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『ヒヤシンスの血』感想(ネタバレ)…Netflix;ポーランドでもゲイは自由を恐れない

ヒヤシンスの血

1980年代のポーランドのゲイ・コミュニティで起きた殺人事件を描く…Netflix映画『ヒヤシンスの血』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Hiacynt(Operation Hyacinth)
製作国:ポーランド(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:ピオトル・ドマレフスキ
LGBTQ差別描写

ヒヤシンスの血

ひやしんすのち
ヒヤシンスの血

『ヒヤシンスの血』あらすじ

1980年代の共産主義政権下のポーランド。当時は同性愛は社会の異端として扱われており、当事者はひっそりと暮らしていた。そんな中、ワルシャワのゲイ・コミュニティで起きた殺人事件。秘密警察の父を持つひとりの警官はこの事件を担当することになる。しかし、その捜査は意外にもあっけなく終わる。捜査結果に納得できない警官は、自ら真相を突き止めようと奔走するが、それは命の危機にさえも繋がり…。

『ヒヤシンスの血』感想(ネタバレなし)

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「ヒヤシンス作戦」とは?

2021年7月、欧州連合(EU)の欧州委員会はEU加盟国になっているハンガリーポーランドに対して法的措置を開始しました。その理由はLGBTQへの差別です。

ハンガリーとポーランドは政権の保守化が強まるにつれ、LGBTQに対する弾圧を増しています。ポーランドでは、国土の3分の1ほどを占める約100の自治体が「反LGBT」決議を採択し、性的少数者の当事者にとっては生活や命が脅かされる危機となっています。EU側はこの人権侵害を見過ごせないとし、厳しい姿勢を示していますが、このままではEUの分裂もあり得る状況です。

今後の当事国の出方しだいではハンガリーとポーランドについて最終的には欧州司法裁判所への提訴と経済制裁につながる可能性もあり、巨額の制裁金となればかなりの痛手。そもそもハンガリーとポーランドはEUから相当額の補助金を受け取ってきており、それさえも無くなれば困るはず。

それでもこの二国がLGBTQへの弾圧を強める理由は何なのか。それは旧共産圏諸国だったという背景も大きいのでしょう。共産主義政権下だったときから、LGBTQの人たちは迫害を受けていました。共産主義政権が表向きは崩壊しても、そのときの権力者はいまだにパワーを持っており、その思想は蔓延り、また新たな憎悪を栄養分にして芽をだしている…そんな感じでしょうか。

今回はポーランドの話をします。ポーランドは1945年から1989年までの44年間はマルクス・レーニン主義のポーランド統一労働者党(PZPR)が寡頭政治を敷くポーランド人民共和国の社会主義体制時代でした。経済状況はよくありません。貧困、所得の大幅低下、物資の配給の乏しさ…。1980年代には徹底した支配が強化され、反政府の人間はすぐさま投獄・処刑されました。

その最悪の時期だった1980年代後半のポーランドで行われた同性愛者への弾圧。それは「ヒヤシンス作戦」と呼ばれています。具体的には国内にいる同性愛者と彼らに接触した人間の完全なデータベースを作ろうというもので、結果的には約11000人が登録されたと言われています。登録者は同性愛者証明書に署名することになります。名目上の理由は「同性愛者は病気のリスクが高く、犯罪組織とも関わっており、売春とも関連が深いから」ですが、そんなのは異性愛者も同じことです。完全に差別と偏見が根底にありました。

ちなみに「なぜヒヤシンス? 花だよね?」と思った人もいるかもしれませんが、ヒヤシンスと同性愛は密接な関わりがあるのです。ヒヤシンスの名前の由来はギリシャ神話に登場する「ヒュアキントス」という絶世の美少年とされる神であり、このヒュアキントスは詩歌や音楽の神(男神)である「アポロ(アポローン)」に恋心を抱かれていた…という設定になっています。要するに同性愛です(ギリシャ神話ではごく普通に同性愛がでてくる)。

話を戻して、そんな「ヒヤシンス作戦」ですが、それを題材にしたサスペンス映画が登場しました。それが本作『ヒヤシンスの血』

本作は説明したとおり、1980年代の共産主義政権下のポーランドで行われたヒヤシンス作戦の実態を描くと同時に、その渦中で起きたゲイ・コミュニティ内での殺人事件を追う刑事を主人公にしています。クライムサスペンスですね。

時代背景は映画の最後に説明されるのですが、事前に知っておいた方がわかりやすい部分も多いだろうと思ったのでこちらでは最初に解説しておきました。

当時のヒヤシンス作戦の雰囲気も伝わってきますし、そんな絶望的な社会の中でも自分らしさを貫こうとする同性愛者の生き様に胸を打たれます。

監督は“ピオトル・ドマレフスキ”で、『Sexify/セクシファイ』などを手がけていた人です。

俳優は、“トマシュ・ジェンテク”、“フベルト・ミウコフスキ”、“マレク・カリタ”、“アドリアンナ・フレビツカ”、“トマシュ・シューハルト”、“セバスティアン・スタンキェヴィッチ”、“ヤチェク・ポニェジャウェク”など。私はポーランドの俳優を全然知らないので、全く詳しくは語れないです…。でもそれぞれ迫真の名演でした。

『ヒヤシンスの血』はNetflixで配信中ですので、現代の問題と重ねながら鑑賞してみてください。

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『ヒヤシンスの血』を観る前のQ&A

Q:『ヒヤシンスの血』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2021年10月13日から配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:歴史を知る映画としても
友人 3.5:興味がある者同士で
恋人 3.5:同性愛ロマンス(悲哀)
キッズ 3.0:暴力描写・性描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ヒヤシンスの血』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):ポーランドの裏側で…

夜。ホテルで物品を奪って逃走する男を押し倒して捕まる男。そこに別の男が乱入して容赦なく蹴りつけます。ロベルトノガスの刑事コンビのいつもの仕事です。

警察署に帰ると、ボスに呼ばれます。署内は少し騒がしいです。

「脱獄か?」「ヒヤシンスだよ」「同性愛者の登録だ」

署長は2人を呼び出して開口一番に「グレゴルチクの件だ」と資料を見せます。「ペヴェックスは?」「成功でした。昇進に値します」「秘密警察への質問はなしだ」…どうやらこの殺人事件を解決しないと昇進も何もないようです。「信頼できるのでお前に託す」と言われたその事件。被害者のグレゴルチクは裕福な男で、公園で発見されたそうです。

さっそく被害者の家へ。捜索します。豪華で落ち着いた室内。するとロベルトは男同士がヤっているビデオテープを発見。ノガスは言います。「ヒヤシンスがいるかも」

帰宅。ロベルトに封筒がきていました。「シュチトノ高等民兵学校への入学を許可する」…母と喜ぶロベルト。秘密警察で働く父は「1人前になれる」と口にします。

次にロベルトは署でファイル管理の事務仕事をしている恋人の女性のもとを訪ね、2人は体を重ねます。ロベルトの中ではあの入学許可も父の計らいだろうと察しがついていました。

検死の結果、かなり酷く暴行されたようであることが判明。殺意があったのは間違いありません。問題はなぜなのか。同性愛者だったからなのか、それとも…。

とにかく手がかりを知っていそうなのは同性愛者たちです。ロベルトはゲイの溜まり場になっている公衆トイレに潜入。警察車両の登場で散り散りに逃げる者たちに混じり、ひとりの若者と知り合うことに成功します。その名はアレクで、ドイツ語を専攻している若者です。

一方、捕まえた者を事情聴取すると、みんなグレゴルチクは知らないと口を閉ざします。やっとひとりが喋ると、彼はカネで男を雇っていたという噂を口にします。グレゴルチクは男娼を私的に雇っていたようです。

アレクとまた接触。売春についてさりげなく聞くと、ユリアンというタクシー運転手を教えてくれます。さっそくそのユリアンを逮捕するぞと脅しながら問いただすと、「売春の斡旋なんて知らない」と言いつつも、乗せたことはあるらしい口ぶり。

手がかりを追跡しながら今度はバルチクという男を追います。捕まえて事情聴取。すっかり怯えており、エイドリアン・ソボレフという名前を吐きます。奴らが刺し殺したと。グレゴルチクはエイドリアンにカネを渡していたそうで、さらに写真のことに触れますが、それに関して一切の言及はしたくないようです。

ノガスの暴力的尋問で自白させ、次の進展を向けて動き出すべく準備。

ところが独房にいた男は首を吊りました。しかも事件解決だと上層部。納得いかないロベルトは独自に調査を行っていきます。ファイルを調べ上げて、関係者を聞き出し、アレクとの接触も続行。

その先に待ち受けていたのは、荒んだ社会でもなおも権力を失わない者の表と裏の顔で…。

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巨大な国家規模の家父長制

『ヒヤシンスの血』を見ると真っ先に印象に残るのは、1980年代のポーランド社会の陰惨な暗い雰囲気です。それもそのはず、この時期のポーランドは前述したとおり、深刻な経済危機に陥っており、多くの国民は貧困に苦しんでいます。

そんな中でこの社会の治安を守る警察の姿が最初に提示されるわけですが、冒頭の窃盗犯への容赦のない暴力といい、この世界が人権という秩序ではなく暴力で支配されていることがよくわかる出だしです。殴って言うことを聞かせた奴が勝ちなのです。

主人公のロベルトと恋人の雰囲気もどことなく貧しさを感じさせます。基本的には狭い家でテレビを見ているしかできない。外で楽しく過ごすような生活の余裕はないのでしょうね。

一方でロベルトが任せられたのはグレゴルチク殺害事件。その被害者の家に行くとそこは明らかに富裕層と思われる広い邸宅でした。そのギャップに驚かされます。独りでこんな広い部屋に住んでいる。これが同じ国の中にある生活の違いなのか…。

そして発見されたのは、ゲイのポルノビデオであり、これがグレゴルチク殺害事件とゲイ・コミュニティを繋げる唯一の手がかりになります。

それと同時になぜこの事件がロベルトの担当になったのか、それも暗に示されるわけです。当時の同性愛者の弾圧を担っていたのは秘密警察。その秘密警察の上層部にいるのはロベルトの父。その父はグレゴルチクがなぜ殺されたのかを含めて真相を知っていることが後にわかります。これは最初から出来レース。あくまで本当の真実は闇に葬り、体裁の良い人間を犯人ということにし、ついでに愛する息子の手柄にしておこうという、なんとも歪んだ父の愛だったというオチ…。

これも家父長制のひとつのかたちですね。父親が暴力的に支配するのも家父長制の定番ですが、そうではなく非常に歪んだある種の不正を含む手口で子どもなどの家族と接して、ときに見返りを与え、その家族全体を共犯関係にさせてしまうという家父長制もあるでしょう。ロベルトの家族もまさにそれ。

ましてやロベルトの父親は秘密警察でもあり、これはスケールを拡張すれば、この時代のポーランド全体の話だとも受け取れます。軍事独裁政権というのはすなわち巨大な国家規模の家父長制ですから。

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自由を恐れるな

『ヒヤシンスの血』の事件に関する最終的なオチは、正直、最初の時点で予測がつくほどに単純ではあったのでそこまでの驚きもないのですが、残酷な現実です。

グレゴルチク含めてあの別荘で集まった同性愛者たちが密かに殺されている理由。それは政治上層部の人間が参加していたからであり、そんな政治の中にいる同性愛者の存在が明るみに出ないように隠蔽していたのでした。

これが示す残酷さはひとつ。結局、ヒヤシンス作戦だとか何だとか言ってますが、社会は同性愛者そのものを本質的に排除したいわけではないのです。社会の底辺で生きる、そして自由と平等を渇望する、権力基盤を脅かす可能性のある不穏分子を排除したいだけ。そいつらが同性愛者だったから、それを理屈に持ってきているだけ。逆に権力基盤を脅かさない、権力者そのものである同性愛者はお咎めなしで平然と富を貪ることができるのです。排除する側とされる側、それを分けているのは「権力に都合がいいか否か」

この事実は当時のポーランドだけではない、今の日本だって同じだと思います。LGBTQへの差別禁止さえも認めたくない政治家がいる傍らで、LGBTQの運動に表面的に迎合しているだけの政治家もいる。その政治家が同一人物だったりもする。つまるところ、権力者にとっては都合がいいように利用できるかどうか、そこにしか関心がない。

『ヒヤシンスの血』では、そんな理不尽な世界でなんとか生き抜くマイノリティの切望が響く物語もありました。ゲイたちの密かなパーティでどこよりも解放感に浸っていくロベルト自身。そしてやがてアレクとの情熱的な性的関係へと発展し、自分のアイデンティティが満たされることに喜びを感じる。ロベルトが同性愛者なのか、両性愛者なのか、パンセクシュアルなのか、それはわかりませんが、少なくともクィアとしての実存性を抱えているのは確か。

最後はアレクを身を犠牲にする覚悟で逃がそうとします。愛のためか、未来への希望に繋げるためなのか、それとも権力に従うしかできないという意味では同類の父親の後を辿りたくなかったのか、本当の正義を実現したかったのか…。

残念ながらあのロベルトの勇敢な行動は過去の歴史として片づけられません。30年以上経過したポーランドにおいてもいまだにロベルトのような行動が求められている。アレクのように逃げる者がいる。

私にはポーランドの性的少数者の自由と平等を願うしかできませんが…。

『ヒヤシンスの血』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0
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関連作品紹介

ポーランドの映画の感想記事です。

・『ヘイター』

・『COLD WAR あの歌、2つの心』

・『ブレスラウの凶禍』

作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『ヒヤシンスの血』の感想でした。

Hiacynt (2021) [Japanese Review] 『ヒヤシンスの血』考察・評価レビュー