この映画も飛行機が空を駆ける!(ただしカッコよくはない)…Netflix映画『スパイダーヘッド』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にNetflixで配信
監督:ジョセフ・コシンスキー
交通事故描写(車) 性描写
スパイダーヘッド
すぱいだーへっど
『スパイダーヘッド』あらすじ
『スパイダーヘッド』感想(ネタバレなし)
映画による向精神薬の風評被害
向精神薬を服用したことはありますか?
向精神薬とは、抗うつ薬や抗不安薬、睡眠導入剤(睡眠薬)など薬の総称のこと。一般的には、鬱病や不安障害の治療でもよく使われており、精神科などで処方されます。
ただ、なんとなく危なっかしいイメージも抱かれがちです。確かにむやみに乱用すれば危険でしょうが、それは風邪薬でも同じことなので、薬全般がそうだと言えます。向精神薬と言えども、医師の指示どおり用法用量を守って適度に正しく利用すれば極端に恐れることはありません。
こういう「向精神薬=ヤバイ薬」みたいな危険物的な印象が蔓延している原因は、一番には違法ドラッグの感覚がそのまま混在しているからだと思いますが、もうひとつ原因があるとすれば、映画のようなフィクション作品のせいもあるかもしれません。
映画では向精神薬はもっぱら不吉な予兆を観客に暗示させるアイテムだったり、その向精神薬を利用しているキャラクターがそのまま危険行為をする人物だったりします。逆に向精神薬を正しく利用して普通にポジティブに活躍しているキャラクターはあんまり見ないですよね。私もイチ映画ファンとしてはこの映画による向精神薬に対する負の偏見の助長は問題だなと常々思ってはいるのですけど…。
そんなことを書いておいてなんですが、今回紹介する映画はまさに向精神薬に対する悪い印象を助長させまくる極端な内容の作品です…。まあ、でもほら、こんだけ感想の冒頭で言及しておけば、「これはフィクションだからね」と誤解を広げるのを少しくらいは防げたかな…。
その映画とは本作『スパイダーヘッド』。
スパイダー…ヘッド…!? 蜘蛛の頭!? そんな第一印象を持ってしまうタイトルですが、別に薬を飲んでしまって蜘蛛人間になったりはしません。スパイダーマンは関係ないです。
『スパイダーヘッド』は「スパイダーヘッド」という名前の特殊な刑務所が舞台。どう特殊なのかというと、ここでは囚人たちは自由な生活空間が用意されており、施設内であればわりと好きなように過ごせます。広い個室もあるし、大広間でソファでくつろぐこともできるし、美味しいご飯もある。ただし、その代わり、とある治験に参加することになる…。
この治験が本作の肝になってくる要素。そこで行われるこの密かな実験が人間にもたらす恐怖、混乱、戦慄…。それを描いていくSFサスペンス・スリラーです。
本作は一応は原作があって、“ジョージ・ソーンダーズ”というアメリカの小説家が1995年から2012年の間にさまざまな雑誌で出版された物語を収録した「Tenth of December: Stories」に含まれる「Escape from Spiderhead」という短編小説が元になっているそうです。この「Escape from Spiderhead」は2010年の作品です。しかし、今回の映画化の際にかなり大きく脚色されたようなので、ストーリーは別物と思った方がいいかもしれません。
その本作『スパイダーヘッド』を監督したのは、2022年に『トップガン マーヴェリック』で大絶賛を受けた“ジョセフ・コシンスキー”。完全にその映画で印象が上書きされた感じもありますが、もともとは『トロン: レガシー』(2010年)とか、脚本も手がけた『オブリビオン』(2013年)とか、SF方面の畑の人なんですよね。
『スパイダーヘッド』の脚本は、『ゾンビランド』シリーズや『デッドプール』シリーズでおなじみの“ レット・リース”&“ポール・ワーニック”のコンビ。
そして『スパイダーヘッド』で製作&主演を担うのが、雷神ソーですっかり顔なじみの“クリス・ヘムズワース”です。最近は『INTERCEPTOR インターセプター』でも製作総指揮&ちょこっとゲスト出演でふざけまくっていましたが、今作『スパイダーヘッド』はイカれた人物をノリノリで演じており、こっちでも楽しそうです。
共演は、“ジョセフ・コシンスキー”監督とは『トップガン マーヴェリック』に続くタッグとなる“マイルズ・テラー”。他には、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』やドラマ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』の“ジャーニー・スモレット=ベル”、ドラマ『トレッドストーン』の“テス・ハーブリック”、『Lonesome』の“マーク・パギオ”など。
『スパイダーヘッド』は劇場公開は無しで、Netflixで独占配信中です。
『スパイダーヘッド』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2022年6月17日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :暇つぶし程度に |
友人 | :俳優ファン同士なら |
恋人 | :ロマンス要素は多少あり |
キッズ | :露骨な性描写あり |
『スパイダーヘッド』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):承認しますか?
軽飛行機で着水して辿り着くことができる大海原にある孤島。この森に覆われた島で、ひときわ異彩を放っている厳重なコンクリート施設。ここがスパイダーヘッド刑務所です。
この刑務所には各地から多くの囚人が集められています。しかし、囚人たちは施設内であれば自由な行動が許されており、拘束や抑圧はほとんどありません。食事も談笑も好きにできます。ただし、その代わりにひとつだけやることがありますが…。
ひとりの囚人、レイが被験者として椅子に座ります。モニター室では、刑務所管理人のスティーヴ・アブネスティがつまらないギャグを次々と口にし、レイは笑いが止まらない様子。その次に、ルワンダ虐殺で大勢が死亡した話題を語りかけます。すると、レイがそれもこらえきれずに笑い声をあげます。アブネスティは満足そうに納得し、隣の助手のマークは驚きます。
ある日、ジェフは放送で起こされます。彼も囚人で治験者です。
目隠しでボートに乗せられ、野外のとある場所へ。新しい薬を試すとアブネスティは言い、目隠しを外して、手元のスマホを操作。言語能力をあげる薬を投与されます。各被験者の腰の背中あたりにはモバイルパックが装着されており、その中にあるカプセルの薬物が遠隔操作で投与される仕組みです。ジェフは野外テストで感動的な景色を目にしていました。実際は荒んだ工場地帯でしたが…。
それが終わり、ジェフは料理をしているリジーに気さくに話しかけます。2人は軽食係で、施設の食事を用意しています。ジェフとリジーは仲がいいです。
別の日、今度はジェフはヘザーという女性と対面させられ、アブネスティから「初対面の印象は?」と問われます。「魅力的だと思う?」と聞かれ、2人ともぎこちなく答えます。次にアブネスティの操作で「N-40」を注入。そうすると、2人とも急に互いを見つめて、照れくさそうに相手に褒めだします。「B-15」を注入すると、いきなり熱烈な言葉で褒め合い、キスが始まり、服を脱いでいき、激しく体を交え…。
絶大な効果に、マークも「媚薬ですね」と驚愕。注入をやめると、2人はキョトンと起き上がり、また気まずそうに戻ります。
さらに治験は続きます。ジェフの前に今度は対面させられたのは、少しみすぼらしい女性のサラです。でも結果は同じ。激しく愛を交える2人…。
次にサラとヘザーを対面させ、ジェフの方はモニター室に連れてこられ、質問を受けます。どちらかに好意があるかと問われ、どちらに思いも感じないし選べないことを伝えます。
今回は何もせずにサラとヘザーを解散させます。どうやらジェフの反応を見たいだけのようでした。
「うちの薬があれば事故を防げた」とアブネスティは語ります。
過去を抱えるジェフ。彼にとってこの治験は贖罪を叶えるのか…。
陰謀論を否定しきれないのは…
はい、ネタバレ。でもネタバレってほどのものでもないですよね。バレバレではありましたから。『スパイダーヘッド』の舞台である刑務所で行われている治験。その目的は新しい向精神薬の開発ではない、完全に人間を意のままに操るためのコントロールの確立でした。その治験には、外部委員会による倫理面でのチェックなんてものはなく、実際はスティーヴ・アブネスティが自分の企業の独断で実施していたこと。これは完全な私的人体実験だったのです。もうジェフたち囚人は蜘蛛の巣の上で狩られるのを待っているだけの獲物にすぎません。
SFスリラーとしては筋は通っている世界観ですし、怖いと言えば確かに怖いですが、ただ全体的にあまりサスペンスとして効果的に面白さを発揮しているとは言い難かったかなというのが個人的な印象。そもそもこの設定に乗れない部分もあって…。
そもそも本作のこの治験はちょっと「コンバージョン・セラピー」っぽいですよね(コンバージョン・セラピーについては『ある少年の告白』などの映画を参照)。
問題はその対象となる描き方が、クィアが異常でストレートこそが正常みたいに思える雰囲気があるのが気に障る…。例えば、ジェフは屈強な男のローガンと対面させられ、今度はこの男に欲情するような薬を注入させられるのではないかと察して怯えるというシーンがありますが、あれもホモフォビア感がどうしたって拭えないです。また、本作ではどんな相手でも性的関係を持たせてしまうことができるし、それ自体が「可能なもの」として描かれ、これもこれでアセクシュアルな立場を真っ向から否定するし…。
別に本作はその治験を行うのが悪役なのだがらいいじゃないかと思うかもしれませんが、結局、本作はその治験の技術自体は何も否定はしていなくて、技術的には可能という事実を保持したまま、ものすごく「愛は薬に勝てる」というヘテロなオチで終わってしまうので、釈然としないというか…。
陰謀論をテーマにしながら映画自体が陰謀論を否定しきれずに終わってしまっている、かなり悪い事例ではないかなとも思います。
どうせならもっとそこに陰謀を上塗りして、それこそこの治験自体がでっちあげで、感情のコントロールもできはしないけどできているようなふりでデータだけ偽造していたとか、そういう二段構えのオチでも良かったんじゃないかな…。
薬も脚本も欠陥すぎない?
後はやっぱりこの『スパイダーヘッド』のサスペンス部分の貧弱さ。SFとしても衝撃不足。あまりハラハラしなかったかな…。
後半は脱出モノになるのですけど、このジャンルの醍醐味が全然ないのが致命的。やはりここは前半部分でまずこの施設はどういう作りで、どこからどうやれば逃げることができて、それに必要なものは何なのか、じっくり観客に見せておくべきだと思うのです。
そうやって初めてジェフの行動の難易度が観客にも理解できるようになりますし、ステップアップとしての進行具合もわかります。この治験の秘密を探るためにあの情報にアクセスしようだとか、必ず2人以上は必要なのでリジーをなんとか仲間に加えておこうとか、他の囚人たちをどうやって巻き込んでいくか考えようとか、根本的にこの薬物を排除する方法はあるのかとか…。
あのモバイルパックも腰に着けているだけみたいですし、内部のカプセルもいとも簡単に外せそうですし、なんか作りが雑すぎたな…。せめて体の内部に埋め込まれているという設定にすれば良かったのに…。そうしたら衝撃を与えたら全部の薬物が注入されるみたいなアホっぽい展開を見ずに済んだし…。
対象を不安にさせてパニックを起こす「ダークフロックス(Darkenfloxx)」や治験の最大の狙いであるコントロールを実現する「OBDX(Obediex)」も、都合がいい裏技みたいな活用しかされていないので、登場人物たちの心理戦の駆け引きみたいなのを阻害しているだけにも思える…。
俳優の演技面はノっていましたけどね。しかし、この“クリス・ヘムズワース”のオーバーな演技スタイルは作品によってはひたすらウザく思えてしまうデメリットもあるので、これをどう使うかという監督のセンスが試されるなとも…。“ジョセフ・コシンスキー”はこういうコメディよりも真面目な人間ドラマの方が上手い気がする。絶妙なバランス感覚が要求されるけど。
それにしても“マイルズ・テラー”は例の戦闘機映画の後の撮影のせいなのか、体が出来上がりすぎていて、絶対にこの人、囚人として収容されてメンタルも凹んでいるようには見えないよ…。今の“マイルズ・テラー”は『セッション』のあの先生をぶっ倒せますね。ボッコボコにできる…。
最後のオチの飛行機激突は良いとして、ジェフとリジーの過去のトラウマと向き合う方法の観点では、ずいぶんと本作は能天気でしたが、私はバッドエンドにしてくれても良かったですよ。
皆さん、薬は本当に信頼できる医者に処方してもらいましょう。“クリス・ヘムズワース”みたいな奴は信用できません。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 45% Audience 44%
IMDb
5.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『スパイダーヘッド』の感想でした。
Spiderhead (2022) [Japanese Review] 『スパイダーヘッド』考察・評価レビュー