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『あるアスリートの告発』感想(ネタバレ)…私はアスリートAではありません

あるアスリートの告発

女子体操業界を揺るがした衝撃の性的暴行事件…Netflixドキュメンタリー映画『あるアスリートの告発』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Athlete A
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:ボンニ・コーエン、ジョン・シェンク
性暴力描写

あるアスリートの告発

あるあすりーとのこくはつ
あるアスリートの告発

『あるアスリートの告発』あらすじ

アメリカでは体操競技はとくに人気の高いスポーツであり、オリンピックでも花形の世界。女子体操では憧れる若い子どもも多く、日々トレーニングに明け暮れている。しかし、そんなアメリカの女子体操業界を震撼させる告発記事が世に出る。それは米国体操連盟に長く貢献してきた医師による未成年選手への性的暴行事件を暴露するものだった。勇気をもって声をあげた女子選手たちと、事件を報じた地方紙の記者たちの姿を追う。

『あるアスリートの告発』感想(ネタバレなし)

オリンピックよりも大事な話

2021年7月23日、“2020年”東京オリンピック大会の開催式が行われます。

このオリンピック史上最も語るには切り口が多すぎる大会を象徴する日、私は普通に大会を応援する…わけもなく、この日にどんな作品の感想記事をあげるか、考えていました。私は自分のサイトとSNSくらいしか自己表明の場がないので、ここで扱う作品がひとつの私の宣言であり、立場の明示にもなると思っているくらいです(全部が全部そういうわけではないのですけど)。

ということで2021年7月23日に紹介する作品はこちら。ドキュメンタリー『あるアスリートの告発』です。

このドキュメンタリーは2020年6月にNetflixで配信されたものですが、私はずっとオリンピックに関連する日に感想をあげようと虎視眈々と構えていました。まあ、きっとNetflixもオリンピック時期に合わせて配信しようと思ったのでしょうけど、延期しましたからね…。私はそのNetflixの意志(?)を引き継いでリレーしていきますよ…。

本作は邦題のとおり、アスリートの告発を題材にしています。ちなみに原題は「Athlete A」です。

ではどんな告発なのか。まず何のアスリートなのかというと「女子体操競技」です。私はスポーツに全然興味がないので例によって例のごとく体操なんてさっぱり関心を持ったこともないのですが(たぶん今の私自身、前転するのもキツイくらい体は鈍っている)、世間的には人気の競技です。学校の体育でもマット運動とかは基本中の基本として学びますもんね。身近です。

とくに体操競技の“女子”の世界では若い選手が大活躍しており、それは私でもニュースかなんかで熱気が伝わってくるのを感じます。

しかし、この『あるアスリートの告発』ではその体操競技に人生を捧げるアメリカの若いアスリートの身に起こった「性暴力事件」を取り上げています。この事件は2016年頃に大々的に明るみになったのですが、当然その当時は報道もされました。ただ、日本ではアメリカのスキャンダルを扱うことはそう多くないので知らない人も少なくないでしょう。私もよく理解していませんでした。

『あるアスリートの告発』を観るとその全容が浮き彫りになります。未成年の女子が指導の最中に恒常的に受けた性的暴力の数々。そしてそれを隠蔽してきた業界の体質。

と、同時に、単にセンセーショナルに騒ぐためのショッキングさを目的にしているわけはないこともわかります。本作では「なぜこんな事件が起こってしまったのか」「見過ごされてしまったのか」を冷静に分析しており、それは感情的に片付けられやすい性的暴力事件に対して鋭い視座を与えてくれます。

題材は性暴力事件ですが、これは体操競技に限らずスポーツ界全体に当てはまる構造的な問題を指摘するものであり、オリンピック史上主義に陥った日本の惨状にもグサっと刺さるでしょう。

注意点を一応書いておくと、これは避けられないことですが、本作は性暴力事件を扱う以上、被害経験のある人へのフラッシュバックなど心理的な負荷をかける恐れがあるので鑑賞時には気を付けてください(ただ、そこまで直接的な描写はないです)。

でもこの『あるアスリートの告発』は本当にこれからスポーツに青春を捧げようとする子どもたち、もしくは今まさに捧げている子どもたち、そしてその周りにいる親や指導者などの大人たちに広く観てもらいたいドキュメンタリーなのは間違いありません。

『あるアスリートの告発』を観る前のQ&A

Q:『あるアスリートの告発』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル・ドキュメンタリーとして2020年6月24日から配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり 5.0:知るべき教養として
友人 3.5:素直に語り合える仲と
恋人 3.5:相手の意識を確認
キッズ 4.5:保護者と一緒に
↓ここからネタバレが含まれます↓

『あるアスリートの告発』感想(ネタバレあり)

あらすじ(前半):夢の世界の裏で…

「オリンピックに出ることが子どもの頃からの夢でした」

マギー・ニコルズが体操を始めたのは3歳の頃。母のジーナも積極的に応援してくれました。父のジョンは練習場にみんなで送り迎えする毎日だったと語ります。こうして2014年には注目の選手にまでなり、その夢へと一歩一歩確実に近づいていました。

そこに大きな壁が立ちふさがります。しかもその壁とはライバルの存在でも自分の実力や健康でもありません。全く予想だにしなかった相手でした。

「米国体操連盟はマギーからオリンピックの夢を奪いました」と母のジーナが悔しそうに口にします。

2019年、インディアナポリス。この地元で活動するインディアナポリス・スター紙の編集長であるスティ-ブ・ベルタにとって、その事件は未知であり、得体の知れないものだったと振り返ります。

始まりは3年前、2016年8月。当時はリオ・オリンピックで盛り上がっていました。このとき、インディアナポリス・スター紙は米国体操連盟にて未成年選手への性的暴力があったという衝撃の報道を世に発表したのです。

インディアナポリス・スター紙の調査員のマリサ・クウィアットコウスキーは語ります。

多くの学校では性的暴力が通報されないことが多く、通報されたとしても訴えられた加害者であるコーチがスポーツセンターを転々としているだけ。体操連盟はその事件を知っていたにもかかわらず、何もしなかった…と。

連盟の対応方針も浮き彫りになり、それは「地方当局に届け出たりはしない」というものでした。つまり、被害者のサインがない匿名の告発は問答無用で棄却しており、性的暴力を行った54名ものコーチを把握していたにもかかわらず、その書類を放置していました。

この報道は口火となり、思わぬ拡大を見せていきます。元体操選手のレイチェル・デンホランダーは報道を見て、自分の昔の体験を思い出し、すぐにメールしました。ラリー・ナサールという医師について…。

元体操選手のジェシカ・ハワードジェイミー・ダンツスチャーもその医師について次々と同様の告発。一度に3人が同じ告発をするとは…。

しかし、それはまだ序章。氷山の一角に過ぎませんでした。

華々しい夢の世界の裏側に蔓延する闇が観衆の前に曝け出されるときが来ました。

スポーツ業界が“少女”を搾取する

性的暴力事件の告発はショッキングなものです。なのでそれだけでも題材としてはじゅうぶんです。その手口を暴露することで「うぇ、なんておぞましいんだ…」と視聴者は嫌悪します。しかし、この『あるアスリートの告発』はそこから踏み込み、組織的な性暴力事件のメカニズムを整理しており、そこが興味深い部分です。

その根源として「ナディア・コマネチ」の名前が挙がります。ルーマニアの女子体操選手であり、1976年に行われたモントリオール・オリンピックで14歳という異例の若さでありつつも3個の金メダルを獲得。しかも、オリンピックの舞台で初めて10点満点を叩き出し、一気に世界的な伝説となりました。空前の「コマネチ・フィーバー」であり、社会現象でした。

…と、一般的には素晴らしいスポーツ史の出来事として語られるこのナディア・コマネチなのですが、本作はそこに切り込みます。

関係者は語ります。ナディア・コマネチの金メダルで業界が変わった、と。コマネチに憧れ、選手は低年齢化し、若さや幼さが美しいという規範が女子体操の世界に定着。それまでは大人の女性が選手のメジャーだったのに。それによって摂食障害、発育や生理にも問題が起きるという子ども特有の事情が発生していましたが、業界は気にしませんでした。

小さい子の方がコントロールしやすいのです。コマネチがいたのはルーマニアのチャウシェスク政権。東欧の抑圧的な体制であり、幼い段階からアスリートを育てるという土台を作り、それは冷戦も関係しているスタイル。子どもは幼い頃から体制のための道具です。

そんな共産圏の体操業界を安易にマネしてしまったのがアメリカだと作中では説明されます。こういう視点はすごくアメリカっぽいですよね。

ただ、アメリカだけでなく日本だって同様の業界体質でしょう。コマネチを指導していたカローリ夫妻のベラとマルタはアメリカに亡命し、体罰や罵倒によって少女たちを完全に支配する指導スタイルをこの地でも定着させます。それは日本でも広く行われていることです。

しかも、そんなマインドコントロールの中でさらに厄介な圧力が加わります。体操連盟には健全なイメージがつき、スポンサーがたくさん集まったことで、一気に業界の重視する柱は変化。当時、広報だったスティーブ・ペニーが体操連盟会長になったのはその象徴でした。ブランディングへの転換です。

つまり、子どもたちの夢を金儲けに利用することになりました。子どもが怪我をしてでもパフォーマンスをしようとしますし、それが美化され、歓声を集めれば、もっと商業的価値も高まります。

こんな話を見ていると、オリンピックと重なりすぎて眩暈がしてきますね…。それにしても男子のスポーツがマッチョイズムを助長し、女子のスポーツは“少女”性を搾取するかたちで、思いっきりジェンダーロールを最悪に激化させているわけで、こんなにもスポーツとジェンダーは密接なんだなと痛感しました。

加害者のルールは通用しない

加害者のひとりとして大きくクローズアップされることになった米国女子代表のチームドクターだったラリー・ナサール医師。彼の手口はこの女子体操業界の体質を巧妙に逆手にとったものでした。

「治療を楽しみにしていた、ラリーだけが唯一の優しくしてくれた大人だった」と被害者が語るように、抑圧で弱りきっている未成年の女子の心に、アスリート・ファーストを掲げつつ、おどけた会話で巧みに寄り添ってくるナサール。

テキサスの合宿所は親も入れない空間。そこに連盟側が勝手にやってくれたマインドコントロール済みの未成年女子が与えられる。あとはもう加害者側のやりたい放題です。性犯罪者にとっては格好の場所。

未成年の女子選手は何をされてもそれが正しいと誤認してしまいます。「これは治療なの?普通なの?」と先輩の友人に聞くと「自分もある」と答えられたら確かに納得してしまうでしょう。

それでも違和感を拭えずにヘッドコーチに相談した女子がいても、「そんなことを言っている人は他にいない」「発言の影響を考えろ」と叱責され、さらに大会への活躍のチャンスがかかっているとなれば…。

怖いのはこのマインドコントロールが選手を引退した後も、中年の大人になっても残り続けていることです。被害者の受けた苦痛は尋常ではありません。被害者の口から犯罪の手口が直接的に語られるよりも、そのマインドコントロールを振りほどけない自分に当惑している姿の方がかなりショックなものが私はありました。

一方の加害者であるナサールはずっと自分がルールブックのような世界にいたので全く世間の常識をわかっていません。それが表面化していたのが警察での事情聴取の映像。被害者を責め始めたり、専門用語を多発し、どうせわからないと思うけどとマウントをとったり、どもりだしたり、結局はなぜそんな施術が必要なのかの説明はできない。彼は全くプロフェッショナルでも何でもなく、どうしてこんな奴を未成年の女子選手は信用したのかと思うかもしれませんが、あんな奴を信用させてしまうほどにマインドコントロールは恐ろしいということですよね。

他にも性犯罪を扱ったドキュメンタリーはたくさん見てきましたが、どれもマインドコントロールがそこにはありました。『ハンティング・グラウンド』ではキャンパス特有の同調圧力、『日本の秘められた恥』では仕事の上下関係、『ネバーランドにさよならを』ではファンの熱中心理、『ジェフリー・エプスタイン 権力と背徳の億万長者』では同性を間に挟んで油断させていました。性犯罪の加害を知るにはやはりこのマインドコントロールの全容を知るのが大事なのでしょう。

スポーツの感動うんぬんの前に

その加害者単独の問題ではもちろんなく、この『あるアスリートの告発』では連盟の隠蔽体質や、世間の加害者擁護も取り上げています。「魔女狩り」「アバズレ」「本当なの?」「あいつが誘ったんだ」「売名行為」「成功できなかった選手の言い訳」…酷いセカンドレイプの暴言の数々。

それでも被害者を救えたのは、地元の小さなメディア。やっぱりこういうとき、ジャーナリズムは本当に大切だなと思います。『スポットライト 世紀のスクープ』でもそうでしたけど、こんなジャーナリズムがそばにいるかどうかで被害者の運命は変わってしまいますからね。

法廷にサバイバーが揃って証言をするくだりは、オリンピックで金メダルをとるよりも過酷で、それでいて勇気がある姿でした。「私たちが恥なのではない、加害者が恥なのだ」という言葉とともに、アスリートとしての誇りを取り戻した瞬間。

『あるアスリートの告発』鑑賞後はどうしたら性暴力事件を防げるのか考えてしまいますが、やはりまずは性教育を実施し、本作を見せるのでもいいですから、しっかり被害の事例を認識させることが大事なんでしょう。危ない奴には近づくな…という説教では意味がありませんから。そして何よりも大人が責任を持ち、スポーツをする子どものメンタルヘルスを含む健康を最優先に考え、その実践が適切かどうか第3者機関の介入で常にチェックする必要があるのかな、と。もちろんスポンサーありきの金儲け体質はバッサリ捨てるべきです。

日本でもアスリートの盗撮被害や性的な目的での画像の拡散が深刻な問題となっていますし、パワハラも頻繁に起きていますし、オリンピックでは聖火リレーがスポンサー企業の行列になっていたように、スポーツと商業利権はズブズブな関係です。開会式直前になって五輪関係者の酷い過去の愚行が明らかになっていくし…。

そうしたスポーツ界の問題点を綺麗にクリアしないと、オリンピックで感動するなんて夢のまた夢です。

『あるアスリートの告発』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 93%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

関連作品紹介

実際の性暴力事件を扱ったドキュメンタリーの感想記事です。

・『ジェフリー・エプスタイン 権力と背徳の億万長者』

・『ネバーランドにさよならを』

・『日本の秘められた恥』

・『ハンティング・グラウンド』

作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『あるアスリートの告発』の感想でした。

Athlete A (2020) [Japanese Review] 『あるアスリートの告発』考察・評価レビュー