それは一番に大切なもの…「Apple TV+」映画『ロスト・バス』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
日本では劇場未公開:2025年にApple TV+で配信
監督:ポール・グリーングラス
ろすとばす
『ロスト・バス』物語 簡単紹介
『ロスト・バス』感想(ネタバレなし)
バス運転手は大変だ…
全国的にバスの運転手が不足し、バスの便や路線自体がどんどん減っているのを、私の住んでいる地域でも肌で実感しています。
バスってタクシーと違ってずっと同じ道路のルートを走り続けているので、地域に密着しており、そのバスに乗り続けていれば、街並みの変化にも気づける…よく考えると不思議な体験のできる乗り物ですよね。
カッコいいバスの運転手を描いたこの映画で、バス・ドライバーを志す人が増えるといいのですけども…。
それが本作『ロスト・バス』。
本作は2021年の“リジー・ジョンソン”によるノンフィクション『Paradise: One Town’s Struggle to Survive an American Wildfire』を映画化したもので、2018年11月にカリフォルニア州北部のビュート郡で発生した山火事を主題にしています。この森林火災は現時点でカリフォルニア史上最悪の死者数と記録されており、その被害は甚大でした。
ジャンルは当然ディザスター・パニックです。山火事の恐ろしさがこれでもかと生々しく映し出されます。
特徴的なのがその視点で、消火・救命活動をする消防隊の視点が描かれることもあるのですが、それはサブパートにすぎず、メインはスクールバスの運転手の視点なのです。子どもたちを乗せて凄まじい火災の中で避難するハメになったスクールバスの運転手を主人公にしています。まさに『ロスト・バス』のタイトルどおり。
アメリカなのであの黄色い車体のバスです。その平凡なスクールバスが灼熱の炎とミスマッチに突っ走る光景は、日常が異常な惨劇へと急変したことを嫌でも印象づけますね。
『ロスト・バス』を監督するのは、2020年の『この茫漠たる荒野で』以来の監督作となる“ポール・グリーングラス”。
“ポール・グリーングラス”監督と言えば、これまでも『ユナイテッド93』(2006年)、『キャプテン・フィリップス』(2013年)、『7月22日』(2018年)と、未曽有の惨事に巻き込まれた人々をまるで現場にいるような感覚で撮るのが得意なフィルムメーカー。今回は自然災害ですが、実質は人災のようなものなので同じですかね…(そういう側面もしっかり描かれます)。
『ロスト・バス』で主演するのは、ベテランの“マシュー・マコノヒー”。2020年あたりから回想録を出版した後(砂漠に籠って書いたらしい)、俳優業をお休みし、知事選に出たいと言い出したり、政治家転身に興味をみせていましたが、なんだかんだで俳優に戻ってきました。
共演は、『バービー』の“アメリカ・フェレーラ”、ドラマ『ギルデッド・エイジ –ニューヨーク黄金時代-』の“アシュリー・アトキンソン”、『血の本』の“ユル・ヴァスケス”など。
画面いっぱいを覆いつくす迫力のディザスター映像が盛りだくさんなので、劇場で観たかったところですが、残念ながら『ロスト・バス』は日本では「Apple TV+」でのみの独占配信。なるべく大きい画面で鑑賞するのがオススメです。
『ロスト・バス』を観る前のQ&A
A:Apple TV+でオリジナル映画として2025年10月3日から配信中です。
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 災害映像は怖いです。 |
『ロスト・バス』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
2018年11月7日、水曜日午後4時。カリフォルニア州北部の山々に囲まれたパラダイスという町。スクールバスの運転手のケヴィン・マッケイはいつものように子どもたちを大勢乗せて、帰宅する子たちを見届けます。子どもは勝手に窓をいじるなどやんちゃですが、そのたびに注意して、今日の仕事を終えます。
仕事の完了を無線で伝え、バスを待機場に戻します。ラジオでは山火事警報の情報が流れていました。ここではよくあることなので、たいていの地元の人は聞き流しています。今日も乾いた風が吹き荒れ、砂っぽい空気です。
バス事務所でシフトを増やせないかと頼みますが、管理人のルビーはベテランの運転手が優先されると説明し、無駄でした。ケヴィンはこの地に戻ってきたばかりで、運転手として働き始めたばかり。妻リンダとも別れ、母親シェリーの介護もあるケヴィンにはおカネが必要でした。
とりあえず自家用車で家に帰ります。帰路につくと愛犬のエルヴィスの健康がかなり悪いことが知らされます。末期の癌です。ケヴィンにとっては自分を曝け出される唯一の相棒でしたが、獣医師による安楽死を見守るしかできません。
家では学校を飛び出してきた10代の息子ショーンがいましたが、会話にはならず、関係は悪化するばかり。息子は父をあからさまに嫌っていました。「死んでしまえ!」と背中に罵声を浴びせられます。
翌日、送電線の鉄塔が一部損壊し、火花があがります。それは乾燥した草地に簡単に引火し、瞬く間に燃え上がっていきます。そして強風で火は広がります。プルガ橋付近の山火事は森林保護防火局にすぐに通報されました。消防隊が出動します。
そんなことも知らず、ケヴィンは出勤します。スクールバスをチェックし、エンジンをかけ、道路を走ります。普段のルートで子どもを次々と乗せていき、小学校に到着します。
その帰り、母から電話があり、ショーンは病気のようでトイレで吐いていると言います。きっと仮病なんじゃないかとケヴィンは疑います。でもだんだん話し込んでいるとどうやら本当に体調不良のようです。
給油をしていると、空に黙々と煙があがっているのが見えます。家族のことで頭がいっぱいなケヴィンはそれどころではありません。
山火事は消火できない位置に広がり、渓谷を東風によって東方向へ拡大していました。消防隊は十数km先の2万人以上が住むパラダイスはまだ安全と判断しますが、他のエリアでも火災があったと報告が入ります。送電の停止を命じていると、すでに火が到達した町があると知らされます。そこの住民たちは命からがら逃げ惑っているようです。
想像を超える被害です。これは今まで経験したことがない最悪の事態かもしれない…。
まだ多くの近隣住人はこの危機を知りません…。
バスが地獄に迷い込んだような…

ここから『ロスト・バス』のネタバレありの感想本文です。
『ロスト・バス』は何よりもディザスター・パニック映画として一級品に作られており、満足なクオリティでした。観ているだけでこっちまで熱くなってくる臨場感。
自然災害大国な日本でも大規模な山火事は珍しいので、こういうワイルドファイアの映像はなかなか見られず、よりショッキングに映りますよね。
作中ではまずコンカウという小さな町がその炎の餌食になり、たまたまそこに居合わせた消防隊員の若者が必死に逃げ遅れた住民を誘導して救出する緊迫のシーンが展開します。炎の波(まさに津波みたいです)を水場に潜ってやり過ごすなど、ギリギリの生存です。
それ以降、主人公のスクールバスの視点でこの山火事の真っ只中が目の前に展開します。もはや地獄が現世に具現化したような光景。ほんと、それこそバスが地獄に迷い込んでしまったような…。
でも本作のこれら映像は別に大袈裟な誇張表現ではなく、実際にこんな光景になるのだから怖いです。現実の山火事の映像が見たい人は、ネットで「wildfire dashcam」で検索するといいです。
当日は、時速52マイル(84km/h)の突風が吹いていたらしく、火災の嵐のようなもの。人間が到底敵うような相手ではなく、あらためて自然の猛威というものを刻み込んできます。あの地域全体が焚火の中みたいなものですよ。
“ポール・グリーングラス”監督なのでジャーナリズムな視座も用意しており、今回の山火事がいかに人災だったかもさりげなく映し出してもいました。
作中で何度か登場し、こっぴどく非難されているのは「PG&E」という電力会社です。冒頭で描かれるとおり、今回の山火事の原因はこの「PG&E」管轄の送電塔の破損。老朽化していたものの、設備修復を怠ったようで、それがこの最悪の被害の文字どおりの着火点となりました。作中では全然送電を止めきることもできない「PG&E」のお粗末さも強調されていましたが、結局、この企業は破産。当然の報いではありますが、被害者には虚しさしか残りませんね。
また、これも映画内で強調されますが、そもそも道路を利用した避難が全く上手くいかなかったことも問題でした。まあ、あれだけの住人が車で避難すれば当然大渋滞になりますよね。かと言って車で避難する以外の手段もないし…。避難させることの難しさが浮き彫りになったかたちです。
ちなみに当時の大統領だった“ドナルド・トランプ”は「熊手で森を清掃しないからこうなるんだ」と意味不明な発言をしていました。そしてトランプ支持者の下院議員“マージョリー・テイラー・グリーン”は山火事は「ユダヤ人の宇宙レーザー」によって引き起こされたと陰謀論を主張しました。一応、愚かさの記録として補足しておきます。
ともあれ、要するにインフラがいかに重要かということです。インフラである電力設備が管理不備で火災の原因を作り、インフラである道路が避難を妨げてしまう…。インフラしだいで私たちの生活空間はいともたやすく地獄になってしまいます。
だからこそ今作ではそのインフラの最後の命綱として「スクールバス」という存在が活躍することに、一種のカタルシスがあるんですね。
バスを嫌いにならないで…
『ロスト・バス』の登場人物のドラマ面ですが、こちらはわりとベタです。
主人公のケヴィンは、亡き疎遠父との因縁があり、その死を機に、地元に久しぶりに戻ってきたという状況。つまり、この地には複雑な気持ちがあり、あまり素直に受け入れられません。そのうえ、妻とも別れ、息子との関係が過去の自分と父との関係の再現のようになってもおり、自己嫌悪に陥っています。
自分はどん底にいるという劣等感。それがあのスクールバスという「ひたすらに同じルートを走り続けるだけの仕事」という姿に嫌なかたちで重なってしまいます。
なお、あのケヴィンの息子であるショーンを演じたのは、“マシュー・マコノヒー”の実の息子である“リーバイ・マコノヒー”なので、親子共演を堂々としています。このマコノヒー親子にもいろいろあったのだろうか…。
こういう「孤立した父親ポジションの男が、危機的な状況を得て、再度居場所を構築し直す」というストーリーは定番ですが、その型どおりに今作は作られていました。焼き払われた家を前に、一番大切な存在を噛みしめるというラストも綺麗な着地です。
スクールバス地獄脱出ドライブには、メアリーという教師も同行しますが、規則ありきの性格とかは余計だった気もしますが、もう少し立ち回りはプロット内で練れるようには思いました。逆にケヴィンと子どもとの掛け合いは良かったですね。こういう最小限のシーンのほうが味が出ます。
それよりも私は観ている間はこのバスに乗った子たちのメンタル面が心配でしたよ。絶対、トラウマを植え付けられたので今後もうバスに乗れないだろ…。私だったらバス恐怖症になってる…。確かにバス運転手がカッコいい映画ではあるんだけど、バス自体を嫌いになったら元も子もないよね…。
今回でわかったのは、“ポール・グリーングラス”監督は年少者の子ども相手でも容赦なく恐怖の中に放り投げてくるってことです。
そして、やっぱり、地方のバスを含め、インフラの削減なんかしないほうがいいですよね。インフラを低下させるのは、その地域の脆弱性を悪化させるだけ。政治家や企業はこの映画を観て気持ちを引き締めてほしいです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Apple ロストバス
以上、『ロスト・バス』の感想でした。
The Lost Bus (2025) [Japanese Review] 『ロスト・バス』考察・評価レビュー
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