昔も今も…ドキュメンタリー・エピソード『Nazi Town, USA』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では未公開
構成:『American Experience』のシーズン36エピソード1
人種差別描写
なちたうん ゆーえすえー
『Nazi Town, USA』簡単紹介
『Nazi Town, USA』感想(ネタバレなし)
トランプが2度も大統領に選ばれる理由
2024年11月5日(日本時間では11月6日)、政治専門メディアの「Politico」を見ていたらトップページにこの文章がデカデカと表示されていました。
「Trump is back」
アメリカ大統領選挙が行われた結果、共和党候補のドナルド・トランプが民主党候補のカマラ・ハリスに勝利し、2度目となる大統領の座に返り咲いたのでした。
本当にいろいろな意味で歴史的な選挙結果です。語ることが多すぎます。最初の任期中に2度の弾劾を受け、2020年の選挙で敗北し、2度の暗殺未遂事件と4件の刑事事件に見舞われた人物(Politifact)。どの経歴をもってしてもこんな大統領は今までアメリカ史にいなかったのですから。
「史上最大の政治運動」と自身を勝利に導いた支援についてトランプ本人は豪語していましたが、それは彼の言葉の中では珍しく嘘偽りのない事実そのままの表現だったでしょう。
「この国の全てを正す(fix)つもりだ」「これはまさにアメリカの黄金時代となる」とトランプは高らかに宣言しました。
一方で、アメリカはかつてないほどファシズムに陥る危険性が高まっていると危惧する声は現実味を帯びてきました。トランプの支持者にはネオナチなどの極右が確かに存在しますし、最近はそれを隠そうともしなくなりました。それでも最もファシズムに近い人物を大統領にするべきと相当数のアメリカの有権者が投票したのです。それは紛れもない選択です。
では今、2024年、そしてこれからのアメリカは歴史の中で初めてファシズムが大々的に出現したのでしょうか?
答えは「No」。
実はアメリカの歴史の中で、ファシズムは何度も現れ、政治的に結集し、国民を魅了したことがありました。今回はその歴史に触れられるドキュメンタリーを紹介します。
それが本作『Nazi Town, USA』です。
本作はアメリカの「公共放送サービス(PBS)」の製作で、『American Experience』というドキュメンタリー・シリーズのひとつのエピソードとして2024年1月にアメリカ本国で放送されたものです。『American Experience』は1988年から始まった歴史あるシリーズで、もうかれこれシーズン36を重ね、2024年11月時点で約380のエピソードを提供してきました。いずれも良質な歴史ドキュメンタリーで、高く評価されています。
約1時間の『Nazi Town, USA』は主に1930年代のアメリカにおいて、国中に広がっていたナチズムというファシズム運動の実態を、専門の歴史家が解説してくれています。
なんとなく私たちは第二次世界大戦のイメージから「アメリカはファシズムと戦った国」という印象を持っていると思います。でも本作を観ればそれは一瞬で覆されます。アメリカはもともとファシズムの国だったのです。そういう土壌があったのだ、と。
そしてそれは約90年後の2024年にドナルド・トランプが2度目の大統領に選ばれた理由の説明として非常に納得がいくとも思います。過去の歴史は今の歴史に繋がっている。歴史こそが全ての理由の解説者です。
『Nazi Town, USA』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :歴史を学べる |
友人 | :歴史を語り合って |
恋人 | :人生に関わる歴史なので |
キッズ | :歴史の勉強教材に |
『Nazi Town, USA』予告動画
『Nazi Town, USA』感想/考察(ネタバレあり)
ファシズムは常に国産である
ここから『Nazi Town, USA』のネタバレありの感想本文です。
『Nazi Town, USA』の冒頭は、子どもたちがみんなで無邪気に野外で遊びまわっている微笑ましい光景から始まります。サマーキャンプでしょうか。本当に牧歌的です。健全な戯れの中で協調性と自立心を育んでいく金髪の白人の子たち。銃も構えて撃っている。あれ…。
そうです、これはナチスのキャンプの様子をおさめた映像。
『ジョジョ・ラビット』でも描かれたナチスが運営する子ども向けのサマーキャンプ。
でも『Nazi Town, USA』で映し出されるのはドイツではありません。アメリカです。1930年代のアメリカには全土のあちこちにこうしたナチキャンプが存在したのでした。
一体なぜこんな光景になっているのか。『Nazi Town, USA』に出演する歴史家の人たちはその背景を説明してくれます。
素人考えだときっとヨーロッパからファシズムが持ち込まれたのでしょ?と考えてしまいます。実際、確かに第一次世界大戦の余波によってドイツ系やイタリア系の移民が大量にアメリカに押し寄せました。当時、コミュニズム(共産主義)へのカウンターとしてのファシズムがヨーロッパで拡大し、それがアメリカにも流れ込んできました。
しかし、『Nazi Town, USA』に出演する歴史家の人たちはファシズムは完全な輸入品ではないと言い切ります。
直前の1920年代にもアメリカ中には差別主義が溢れていたからです。「KKK」を筆頭とした黒人差別は醜悪に蔓延していました。そこに反ユダヤや反移民という代物が結合するのは容易いことでした。こうしてホワイト・クリスチャン・ナショナリズムは別に葛藤もなく反ユダヤ主義的(antisemitic)に変容していったのでした。たかが10年もかかりません。
当時、既存の資本主義や民主主義では社会を任せられないと多くの国民は考えていました。資本主義は富めるものにさらに富を与え、民主主義は特権階級によって形骸化していたからです。新しい社会の枠組みが要ると誰もが考えました。なので左派の人たちは社会主義に希望を求め、与党の政治家たちはニューディール政策に可能性を託し、そしてそれなりに多くの人はこのファシズムに次のアメリカを見い出そうとした…。
作中で散々映し出されるようにアメリカのファシズムはアメリカナイズされています。アメリカ人が好むようにアレンジされているということです。ハーケンクロイツ(鉤十字)とセットでアメリカ国旗がしつこいほどに掲げられ、ジョージ・ワシントンという建国精神を添えて…。アメリカ第一主義的な愛国心をどこよりも多用しているのが1930年代のアメリカのファシズムでした。
本作を観ていると「これは本当にアメリカの実際の過去の映像なのか?」と目を疑いたくはなります。「第二次世界大戦に負けてナチスに占領されたアメリカ」という架空設定で映像化されたものを観ている気分です。それこそ歴史ifのSFみたいな…。
でもこれは「if」ではなく間違いなく史実。これが正真正銘のアメリカなんですね。
アメリカをナチズムで偉大に
1930年代のアメリカにおいて、旧来のアメリカ型ファシズムとヨーロッパ型ファシズムが合体して生まれた新型ファシズムが急速に蔓延していった背景を『Nazi Town, USA』は生々しい映像で映し出しましたが、当然、そこにはその政治運動を引っ張ったリーダーがいます。
その代表的人物として取り上げられるのが「フリッツ・ユリウス・クーン」です。
フリッツ・クーンはミュンヘン生まれで、1921年にナチ党に入り、1927年にアメリカに移住し、あのアメリカを象徴する当時の成功者の証であるフォード社の技術者として入社します。
そして1936年に設立したのが「German American Bund(ドイツ系アメリカ人協会)」。それは当時最大のアメリカのナチス組織へと成長します。作中では「Bund」と呼称されていますが、やっていることは完全なナチズム政治活動です。
自分たちで理想的なコミュニティを作るというアイディアのもとにある一定の地域を実際に創造し始めるのですが、当人たちにとってはユートピアなのでしょう。見かけはいかにも整った住宅地という感じですよ。屋根や花壇にデカデカと鉤十字がデザインされているけど…。
あの作中で映る「ドイツの庭園」と名付けられたコミュニティ。アドルフ・ヒトラーとか、ヘルマン・ゲーリングみたいな著名なナチス人に由来した名の通りがあるらしいです(Progressive)。
もちろんそんな『マインクラフト』気分で街づくりを仲間内同士で楽しみたいだけで終わりません(それならいいのですが)。
「Bund」は腐ってもファシズムなので政治的結集力があります。フリッツ・クーンがアメリカ政治に介入しようと本気で考えていたかはわかりませんが、じゅうぶんそれだけのパワーはありました。1939年2月20日にマンハッタンのマディソン・スクエア・ガーデンに集った約20000人を超える支持者の集会。その光景が全てを物語っています。あれ、あのマディソン・スクエア・ガーデンなんですよ。そこが1939年にはあんなとんでもない状況だったんですよ。何度も書きますけどアメリカですよ。信じられないけども、これが事実なのだから…。
カリスマ性をいかんなく発揮して演説するフリッツ・クーン。その言葉に酔いしれる聴衆。その全体が放つ異様な熱気。ここでもやたらデカくたなびくアメリカ国旗。
ああ、これと極めて似た光景を2024年のアメリカでも見た気がする…。いや、気のせいではない…。
1930年代も2020年代も闘っている
どうなってしまうんだというくらいに絶好調なフリッツ・クーンと「Bund」なのですが、急速に失脚します。それはフリッツ・クーンの税絡みの不正による逮捕を引き金にして…。
1939年のその逮捕はあっけなく、フリッツ・クーンの野望は打ち砕かれました。もともとはビジネスでちょっと成功して大衆を惹きつけるのがやや上手かった程度の小賢しい男です。神でも救世主でもありません。
同時に、アメリカ国民は皮肉にも社会を築く次の新しい枠組みを見つけました。民主主義でも資本主義でも社会主義でもない…反ファシズムという政治的イデオロギーを…。
ということで日本による真珠湾攻撃もあって、アメリカは「敵が外から攻めてくる!」という危機感を社会全体で共有し、第二次世界大戦に突入します。
その「外敵」を軸にした反ファシズムらしき社会一致は本作『Nazi Town, USA』が示すように、半分は政治的ミスリードです。実際はファシズムはもともとアメリカの内部にあったのですから。作中ではそこまで描かれませんけども、戦時中は日系人への迫害が強まり、戦後は黒人差別がまたもや激化し、性的マイノリティだってターゲットにしていくように…。アメリカはフリッツ・クーン没落後もファシズムでした。どっぷりファシズムに染まった国なのです。
そこまで染み込んでいるのですから、勝手に綺麗になるわけもありません。
唯一の皮肉な違いがひとつ。本作で描かれるように、フリッツ・クーンの失脚を指揮したのはリベラルな共和党でした。そう、当時はまだリベラルだった共和党。
今はどうですか。アメリカの共和党はリベラルではないのはもちろん、保守ですらもなくなり、ファシズム政党にあと一歩まで迫っています。
アメリカは昔も今もファシズムでした。自由を標榜してもそんなのはまやかしで、そこにある原点は常に優生思想。だから約90年後でもファシズムはアメリカで簡単に旺盛になれます。もう土壌は用意されている。種をまけばいくらでも芽が出るのです。
1930年代と2020年代のアメリカの変化と言えば、1930年代にあったあの無邪気なナチス・キャンプが2020年代にはリアルではなくネット空間に存在するようになったことでしょうかね。本当にSNSやら動画サイトやらネットならどこでもそこはキャンプ地です。デジタル・サマーキャンプ。大の大人が童心にかえってそこで差別主義をカジュアルに消費し、冷笑や劣等感をくすぶらせ、憎しみのキャッチボールをしています。
そうやって宗教右派はインターネット発の陰謀論を取り込み、宗教右派と全然関係ない人たちも混ざり合って、取り返しがつかないほどに伏魔殿と化してしまいました。詳しくはドキュメンタリー『Bad Faith』や『Qアノンの正体』で描かれるとおりです。
絶望したくはなります。しかし、『Nazi Town, USA』はもうひとつの歴史の断片を映していました。
1930年代に勢力を強めるアメリカのファシズムに対して、断固として反対し、抵抗した人たちの姿を…。ジャーナリストのドロシー・トンプソンは報道を武器に闘い、活動家のイザドア・グリーンバウムはあの1939年の異様な「Bund」集会のステージに上がり込んで暴力的制圧に耐えながら抗議を示したように…。闘っている人たちが90年前にもいました。
アメリカは昔からファシズムの国だった。でも昔からファシズムと闘っている人たちがいる国でもあった。
その闘いは2024年の今も継続中です。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
関連作品紹介
ファシズムを主題にしたドキュメンタリーの感想記事です。
・『エルドラド:ナチスが憎んだ自由』
作品ポスター・画像 (C)PBS ナチタウンUSA
以上、『Nazi Town, USA』の感想でした。
Nazi Town, USA (2024) [Japanese Review] 『Nazi Town, USA』考察・評価レビュー
#歴史ドキュメンタリー #アメリカ史 #極右