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『記者たち 衝撃と畏怖の真実』感想(ネタバレ)…嘘から戦争は始まった

記者たち 衝撃と畏怖の真実

嘘から戦争は始まった…映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Shock and Awe
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2019年3月29日
監督:ロブ・ライナー

記者たち 衝撃と畏怖の真実

きしゃたち しょうげきといふのしんじつ
記者たち 衝撃と畏怖の真実

『記者たち 衝撃と畏怖の真実』あらすじ

2002年、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、サダム・フセイン政権を倒壊させるため「大量破壊兵器の保持」を理由にイラク侵攻に踏み切ることを宣言。大手新聞をはじめ、アメリカ中の記者たちが大統領の発言を信じて報道を続ける中、地方新聞社を傘下にもつナイト・リッダー社ワシントン支局の記者ジョナサン・ランデーとウォーレン・ストロベルは、大統領の発言に疑念を抱く。

『記者たち 衝撃と畏怖の真実』感想(ネタバレなし)

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フェイクニュースによる“衝撃と畏怖”

「ファクトチェック」という言葉をご存知でしょうか。企業・個人限らずあらゆるメディアに掲載された情報の正確性・妥当性を責任をもつかたちで検証する行為で、近年になって急速にその役割が増しています。インターネット初期の時代なら「ネットなんてテキトーなことを好きなように書く場所だから真偽なんて気にしてられない」というのがコミュニティのお決まりみたいなところもありましたが、今の時代は通用しません。情報化社会になり誰でも情報発信者、それもかなりパワーのあるインフルエンサーになれてしまいます。その拡散する情報はとてつもない影響力を世の中にもたらすことが珍しくなくなりました。

最近見かけたファクトチェックの対象になっていた情報といえば、こんなものがありました。

「沖縄で発見されたジュゴンの死骸は左翼が撲殺したものである」

これは複数のまとめサイトによって発信されて拡散されました。当然、事実無根です。以下のメディアでファクトチェックされています。

こんなもの誰が見ても嘘だとわかるような陳腐な情報です。もしかしたら発信者のまとめサイトもネタのつもりでふざけていたのかもしれません。しかし、世の中にはこれを真実だと信じ切る人も少数ではないというのが現実で…。結果、多くの関係者に損害を与えることにつながりかねません。

もちろんこの一件はたかが動物1頭に関する誤情報だと片づけることはできるでしょう。

でも誤情報が戦争の口実となり、何万人もの人間が死亡する事態を引き起こすことがあります…いや、ありました。

そのフェイク情報が最悪の事態へとつながっていくのをなんとか食い止めようと努力したジャーナリストたちを描いた映画が、本作『記者たち 衝撃と畏怖の真実』です。

題材になっているのは「イラク戦争」の開戦に至る政治情勢。2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロによって対イラク姿勢を強めたアメリカ政府。2002年1月29日、ブッシュ米大統領が「イラクが大量破壊兵器を保有し、テロを支援している」と糾弾し、2003年3月、アメリカはイラクとの開戦に踏み切りました。

そしてその歴史を過去として見ている私たちは「イラクに大量破壊兵器はなかった」ことを知っています。結局は間違った情報に基づいた戦争なのでした。

本作ではその「イラクが大量破壊兵器を保有している」という情報が大手マスコミにも世論にも広がるなか、当時からそれは違うのではないかと疑い、情報収集していた小さなメディアである「ナイト・リッダー」のワシントンD.C.支局にスポットをあてています。要するに孤軍奮闘でファクトチェックしていたんですね。

タイトルにもなっている「衝撃と畏怖(Shock and Awe)」とは戦争における戦術のひとつで、一気に圧倒的な力で相手の全てを破壊するような攻撃を行い、戦意を奪い去って勝つことを言います。広島・長崎の原爆投下もまさにそれですし、このアメリカの仕掛けたイラク戦争も同様です。また、これは物理的戦争だけでなくフェイクニュースもまた同じ構図ではないか…そうも考えさせる内容です。

監督は『スタンド・バイ・ミー』で有名な巨匠“ロブ・ライナー”。最近は前作『LBJ ケネディの意志を継いだ男』(2016年)といい、すっかり政治社会派ドラマ映画を手がけるのに執心しています。インタビューでの本人いわく「余命も少ないから」と冗談を交えていましたが、やはり不穏な世の中に対して自分も声をあげねばという気持ちが後押ししているようです。

日本では本作とほぼ同時期に『バイス』という映画も公開され、こちらはこのイラク戦争開戦を決めたブッシュ大統領を裏で操っていたとされるディック・チェイニー副大統領に焦点をあてたもの。『記者たち 衝撃と畏怖の真実』と『バイス』はセットで鑑賞すると情報を相互で補完してくれるので、オススメです。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(当然の知識として知るべき)
友人 ◯(歴史に興味があるなら)
恋人 △(とくに盛り上がる要素はないが)
キッズ ◯(勉強の資料に使える)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『記者たち 衝撃と畏怖の真実』感想(ネタバレあり)

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史実の正確性を選んだ一作

『記者たち 衝撃と畏怖の真実』は『スッポトライト 世紀のスクープ』や『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』のようにかなり“遊び”の少ない、というかほぼないシリアスなジャーナリスト映画です。

ただ『記者たち 衝撃と畏怖の真実』はそれら同類作品群の中でもとくに史実に忠実で、あえて言うならドキュメンタリーの再現ドラマみたいなクオリティになっています。

実際の報道映像や政府会見の映像もふんだんに活用していますし、本作の製作にあたってはジョナサン・ランデー、ウォーレン・ストロベル、ジョン・ウォルコットなど本人を撮影現場に呼んで助言をもらいながら撮っていたようです。

なのでこれはきっと映画的な演出なんだろうなと思ってしまうシーンも案外事実そのままだったりします。例えば、あまりにも堂々と嘘を語る政治家を出演させるTV番組も社内で社員一同鑑賞しているなか、ウォルコットが近づいてきて「私たちはNBC、Fox、CNN、ニューヨーク・タイムス、ワシントン・ポストのようにはならない。子どもを戦争におくることになる親のために仕事をするんだ」と訓示するシーンがあります。これはいかにもドラマチックな演出に見えますが、実際このとおりのことを発言したようで、撮影現場で当人たちの監修でリアルな発言に修正したそうです。

時期的にもそこまで昔の話ではないですから、こうやって当人の生の意見を反映できてしまうわけですが、本作はそれを良しとして映画作りに活かしています。もちろん、史実ベースのドラマ映画であっても多少のフィクションを取り入れるのは「映画的な面白さ」という観点ではアプローチとして許されることだと思います。

「映画的な面白さ」をとるか、「史実の正確性」をとるか、これはトレードオフ。“ロブ・ライナー”監督はこの点については後者を選択して、かなり真面目に望んだことが伝わります。監督の姿勢がハッキリ示されるので、それはそれで良かったのではないでしょうか。

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大衆は簡単に騙される

それにしても作中で描かれるとおり、大手のメディアが政府のプロパガンダとおりの報道に終始している状況は恐ろしいものです。

当時、2001年~2003年といえば、FacebookやYouTubeさえ生まれていなかった時代。インターネットで情報を得るということ自体、一般的ではなかったですし、多くの国民は大手のメディアに頼るしかありませんでした。

“ロブ・ライナー”監督自身も当時はナイト・リッダーというメディアがあったことすら知らなかったようです。思い出してみると、私も当時はテロの衝撃的な映像をただテレビ画面の前に突っ立って見ているだけでしたし、その後の情勢も流れてくる報道を鵜呑みにしているだけでした。

作中では大手のメディア企業が会社組織の主従関係に縛られて、自由な報道を抑制されてしまう姿が描かれています。これは日本でも同じ。政府の言いなりになってしまう国営放送や、スポンサーの顔色を強くに気にする民放など、報道の自由という独立性が全く担保されていません。

無知な市民と独立していない報道機関。それらが最悪なかたちで化学反応を起こしてイラク侵攻が始まってしまいました。当然その化学反応のもとになる原料を一滴たらしたのは政府なのですが。

じゃあ、インターネットが普及していればイラク戦争を防げたかと言われると、そうでもない気もするのは、今のご時世を見ていれば察しのとおり。媒体が紙であろうと電子であろうと“衝撃と畏怖”の戦術のもとに嘘情報で大衆を扇動する権力者がいるかぎり、どうしようもないことなのでしょうか。

また、本作を観ていて意外なのは結構情報をリークしてくれる人は出てくるものだということ。でもどんなに有用な情報がリークされても、大衆に伝わらないと意味がない。

作中でジョー・ギャロウェイという元従軍記者が有力なメンバーとしてナイト・リッダーの助けになりますが、作中内でチラっと描かれていたとおり、彼は自身の執筆した本が映画化していました。その映画が2002年公開のメル・ギブソン主演の『ワンス・アンド・フォーエバー』。ベトナム戦争を描いた作品であり、アメリカにとって苦い経験をしたいわくつきの戦争です。そんな映画が公開されていても、やっぱり国民は「戦争だ!」のナショナリズムに安易に染まってしまう…。映画の無力さを痛感して、個人的になんだか悲しくなりました。

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俳優陣は地味でも名演

この手のシリアスなジャーナリスト映画はどうしても映像的に地味になってしまうぶん、俳優陣のパワーで見栄えを作る作戦が常套手段だったりします。

本作もそれなりに豪華でした。

ジョナサン・ランデーを演じたのは“ウディ・ハレルソン”。『スリー・ビルボード』での名演も記憶に新しいですけど、なぜか悪役に見えてくるという雰囲気がありますが、『記者たち 衝撃と畏怖の真実』では粗雑に見えて根は真面目という記者を好演。ちなみに“ウディ・ハレルソン”の父は、マフィアの雇われ殺し屋で終身刑をくらったというインパクトありすぎるパパです。そう考えると、凄い出自を持つ俳優ですが、反戦活動家でもあるみたいですし、このつかみどころのなさが魅力なのかな。

ウォーレン・ストロベルを演じたのは“ジェームズ・マースデン”。『X-メン』での大抜擢からイケメン役での起用がもっぱらで、どちらかといえばエンタメ系作品が主戦場という感じでしたが、『記者たち 衝撃と畏怖の真実』のようなシリアス系もいけますね。“ウディ・ハレルソン”と良い感じで対になっていたと思います。

ジョー・ギャロウェイを演じているのは日本での知名度が某CMのせいで異常に高い“トミー・リー・ジョーンズ”。安定の名演。

ランデーの妻ヴラトカを演じたのは『バイオハザード』からやっと解放された“ミラ・ジョヴォヴィッチ”。夫の映画じゃなければ、こんなアクション無しの普通の人間役もできるのです(えっ)。

そして、作中でもかなり重要な役どころであるジョン・ウォルコットは“ロブ・ライナー”監督が熱演。たぶん予算的な問題もあったのでしょうが、別に全然悪くない配役というか、ここまで役者として目立ったのは初めてだと思いますが、違和感なく馴染んでいましたね。

でもこの映画、俳優陣は良いのですけど、いかんせん90分ちょっとで描くにしては題材のボリュームが大きすぎる感じも。そのうえ、本作ではアダム・グリーンという兵士のエピソードも間に挟みこまれて余計に中身が薄味になっている気もします。最終的にベトナム戦争に結びつけるくだりも、いかにもアメリカ的な従来と変わらない方向に逆戻りしているような、映画が後ろ向きに立っている印象を受けます。せめて未来を向いた警鐘的な要素をもっと出しても良かったかもしれません。最近の映画はみんなそうしてますし。

ともあれ、それでもフェイクニュースが蔓延する現代に刺さる“生の資料”となる映画だったと思います。

“衝撃と畏怖”に踊らされないためにも、私たちもファクトチェックを忘れないようにしたいものです。

『記者たち 衝撃と畏怖の真実』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 29% Audience 37%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2017 SHOCK AND AWE PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

以上、『記者たち 衝撃と畏怖の真実』の感想でした。

Shock and Awe (2018) [Japanese Review] 『記者たち 衝撃と畏怖の真実』考察・評価レビュー