何度目でも…「Netflix」ドキュメンタリー映画『キッドナップ:エリザベス・スマート誘拐事件』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2026年)
日本では劇場未公開:2026年にNetflixで配信
監督:ベネディクト・サンダーソン
性暴力描写 児童虐待描写
きっどなっぷ えりざべすすまーとゆうかいじけん

『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』簡単紹介
『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』感想(ネタバレなし)
沈黙は性暴力を助長する
「性暴力について語らないと、神話的な誤解、恥、そして誤った情報が蔓延し、被害者を孤立させ、加害者を擁護することになります。オープンで誠実な対話は、この悪循環を断ち切ります。地域社会を啓発し、有害な固定観念に異議を唱え、性暴力は決して許されないことを明確に伝えます」
これは「エリザベス・スマート財団」という組織のウェブサイトに掲載されている自己紹介の一文です。
このアメリカの組織は、性暴力被害者の支援のために活動しており、護身術の講習とかもしているのですが、主な活動は「被害者に自身の物語を語ってもらうこと」です。
もちろん無理強いはしません。語りたいと思ったら、その語ることを手助けする。どう語るかは本人しだい。
こうした「性暴力被害者による主体的な自己体験の語り」というのは、真実を明らかにするためのものではなく、まずセラピーに焦点があたっており、被害者のアフターケアの手段として珍しくないアプローチです。
日本ではこういう活動はあまり目立っていないので、認知度は低いかもしれません。最近だと“伊藤詩織”監督の映画『Black Box Diaries』がそれに該当するものでした。
この「エリザベス・スマート財団」を設立したのが組織名になっている“エリザベス・スマート”というアメリカ人女性であり、彼女は2002年の子どもの頃に誘拐&性暴力の被害に遭い、その事件はアメリカで大きく報じられました。
今回紹介するドキュメンタリー映画は、そんな“エリザベス・スマート”の経験した事件を、本人の証言も基にして振り返る作品です。
それが本作『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』。
関係者のインタビュー、当時の報道映像、事情聴取アーカイブ映像、簡易な再現映像、控えめながら緩急つけてインパクトを刺激する演出も合わせた、オーソドックスな犯罪ドキュメンタリーです。
この“エリザベス・スマート”の事件が映画になるのはこれが初ではありません。2017年には“エリザベス・スマート”本人のナレーションによる再現映画『エリザベス ~狂気のオカルティズム~』(原題は「I Am Elizabeth Smart」。邦題はさすがにセンセーショナルを狙いすぎだと思う…)も作られています。
『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』では、“エリザベス・スマート”本人もしっかりカメラの前に登場しており、語り慣れている感じがするのはやはり彼女の児童安全の活動家としての経験値ゆえでしょうかね。
“エリザベス・スマート”はたぶんアメリカで最も有名な児童性暴力被害サバイバーのひとりであり、メディアの前にも精力的に顔をだしているので、アメリカ国内では知られています。
日本での知名度はそれほどではないですから、今回『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』が2026年に「Netflix(ネットフリックス)」で配信されたのは、良いタイミングなのかもしれません。
とりあえず性暴力被害者が自分で自分を語るのは何も変ではないということから知っていきましょう。
『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 児童誘拐を取り扱っています。子どもへの性暴力に関する体験が語られているので、フラッシュバックなどに注意してください。 |
| キッズ | 低年齢の子どもには不向きです。 |
『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』感想/考察(ネタバレあり)

ここから『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』のネタバレありの感想本文です。
思い出すこと、語ることのツラさ
『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』は、事件の始まり、報道と捜査の経緯、被害者視点での事件全容、そして犯人逮捕…ひととおりが約90分にまとまっています。
2002年6月5日、ユタ州ソルトレイクシティの北東、丘陵に近いフェデラルハイツという地区にて事件は起こります。犯行現場は1軒の普通の家。そこに暮らしていたのは、エドとロイスのスマート夫妻とその6人の子どもたち。早朝も間近の深夜、自分の寝室で寝ていた14歳のエリザベス・スマートは部屋に侵入してきたひとりの人物に脅されて連れ去られます。
唯一の目撃者は、エリザベスと同じ部屋を共有していた9歳の妹のメアリー・キャサリンだけ。このまだ幼い子の証言だけしか頼れず、捜査は難航します(実際にメアリーの証言はかなりあやふやだったそうです)。
しかし、無論、一番にツラかったのは誘拐されたエリザベスですが、このメアリーのトラウマも相当なものですよね。本作では大人になったメアリーが少しだけ出演し、まだ残る心の傷が垣間見えますが、本当に可哀想で…。実質的に事件解決のキーパーソンを9歳の子が担うのはあまりに大きな負担です。
捜査は迷走し、エリザベスの父親のエドまで容疑者になったり、全然事件と関係ない人物を大々的に容疑者候補とするもその人はあろうことか脳出血で死亡したり、大騒ぎするメディアとは裏腹に、事件解決の糸口はありません。
本作は39分経過のち、パートが変わり、物語は1日目へと巻き戻り、今度はエリザベスの視点で何が自分に起こったのかが語られます。そして監禁中にどんな目に遭っていたのかも…。ここはもうあまりにも壮絶で苦しすぎる出来事なので、私も文章化するのも嫌です。
犯人の身柄が確保され、エリザベスが無事に保護された2003年3月12日。メアリーの思い出した犯人の顔のスケッチブックがきっかけでした。約9か月の地獄は終わります。
正直、語りたいような事件ではないはずです。できれば忘れたいでしょう。今作ではエリザベスの母ロイスは出演していませんが、やっぱり思い出したくはなかったようです。おそらく他にも取材を試みたけど、語るような気分になれないと断った関係者は何人もいたのではないでしょうか。
語ることは決して容易いことではないという重さが嫌でも伝わってきます。
もっと深掘りしてほしかった点
『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』は、関係者のインタビュー、当時の報道映像、事情聴取映像、簡易な再現映像、それらをベタな演出で合わせたオーソドックスな犯罪ドキュメンタリーです。
これはこれで必要最低限のボリュームを満たしているのですが、個人的にはもう少し今回の事件ならではのアプローチで斬り込んでほしかったところではありました。
とくに宗教・人種と事件の関わりですかね。
今回の事件は、被害者も加害者も「末日聖徒イエス・キリスト教会」(「モルモン教」という呼ばれかたもされることもある)でした。広い意味で宗教コミュニティ内で起きた事件と言えるでしょう。ソルトレイクシティは有名な神殿があったりと、末日聖徒イエス・キリスト教会の信者にとっての中心地という顔も持っています。
とは言っても、今回の犯人である2人は、末日聖徒イエス・キリスト教会の典型からは大きく外れてはいます。
誘拐&性暴力の実行犯であるブライアン・デイビッド・ミッチェルは、自身を救世主と考え、「イマヌエル・デイビッド・イザヤ」と名乗っていました。反キリストを打ち倒すという宿命があると妄信し、そのために数人の処女を従えると決め、エリザベスはそのひとりとして拉致されました(他にも誘拐を試みたものの失敗)。エリザベスのことは旧約聖書に因んでエステルと呼んでいたそうです。
ミッチェルは厳格な父に育てられ、16歳の時に子どもに性的暴行を加えたという罪で少年院に送られた過去があります。19歳で16歳の女性と結婚。離婚を繰り返し、今回の事件で共謀したワンダ・バージーは3人目となる妻です。
なお、このワンダ・バージーは2018年に釈放されましたが、2025年5月にソルトレイクシティで行動制限を破ったことで再逮捕されています(Today)。
今回の加害者の成り立ち、そして一応は宗教コミュニティに属していたことは、事件の捜査進展を阻む一要因になっていたんじゃないかと私は思います。
私が第3者から言えるのかもですが、だってあんなあからさまにミッチェルは妻とエリザベスを連れ立ってオープンな場に足を運んでいたこともあったんですよ。なんで警察すらも怪しまないのだろう?と思ってしまいますよ。
これ、結局のところ、アメリカ社会における「キリスト教」と「白人」は特別扱いされるという極端な二面性の弊害だと思うのですよね。もし犯人の属性が「イスラム教」だったり、「黒人」だったりしたら、冤罪など気にもしないもっと強引なやりかたで手当たり次第に疑わしい奴を捕まえまくっていたでしょう。『引き裂かれた街 ボストン保険金殺人事件』のような別の事件を扱ったドキュメンタリーを観ていてもそう感じますが、この二重基準は真相解明を遠のかせます。
また、このエリザベス・スマートの直面した事件は、当時はケーブルニュース全盛期で大々的に報道されましたけど、似たような白人少女誘拐事件は頻繁に報じられて世間を賑わせていました。一方で、白人以外のマイノリティな人種が被害者の事件も起きていたにも関わらずその報じかたは鈍く、この二重基準は「Missing white woman syndrome」という呼び名で批判されたりもしています。
被害にせよ加害にせよ、こういう宗教や人種の差が事件を与える影響を、ドキュメンタリーの視点として追加すれば、分析はより有意義になったのではないでしょうか。
さらに追加してほしかったその後
『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』は「性暴力被害者による主体的な自己体験の語り」に焦点をあてていると好意的に捉えるとしても、その点でも物足りない部分もあって…。
やっぱりせっかくあのエリザベス・スマートの事件を扱うのですから、事件後にエリザベス・スマートが児童安全の活動家として、自身の財団を設立して、どうキャリアを築いたか…そこを深掘りしてほしかったですね。
そこに比重を置いて本作をもう30分伸ばしてもいいですから、その内容があれば力強い作品になっただろうと思います。
私はあの事件のゾっとする内容をセンセーショナルに気味悪がるのではなく、「被害者」「サバイバー」としてその言葉を背負うことになったエリザベス・スマートがどう前を向いていったか、もっとそこに大衆の興味を集めることのほうが大事だと感じます。それはエリザベス・スマートをひとりの人間として扱うことにも繋がります。被害者は「被害者」で終わりではない、と。
「エリザベス・スマート財団」の「被害者に自身の物語を語ってもらうこと」という活動はかなりいろいろ興味深い切り口があると思うのですよね。例えば、そういう被害者の語りを妨げる要素は何なのか。はたまた、語る際の注意点はあるのか。その語りを一般に公開するうえで気を付けているところはどこか。語るようになった被害者はその後の人生でどう変化していったのか。
エリザベス・スマート本人も他の事件の映画化にもあれこれ関与しており、この手の映画化ノウハウも個人的に知りたい話ではあります。むしろ今の犯罪ドキュメンタリーや映画が量産されて溢れている時代、そういう被害者中心のクリエイティビティはとくに大切になっているのではないでしょうか。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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性暴力・性的加害事件を主題にしたドキュメンタリーの感想記事です。
以上、『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)Netflix
Kidnapped: Elizabeth Smart (2026) [Japanese Review] 『キッドナップ: エリザベス・スマート誘拐事件』考察・評価レビュー
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