その考えは命取り…映画『層間騒音』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2024年)
日本公開日:2025年10月10日
監督:キム・スジン
そうかんそうおん
『層間騒音』物語 簡単紹介
『層間騒音』感想(ネタバレなし)
そうかんそうおん?
暑さも大人しくなり、夜も過ごしやすくなると、もう窓を開けて寝ることもなくなります。私の家はわりと静かな場所にあるので、夜間に窓を開けていてもそれほどうるさくはありません。ありがたいことにご近所の騒音トラブルも経験していないです。最近は夜に聞こえていたコオロギの鳴く音もぱったり止み、静けさが一層深まった気がします。
しかし、これは私が恵まれているだけで、世の中には騒音に昼夜苦しんでいる人もいるのもわかります。その苦悩は死活問題でしょう。
やっぱり人口が一部地域に過密化しすぎているのがマズいですよね…。密集にメリットなしです…。
今回紹介する映画はそんな居住区の騒音トラブルを土台に身の毛がよだつホラーへと発展していく作品です。
それが本作『層間騒音』。
「このタイトル、なんて読むんだ?」と真っ先に思ってしまいますが、「そうかんそうおん」と読むらしいです。これは「集合住宅でよく耳にする上下階の足音や声、ドアの開閉音などの生活音」を指す韓国語と公式サイトには説明されています。
『層間騒音』は2024年の韓国映画で、舞台はごく平凡な団地。主人公はそこに暮らしていた妹が謎の失踪を遂げたため、自分で行方を捜そうとしますが、そこには「騒音」をめぐる得体の知れない不気味な現象が起きていて…。
そんな「音」が重要になってくる作品なんてホラーにはいくらでもありますが(ホラーと言えば「音」というくらいには音の要素は大事です)、居住区の騒音トラブルという社会問題をここまで効果的にプロットに組み込んだ映画はなかなかないでしょう。
本作の怖さは、誰しもが経験しうる日常の延長にあるからなんでしょうね。これは誰か近所の人がだしている騒音なのか、それとも“そうではない何か”なのか…。考え出すと止まらなくなります。その心理的な不安さを巧みに物語に落とし込んでいる映画です。
最近の韓国映画は『スリープ』といい、こういう小規模なホラーの粋がいいので、要注目ですね。日本人側の観客の立場としては、韓国映画だと俳優の先入観があまり生じないから物語に没入しやすいというのもあるのでしょうけど。
『層間騒音』を監督したのは、2013年に短編映画『線』を手がけ、今作で長編映画監督デビューとなった“キム・スジン”。このまま韓国ホラーの新たなクリエイターとなるか、別ジャンルにも挑戦するのか、楽しみです。
主人公を演じるのは、『空気殺人~TOXIC~』の“イ・ソンビン”。以前はガールズグループの元メンバーでしたが、近年はすっかりアイドル性を抑えた役柄の渋い演技で魅せていますね。ドラマ『ジャガイモ研究所』のようなロマコメでも相変わらず活躍してますけど。
共演は、ドラマ『Mr. プランクトン』の“キム・ミンソク”、ドラマ『美女と純情男』の“ハン・スア”、ドラマ『未知のソウル』の“リュ・ギョンス”、ドラマ『オク氏夫人伝-偽りの身分 真実の人生-』の“チョン・イクリョン”、ドラマ『YOUR HONOR~許されざる判事~』の“ペク・ジュヒ”など。
何度も言いますが、音が大事な映画なので、この『層間騒音』は映画館で観るのにぴったりですね(まあ、観客がみんな静かだといいけど)。家で鑑賞する際はそれこそ「映画の音」なのか「近所の音」なのか、区別できる…といいですね…。
『層間騒音』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 殺人の描写があります。 |
『層間騒音』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
けたたましい音で資材が運搬され、工具の甲高い駆動音が鳴り響く職場。ここで働いている人たちはこの避けられない爆音から耳を保護するため、作業中は常時ヘッドホンを装着しています。
しかし、ソ・ジュヨンだけはヘッドホンを身につけていません。耳が聞こえないのでとくに困らないのです。このうるさい仕事場も彼女にとっては静かです。
淡々と仕事をしていると、上司から電話があると知らされます。同僚が手を顔の前で振り、上司の口の動きと身振りでやっとそのことを理解します。補聴器をONにすると音が聞こえるようになります。スマホを確認すると不在着信がありました。
それは妹のジュヒに関することでした。長いこと勤務先に現れていないようで、連絡もできず、行方不明届をだしたというのです。ソ・ジュヨンは妹と普段は連絡をとっていませんでした。事情は知りません。寮生活なので会う機会もありません。
とりあえずジュヒの家である団地の部屋に足を運びます。扉の前には騒音に関するクレームのような張り紙が貼ってありました。
中に入ると、異様な光景に驚きます。いたって普通の部屋ではあるのですが、天井には防音素材がぎっしり張り付いていたのです。それ以外は散らかっているだけの部屋でした。ジュヒはいません。スマホの電源は入っていないようです。どこに行ったのかもわかりません。
ソ・ジュヨンは昔を思い出します。以前はジュヒと一緒に住んでいました。ところがジュヒは上階からの騒音がうるさいと言い、かなり苛立っていました。しかし、ソ・ジュヨンには聞こえません。補聴器でも全く聞き取れません。
両親を失ったあの事故以来、足を引きずるジュヒは姉に理解してくれないことにさらに感情が収まらず、姉妹の関係性はギクシャクするばかりでした。だからソ・ジュヨンは離れてしまいました。
ジュヒの職場にも行きますが、変な音に悩まされていたらしく、しかし誰もその音を確認できていないそうです。やはりジュヒ自身に何か問題があったのでしょうか。
もう一度部屋を調べていると、床の一部が不気味に黒ずんでいました。驚くとさらに上の階から「ドンドンドン」という音が聞こえ、間髪入れずに誰かが訪ねてきます。
下の階に住んでいると説明するその男は「うるさい」と苦情を言い、疲れ切ったような、でも高圧的な雰囲気はそのままに静かに帰っていきました。
しかし、ジュヒはしばらくこの部屋にもいなかったはず。一体それは何の音なのか…。
気にしてはいけない?

ここから『層間騒音』のネタバレありの感想本文です。
『層間騒音』は「団地」という舞台の特性を上手く活かしたホラーでした。
団地は想像しやすいと思いますが、不特定多数の人が密集して住んでいるエリアです。それも「階層がある」という構造的特徴を有しています。基本的に各居住者が割り当てられるどの部屋も多少の違いはあれどほぼ同様の間取りの構造ですが、隣だけでなく上の階や下の階が存在し、影響し合います。
だからこそ騒音トラブルが立体的に起きやすいので、戸建て住宅地よりもややこしいことになりがちなのですけども、『層間騒音』はその団地で起きうる騒音トラブルを巧みにホラーに転換しており、観ているとどうにも他人事にはなれません。
一体この現象の正体は何なのか?という謎を解いていくことになるのですが、オチを先に書いてしまうと、どうやら恐怖の発端は804号室の女性のようです。その動機はとても悲劇的なもので、騒音トラブルが怖くて幼い子どもを外で遊ばせていたら車に轢かれて死亡してしまった…その無念と絶望が今回の始まりで…。
正直、トランスデューサースピーカーみたいなので階下に騒音をもたらすという大仕掛けはちょっと強引ではありましたけど…。
でも騒音トラブルがどんどん階下へ連鎖していくという現象は、まさに恐怖の拡散であり、それ自体が現代社会における「他者を気にしすぎる」ことの問題を暗示しているようで、身近な怖さを感じるところではありました。
ただ、本作はあの804号室の女性だけが元凶ではないんですね。もちろん前の婦人会長などの問題もありましたが、それ以前にどうやらこの団地には土地なのか建物なのかはわかりませんが、ここに染みついた邪念のようなものがあるらしく…。
その巣窟になっているらしいのがあの半地下です。もともと作中の時点でかなり老朽化しているので、かなり前に建築されたものなのでしょうが、その半地下はいつからそうなのか、すっかりゴミ溜めのようになっており、よくわからないものがところ狭しと廃棄されていました。
つまり、ここに巣食っているその邪念のようなものを取り払わない限り、根本的な解決にはならないんですね。作中では再建案が持ち上がっていましたが、リニューアルしてもあの恐怖の根元は消えないので意味なさそうです(工事中に人が死にそうだ…)。
一般的な呪い系のホラーは、この怨霊だか悪魔だか知りませんが、その諸悪の根源を払って追い出すまでが物語の展開として組み込まれているものですけども、この『層間騒音』はそれを一切やらなかったのは英断だったと思います。
要するにこの恐怖は消し去ることはできません。それは現代社会の騒音トラブルが「消えはしない」ということをそのまま表しているとも言えます。
本作のラストも非常にこの映画の着地として「テーマをどう受け止めているか」を如実に示した後味でした。
気にしすぎない…深く首を突っ込んではいけない…。この手のホラーではよくある推奨される態度とは言え、その気持ち悪さを的確に視覚化したエンディングで観客を放置する。この終わり方も含めて、本作はよくできていました。
障害のトリック活用はあれだけど…
『層間騒音』でもうひとつの要素として際立っているのが、主人公のソ・ジュヨンが聴覚障害者であることです。事故による後天的なもので、難聴のようなので、普段は補聴器を利用しています。
本作のこの部分は、「障害」というものを物語のトリックに活用しているので、かなりステレオタイプですし、都合よく用いられている点が目立ちます。なのであまり表象として褒められるものではないかもしれません。
ホラーにおいて「耳が聞こえないこと」が対恐怖に有利に働くという、主人公のスキル・パワーとして描かれるパターンはわりと定番です。『クワイエット・プレイス』はまさにその代表作ですし、他にもあれこれあります。
『層間騒音』の場合、補聴器を演出に使うあたりは上手くやってはいました。補聴器がスマホと接続され、録音データが半ば強制的に流されることで、主人公が恐怖に飲み込まれてしまう展開とか。はたまた、同じように難聴の子(そしてこの団地の恐怖の仕組みを熟知している)が「これ以上聴くと死ぬから補聴器を外せ」とアドバイスし、補聴器なしの生活を薦めるくだりとか。
スマホが音声認識モードで謎の不気味な言葉を認識し始めるのも怖いですが、あれを観ていて、最近だったらスマホでもAIが当たり前に搭載され、なんか勝手に誤作動か何かで起動することもあるので、もう全然心霊現象どころじゃないな…とも思ったり。
『層間騒音』はもう少し聴覚障害者の日常としてリアルな描写を増やしてもらえると良かったかな、と。「音が聞こえない」生活は、心霊現象なんて存在せずとも「怖いこと」に遭遇するリスクがあるものじゃないですか。
そういう当事者の日々感じている恐怖と、超常現象的な恐怖を、対比させることもできるでしょうし、そうすることで複雑な立場をもっと表現できたと思います。今回の映画の内容だと、少しばかり聴覚障害自体が画一的な印象しか残らない気もします。
あの主人公が初登場するオープニングの工場シーンも、イヤープロテクター無しで仕事できる主人公が優位みたいに観客に思わせかねないですが(そもそも聴覚障害者でもイヤープロテクターは必要なんじゃないか?とも思わなくもない)、あの場面は「みんなが音を気にしない環境になると、それはそれで異様な世界になる」というひとつのエンディングに対する前振りみたいなものだとも捉えられるので…。問題はそこまで考えさせるだけの効果には乏しいことですかね。
作られることそのものは何も悪くはないのですが、『層間騒音』のようなディサビリティ系のホラーはまだまだその語り口を練り上げる余地はたくさんあるでしょう。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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以上、『層間騒音』の感想でした。
Noise (2024) [Japanese Review] 『層間騒音』考察・評価レビュー
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