一人っ子の国
ドキュメンタリー映画『一人っ子の国』(ひとりっこの国)の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:One Child Nation
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2019年にAmazon Prime Videoで配信
監督:ナンフー・ワン、ジアリン・チャン

一人っ子の国

あらすじ

中国が国策として大々的に実施した「一人っ子政策」。一組の夫婦につき子どもを一人に制限することで、人口の急激な増加を抑え、安定した社会を築く。そんな理想的な看板が掲げられ、その思想はあらゆる方法で、国民の間に植え付けられ、徹底されていった。しかし、その裏側では何が起きていたのか。その実態を中国生まれの監督が解明していく。

『一人っ子の国』感想(ネタバレなし)

ショッキングな映像を観るべき理由

平成30年の人口動態統計によれば、日本の生まれた子供の数(出生数)は91万8397人と過去最少を記録、合計特殊出生率は「1.42」で3年連続で減少しているそうです。このままでは国を根幹から支える人口は成り立たない状況。これは日本だけではなく、世界中の国々で「少子化問題」が顕在化しています。

一方で逆に人口が急激に増加していけば、それはそれで国を脅かす状況になりかねません。住む場所が足りなくなるかもしれない、食料が不足するかもしれない、移民が増加するかもしれない…そんな目に見えない不確定な不安だけが膨れあがり、「人口爆発」といういかにも恐ろしそうな言葉が盛んに使われた時代もありました。

そんな人口爆発の深刻化に直面し、ある政策をとった国が存在しました。それが中国。その政策は「一人っ子政策」です。1979年に、中国は「一人っ子政策」を施行、1982年に一人っ子政策を憲法に明記し、2015年に廃止されました。

日本人である私も世界史の授業かなんかで習ったのを覚えています。そのときは「中国はひとつの家族が一人までしか子どもを産めないんですよ~」「へ~」くらいの感覚で終わっていたように思います。

この「一人っ子政策」。表向きは合理的な施策のように見えます。ひと家族にひとりの子ども。額面通りに受け取れば、それだけのことです。他に何を思うでしょうか。

しかし、その政策が実行されている現場では何が行われていたのか、それを知っている人はほとんどいませんでした。表面的な政策の名前だけが世間に流布して語られているのみ…。

そしてついに「一人っ子政策」の真の実態を暴くドキュメンタリーが登場し、世界に衝撃を与えました。そのインパクトは凄まじく、サンダンス映画祭ではドキュメンタリー部門のグランプリに輝き、2019年トップクラスの必見ドキュメンタリーとして大注目を集めました。

それが本作『一人っ子の国』、原題は「One Child Nation」です。

監督のひとり“ナンフー・ワン”は、自身も「一人っ子政策」で生まれた中国人であり、アメリカ移住後に自分の出生に興味を持ち、取材していった結果をまとめたのがこのドキュメンタリー。つまり、当事者本人でさえ、政策の実態をよく知らないということであり、それにも驚かされます。

けれどもその中身はもっと驚愕でした。いや、驚いたなんて言葉で言い表していいものなのか。率直な私の感想を言えば、この現実を知らずに「一人っ子政策」を口にするなんてあまりにも無知で愚かだったと反省するばかりだし、実行者である中国国内はまだしも、なぜ日本でも教育の現場で「一人っ子政策」を教えるくらいなら内情まで言及しないのか、疑問でならない…。これじゃあ、中国政府の言い分を丸写ししているだけじゃないですか。ただの歴史テストの暗記単語で終わらせていいレベルではありません。

事前にハッキリ書きますし、本編開始前にも注意分が表示されるのですが、かなりショッキングな映像が含まれています。目を背ける人もいるでしょう。そこで鑑賞意欲を失うかもしれません。トラウマにもなりえます。加えて、その露骨に嫌悪をもよおす視覚的な場面だけでなく、全編を通して倫理観が吹き飛びねじ曲がってしまった社会の酷さをまざまざと見せつけるという意味でも、ただただ震えが止まりません。この感覚はドキュメンタリーでいえば、『アクト・オブ・キリング』などで経験したアレに近いですね。

好き好んで観る作品ではないのはわかります。不快な気持ちになるだけなのもわかりきっています。でも観ないといけないと思うのです。それはお説教的な話ではなく、「人間」として絶対に手放してはいけない生命倫理に関わることだから

人口の増減に一喜一憂するくらいなら、この倫理の有無にこそ、私たちは目を離してはいけないはずです。

日本ではAmazonの配給で動画配信サービスで配信中。こういう中国が怒ってきそうなドキュメンタリーも忖度なしで配信してくれるのは嬉しいのですけど、もう少し目立たせて宣伝してほしいな…。

オススメ度のチェック
ひとり◎(2019年必見の一作)
友人◎(話題性はとてつもない)
恋人◯(気分は落ち込むが…)
キッズ△(かなり辛い残酷な映像あり)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『一人っ子の国』感想(ネタバレあり)

マインドコントロール

『一人っ子の国』は取材側が題材対象にガンガンと踏み込んでいくつくりのドキュメンタリーになっています。普通であれば一定の客観性を求められるので、こういうことはしないのですが、“ナンフー・ワン”監督自身が「一人っ子政策」の最中に生まれた子どもということもあり、事情は違ってきます。

つまり、本作は“ナンフー・ワン”監督自身のアイデンティティを探す自己記録映像でもあるのです。

“ナンフー・ワン”監督がこの世に生を受けた1985年。彼女自身の体験を混ぜながら、いかにして中国に「一人っ子政策」が定着したのか、まずはそれが語られます。

そもそも産む子どもの数を制限する政策なんて考えついたとしても実行に移すのは大変です。天からの恵みもの…なんて言われる子どもです。どうやってそれをコントロールするのか。

その答えは徹底したプロパガンダでした。看板、カレンダー、トランプ、お菓子の箱…あちこちに染み込んだ国からの教え。計画生育宣伝委員のリュウ・シアンウェンが舞踊で「一人っ子政策」を村民に奨励しようとしたとその努力を語るように、涙ぐましい地道な積み重ねもあったことが窺えます。模範的な村民には賞も与えて…。

元村長のワン・トゥンデも「難しかった」という、認識の書き換え。これによって「国益のために子どもを産むのを我慢するのは当然」という考えを“常識”にさせる。でも成功してしまうんですね。結局、マインドコントロールはできる。“ナンフー・ワン”監督も若い時はプロパガンダ・ソングを何の疑いもなく歌っていたと振り返るわけですから、効果は絶大だったようです。

もちろん従わない者もいます。じゃあどうするか。答えは単純。罰を与える。高圧的な脅しにしか見えない警告スローガンを各所に掲示。実際に言うとおりにしなければ、家を取り壊して見せしめにする。それでもダメなら実力行使で、国の役人が女性を拉致して、強制的に不妊手術や中絶手術を受けさせる。

飴と鞭。そしてプロパガンダと同調圧力。それで社会を意のままに操ることができる。その悲しい事実だけが浮かび上がってくるだけでした。

ゴミになった赤ん坊たち

続いて『一人っ子の国』で明らかになるのは「一人っ子政策」の非倫理的な実態です。

“ナンフー・ワン”監督を含む村の多くの子どもの出産に関わった助産師ユアン・フアル(84歳)の言葉に戦慄します。「何人の赤ちゃんを取り上げた?」という質問に「わからないけど、5~6万の不妊手術と中絶手術をした」と回答。「不妊手術は1日20件以上した」「豚のようにひきずられてくる女性をたくさん見た」と生々しい現場を語ります。

計画生育委員のジャン・シュウキンが「中絶した赤ん坊は8~9か月で、取り出したときは生きていた」と解説するように、その中絶は完全に妊娠初期のものではありません。

では殺された赤ん坊はどうなるのか。芸術家のワン・ペンが見せる決定的な、そして最悪な写真。医療廃棄物の黄色い袋に雑に押し込まれてゴミ捨て場に放置された赤ん坊の遺体の数々…。絶句しかない…。

しかもそれで終わらない地獄。女の子よりも男の子を欲する村民たちは、もし女の子が生まれてしまったらどうするか。道端に捨てます。捨て猫のように。

そしてそんな赤ん坊の遺棄が常態化したことで形成されたのが人身売買でした。この人身売買組織に関わっていた元人身売買業者ドワン・ユエノンが言うには「1万人」を売ったと供述。電車で向かい、赤ちゃんを拾っては、施設に売る…その繰り返し。まるでメルカリで商品を転売でもするような日常感覚です。

施設に買い取られた赤ん坊は国外へ養子に出されます。もちろん相手はその事実を知りません。偽装した個人情報を用意し、拾った人すらも架空の人物を準備して、かなり巧妙にネットワーク化された中国の養子ビジネス。自身も中国から養子をもらっていたロン・ラン&ブライアンが設立した「リサーチ・チャイナ」が特定した真実は恐ろしいものばかりでした。

ただの一国だけの政策に見えたものが、ふたを開けてみればグローバルな違法人身売買の温床になっている。そんなところまで「メイド・イン・チャイナ」に支配されているのか…。

一人っ子の国

人口戦争という名の自殺行為

『一人っ子の国』の映し出す「一人っ子政策」の闇。それは言うまでもなく、大量殺戮です。

でも村民たちの多くはそれを正当化しています。「仕方がなかった」と。

計画生育委員のジャン・シュウキンなんて「昔に戻ってもまた同じ任務を果たす」「あの政策は正しかった」「あれがなければ国は滅んでいた」と断言し、笑顔でジョークを飛ばしながら語るわけです。

それは“ナンフー・ワン”監督の家族さえも同じ。母親のワン・ザオディ、祖父のワン・ジメイ…みんなが口を揃えて「当時は苦しかった」「国益のため」と言う姿。

外部から見れば不思議な話とも言えます。例えば大国同士の戦争や民族紛争、ホロコーストなどの人種対立…これらは理屈としての動機はわかります(無論、倫理に違反しますが)。でもこの中国の「人口戦争(ポピュレーション・ウォー)」と称する「一人っ子政策」の現実は、同じ地域、同じ民族、同じ家族の人間を殺しているわけです。冷静に考えても自傷行為でしかないはずです。自国で自国民を殺していたらいずれは国だって滅びます。明々白々のことじゃないですか。

なのに「必要な手段だった」と納得している。そういう考えになってしまっている根本的な原因は作中でも監督が評するように、どうせ国には逆らえないという「無力感」なんでしょうね。「人生の決断をすべて人に決められてしまうと結果に責任を感じられなくなる」…この言葉が重くのしかかります。

監督が取材を進める中で、みんなが取材をやめるように言ってきて、「あんたの母親が報いを受ける」とポロっととんでもなく恐ろしい言葉が飛んでくるあたり、洗脳がさらなる洗脳と暴力を生むという負の連鎖を感じさせて、ゾッとしました。

その中で洗脳されていない者たちも苦悩しています。

自責の念を抱え続けている助産師ユアン・フアルが、今は不妊の患者を専門で扱い、あの殺めてしまった命の償いをしようと必死になっている姿。人身売買で生き別れとなったアメリカのどこかに住む双子の姉を思い、どうその過去と向き合っていけばいいのか、言葉にできない少女。今も養子が人身売買によってもたらされた子であるという事実を受け止め切れず、世界のあちこちで暮らしている養子の親たち。

「一人っ子政策」は終わったとしてもその罪の傷跡は消えはしない。一生残るかもしれない。あらためてその行為の恐ろしさを痛感します。

中国だけの問題ではない

『一人っ子の国』を観て「中国って怖いな~」と他人事には思ってほしくはありません

“ナンフー・ワン”監督も「TED talk」の中でこう発言しています。
このような事が起きているのは中国だけではありません。プロパガンダが存在しない国など地球上どこにもありません。中国よりもっとオープンで自由な国であるはずの社会ではプロパガンダがどんなものかを認識する事がむしろ難しくなるかもしれません。どの社会もプロパガンダを真実として受け入れる危うさがあります。
日本も例外ではないです。ニュースを見聞きしている方は知っていると思いますが、「優生保護法」という法律のもと、不当に不妊手術や人工妊娠中絶を強要された人は大勢います。

また、作中でも語られていましたが、中絶禁止だって「一人っ子政策」とは真逆に見えても本質は同じ。政府が個人の出産の権利に介入していることに他なりません。それを理解していない人はあまりにも安直に「赤ん坊を守るために中絶を法律で禁止しよう」なんて言ってしまうわけで…。

そもそも中国の「一人っ子政策」がここまで愚策を通り越して殺戮化した根底にあるものは、「女よりも男の方が価値がある」という女性蔑視でした。村の高齢男性が口々に言っていたように、男の子は家を継ぐための存在で、女の子は他人の家族のもの。そういう損得を決める値札のように性別を見ています。そして子どもを産む女性たちは文字どおり「子どもを産む機械」として“モノ”扱いされています

中国が「二人っ子政策」にチェンジしようとその本質は変わりません。日本もそんな女性の“モノ”化が著しい国のひとつです。「女性は〇人子どもを産め」など気楽に発言する政治家。妊娠や女性の体がただのオブジェクトとしてしか扱われない表現の氾濫。その社会の歪みに気づいていないどころか、我が物顔で正当化して威張り散らしている人だってたくさんいる、そんな国が現在進行形でここにもあります。

子どもを産むも産まないも自由であり、その子の価値は性別で決まらないし、出産する女性は社会のための“モノ”じゃない。政府がすべきはその権利を保障すること。

常にこの信念を持って、プロパガンダに対抗していきたいものです。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 99% Audience 86%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

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作品ポスター・画像 (C)Amazon Studios