殺人犯の視聴率
ドキュメンタリーシリーズ『殺人犯の視聴率』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Bandidos na TV(Killer Ratings)
製作国:ブラジル・イギリス(2019年)
配信日:2019年にNetflixで配信
監督:ダニエル・ボガド

殺人犯の視聴率

あらすじ

凶悪犯罪と戦うブラジルのTV司会者「ウォレス・ソウザ」は、マナウスの街に巣くう麻薬密売人といった悪を根絶するべく活動を続け、ついに政界へ進出する。順調と思われた矢先、とんでもない疑惑がウォレスに向けられる。それは世間を震撼させ、人々を疑心暗鬼にさせていく。ウォレスは麻薬や暴力と戦う英雄か、それとも前代未聞の大悪党か。その結末は誰にも予想できなかった。

『殺人犯の視聴率』感想(ネタバレなし)

あなたの番です(最恐最悪版)

令和を迎えた日本では『あなたの番です』というテレビドラマが高視聴率を叩きだすほど話題を集めました。身近で起こる交換殺人ゲームを題材にした先の見えない展開が続き、視聴者が「次は何が起こるのか」「黒幕は誰か」あーでもないこーでもないと話のネタに盛り上がっている光景をあちこちで見かけました。

こういうリアルなミステリー寄りのクライムサスペンスやホラー作品では、「もしこんなことが自分の身の周りで起こったらどうしよう」と不安がると同時に、「まあ、でもこんなこと起こりっこないでしょ」という安心感が根底にあるからこそ、たとえ内容が凶悪犯罪でも割と他人事にワイワイ楽しめるものです。

それの延長線にあると思われるのが、「警察密着24時」的なフレーズが並ぶ警察の犯罪捜査や取り締まりにカメラが密着して映像にとらえるタイプの番組。報道と違って起こった事実を淡々とレポートするのではなく、リアルタイム感を重視しているあたりにエンタメ性があります。これはフィクションではないのですが、視聴者はやっぱり野次馬気分で見ているので、リアルとは距離を置いています。怖いもの見たさと、犯罪という悪が制裁される光景を見ることによって得られるカタルシス。

やはり私たち人間は現実の嫌なものを“フィクション化”することで、上手く心の平静を保って付き合おうとする生き物なのでしょうかね。

でももしその“フィクション化”が思わぬかたちでこちらに牙を向けてきたら? あなたが知ってはいけない闇を暴いてしまったら? テレビやネットの前のあなたはそれでも娯楽として楽しめますか?

そんなことを考えさせる、とんでもない衝撃作が本作『殺人犯の視聴率』です。

この作品はドキュメンタリーで、しかも全7話のシリーズもの。計350分程度(約6時間)と大ボリューム。ドキュメンタリーなんてただでさえ関心が低いコンテンツなのに、それがこんな長時間あったら多くの人は観ようとも思わないでしょうが、ちょっと待ってください。

この作品、凄まじい内容なのです。誇張でもなんでもなく、ガチで。それこそNetflixで配信されたのですが、配信直後から一部界隈で騒然となるほどのインパクト。

内容は、ブラジルのとある地方のテレビ番組に出演している有名人「ウォレス・ソウザ」に迫ったもの。彼はこの地域一帯を震撼させている麻薬絡みの凶悪犯罪を追いかける密着ドキュメントのコーナーが大人気に。悪と戦うお茶の間の著名人として熱狂的支持を得ていました。まあ、日本でもありがちなよくある芸能人のパターンですね。

ところが…という。これ以上は…言えない。いや、ネタバレなしの感想でどこまで語ろうかなと思ったのですが、ネットで調べるともう少し踏み込んだ展開まで言及しちゃっている記事もありますが、少なくともこの感想ブログではこの導入だけにしておきたいと思います。極力、実際に作品を見てその衝撃を味わってほしいので。

とにかく絶対に鑑賞前にネタバレを見ないこと。気になるから先にちょっとネタバレを覗いてみようかな…なんていう悪魔の囁きで誘惑する自分は射殺してください。

ちなみにWikipediaにも題材事件の記事がありますけど、そこでもこの作品ほどの詳細は書かれていないので(2019年9月時点)、やっぱりこのドキュメンタリーを見ないことには語れません。

1話観れば絶対に続きが気になります。そして2話目を観たら、3話目もすぐに再生したくなります。止まりません。一気見は不可避。それくらいの先の展開に釘付けになるし、しかも、だんだんと自分の足元が壊されていく恐怖すら感じる。見ていいのか、最後まで見たら自分はどうなるのか、底なしの怖さです。

オチが気になるからと言って1話を見た後に、最終話に飛んで視聴するのはあまりオススメしません。この作品、ちゃんと連続して流れで鑑賞することで最大の効果を発揮するようになっており、そのへんも上手く考えられていますから。

もし見るか見ないか迷っているなら、今すぐこんな感想ブログなど閉じて、Netflixにアクセスして鑑賞すべきです。

なんか抽象的な前置き感想になっちゃったけど、しょうがないか…。

オススメ度のチェック
ひとり◎(他人に勧めたくなる)
友人◎(話題はこれで持ち切り)
恋人◯(1話だけでも見て)
キッズ△(残酷な映像が多め)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『殺人犯の視聴率』感想(ネタバレあり)

事実は小説より“狂気”なり

ネタバレしますよ。ちゃんと視聴済みの人だけが、今、この文章を読んでいると思いたいのですが…そうじゃない人がいたら、その人には…そうだな、アリクイに変身してしまう魔法をかけたので覚悟してください。アリしか食べれませんよ。

ブラジルの北部に位置するアマゾナス州の州都「マナウス」。アマゾン熱帯雨林地帯のど真ん中にあり、本当に森に隣接するようにフッと都市が出現するという不思議な世界。2014年のFIFAワールドカップの開催都市のひとつでもありました。

決して小さくないこの街には裏の顔がありました。それは麻薬密輸ルートになっており、各所に蔓延る反社会組織のせいで治安が悪化し、ギャングの縄張り争いも激化しているということ。時には凶悪事件も平然と発生し、平穏を望む住民たちにとっての最大の悩みの種でした。

その住民の不満を上手く拾って大人気となったテレビ番組…それが「カナル・リブレ」。マナウスで毎夜起こっている凶悪犯罪の現場をじかにレポートして、生々しい映像を撮っていきます。殺されたばかりの死体、そして逮捕の瞬間…。まるで視聴者は犯罪の現場にいるような気分に。この番組は犯罪撲滅を強く訴え、次第にその影響力は増し、取材班を見かければギャングも逃げていくほどに。

その番組の立役者がウォレス・ソウザという男でした。司会もし、レポーターにもなって、危険をものとせず、犯罪と戦うその姿。カメラマンのジョセニソン・ゲレイロは「あんなに勇敢なジャーナリズムはない」と称賛し、番組ディレクターのバネッサ・リマは「彼は国民の英雄で、警察以上に頼もしい」と熱く語り、番組制作に関わって死体を初めて見たと言う番組編集者ウェブスター・セナは「地域のホットラインだ」と明言。

また、その番組の凄さは外部も認めており、調査記者ポーラ・リタイフは「必ず独占的に情報を入手していて、現場に一番ノリ」であるその行動力に驚き、調査記者ニルソン・ベレムは「彼も元警察で、コネがあったからだろう」と分析。

「カナル・リブレ」はかなり扇情的な番組でした。番組プロデューサーのビクター・ヒューゴは「どの家庭もあの番組を見ていたし、社会現象だった」と振り返ります。番組はときには「番組内スタジオに犯人がいます!」というあり得ないような展開が起きたり、はたまた犯罪とは関係ない音楽演奏、パペット劇、ときには貧困層を救うお涙頂戴の内容も始まり、完全な何でもバラエティと化していました。視聴率至上主義。まあ、このへんは日本でもよくある番組形式ですね。

軽快なトークで視聴者の心をガッチリ掴むウォレスでしたが、実は彼は家族を麻薬のせいで亡くしており、その怒りが根底にあるんだと、ウォレスの息子ウィレスや、ウォレスの姉マルーシアは証言します。

そんな人気絶好調のウォレスはついに政界へと進出します。選挙プランナーのジョタ・アウグストは「史上最大の視聴率を叩きだした男であり、観衆は大興奮だった」と当時を懐かしみ、最多得票数で3期目でも当選。政治家ウォレスは、政治活動では反体制的な言論を容赦なく繰り広げ、既存の権力社会を揺るがします。

ところが、2008年10月20日、全ての事態がひっくり返るのでした。刑事巡査のパウロ・オリヴェイラに来た匿名電話のタレコミがもとで、モアシル・ジョルジ(通称モア)という男が逮捕されます。情報部長官のトマス・バスコンセロスいわく、このモアは「通常の刑務所に入れられると殺される」と心底怯えていたそうです。そして市民警察刑事のディバニルソン・カバルカンティもびっくりの、驚くべき告白をするのでした。

その供述書の内容はこう。自分の所属する犯罪組織のボスはウォレス・ソウザだ…と。あの番組はやらせで、実は犯罪を自分たちで生み出していた…と。視聴率稼ぎで殺人をした…と。

そんなはずはない。あり得ない。誰もが思った矢先、一枚の写真が捜査局に送られてきます。そこにはモアとウォレスが仲良くプールで映っている姿が…。

しかし、ここまで怒涛の情報量を書いてしまいましたが、これはまだ第1話の内容。驚くべきことに、ここまでの話は『殺人犯の視聴率』の起承転結の「起」に過ぎないのです。ええぇぇ…(ドン引き)。

殺人犯の視聴率

もう誰も信用できない…

『殺人犯の視聴率』の何が凄いって、毎話で繰り出される情報量の膨大さと、それが各エピソードの最後で全てひっくり返される展開

簡潔に各話の流れを要約すると…

第1話
ウォレス・ソウザは犯罪組織の大物で、番組はやらせで裏では殺人をしていた!?
第2話
警察がウォレスをハメるためにモアに嘘の証言をさせていた!?
第3話
ウォレスを家宅捜索すると犯罪の証拠が!? 息子のラファエルを逮捕!
第4話
悪人フランケジーニョを逮捕するも、ウォレスと接点がないと暴露したと思ったら、一緒に写った写真が流出。どっち!?
第5話
ウォレスは州議会で弾劾され、不逮捕特権を失って逮捕される立場に。しかし、逃走!
第6話
フランケジーニョの妹パトリシアが捜査本部の人間を殺すと報酬がもらえ、番組ディレクターのバネッサも犯罪組織の一味だと証言。でも後でそれは警察によるでっちあげという疑惑も!?
第7話
ついに判決。その前にウォレスが病気で死亡! 陪審員裁判ではモアがやっぱりあの証言は警察の拷問で言わされたと告白! 評決はモアは無罪、ラファエルは殺人罪で有罪!
エピローグ
ウォレス事件で揉めている間、ファミリア・ド・ノルチ(FDN)という犯罪組織が力をつけ、刑務所で大虐殺を実行し、街の裏社会を乗っ取る! BAD END…

振り返ってみても、なんなんだ、このジェットコースター…。終わりが見えない。

『殺人犯の視聴率』を鑑賞していると、とにかくめちゃくちゃ多くの人物が出てきてあれこれと証言していくのですが、もうこんな二転三転(いや、七転八転くらいだけど)していると、誰も信用できなくなりますよね。新しい証言者が!とか言われても「はいはい、でも嘘なんでしょ」という冷めた気持ちになるというか…。

厄介なことに警察側も弁護側も番組側もウォレス家族側もウォレス自身も、証拠能力として絶対に不動のものはほとんど提示せず(写真しかない)、全てが証言に基づくから困りもの。もっとこう、この犯行時間にそこにはいなかったという監視カメラの証拠があります!とか、DNAでこの人間の存在が立証されました!とか、そういう客観的なデータはないのかって話ですが、一切ない。これがブラジルでは普通なのかな…。

番組現場レポートで鑑識でもわからないことを言い当てているから怪しいとか、どんどん言ったもん勝ちの世界になっていく。一方で、告発者の殺害を狙ったと思われた連邦警察署爆破事件はダイナマイト漁の爆発物が誤爆した人為的ミスだったことがわかったり、ウォレスの息子ラファエルがあまりにも無計画というかマヌケだったり、あらゆるところで理性的な議論を阻害する失敗やヘマもいっぱい出てくる。こんな状況で真実を追求しろなんて無理難題もいいところです。

あの刑事裁判所のミルザ・テルマ判事、さぞかし大変だったろうな…。

真実はひとつですか?

結局、『殺人犯の視聴率』は何が真実なのか全くスッキリせずに終わります

だから私たち視聴者は推察するしかありません。私は『殺人犯の視聴率』を見ていると、完璧な善人は存在せず、でも完璧な悪人は存在する…という感想に最終的には至った、そんな気分。

もしかしたらウォレスも犯罪撲滅のために番組内で多少強引な倫理の一線を越えることをしたのかもしれない。それこそ番組のレポーターだったジゼル・ヴァスが泣きながら証言したように、拷問して自白させたり、無実の人を捕まえたり…(なんか『ナイトクローラー』という映画を思いだしますね)。そして、警察もまた犯罪撲滅のために捜査内で多少強引な倫理の一線を越えることをしたのかもしれない。それこそ各人が体験したと主張するような脅迫的な尋問によって…。

つまり、ウォレスも警察も案外似た者同士であり、目的は一緒(治安回復)ながら、互いの不信感からひたすらに疑心暗鬼だけを膨らまして、修復できない対立を深めていったのか。別の世界線だったら、ウォレスと警察が手を取り合うこともできたかもしれません。

しかし、現実ではただの世論を盛り上げた方が勝利という低クオリティな人気とり合戦になってしまった捜査と擁護の対峙。まるでTV番組の延長線です。その虚無を生む対立の裏で、本当の巨悪が急成長し…。

アマゾナス州のコアリという街の市長で、小児性犯罪集団とつながりのあるアダユ・ピニェイロや、税金詐欺容疑で逮捕され汚職に染まったフェリペ・アルセ大佐など、地域社会が悪に染まりすぎていて手が付けられないというのもある。要するに、悪の割合の程度の差を貶し合っているだけになってしまう。これじゃあ、何も得られないですよね…。

『殺人犯の視聴率』というドキュメンタリーが面白いのは、メタ的な視点を投げかけること。ドキュメンタリーを作っていたウォレスがドキュメンタリーの渦中になってしまい、そして今、このドキュメンタリーを見ている私たちはどうなのですか?という投げかけ。

今作を「いやー、展開がハラハラして面白かったな~」と気楽そうに感想でも語っていると、何か予想外の方向から自分の足元がすくわれるのではないか。私たち大衆はいかに踊らされやすいのか、それをしっかり自覚しないと、いつのまにかどこかの番組の道化に使われるかもしれません。

「真実はひとつですか?」という作中の最後の言葉のように、ときには広い視野で世界を見ないと…そんなことを再確認させられました。

『殺人犯の視聴率』が気に入った人は、同じく何も信用できなくなるドキュメンタリーとして、メキシコの麻薬戦争を追いかけた『カルテル・ランド』、ブラジルの政治対立を追いかけた『ブラジル 消えゆく民主主義』なんかがオススメです。


ROTTEN TOMATOES
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IMDb
7.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Caravan Media, Quicksilver Media