誰が見ていますか?…映画『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2025年)
日本公開日:2025年1月24日
監督:近藤亮太
自死・自傷描写
みっしんぐちゃいるどびでおてーぷ

『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』物語 簡単紹介
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』感想(ネタバレなし)
Jホラーに迷い込んだ新しい参入者
日本では警察に届け出られた行方不明者の数は年間約8万人程度で推移しているのですが、その大半はすぐに見つかっています。しかし、中には行方知れずのままずっと見つからない人もいます。自分で姿を消したのか、はたまた何か事件や事故に遭ったのか…何もわかりません。
警察庁では「行方不明者に関する情報提供のお願い」として、現時点で行方不明の人の情報を掲載していますが、それを眺めていると、「この人に何が起きたのだろう」と他人ながら考えてしまいますね。あなたの住む身近にも行方不明者はいるかもしれません。
今回紹介する映画は、そんな行方不明者をめぐる物語です。
それが本作『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』。
本作は、日本のホラー映画で、子どもの頃に弟が行方不明で見つからないまま、年月が過ぎても、まだそのことに心が囚われている主人公が、怪奇的な出来事を経験していく…というお話。
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』を監督したのは、これが長編映画監督デビュー作となる“近藤亮太”。北海道出身で、2024年にモキュメンタリー的なドラマ『イシナガキクエを探しています』で注目を集めた新人です。『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』は2022年の自身の手がけた短編を長編化したものとなります。
日本のホラー映画界は最近は毎年の国内興収トップ10に1作はホラー映画がランクインするなど、わりとまたムーブメントがきているほうだとは思うのですが、たいていヒットするのはもとから知名度のある人気作のみ。市場の傾向から言っても、インディーズ系のホラー映画はなかなか話題を集めにくいです。ハリウッドと違って、インディーズ系のホラーをガンガンと売り込んでいく体制が不足しているのもありますが…。
そんな中で、この新鋭の“近藤亮太”監督はジャパニーズ・ホラー(Jホラー)を新たに引っ張ってくる逸材になるといいですね。
実際、この『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』、非常に日本のホラーの神髄が詰まっており、日本でよくありがちな有名俳優・クリエイターを全面に打ち出して話題性を盛り盛りにして装飾するアプローチはとっていません。
エンターテインメントというよりは、ひたすらにじんわりと薄気味悪い怪談を、目に流し込まれるような体験です。
Jホラーの巨匠として有名な“清水崇”も総合プロデュースで名前が載っていますが、個人的には脚本に『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』などで活躍する“金子鈴幸”が関わっているのも、この作品の味わいをより深くしているとも思います。
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』で主演するのは、『プロミスト・ランド』や『福田村事件』の“杉田雷麟”。共演には、『アルプススタンドのはしの方』の“平井亜門”、『サユリ』の“森田想”など。
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』は映画館で観るのもいいですが、家で小さい画面とかで観てもしっかり怖いので、怖さから逃げる術はありません。
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 子どもの行方不明事件を主題にしています。 |
| キッズ | 死体の描写があります。 |
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
2015年、道なき森の中をひとりの子どもがトボトボと咳き込みながら歩いています。どこからともなく風に交じって鈴のような音が聞こえる気がします。
そこに現れたのはひとりの若い大人。その子の名前を呼びかけ、安心させるように話しかけます。
兒玉敬太は行方不明者を捜すボランティア活動をしており、今回も迷子のこの子を探しに来たのでした。その子は兒玉敬太の身に着けている熊よけの鈴に興味があるようで、教えてあげますが、「あくまよけ?」と聞き間違いをします。兒玉敬太はその鈴をその子にあげ、帰りを導きます。
すっかりあたりは暗くなりますが、パトカーのいる場所まで到着。抱きかかえるその子は「兄ちゃん」と呟き、兒玉敬太の足は一瞬止まります。
群馬県宗谷山での遭難した6歳の子どもが無事救助されたという一件はニュースになっています。その功労者である兒玉敬太はメディアの注目の中に立つこともなく、同棲している天野司のいる家に淡々と帰ってきます。
荷物が届いていました。兒玉敬太の母親からのようです。段ボール箱を開けると、ひとつのビデオテープ。それを手にした天野司は固まります。押し入れにはたくさんの段ボール箱がありました。
「うちってビデオデッキあったっけ?」と兒玉敬太は何気なく呟きます。
天野司が仕事で外を出ると、新聞記者の久住美琴がいて、どうやら兒玉敬太に用があるようです。そして13年前の失踪事件の話をします。それは兒玉敬太の弟である日向が行方不明になった事件でした。天野司は自分には霊感があると言い、詮索されたくないことを示唆して去ります。
天野司が帰宅した後、兒玉敬太は例のビデオテープを再生しようとします。天野司は「弟の件」を記者の話とともに触れます。
兒玉敬太は静かにその過去を語りだします。自分が小学生のときに起きたその事件。弟は見つからないままの事件。天野司は空気を読んでその場から離れようとしますが、兒玉敬太は一緒に観てほしいと言います。
それは兒玉敬太が父のハンディビデオカメラで映した映像でした。幼い日向も映っています。
場面が切り替わり、子どもの兒玉敬太が撮影しながら森を歩いています。そこに日向も後を追いかけてきて、かくれんぼしたいと言ってきます。兒玉敬太はそんな弟を追い払います。場面はさらに変わり、建物の中。日向はなおもついてきて「ぷよぷよがいるよ」と言います。何を指しているのかよくわかりません。
兒玉敬太はかくれんぼをすることで日向の相手をテキトーにします。日向は隠れたのか姿が見えなくなります。無人の建物の中を歩き回るも、日向はいません。そして階段を上ると、廊下の奥に日向を発見。「見つけた」と指摘しますが、なぜか日向は無言でどこかへ歩いて消えます。
その消えた先は狭い部屋ですが、日向は影も形もありません。他に出口はないはずなのに…。
「もういい~よ!」…そんな焦る兒玉敬太のかくれんぼの掛け声も虚しく…。
兒玉敬太はひとりで建物を出て、森を抜け、帰ってきましたが、弟は見つかりませんでした。それどころかあの廃墟の建物さえも後の捜索で発見できませんでした。
それが過去に起こった出来事…。映像に残っている以上、建物の存在は確かなようですが…。

ここから『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』のネタバレありの感想本文です。
行方不明事件の裏にある「嫌な感じ」
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』は、わかりやすい恐怖の存在がいて、それが「ギャー!」と怖がらせてくるわけでもないです。それよりも、言語化できない「嫌な感じ」がずっとまとわりつくような作品です。問題はこの「嫌な感じ」というのは、普遍的なものではなく、人それぞれ何に「嫌な感じ」を抱くかは違うということ。ある人にはなんでもなくても、別のある人には「嫌である」という感情を抱かせます。
本作は日本の規範に対する嫌悪感が髄所に滲み出る作品だったなと思います。
本作の主人公の兒玉敬太は「家族」がどうも嫌いなようで、それは弟の日向の失踪事件からではなく、昔の子どもの頃からそうだったようです。
あの映画においてキーアイテムとなるビデオテープ。ジャンルとしてはファウンド・フッテージの定番の流れですが、確かに日向の消える瞬間といい、怖い演出になっています。
ただ、私はあのビデオテープの映像で真に怖いのは、家族における兒玉敬太の扱いじゃないか、と。あの映像内では兒玉敬太はもっぱら「撮る側」で、兒玉敬太自身が楽しそうにしている姿はないです。なんとなく兒玉敬太は両親から疎外されている感じがします。だからこそ両親から愛情をたっぷり注がれている弟の日向のことを疎ましく思い、あの山に意図せずに“捨てて”しまったのか…。
もちろんそれは考えすぎかもしれません。しかし、現在の兒玉敬太の生活の姿もなんとなくその背景を補強します。
兒玉敬太と同棲している天野司との関係性は一切詳細は明かされません。プロット上では頑なに「同居人」や「連れ」という言葉で表現され、もっとありふれた「友人」や「親友」という言葉を避けていることから、2人は同性カップルだとも解釈できます。2015年という時代設定なら、関係性を隠しながらの生活実態も違和感ありません。家族からの疎外の理由と捉えることも可能でしょう。
この天野司も家族とは絶縁状態のようですが、「詮索されない」ことに言及するのも、隠したいことを抱えている心情に重なります。
無論、天野司は霊感があるので、「見えることで隠し事が増えるのが難点」と本人が言うようにそちらの不便もあるでしょうけど。でも霊感自体はそこまで他人に隠していない様子。これも本人が言うように霊感があることはとくに致命的なデメリットではないです。ほんのわずかな事例を除いては…(そして本当に隠していたことは本作の終盤に告白されますが…)。
とにかく兒玉敬太という家族ひとつとっても、そこに規範への嫌悪感が充満しています。彼が「家族は役を演じているようなもので、気持ち悪い」と言い放つほどに、その嫌悪は決定的です。「父さんも母さんもたぶん俺が日向を殺したと思っている」という考えかたも、強烈な自己否定感情ですね。
これは「行方不明事件」というテーマとしっかり合致するのもいいですね。現実の行方不明者の中には、今の人生が嫌で自ら出ていった…というパターンもあります。人が行方不明になるのは世間的に不気味かもしれませんが、本人には本人しかわからない苦しみを抱えているのかもしれない…。そういう可視化されない苦悩が浮き彫りになったとき、それは静かに恐怖に変わっていくのかも…。
そういう意味では、行方不明になりたいのはむしろ兒玉敬太のほうかもしれません。
もう考えるのをやめた
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』は最初はあくまで兒玉敬太という家族を軸にした「嫌な感じ」でしたが、物語が進むと、そのスケールが広がります。
あの摩白山という舞台に秘められた「嫌な感じ」。それは日本の忌みの慣習の怖さでもあります。人にはそれぞれに“捨てたいもの”があり、その動機には個人の実情が絡んでいる…。
ここで本作の裏の主人公的なポジションで登場するのは、民宿の息子の雪斗。彼が兒玉敬太に語る祖母の話がまたこの映画のホラーの最も濃い部分かもしれません。
子どもの祖母は狭い田舎コミュニティ全体に「女になった」と知られるのが嫌で、自分の初経の汚れた下着を捨てに山に行き、それ以降、一度も生理が来なくなって喜んだというエピソード。一見すると無邪気な歓喜に裏打ちされる、ゾっとする日本社会における女性への抑圧の証。
その一方で、では祖母はどうやって子を産んだのかと疑念が生じ、孫である雪斗は自分の出自も含めて怖くなってしまい、「もう考えるのをやめた」と思考停止する…。
冷静に考えれば、別に養子とかいくらでも普通の可能性もあるのですけど、人はひとたび恐怖を抱くと悪い方向にばかり考えてしまうもの。出自という自分で介在できない代物だと余計にそうですよね。
雪斗は自分ではここから出ていけないと諦めていましたけど、彼も本音は「行方不明になりたい」というそっち側でしょう。
女性への抑圧と言えば、久住美琴の件もそうで、防犯ブザーという護身道具の背景にある彼女の中の恐怖。ここも明示的でなくとも、わかる人には察せる、そして身近な「嫌な感じ」です。本作はこういうジェンダーの緊張感をプロットに混ぜるのも上手かったです。
嫌悪感をひとつひとつ丁寧に積み重ねる展開に対して終盤はやや急ぎすぎて躓いた感じはありましたが、『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』にて次の時代の日本のホラー映画の世界を観ることができて良かったです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2025 「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会 ミッシングチャイルドビデオテープ
Missing Child Videotape (2025) [Japanese Review] 『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』考察・評価レビュー
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