凪待ち
映画『凪待ち』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

英題:Nagi Machi
製作国:日本(2019年)
日本公開日:2019年6月28日
監督:白石和彌

凪待ち

あらすじ

無為な毎日を送っていた木野本郁男は、ギャンブルから足を洗うことに決め、恋人・亜弓と彼女の娘・美波とともに亜弓の故郷である石巻に移り住むことになる。亜弓の父・勝美は末期がんに冒されながらも漁師を続けており、近所に住む小野寺が世話を焼いていた。そんな新生活の中で、ある事件が木野本郁男に降りかかる。

『凪待ち』感想(ネタバレなし)

香取慎吾、覚醒

うちの家計はかなり苦しくなってきたし、今の仕事は全然給料が増えないままだし、生活が好転する兆しがない…よ~し、ここはギャンブルで一発逆転だ!

…こんなことを口走る人間がいたら、絶対に負けフラグでしかないし、絶望しか待っていないのはすぐに誰でも察しがつくものです。

でもこれはどうでしょうか。

うちの地域は人口減少で活気もなくなってきて、若者が減って高齢者ばかりだし、観光客も呼び込めていない…よ~し、ここはIR(カジノを含む統合型リゾート)で一発逆転だ!

なぜかこのパターンだと行政はノリノリになってしまうという謎。この場合、ギャンブル依存症になってしまうのは行政の方なのですけどね…。

そんなカジノに夢見ている行政の関係者にぜひ観てほしい映画が本作『凪待ち』です。

主人公はギャンブル依存症の男。その沼地から抜け出さないといけないのはわかっている。だからっギャンブルなんてない地方に行く。ここなら…ここなら心機一転でクリーンな人生をリスタートできる。いくぜ、俺。しかし、この田舎にもギャンブルはあった…。このIR推進派のクソったれ~、どうしてくれるんだ~!(本作に登場するギャンブルはIRじゃありません)

だいたいの導入部分はそんな感じ。ギャンブル依存の深みの怖さを題材にした映画なんて腐るほどありますし、2019年は『アンカット・ダイヤモンド』のようにアメリカでは批評家絶賛を受けた一作もありました。たぶん100年、200年経ってもこの世からギャンブルはなくならないんだろうな…。


しかし、この『凪待ち』は数多の平凡なアディクション映画としてスルーするわけにもいきません。なにせ監督があの“白石和彌”なわけですから。

『凶悪』(2013年)、『日本で一番悪い奴ら』(2016年)とバイオレンスな作品で瞬く間に頭角を現し、『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)で日本映画界をリードする存在となり、今や邦画ファンも安心して名作を期待できる人物となった“白石和彌”監督。最近はとにかく多作で、2018年は『サニー/32』『孤狼の血』『止められるか、俺たちを』、2019年は『麻雀放浪記2020』『凪待ち』『ひとよ』と連発するものだから、ちょっと処理しきれない勢いがあります。勢いに乗れるうちに乗りまくっておけという精神なのですかね。

個人的には私と同じ北海道出身なので応援しているというのもあります。でも地元ではあまり取り上げられていないんじゃないかな…。あれか、内容がハードすぎるからか…。

そんな“白石和彌”監督のファミリーに今回加わったのが、主演の“香取慎吾”。元SMAP勢としては“稲垣吾郎”、“草なぎ剛”と揃ってキャリア再始動から映画出演が目立ちますが、一番ギャップのある人かもしれません。まあ、最も直前の大作主演作があの『ギャラクシー街道』ですからね…。どうもギャグ路線な人という印象が否めない人も多かったはず。しかし、『凪待ち』の“香取慎吾”は180度違う。俳優“香取慎吾”としての凄みをたっぷり見せつける一本であり、これだけでも見る価値ある一作です。

他にも『アイネクライネナハトムジーク』『殺さない彼と死なない彼女』の“恒松祐里”、『追憶』『新聞記者』の“西田尚美”、『龍三と七人の子分たち』の“吉澤健”らが、名演のアンサンブルを見せてくれますし、“リリー・フランキー”“音尾琢真”といった白石組のいつもの顔ぶれもあります。

俳優陣にはなんら心配ないどころか名演合戦を確約してくれるのが“白石和彌”監督作品の良いところですね。

脚本は『エヴェレスト 神々の山嶺』『彼女の人生は間違いじゃない』の“加藤正人”です。

2019年の国内の映画賞に本作を含む“白石和彌”監督作品はほとんどピックアップされていませんでしたし、“白石和彌”ファンもさぞご立腹だったと思いますが、もはや最大のライバルは自信の過去作…みたいになってきましたね。フィルモグラフィーの中でもずば抜けたベストでも出さないと、今後は賞に挙げづらくなってくるのかも…。優れた映画を連発しているゆえの試練ですかね。

『凪待ち』を見逃している方はお忘れなく。

オススメ度のチェック
ひとり◯(香取慎吾の名演を見よ!)
友人◯(邦画好き同士で)
恋人◯(俳優ファンならなお良し)
キッズ△(シリアスな大人のドラマ)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『凪待ち』感想(ネタバレあり)

「やっぱり俺はここにはいられません」

自転車を走らせる男。意気揚々とペダルをこいで到着したのは競輪場。木野本郁男は手慣れたように今日の狙い目をつけ、自分の運を見守ります。そこへお馴染みらしい仲間の男、「なべさん」こと渡辺健治が隣にやってきて「やっぱここが一番落ち着くわ」とリラックス。二人はレースを見つめますが、そう上手くは勝ちとはなりません。

二人は同じ印刷会社で働いている同僚ですが、今日は揃って辞めたようです。離職票をもらい、職場から自分の荷物を持っていく際、渡辺は「金を盗んだろ」と他の同僚に絡まれます。それをかばう郁男。「あんなひどい事するのになんで謝るんですか」と聞く郁男に、渡辺は「俺の味方になってくれたからいくちゃんまで嫌がらせ受けるようになっちゃって」とあくまで謙遜するのみ。

郁男は宮城で働く場所が見つかったと告げ、「でも宮城って競輪ないよね」と言う渡辺に「俺、今日で競輪を卒業します」と断言し、自分の自転車まであげます。

郁男には結婚はしていませんがパートナーとして付き合って同居している昆野亜弓と、その娘である昆野美波(郁男との血のつながりはない)がおり、今度、亜弓の実家である宮城県石巻市に引っ越すことになっていました。あくまで亜弓の発案です。

美波とは一緒にゲームするほど仲が良く、引っ越し先へと向かう車内にて二人きりのときに美波に「結婚しようって言えばいいじゃん」と言われますが、郁男がギャンブル依存から抜け出せずにカネで養うこともできない自分を不甲斐ないと思っているようで美波にも吐露します。しかし、美波もまた「私もろくでなしだよ、学校に行かないでゲームばっかりしている」と一言。彼女もまた学校でイジメを受け、不登校になっていました。宮城では定時制の学校に通うことになっています。

実家に到着。近所の小野寺修司という人の良さそうな男が先におり、歓迎してくれます。そして亜弓の父、昆野勝美に挨拶しますが、無視です。なんでも小野寺いわく7年前の津波で奥さんをさらわれてから人が変わったらしく、今はああいう感じなのだとか。

小野寺に連れられて町を回っていると、先生をやっているという村上竜次という男が話しかけてきます。妙に馴れ馴れしい男にプライベートを聞かれ、「なんであなたに言わないといけなんですか」と思わず反発しますが、村上は「羨ましいな、亜弓、いい体してるもんな」と薄汚く感情をこぼして立ち去っていきました。実はこの男は亜弓の元夫、つまり美波の父でした。今は別の女性と結婚し、妻のお腹には子どももいるようです。

町の印刷工場で働くことになった郁男。ある日、同僚の競輪トークに黙っていられず割って入ってしまいます。同僚に案内されてついたのは、小さなシャッターの奥にある、明らかに公式ではないノミ屋。最初は遠慮するも、つい買ってしまう郁男。室内のモニターで競輪を見守り、またギャンブルの世界へズブズブと…。

別の日、亜弓は美波の部屋からタバコを見つけ、責め立てます。これは友達の石母田翔太から没収したものでしたが、「あんな金髪の友達と付き合わないで」と母は厳しい姿勢を崩さず、口論。娘をビンタする母。「お母さんもお父さんと一緒じゃん、最低」と亜弓は出ていきました。

その晩、美波が帰らないと亜弓から電話があり、郁男も二人で車を飛ばし探すことに。「映画でも観ているんだろう。遊んでるだけだから大丈夫だよ」と落ち着いている郁男に対し、「もしものことがあったらどうするのよ」「変質者に殺されるとか」「自分の子どもじゃないから呑気なこと言えるのよ」「もっと親らしくしなさいよ。こそこそ隠れてギャンブルして」と一気にまくしたてる亜弓。それにカッとなった郁男は「もっと自由にさせてやれよ。こっちきてやっと友達ができたんだよ」と怒鳴り、車を停止させ、「だったらひとりで探せよ」と亜弓を降りさせました。

ひとりになった郁男は美波を発見。母に電話しろと言い、電話をかけさせますが、スマホの向こうから伝えられた情報に美波は茫然。

亜弓は無残な遺体となって発見されました。残されたのはバラバラになった家族とも言えない者たちだけ…。

凪待ち

暴れる男、吐く男、孤立する男

『凪待ち』の魅力はなんといっても役者陣の名演。

主人公である木野本郁男を演じた“香取慎吾”は、何度も書いちゃいますが凄みをたっぷり見せつけた素晴らしい存在感でした。

あの感情が基本はローになっている感じがいいですね。別に愛想が悪いわけではないし、コミュニケーションも最低限とるけど、でも深くは人付き合いはしない。それはおそらく彼の中にある自分への引け目、劣等感がそうさせているのでしょうけど、それを自分では処理しきれない。

そんな郁男だからこそ怒りのパラメーターがMAXになってしまったときの豹変が恐ろしく感じるわけで…。あれで普段から怒りっぽい人間だったら、あそこまでのキャラクターの感情の起伏で魅せる演出はできなかったでしょうし。

それにあの体格も良くて、なんかこう、割と真面目に鍛えれば相当に屈強そうな人間になれるだろうに、そうはなっていないという、大男なのに弱い…という存在のチグハグさが良く出ていました。実際に暴れるとそれなりの体つきのせいで多少は手こずりますけど、やっぱり弱くて、暴力団や不良たちに普通に負けてしまいます。

その郁男が、勝美が自分の身を捧げて大事にしていた船を売ってまで用意してくれた大金を、暴力団事務所に渡し、その釣りをまたもギャンブルに注ぎ込んでしまうシーン。見事、11レースの3-6を当て、「きた!」と雄たけびをあげるあの場面は、郁男が一番テンションをあげるところですが、それまでのローテンションあってこそのあのハイなので、ひときわ印象的でした。

バカにしているみたいな言い方になってしまいますけど、“香取慎吾”がこんな演技をできるなんて…って思っちゃいますよね。だって「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の実写化であの警官を演じていた人ですよ? 本作と真逆すぎるだろう…。あの警官だったらこんな暗い事態にはならなかったろうな…。

個人的には“香取慎吾”以外だと、冒頭と終盤で印象を持っていく渡辺を演じた“宮崎吐夢”に『凪待ち』ベストアクター賞を与えたいです。実質、本作の影の主人公ですからね。物語的には影のさらに影…というポジションながら、短い登場で記憶に残る味のある演技。こういうのがほんと良い…。

また、印刷会社の従業員で郁男の評判を落としてハメた尾形大輔を演じた“黒田大輔”もね…。あの逃げつつ、追い詰められての「ほんとごめん」と言いながら吐きまくる姿は、ここ数年のベスト嘔吐シーンじゃないだろうか。

“リリー・フランキー”が上手いのは言わずもがなですので、もういいか。“音尾琢真”は名バイブレーヤーとしての貫禄をつけまくっており、あの妙に上から目線感とかハマりすぎている。本人は全然そういうタイプの人間でもないのに、そこの落差がいいですね。いつか主人公、やってほしいなぁ…。

他人を利用してしまうのをやめられない

『凪待ち』の物語面で良かったところは、対比が上手く決まっている部分かな。

本作は雑に語ってしまうと、ギャンブル依存症の男が田舎コミュニティの闇に触れてさらに地獄を見つつも、なんとか再生を見いだすストーリーなのですが、実際はもっと巧妙で何重ものストーリーの厚みがあります。

例えば、郁男と小野寺の関係。これは郁男にとって小野寺は救いをもたらす、常に支えてくれる存在でしたが、終盤で明らかになるように彼は亜弓を殺した容疑者として逮捕されます。善良に見える、チャンスを与えてくれるように見えてもそれは裏がある。つまり、手を差し伸べているようで実はこちらの人生に被害を与えている。それはギャンブルのような依存関係と構図は変わりません。

そしてこの郁男と小野寺の関係は、そのまま渡辺と郁男の関係にも重なります。渡辺にとって郁男は(郁男自身が考えている以上に)心の支えになっています。それが序盤の別れで立ち消えてしまったことで渡辺にとっては人生の崩落の始まりにもなる。でも職場からカネを盗んだと責められる渡辺でしたが、後の小野寺の素性と重ねるならばその犯人は善良に見えた郁男である…と考えることができなくもない。

それは何も珍しいことはないと思います。完璧な友情とか愛とかの方がむしろレアで、たいていはどこかで他人を利用してしまうものですから。でもその他人がいるから生きていられる。依存と相互補助は紙一重。

こういうふうに人間関係に置き換えていく語りが上手く、『凪待ち』は割と静かめな作品ですけど丁寧にできていました。

あえて苦言を呈するなら、終盤の小野寺逮捕後の町の様子などフォローアップが少ないのでかなり丸投げにした結末になっているのと、そこをかなり周囲の善で包み込んでいるのがいささか強引だったかな、と。美波や勝美が良くしてくれるのはわかるにしても、ヤクザさんたちまでいきなり仁義全開になるし、さすがにそこまで甘くされると、急激に世界そのものが忖度してくれるようになったみたいですし…。

私の好みは『アンカット・ダイヤモンド』みたいなエンディングなのですが、でもそれをやると「再生」というテーマはないですからね。まあ、震災と絡めているとなると厳しいのかな。

あとは本作もご多分に漏れず、若い女性の立ち位置が非常に男性願望強めなのが気になる部分も。『デイアンドナイト』でもそうでしたけど、若いティーン女子にダメ男を諭すピュアさを期待するのは、おじさん発想ですからね。たいていこういうのを担わされるのは黒髪ロング女子だし…。“薄幸の美少女”幻想が日本の男性中心映画界では根強すぎる…。


ともあれギャンブルから救ってくれる美少女は現実にはいませんので、日本の男性諸君は覚悟してください。“リリー・フランキー”の顔をした人がいる田舎には要注意です。

“白石和彌”監督は次はもっと社会派な時事ネタをガンガン取り入れる作風で進化していってほしいなぁ…。地元北海道のIR関連の腐敗っぷりとか題材になりますよ。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer --% Audience --%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

関連作品紹介

“白石和彌”監督作品の感想記事の一覧です。

・『孤狼の血』


作品ポスター・画像 (C)2018「凪待ち」FILM PARTNERS なぎまち