マザーレス・ブルックリン
映画『マザーレス・ブルックリン』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Motherless Brooklyn
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年1月10日
監督:エドワード・ノートン

マザーレス・ブルックリン

あらすじ

障害を抱えながらも驚異的な記憶力を持つ私立探偵のライオネル・エスログの人生の恩人であり、唯一の友人でもあるボスのフランク・ミナが殺害された。事件の真相を探るべく、ハーレムのジャズクラブや、ブルックリンのスラム街など大都会の闇に迫っていく。その暗闇に潜んでいたのはこの腐敗した街を牛耳る男の存在だった。

『マザーレス・ブルックリン』感想(ネタバレなし)

エドワード・ノートン監督、再登板

どんな街にも歴史があります。あなたの住んでいる街も同じ。もしかしたら小学校の授業で学んだかもしれません。でもなかなか知ってみようという意識にはならないものです。引っ越しするときも街の歴史まで考慮する人はゼロじゃないでしょうか。普通は、交通の利便性、学校や病院の有無、災害や治安の観点、はたまた映画館が近くにあるか(←映画好きには最重要)…そんなことを気にします。

しかし、見知ったはずの場所でも予想外の知られざる歴史があったり…。

今回の紹介する映画『マザーレス・ブルックリン』も、実はそういう街の歴史に関わる物語だったりします。

本作については語るにはまずはこの人から言及しないといけません。本作の監督・脚本・製作・主演をつとめる“エドワード・ノートン”です。彼はマサチューセッツ州ボストンで生まれの俳優ですが、少しの間だけ日本に住んでいたこともあり、日本語も話せるなど、日本とも縁のある人です。俳優としては、1996年の『真実の行方』というキャリア初期作からいきなり高評価を獲得し、1998年の『アメリカン・ヒストリーX』でも高く称賛され、2014年の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』でも多数の賞にノミネートされるなど、定期的に名演を見せる堅実な役者です。最近は『ソーセージ・パーティー』や『犬ヶ島』で声の出演もしていました。

そんな“エドワード・ノートン”は監督業にも挑戦しており、2000年のラブコメ映画『僕たちのアナ・バナナ』で監督デビュー。ただそれ以降、何も音沙汰なかったので監督はもう興味ないのかなと思っていたのですが、この2019年になってまさかの監督作『マザーレス・ブルックリン』の登場。なんでも2000年代初めからずっと模索をしていたらしく、ようやくの企画実現だそうで、本人もかなり全力投入していることが窺えます。

原作は1999年にジョナサン・レサムが発表したミステリー小説です。ここで特筆するべきは舞台となる年代。原作は1999年なのですが、映画は1957年にチェンジされています。それにともない、主人公は同じでも起こる事件の背後など、物語の核心部分は大幅に変更・アレンジされており、こうなってくると完全に“エドワード・ノートン”の同人誌なんじゃないかと思うくらいです。なので原作を知っている人も映画版は別物感覚で楽しめるのではないでしょうか。

どうしてこんな改変をしたのか。それはきっと“エドワード・ノートン”がどうしても描きたかったものがこの時代にあるのだと思いますが、それは何かは重大なネタバレになるので、後半の感想で。

『マザーレス・ブルックリン』は俳優陣も豪華です。

『ミッション:インポッシブル』シリーズなど大作でも顔を目にする“アレック・ボールドウィン”は作中一番の最重要人物を熱演。大物感が本人にもありますし、ぴったりです。また、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』や『永遠の門 ゴッホの見た未来』での素晴らしい名演で観客の心を鷲掴みにした“ウィレム・デフォー”も肩を並べて登場します。この二人がいるだけで見ごたえ抜群。

加えて『アイリッシュマン』でも見かけた、何かと悪者になりがちな“ボビー・カナヴェイル”。ドラマシリーズ『24 -TWENTY FOUR-』でおなじみの“チェリー・ジョーンズ”。『紅海リゾート 奇跡の救出計画』にも出演していた“マイケル・ケネス・ウィリアムズ”。そして“エドワード・ノートン”もお気に入りだという“ググ・バサ=ロー”もヒロイン的ポジションで物語に役割を果たします。

さらにあの“ブルース・ウィリス”も出演している…のですが、出番はかなり少ないので、あまりそこは期待するところではないかも…。

また本作は音楽にも注目です。「レディオヘッド」の“トム・ヨーク”、「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」の“フリー”、ジャズ界の“ウィントン・マルサリス”など、やたらと楽曲を彩るメンバーが豪華。この1950年代のニューヨークという世界観を贅沢に盛り上げてくれます。それもあってゴールデングローブ賞では作曲賞にノミネートされました。音楽は物語にも深く関与し、中にはあの有名なジャズトランペット奏者「マイルス・デイヴィス」をベースにしたのではないかと思われるキャラクターも作中に…。

『マザーレス・ブルックリン』は重厚なミステリーサスペンスであり、ニューヨーク・ノワールであり、144分も上映時間があるのですが、そのぶんたっぷりと世界に浸れます。エンタメ的ではないですが、ミステリー文学に触れるように映画を熟読するといいのでは?

オススメ度のチェック
ひとり◯(じっくり映画と向き合って)
友人◯(ノワール好き同士で)
恋人△(少し長時間なので大変)
キッズ△(重厚な大人のドラマです)

予告動画







↓ここからネタバレが含まれます↓





『マザーレス・ブルックリン』感想(ネタバレあり)

最弱のブルース・ウィリス

1957年のニューヨーク。ライオネル・エスログという男はフランク・ミナの下で私立探偵として働いていました。作中ではあまりその背景に重点を置くことはないのですが、孤児院で暮らしていたライオネルをフランクが引き取って、他の3人の孤児と合わせて育てた…いわば疑似的な家族のような存在。

当然、ライオネルはフランクを慕っています。彼はコミュニケーションに苦労する障害を抱えていましたが、それでも才能を評価してくれたのがフランクです。

そのフランクがある調査をずっと進めており、そのバックサポートをしていたライオネルとその仲間たち。ところが状況は急激に一変。フランクは車に乗せられてしまい、急いで追走することに。街中を乱暴に車でぶっ放すライオネルとギルバート。本作は基本は地味な会話劇メインではあるのですが、こうやって定期的なアクション風のサスペンスも用意してくれるのは嬉しいです。

必死の追跡も虚しく、発見したのは腹を撃たれて放置されたフランク。とにかく車に乗せ、病院へ直行。緊急手術となり、治療室から追い出されるライオネルでしたが、その目には息絶えるフランクの姿が…

“ブルース・ウィリス”史上、最弱な方の“ブルース・ウィリス”だった…。まあ、いつものように強かったらひとりで事件を解決して、ライオネルの出番もゼロになっちゃうのですけど。

ボスにして父にして恩人でもある大切な柱を失い、事務所では途方に暮れた4人が揉めます。

しかし、ライオネルはフランクの面影を忘れることはできません。彼の帽子とコートに身を包み、やろうとしていたことを引き継いで独自に調査を開始するのでした。記憶力の高さなどライオネルは探偵能力では劣っていません。

そして浮かび上がってきたのはニューヨークの街を生み出した権力者にして黒幕である「モーゼス・ランドルフ」という男。さらにそのモーゼスを取り巻くさまざまな人間の絡み合った関係性。都市開発計画をめぐる利権、人種対立、ある人間の出生の秘密…。

物語はゆっくり、でも突発的に動き出します。

トゥレット症候群について知る

『マザーレス・ブルックリン』は主人公ライオネルの探偵ストーリーですから、彼のキャラクター性が何よりも大事です。そして彼を語るうえで外せないのが「トゥレット症候群」

これについて簡単に説明すると、まず「チック」という現象があります。これはとくに目的もないのに同じような運動が素早く不規則に繰り返される現象(運動チック)や、自分では意図しない音や言葉が突然繰り返し発せられる現象(音声チック)です。幼い子どもにはチックが普通に見られたりするのですが、それが大人になっても慢性的に継続することがあります。こうなってくると「トゥレット症候群」と呼ばれることになります。

医療情報専門サイト「MSDマニュアル家庭版」には以下のように解説されています。
チックの重症度は様々で、5人に1人の小児では、ある期間に何らかのチックがみられます。これらのチックの多くは軽いもので、ほとんどの場合親も医師も病気とはみなしません。トゥレット症候群はチック症の中でも最も重度のもので、これがみられるのは小児100人のうち1人未満です。チックは女児に比べて男児に3倍多くみられます。チックは18歳まで(典型的には4~6歳の間)に始まり、およそ10~12歳の間に症状が最も激しくなり、青年期に入って減少します。ほとんどのチックはやがてなくなります。しかし、約1%の小児では、成人期までチックが残ります。

フランスの神経内科医「ジョルジュ・ジル・ド・ラ・トゥレット」に因んで名づけられたこの神経精神疾患は、原因はよくわかっていないそうです。

チックは自分でコントロールできません(無理に抑えようとすると逆にストレスで健康が悪化する)。『マザーレス・ブルックリン』でもライオネルは脈絡もなく音を発したり、汚言と呼ばれる卑猥な言葉や罵詈雑言を気持ちとは無関係に言葉に出したり、何の意味もないのに相手にむやみやたらに触れてしまったり、そのような言動をどこでも連発してしまいます。

作中のライオネルのトゥレット症候群描写はどこまでリアルなのか、私は実感を持って語れませんが、実際にトゥレット症候群患者の団体と連携をとって“エドワード・ノートン”は演技を研ぎ澄ましていったようなので、たぶんリアルなのでしょう。

なお、「トゥレット症候群=ライオネルの症状」とは限りません(例えば汚言がない人もいる)。映画で固定観念を持たないようにしてくださいね。

『マザーレス・ブルックリン』はこのトゥレット症候群を抱えるライオネルが実に魅力的です。

チックがあるせいで会話が中断されてそのぶんテンポは悪くなるのですけど(だから144分もあるというのも)、一方でチックがサスペンスになるシーンもあり(ローラとジャズを聴く場面とか)、映像としての見ごたえに寄与しています。

もちろんチックのせいで他人から白い目でみられることも作中ではあります。1950年代と現代ではどれくらいこの症状の世間の理解度が違っているのかは知りませんが、まあ、今も偏見は根強いでしょうし…。それでもライオネルの能力を信頼し、ごく自然に助け合う人がいるというのは良いものです。

障がい者を変な味付けにして際立たせているわけでもなく、あくまで普通にその症状を描き、それでいて嫌みのない人物像にしている。この“エドワード・ノートン”のバランス感覚はお見事。

“エドワード・ノートン”は『真実の行方』では多重人格障害の疑いがある殺人容疑者役を熱演していましたが、やっぱりこういうクセの強いキャラが好きなのでしょうか。

マザーレス・ブルックリン

モーゼスは実在の人物がモデル

『マザーレス・ブルックリン』は映画で舞台を1999年から1950年代に変更した大きな理由は、間違いなくこの時代のアメリカを描きたかったからです。というか、監督本人がそうインタビューで言ってます。

1950年代のアメリカと言えば、まだまだ冷戦の最中。国際情勢は緊迫感がありますが、一方で庶民生活は快適さを増していました。自動車や家電が一般に普及し始めたことが大きいです。当然、ライフスタイルも変わります。家にモノが増えればより広い場所を求めますし、乗り物があれば遠出もできる。そこで郊外に住居を構える人も増加していきます。

ただこれらの話はあくまで白人中流階級に限ったこと。そうではない、例えばアフリカ系アメリカ人のコミュニティは相変わらず困窮しており、さらに差別が蔓延していました。しかし、黙っているわけにもいかず、そこで公民権運動へと流れていきます。

つまり、街では白人中流階級は郊外へと拡散していくのですが、それは街の一画で声を上げる黒人コミュニティとの対立もあってこそ。レイシズムな白人たちは黒人とは暮らしたくなく、黒人に不便を押し付け、自分たちは白人だけの生活空間を作りたかったんですね。

『マザーレス・ブルックリン』はまさにそういうバックグラウンドのあるニューヨークの物語。

そして作中でその黒幕として登場するのがモーゼス・ランドルフという男ですが、実は彼にはモデルとなる人物がいます。それが「ロバート・モーゼス」という人間です。

ロバート・モーゼスは20世紀中頃にニューヨーク都市圏の開発に尽力した大物で、その功績から「マスター・ビルダー」と呼ばれています(なんか『LEGO ムービー』みたい…というかあのキャラもロバート・モーゼスがモデルなのかな?)。

その影響力は凄まじかったそうで、都市開発のあらゆる側面で影響力を行使し、もはや彼抜きでは今のニューヨークは形成できなかったと言えるレベル。あの観光名所もこの観光名所もロバート・モーゼスが関わっていたりします。

表向きは偉大な都市開発貢献者ですが、そんなロバート・モーゼスにも裏の顔が…。それは人種差別主義者だったということ。ロバート・モーゼス自身はユダヤ系なのですけど、とくに黒人への差別意識は強く(当時は社会全体がそうでしたが)、問題視する声はありました。

つまり、本作を生み出した“エドワード・ノートン”は映画を通して、ロバート・モーゼスのような特権を持つ差別主義者の手によってレイシズムが最初からニューヨークの街に組み込まれていたんだ…という暗部を示したかったのでしょう。今もニューヨークは人種差別と闘っていますし、アメリカ全体、世界全体がそうですが、それは街の歴史にこびりついているものであり、なかなか削ぎ落すことはできないのかもしれません。

作中でモーゼス・ランドルフ自身はそこまでスカッとする敗退をするわけではないです。それはモデルになったロバート・モーゼス自身の経歴と重ねるためでしょう。世間一般的には(つまりマジョリティには)愛されて死を悲しまれてこの世を去ったのですし。

でもその闇深い歴史は街の道端に埋めて隠すことはできません。歴史を伝えるものがいる限り。それは報道され、Wikipediaにも記載されるし、映画にもなる。残り続ける。

もちろんあのモーゼス・ランドルフと同類のデマゴーグな人物は他ならぬ今でいう「ドナルド・トランプ」となのですが…。

見苦しい歴史を自己批判的に知って、今度はもっと良い街を作ろう。そんな後味も感じるエンディングでした。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 63% Audience 80%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

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