますが逆でした(アメリアがプロで、ジェームズが素人)。これは観客のジェンダーバイアスを想定した仕掛けですね。

また、アメリアのキャラクターはフェミニズムありきで無から作られた人物ではありません。彼女にも実はモデルがいて、そのひとりが「ソフィー・ブランチャード」というフランス人の気球操縦士。アメリアの人生史もこのソフィー・ブランチャードが基になっています。ソフィーは「ジャン・ピエール・ブランチャード」という夫がおり、彼もまた優れた気球操縦士でしたが、心臓発作で気球に乗っている最中に落下して死亡しています(作中は少しドラマチックにアレンジ)。

加えて、このジャン・ピエール・ブランチャードは「パラシュート」の応用でも有名で、それを使えば気球から安全に下りられると証明した人であり、実際に1785年に犬で実験し、1793年には自分も偶発的な事故の中ではありますがパラシュートで脱出してみせます。なのであの序盤、アメリアが犬を使ってパラシュート・パフォーマンスをしますが、あれも本当に当時はああいう見世物があったんですね。

そのブランチャード家のパラシュートの功績がそのまま本作のラストのオチの見せ場につながっており、モデルになった人物の歴史を知っていると感動も倍増します。

ジェームズのキャラも改変があり、作中では気象予測を理解されない存在でしたが、少なくとも1860年には天気予報が一般に発表されたりしているので、あそこまでの孤立はさすがに大袈裟だったと思います。おそらく空へのロマンを強調するためにああいう境遇にしたのではないでしょうか。

そうやって考えると本作は二人の実在の人物の人生が巧みにミックスされており、もっといえば空に夢を捧げた全ての人物の想いが結晶になったストーリーとも言えます。空で気流に乗る蝶の研究に身を捧げたジョン、天文学に注力したジェームズの父、そして気球をワクワクと見守る冒頭の少年…。本作のタイトルが「The Aeronauts」と、定冠詞「the」のつく複数形なのはそういう意味も内包しているとも解釈できるでしょう(邦題で「ふたり」と限定したのはマズかったかな)。

空を夢見た者へのリスペクト、科学への性別を超えた情熱…それらが混ぜ合わさって燃料になって生まれたこの『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』は、新しい気球映画としても女性冒険家映画としても記録更新をしてみせたと思います。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 72% Audience 95%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2019 AMAZON CONTENT SERVICES LLC. イントゥザスカイ